All Chapters of クズ男が本命の誕生日を盛大に祝ったが、骨壷を抱えた私はすべてをぶち壊した: Chapter 181 - Chapter 190

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第181話

深雪はわざと健治の瞳をまっすぐに見つめ、その反応を確かめようとした。だが、そこに浮かんだのは驚きでなく、平然とした表情だった。やはり二人で示し合わせていたに違いない。どいつもこいつも信用ならない。そう確信すると、深雪は逆に肩の力を抜いた。これまで延浩が一人で戦っているのではと心配していたが、強力なパートナーがいると分かった今は安心できた。やがて健治は深雪をレストランへと案内した。降りた先がレストランだと知り、深雪は意外そうに眉をひそめた。「どうしてここに?」「君の頼りにならないあの男じゃ、まともに食事も用意しないだろう?だから俺がご馳走する」健治は遠慮のない言葉を投げた。もともと同窓なのだから、余計な気遣いは無用だという態度だ。中に入ると、深雪も一切遠慮せず、メニューを開いて一番高い料理を注文した。メニューを置いたあと、じっと健治を見据えて言った。「わざわざ私を呼んだのは、他に何か話があるんじゃないの?」「いや、特にない。ただある人の顔を立てて招いただけさ」健治がにこにこと答えた直後、その人が現れた。延浩だった。彼はずかずかと歩み寄り、深雪の隣に腰を下ろすと、彼女の袖を軽く引っ張りながら笑った。「こいつはこういうやつなんだ。口は悪いけど気にするなよ、絶対怒っちゃだめだぞ」突然延浩が目の前に現れ、深雪は思わず夢を見ているのではと疑った。無意識のうちに彼の頬をつねり、確かな感触を確認するとようやく安堵した。「会社で会議中じゃなかったの?どうして急にここに?」と深雪が小声で聞いた。「君が心配でさ。守ってやろうと思って来たんだ」延浩は笑顔で答えた。「静雄は今、会社の成長のため手段を選ばないぞ。君を苦しめるんじゃないかと思って」もう以前のように簡単に虐げられることはない。それでも、その真剣な眼差しに胸の奥が温かくなり、深雪は俯いて微笑んだ。「ありがとう」「『ありがとう』なんて言うなよ。健治から聞いたんだ。君のソフト、無敵らしいじゃないか。ほら、俺は最初から君の実力を信じてたんだ」延浩は相変わらず歯に衣着せぬ褒め言葉を連ね、特に深雪に対しては止まることを知らなかった。その調子に、向かいの健治は呆れ果て、思わずテーブルを指で叩いた。「延浩、いい加減にしろ。まだ俺がここにいるんだ
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第182話

深雪は事前に心構えをしていたつもりだった。だが健治の言葉を耳にした瞬間、自分の準備がまだ甘かったと痛感し、赤ワインを思わず口から噴き出しそうになった。「そんな言い方するのか?」深雪は信じられないという顔で健治を見つめた。「俺たちの間で、わざわざ遠まわしする必要あるか?君は松原商事を奈落の底に突き落としたい。俺たちはその果実を分け合いたい。それだけだろ?」健治は楽しげに笑い、その瞳には欲望の光が宿っていた。その様子に深雪は思わず延浩の方を振り返った。視線には疑問が込められている。延浩は気まずそうに顔をしかめ、次の瞬間、健治の頭を軽くはたいた。「お前少しは口を慎めないのか!」「俺、何か間違ったこと言った?目の前にでかいケーキがあるんだ。欲しいやつは山ほどいる。なら、腹を割って話す方が早いだろ?」その率直さに、深雪は逆に可笑しさを覚え、笑みを浮かべた。「いいわ。言ってることは正しいわ。松原商事はいま一番美味しいケーキなの。でも忘れないで。私たちだけじゃなく、他にも狙う連中はいるでしょう?」健治はハッとしたように目を細め、深雪を見て愉快そうに笑った。「なるほど......やっぱり俺たちの認識は甘かったらしい」「それは当然よ。全部見透かされてたら、つまらないじゃない」そう言うと、深雪はバッグから株式譲渡証書を取り出した。「私は松原商事の51%の株を持ってる。今ならまだ価値はある。あなたたちにそれぞれ15%ずつ渡して、代わりに現金化してもらうのはどう?」延浩は証書を見て目を見開き、眉をひそめて小声で尋ねた。「......どうして急に現金?何かトラブルでもあった?」「別に何もないわ。ただお金が欲しいの。今は松原商事がまだ値打ちあるから株も高い。でも価値が落ちれば、ただの紙切れ。そうなる前に換えるだけよ」深雪は決して愚かではなかった。彼女が求めているのは会社ではなく、現金なのだ。動かせる資金こそが王道だと分かっていた。その答えに、健治は思わず吹き出した。「やっぱりただ者じゃないな。三割の株を現金にすれば、およそ60億円。大したもんだな」「60億?」深雪は冷笑し、株式譲渡証書をスッと引き戻した。「本当に世間を知らないのね。松原商事株式の三割は、少なくとも200億円の価値に相当するよ。6
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第183話

