All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 1071 - Chapter 1080

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第1071話

雄太は輝の鼻を指差し、さらに何か言おうとした瞬間、胸に激痛が走った。彼は胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべた。「おじいさん!」輝は驚いて叫んだ。「どうしたんだ?おじいさん、こんな冗談やめてくれ!落ち着いて!もう何も言わないから。お願いだから、落ち着いてくれ!井上さん、早く先生を呼んでくれ!」「はい、直ちに!」健一は慌てて薬箱を開けた。「大旦那様は、きっと興奮しすぎてしまったんです。これは即効薬です。早く飲ませてください!」輝は薬を受け取ると、雄太に飲ませた。雄太はソファに倒れ込み、顔色は真っ青で、呼吸も荒かった。唇は紫色に変色し、胸の痛みは先ほどほど激しくはないものの、まだ鈍痛が残っていた。専属医は、雄太の機嫌も良く体調も安定していたため、今朝は休暇を取って北城の友人に会いに行っていた。健一が専属医に電話をかけると、専属医は雄太の症状を聞き、深刻な声で言った。「心筋梗塞の兆候です。すぐに病院へ搬送してください。私もすぐに向かいます」「分かりました!」電話を切ると、健一は輝に言った。「先生によると、大旦那様は心筋梗塞の兆候があるそうです。すぐに病院へ連れていかないとです。先生も今病院へ向かれるそうです!」それを聞いて、輝もこうしてはいられないと思い、すぐに雄太をおぶって玄関へ向かった。健一は一歩下がって後ろから雄太を支えた。輝は雄太を後部座席に乗せ、「井上さん、一緒に来て、おじいさんの様子を見ていてくれ」と言った。「はい」健一は後部座席に乗り込み、雄太の隣に座った。輝は車をスタートさせ、急いで雲水舎を後にした。道中、輝は丈に電話をかけ、雄太の状況を説明した。丈はすぐに医師に指示を出し、救急入口で待機させた。輝はその後、両親にも電話をかけ、病院へ来るように伝えた。輝の両親はスーパーで買い物をしていたが、雄太が心筋梗塞の兆候で病院に搬送されたと聞き、すぐに病院へ向かった。......病院の特別個室。雄太は診察の結果、心筋梗塞の兆候があると診断され、入院して投薬を受けながら経過観察することになった。輝が入院手続きを終えて特別個室に戻ると、両親が既に到着していた。雄太はベッドに横たわり、薬のおかげで眠っていた。慎吾と優子は病室で見守っており、専属医も到着したばかりで、丈と循環器科の専門
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第1072話

それを聞いて、慎吾と優子は怪訝な顔をした。「お父さん、離婚ってどういうこと?」優子は歩み寄り、優しく尋ねた。「なにか気に入らないことでもあったんですか?輝はまだ結婚したばかりなのに。この前まで式のことを相談に来て欲しいって言ったばかりじゃない?どうして急に離婚させようとするの?」「この大バカに聞いてみろ」雄太は輝を指差した。「どれだけ親に隠し事をしていたのか!いい歳して好き勝手ばかりしやがって。俺がもう年だからって、言うことなんか聞けないっていうのか。それなら俺も生きて行く気はないから。一族の名前に泥を塗るようなクズを育ててしまったんだから、もう生きていたってしょうがない!」これは、明らかに腹立ちまぎれの言葉だったが、雄太は分別のある人間だ。きっと何か事情があるはずだ。だが、それを聞いた輝はベッドの足元に立ち、うつむいたまま黙っていた。優子は、息子がこんなに苦しそうな表情を見せるのを初めて見て驚いた。きっと何か大変なことが起きたに違いないと感じた。しかし、今はいろいろな人がいる手前、詳しい話を聞くには適していなかった。そこで、優子は慎吾に目配せした。慎吾はすぐに意図を汲み取り、周りの人々に言った。「父は休みたいようです。場所を変えて話しませんか?」一行は頷き、慎吾と共に病室を後にした。そして、病室のドアが閉まった。優子と輝だけが残った。優子は輝の前に歩み寄り、優しく尋ねた。「輝、一体何が起こったの?」輝は、もはや隠しきれないことを悟り、すべてを打ち明けることにした。優子は話を聞き終えると、しばらく黙り込み、そして大きくため息をついた。「輝、今まであなたが何をしようと、お母さんとお父さんはあなたの味方だった。おじいさんはいつも私たち夫婦があなたを甘やかしすぎていると言っていたけれど、それでも私たちはいつも一緒にいられなかった分だけ、あなたの気持ちを大切にしたいと思っていたから、あなたのすることには何も言ってこなかった。それに、おじいさんの教育のおかげであなただって立派に育ってきた。私たちもそれがずっと自慢だったのよ。でも今回は......」優子は再び大きくため息をついた。「今回は本当に度が過ぎている。おじいさんが何よりも大切にしているのは、岡崎家の名誉だって分かっているでしょ?音々が移民だっていうこと自体、お
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第1073話