暗がりに設置されたカメラは、この一部始終を余すことなく撮影していた。一方で、芽衣のもとにはすぐにその映像が届いた。編集されてはいたが、内容ははっきりと分かるものだった。彼女は迷わずその映像を静雄に突きつけた。「静雄、見て。深雪さんは松原商事の株を売ろうとしてるのよ!」前後の文脈は切り取られていたが、感情ごときでは静雄を揺さぶれないと芽衣は知っていた。彼にとって唯一の急所は松原商事であり、それこそが最も大切なものなのだ。映像を確認した瞬間、静雄の表情は一変した。拳を固く握りしめ、そのままスマホを床に叩きつけ、粉々に砕いた。歯を食いしばり、怒りに燃えた瞳で振り返ると、無言で部屋を飛び出していった。芽衣は粉々になったスマホを見下ろし、無表情のまま冷笑を漏らした。そう、愛情なんて曖昧なものでは揺らがない。だが核心の利益だけは確実に静雄を突き刺す。これで深雪は完全に死角を突かれたのだ。ホテルに戻った深雪は、まず朝の清掃員を通報した。証拠の監視映像も提出し、確実に職を失わせた上で、自分のUSBを取り戻した。泣き叫ぶ清掃員を前にしても、深雪の心は一切動かなかった。行為には必ず代償を払わせる。それが彼女の信念だった。USBを手に部屋へ戻ると、空気は異様に張り詰めていた。ソファに座る静雄を見て、深雪は眉をひそめ、不審げに口を開いた。「......どうやって入ったの?」「深雪、お前はクズだ!」静雄は突然立ち上がり、狂ったように彼女に詰め寄ると、その首をわしづかみにしてドアへ押し付けた。赤く充血した目で睨みつけ、低く唸った。「松原商事の株を売っていいと思ったのか?死にたいのか!」静雄の瞳には本物の殺意が宿っていた。呼吸を奪われながらも、深雪は言葉を搾り出した。「......私は売ってない。あなたの思い違いよ」冷ややかな声でそう告げ、さらに警告した。「放して。さもないと容赦しないわ」「まだ言い逃れする気か!」静雄はさらに力を込めた。その瞬間、深雪はバッグの中から防犯スプレーを掴み、思い切り静雄の顔に吹きかけた。「ぐあああああ!」次の瞬間、部屋には静雄の悲鳴が響き渡った。圧迫から解放され、深雪は激しく咳き込みながらドアにもたれかかり、床へずるずると座り込んだ。喉を押さえ、まるで
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第184話

深雪と呼ばれた瞬間、深雪の全身に鳥肌が走った。信じられない。目の前の男がそんな気色悪い言葉を口にしたなんて。彼女の眉間には深い皺が刻まれ、奥歯を噛みしめて吐き捨てた。「私の娘は死んだのよ。それでもまだ、私がしていることをただの駄々だと思うの?静雄、自分のことをまずしっかりしなさいよ」「分かってる。子どもの死が君の心の傷になっているんだな。もし子どもが欲しいなら、また産めばいい」静雄は苛立ちを抑え、努めて穏やかな声を出した。彼はもう深雪の価値に気づいてしまった。だからこそ、絶対にこの女を手放す気はなかった。だが、その自信に満ちた表情は深雪には滑稽に映った。責めるべきは彼ではない。愚かにも彼を輝いて見える人だと信じていた、過去の自分だ。かつては、静雄が光を放つ存在に思えたが、結局それは自分の愛が与えた幻にすぎなかった。愛が消えれば光も消える。残ったのは、どこにでもいるただの凡庸な男だ。「静雄。今すぐ私と離婚して。権利も財産も、本来私のだったものは全て返してを。互いに気持ちよく、すぱっと終わりにしましょう」深雪は立ち上がり、真っ直ぐに彼を見据えた。腫れ上がった目のせいで顔はよく見えない。だが、その瞳の奥に渦巻く嫌悪だけははっきり感じ取れる。「離婚なんてしない」静雄の声は低く、揺るぎなかった。なぜなのか、自分でも分からない。これまで彼女を切り捨てたいとしか思わなかったのに、今は違う。もっとそばに置きたいと思っている。この頃の深雪は、あまりにも眩しかった。妻として彼女を伴えば、それは彼にとって誇りになるのだ。その目論見を一瞬で見抜き、深雪の奥歯がきしんだ。「いいわ、もう話すだけ無駄ね」「静雄、はっきり伝えるわ。離婚できるまで、私はずっと戦うつもり。さっさと出て行きなさい!」深雪はドアを開け、冷たく突き放した。「......深雪。まさか、こんな態度をとったら俺が本気でお前を愛すと思ってるのか?」静雄は嘲るように笑い、その腫れぼったい目はますます滑稽に見えた。「あんたの愛なんて、いらないわ」深雪は吹き出すように笑い、冷たく言い放った。「出て行け!」彼女の嘲笑に、静雄の胸は屈辱で焼かれた。憤りのまま立ち上がり、深雪へと歩み寄った。深雪は反射的に防犯スプレーを取り出し、眉を
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第185話

床に座り込んだまま長い時間が過ぎ、深雪は足が痺れて立ち上がろうとした。その瞬間、ドアが外側から乱暴に蹴破られ、吹き飛ばされた彼女は床に叩きつけられた。驚愕に目を見開くと、四人の屈強な男たちが部屋に入り込んできた。「......あんたたち、何のつもり?」手にしていた防犯スプレーは衝撃で飛んでしまい、深雪はとっさに床に落ちていた木片を握りしめ、反撃を構えた。だが、男たちは一言も発せず、一人が彼女の武器を蹴り飛ばし、容赦なく髪を鷲掴みにして引きずり出した。頭皮が剥がれそうな痛みに涙が滲んだ。必死に暴れるが、まるで効果はなかった。高級ホテルのはずなのに助けも呼べない、声も届かない。「放せ!何の権利があってこんなことを!これは犯罪よ!」深雪は歯を食いしばって叫んだ。鬱陶しさを覚えた男は、拳を叩き込み、彼女を容赦なく気絶させた。意識を手放す直前、荒々しい罵声が耳に残った。再び目を開けた時、両手両足は固く縛られていた。しばらくして暗闇に目が慣れると、何の手掛かりもない空間であることに気づいた。誰に捕らえられたのか、目的は何か、ここがどこなのか何も分からない。あるのは全身に走る鈍痛しかない。深雪は深く息を吐き、必死に体を起こして壁に寄りかかり、痛みを堪えながら静かに待った。これほど大胆な連中だ、必ず後ろ盾があるはず。すぐに殺さなかった以上、何か狙いがある。ならば、相手が出るまで待つしかない。時間の感覚はなく、どれほど経ったのか分からない。やがて重い足音が近づき、部屋の灯りが一斉に点いた。眩しさに目を細め、少ししてようやく目の前の人物を捉えた。そこに立っていたのは、彼女の想像していたような太いじじいではなかった。白い肌に整った顔立ちは、まるで子犬系男子のようだ。ただし、その眼差しだけは鋭く陰鬱で、全体の雰囲気を台無しにしていた。「......僕のこと気に入った?」男は口角を吊り上げ、低く問いかけた。深雪はその声を聞き、思わず吹き出してしまった。唇を歪めて頷き、挑発的に答えた。「ええ、悪くないわね」「ふざけやがって!」背後にいた男が怒号と共に彼女を蹴り飛ばし、床へ叩きつけた。しかし深雪は抵抗せず、倒れたまま肩を竦めた。「そんなに蹴ったら、私死んじゃうわよ。そうなっ
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第186話