そして事態の深刻さを悟った優子は、真剣な表情で言った。「輝、もし今日おじいさんに電話した人が音々の敵だったらどうするの?彼女が過去に傭兵としてどれだけの敵を作ったか、あなたは分かってるはずよ。命知らずの連中よ。復讐のために罪もない人を殺したり、家族や友人に危害を加えたりすることだってあるのよ!」そこまで聞いて輝の顔色は真っ青になり、優子をじっと見つめた彼の頭の中は混乱していた。もし本当に音々の敵が接触してきたのなら、音々は今、狙われているのだろうか?ということは、彼女は今、とても危険な状態にあるのか?輝は首を横に振った。「そんなはずはない。音々は組織を脱退した後、新しい身分で何年も暮らしてきたんだ。今まで何も起きなかったのに、なぜよりによってこんな時に......まさか、そんな不運なはずがない!」「輝」優子は近づき、冷たく青白い輝の顔に優しく手を添えながら、そして、息子を不憫に思いながら言った。「あなたの気持ちはわかる。でも、今はあなたと音々だけのことじゃないの。岡崎家全体、そしてグループにも関わることなのよ。本当に、私たちを巻き添えにしてまで、賭けに出る気なの?」そう言われて、輝は何も言えなかった。雄太は老眼で、孫の表情がよく見えなかったが、孫が音々にぞっこんなことはよく分かっていた。しかし、音々が傭兵だったという事実は、岡崎家にとって大きなリスクなのだ。それは岡崎家の名誉や評判に関わるだけでなく、家族全体の安全に関わる問題だ。命知らずの連中を、自分たちから刺激するわけにはいかない。雄太は、心を鬼にして輝に決断を迫らなければならないと分かっていた。「お前が言い出せないのなら、俺が彼女に話そう」輝は雄太を睨みつけた。眉間に皺を寄せ、目は真っ赤に充血していた。生まれて初めて、祖父に反抗的な態度をとった。「結局、岡崎家が巻き込まれるのが怖いんだな。分かった。なら、私と音々は岡崎家と縁を切ればいいだろ。私と岡崎家は絶縁だって公表すればいいじゃないか......」「馬鹿野郎!」雄太は怒鳴った。「絶縁すれば、奴らが俺たちを放っておくと思うのか!輝、お前は甘やかされて育ったから、事の重大さが分かっていないんだ!いいか、今日はっきり言っておく。お前と彼女は別れなければならない!もし別れなければ、俺はもう治療を受けない。こんな
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第1074話