深雪は肩をすくめ、どうしようもないという顔をした。「命に比べたら、そんなもの大したことじゃないわ。初対面だし世間話は省きましょう。」「なるほど、やはり賢いな」男は冷ややかに笑った。「俺は太田遥太だ。四千万を渡してきて、お前の命を奪えと頼んできたやつがいる。ただ、今は少しお前を殺すのが惜しくなってきた」そう言いながら、遥太はポケットから札束のように重ねられた伝票を取り出し、深雪の顔めがけて放り投げた。白い紙が雪のように舞い落ち、最後は深雪の足元に散らばった。深雪は首を傾け、目を凝らしてそのサインを見た。洋輔という名前が書いてあった頭が真っ白になった。「やっぱり因縁は切れないのね。刑務所に入っていても私を巻き込むなんて、さすが立派だわ」皮肉げな笑みを浮かべ、軽蔑の色を隠そうともしなかった。その反応に、遥太は違和感を覚えた。彼は身を乗り出し、深雪の顎を乱暴に掴み、無理やり顔を近づけた。「お前、少しも気にならないのか?誰が命を狙ってるか?」「知ってるの?」深雪は鼻で笑った。「もし本当に知っているなら、その人はよほど頭が悪いんでしょうね」この切り返しに遥太の眉が跳ねた。自分の誘い口をここまであっさりかわす女は初めてだった。彼は手を離し、顎で合図した。すると大柄な三郎が前に出て、深雪を縛っていた縄を解いた。「大人しく従え。そうじゃなきゃぶっ殺すぞ!」三郎は唸るように言った。「そうそう、君は強いからね」深雪はにっこり笑いながら頷き、わざとおだてて見せた。長年裏社会にいた三郎もこんな人は初めてだ。思わず笑い、遥太を見やった。「出ていけ。こいつとは二人で話すぞ」遥太が脚を組み替え、片手をひらりと振ると、他の者たちは渋々退室していった。深雪はよろよろと椅子に腰を下ろし、目尻を下げて言った。「次からは用があるなら電話して。こんな大げさな手口、怖すぎるわ」芝居がかった表情だったが、遥太は鼻で笑った。「五年前、松原家に潰されて太田家は崩壊した。俺の両親は絶望して飛び降り自殺してしまった。生き延びるために武術道場に潜り込み、少しずつ頑張ってきた。だから今ここでこうして座っていられる。わかるか?」彼の声には鋭い棘があり、瞳には殺意すら宿っていた。深雪はじっと見返し、
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第187話

「......あいつに好かれていないのか?」遥太は信じられないという顔で深雪を見つめ、思わず自分が人を間違えたのではと疑った。「彼は私のことなんか好きじゃないわ。彼が好きなのは別の女よ。私はただ家族の都合であの人の妻にされたにすぎない。本来なら、なんとなくやり過ごせばよかったの。でも、あの人は私の娘を殺した。だから許せないし、絶対に見逃すわけにはいかない!」深雪は拳を握りしめた。「太田家を取り戻したいのなら、私と手を組みましょう」「お前と組む?その理由は?」遥太は鼻で笑い、あからさまに軽蔑した。こんなのは時間稼ぎの言葉に決まっていると彼にはわかっていた。「私は松原商事の株を51%持っている。必要なら全部あげるわ」深雪小さい声で言った。命に比べたら株なんて何でもない。生きてここを出られるのなら、彼女はいくらでも差し出す覚悟だった。その一言に、さすがの遥太も目を見張った。「あと十五分で答えを出して」深雪はにっこり笑い、手首の時計を掲げて見せた。「すぐにここは包囲される。そうなったら私はもうあなたと組まない。人を拉致するなら下調べぐらいした方がいいわよ。私は技術者なのよ。この時計には私が作ったGPS機能があって、自動で位置を通報しているの」彼女は満面の笑みで事実を教えた。遥太は怒りで笑い、「十五分か......その前に包囲されるのと、お前を先に殺すのと、どっちが早いと思う?」と吐き捨てた。深雪は肩をすくめ、気にも留めない様子で言った。「君のような人が、私みたいな無名女を殺して死刑になるなんて、割に合わないと思うけど」そう言ってからそのまま出口へ歩き出した。遥太は簡単にこの獲物を手放すはずがないと彼女にはわかっていた。「止まれ!」遥太は立ち上がり、深雪を乱暴に引き寄せ、自分の胸に叩きつけると、そのまま壁へ投げ飛ばした。さらに歩み寄り、彼女の指を靴底で容赦なく踏みつけた。「痛っ!」あまりの激痛に、深雪は歯を食いしばった。指が潰れたら、技術者としての自分は終わりだ。「悪かった!悪かったわ、私が悪かった、お願いだから許して!」深雪は即座に態度を翻し、必死に懇願した。遥太は身を屈め、顎を指で掬い上げ、強引に顔を上げさせた。「まだ調子に乗るか?」「もうしない!二度としな
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第188話

「パソコンを貸して」深雪は苦笑した。そもそもこのソフトをアラーム用に設定したとき、途中で解除することになるなんて思ってもみなかった。だから今になって少し厄介なことになっている。遥太は余計なことは言わず、部下に指示して深雪にパソコンを持ってこさせた。深雪の指は絶え間なくキーボードの上を走り、五分も経たないうちに通報システムを解除した。そして遥太を見上げ、控えめに言った。「実はこのシステム、ちょっと高いのよ」「死にたいのか?」遥太はとうとう我慢の限界だった。この女は口が自由になってからというもの、刀のように次々と心臓を突き刺してきて、しつこくてたまらない。本気で怒っているのを見て、深雪は仕方なくため息をつき、小声で続けた。「それで......そろそろ場所を変えて話した方がいいんじゃない?ここじゃちょっと都合が悪いと思うの」「......ああ、ついて来い」遥太もこれから話すことがここにはふさわしくないと理解していた。カフェに腰を下ろした瞬間でさえ、深雪はまだどこか現実味がなかった。自分を誘拐した相手と、こうして一緒に飲み食いしているなんて、笑うしかない状況だった。コーヒーカップの中をスプーンでかき混ぜながら、深雪はため息をつき、遥太を見た。「結局、お金が欲しいの?それとも命?」「両方だ」遥太は率直に答えた。太田家は松原家の卑劣さのせいで家が滅んだ。だから松原家も同じように滅ぶのは当然、公平なことだ。深雪もよくわかっていた。資本の蓄積には血の匂いがつきものだ。だから驚きはしなかった。ただ笑って言った。「じゃあ約束よ。あの人を殺した後に、私も殺すとかやめてね。私たちはまだ夫婦だけど、もう心は離れてる。すぐに他人になるんだから、私を巻き込まないで」「本当か」遥太は遠回しを嫌い、単刀直入に問いただした。深雪はすぐにうなずき、証拠になりそうなものを全部差し出した。そして真剣に見つめて言った。「本当に嘘はついてないわ」資料を一通り確認すると、遥太の目にわずかな変化が浮かんだ。そして言った。「後ろ盾におじいさんがいるのに、どうしてそんな情けない暮らしぶりなんだ?自分の娘さえ守れなかったのか?」その一言は、深雪の胸に深く突き刺さった。彼女はこれまで何度も自分に問いかけてきた。なぜこんなに弱かっ
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第189話

遥太は深雪の悲しみを感じ取り、薄く笑みを浮かべてから、ゆっくりと口を開いた。この男の珍しい態度に対して、深雪は余計なことは言わず、すぐに立ち上がって外へ歩き出した。深雪にとって、今は世界がどうであろうと構わなかった。自分の計画に支障さえ出なければ、それでいい。深雪はもう命なんて気にしていない。すべてを片付けて寧々に会いに行けるのなら、娘と会うことが本望だった。去っていく深雪の背中を見送りながら、遥太の表情がわずかに変わった。テーブルのコーヒーを手に取り、軽く笑った。「本当に面白い女だ」「あの女を解放してしまって、雇い側にどう説明するのでしょうか?」三郎は不安げに遥太を見ながら言った。遥太の眼差しは、まるで愚か者を見るように優しげだった。「説明する必要があるのか?あの女がしたことを隠すだけで手一杯だろうに、説明を求めるどころじゃない」「でも......これじゃあルールを壊すことになりませんか?」三郎はまだ不安を拭えなかった。なぜ遥太が会ったばかりの女のために、自分のルールを曲げるのか理解できなかったのだ。返ってきたのは、飛んでくるコーヒーカップと遥太の冷たい目差しだった。深雪はカフェを出た瞬間でさえ、すべてが幻のようで現実味がなかった。ホテルに戻ってから生き延びた実感が湧いてきた。風呂に身を沈め、息苦しさを覚えながら潜り、再び水面に顔を出したときには、心の動揺はすっかり鎮まっていた。体を拭くこともせず、鏡の前に立った。自分の全身をじっくりと見つめると、青あざや紫色の痕がいくつも、無数に刻まれていた。「忘れるな。今日の傷は芽衣がよこしたものだ!」深雪の冷たい瞳に、強烈な憎悪が宿った。両手を握り締め、ある決意を固めた。一方その頃、芽衣は部屋で長いこと待っていたが、望んでいた報告は届かなかった。電話をかけようとしたその時、三郎がドアを蹴破って入ってきた。「どうだ?あの女、死んだの?」芽衣の目には期待が溢れ、必死で結果を求めていた。そんな彼女を見て、三郎の表情は曇り、冷たく言い放った。「人は解放した。金は全額返金する」「何ですって?」その言葉を聞いた途端、芽衣は全身の力が抜け、狂ったように叫びだした。「どうして!?金を受け取って仕事をしないなんて、ルールを壊す気?どうしてそんな
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第190話

「ぎゃあっ!」芽衣は大声で叫び、部屋の中で壊せるものを手当たり次第に叩き壊した。完全に我を忘れて狂乱し、自分の腕にも何か所も切り傷をつけ、鮮血が滴り落ちていた。ホテルのスタッフはすぐに隣室からの苦情を受けて駆けつけ、その光景を目の当たりにすると、腰を抜かさんばかりに驚き、慌てて静雄に連絡を取った。この日、静雄はようやく京市に来られたため、社交の場を広げようと宴席に出ていた。酒が飛び交う中で、彼もすっかり酔い潰れかけていた。携帯が鳴った瞬間、静雄は不快そうに画面を見やり、芽衣の名前を確認すると、それでも迷わず電話に出た。「松原さん、ようやく出てくれましたね。奥さまが大変なことになっていますよ。すぐに戻ってください!」その言葉を聞いた静雄の顔色が変わった。酒杯を置くと、足早にその場を立ち去った。一部始終を見ていた健治は、心の中で深雪を気の毒に思った。静雄が去った後、健治はすぐに延浩へ電話をかけた。ほどなくして、延浩は深雪を伴って姿を現した。二人で来たのを見て、健治は少し驚き、眉をひそめて深雪を見た。「どうして君もここに?」その一言で、深雪は健治が自分もくることを知らなかったと気づき、顔色を変え、気まずさを覚えながら小声で言った。「強引に連れてこられたって言ったら、信じてくれるの?」「みんな友達なんだ、一緒に座って話そうか?」延浩は当然のように言い、深雪の手を取った。だが、深雪は静かにその手を振りほどき、真剣な眼差しで告げた。「ありがたいことだけど、静雄との関係が冷えていると言っても、私はまだ彼の妻なの。君を巻き込みたくないから」そう言うと振り返ることもなく立ち去った。延浩が自分の将来のために道を開こうとしてくれているのは分かっていた。だが深雪の世界には将来などが存在しない。去っていく深雪を見て、健治は表情を曇らせ、眉をひそめて延浩に言った。「彼女のこと、あまり分かってないみたいだな。今日、遥太と会ったぞ」「何だって?そんなはずはない。どうして知ってる?」延浩は驚き、眉をひそめて問い返した。健治はグラスを掲げ、意味ありげに笑った。「この酒を飲めば教えてやる。どうする?」「こんな時にふざけるな!」延浩は焦り、杯をつかむと一気に飲み干した。その迷いのない様子を見て、健治はすべて
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