優子は輝を建物外の裏庭へ連れて行った。親子は古い木の傍らに座った。輝はスマホを手に持ち、画面は点灯していた。優子が視線を向けると、ラインのチャット画面が開いていた。そして、フライト情報が表示されているのが見えた。「彼女は14時過ぎに空港に到着するのね?」輝は頷いた。病室にいた時よりは落ち着きを取り戻していたが、目はまだ少し赤かった。「お母さん、あなたも私は音々と別れるべきだと思う?」「息子の幸せを願う母親としては、彼女と別れるように勧めたくないけど。でも、岡崎家の嫁として、岡崎グループの副社長としての立場を考えると、彼女と別れるよう説得しないわけにもいかないのよね」「でも、本当に音々と別れたくないんだ」輝はうつむき、小さな声で言った。「音々は1年以上も私を追いかけてきた。最初は私も、私たち二人は合わないと思っていた。彼女の過去はおじいさんも岡崎家も認めないだろうって、ずっと自分に言い聞かせていたんだ。冷静さを保とうとして、お母さん、本当に努力したんだ。お見合いもしたし、皆が良いと思う人、私に合う人を見つけようとした。でも、どうしても......」「あなたが努力してきたことは知っているのよ」優子は手を伸ばし、優しく彼の甲を撫でた。「大丈夫。お母さんはあなたを無理強いさせたりしないから。ただ、今回のことは突然だったし、おじいさんがすぐに受け入れられないのも無理はないのよ」「じゃあ、おじいさんは納得してくれると思う?」輝は期待を込めて優子を見た。優子はため息をついた。「輝、正直に言うと、おじいさんだけでなく、お母さんも少し時間が必要なの。あなたは小さい頃から本当に手がかからなかったのに、よりによって恋愛と結婚で......」輝は目を伏せ、声を絞り出した。「ごめん。期待に添えられなくて。でも、音々と別れることなんて私にはできないんだ」「あなたを無理強いするつもりはないけれど、今の状況では......」優子は少し間を置いてから続けた。「今日の夕食会は、中止にした方がいいんじゃないかしら?」今の雰囲気では、輝も音々を両親に会わせることはできないだろうと思った。「夕食会は中止にする。でも、私は音々を迎えに行くから」輝は顔を上げ、優子の目を見て、強い意志を示した。「こんな時に音々を皆に会わせるべきじゃないってこ
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第1075話

音々は到着ゲートから出てくると、すぐに輝の姿を見つけた。「音々!」輝は彼女に手を振った。音々は足早に輝の方へ向かった。輝は音々が近づいてくると、両腕を広げて彼女を強く抱きしめた。「おかえり!」音々は輝に抱きしめられ、彼の匂いに包まれると、全身の力が抜けていくのを感じた。そして、輝に抱きつき返すと、目を閉じ、彼の体温と鼓動を感じた。胸の奥が温かくなるのを感じながら、音々は言った。「輝、会いたかった」「私も」輝は音々の顔を両手で包み込み、キスをした。人通りの多い空港で、二人は周りの目をはばからず、深くキスを交わした。たった二日間離れていただけで、これほどまでに想いが募るとは二人とも思わなかったのだ。輝はキスを止めると、音々の手を握り、指を絡ませたまま言った。「帰ろう」音々は、輝にキスされたことで頬を赤らめ、頷いた。繋がれた手から伝わる温もりと重みに、安心感を感じた。......40分後、白いレンジローバーはスターベイに到着した。エレベーターで28階まで上がった。玄関のドアが開くと同時に、音々は輝に靴箱に押し付けられ、激しいキスをされた。音々のリュックが床に落ち、続いて黒いコート、輝の白いシャツも脱ぎ捨てられた。玄関からリビングのソファへ、そして寝室のバスルームへと、二人はお互いに息つく間もなく、激しい愛を交わした。ふっと音々が顔を上げて輝にキスをした時、塩辛い味がしたような気がした。すると音々は動きを止め、ぼんやりとした目で輝を見つめた。輝は目を閉じ、頬に涙を伝わせていた。音々は驚いた。「どうしたの?泣いてる」音々は輝の濡れたまつ毛に触れ、胸が締め付けられるのを感じた。輝は何も言わず、音々の唇にさらに深くキスをした。それからというもの、輝は激しく音々を求めた。柔らかいベッドに押し付けられ、音々は激しく揺さぶられ、まるで大海原を漂流しているかのように、心が落ち着かなかった。最後の瞬間、輝は音々を強く抱きしめ、まるで体の奥深くまで食い込ませるかのように、腕を震わせていた。全てが終わった頃には、窓の外の夕焼けは消え、濃い夜の闇が降りていた。疲れ切った輝は、音々を抱きかかえて体を洗い流すと、ベッドに戻り、手足を絡ませて彼女をしっかりと抱きしめた。「音々ちゃん、少し
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第1076話

ほどなくして、彼女は特別病棟、雄太の病室の前に立った。音々がノックすると、病室のドアが開かれた。ドアの向こうにいた優子は、マスク姿の音々を見て、少し眉をひそめた。「あなたは?」音々はマスクを外して言った。「こんにちは。事前にご連絡もせず、突然お邪魔して申し訳ありません」優子は一瞬表情を硬くしたが、すぐに状況を理解し、慌てて病室から出てドアを閉めた。そして、優しい表情で音々を見ながら、少し心配そうに言った。「一人で来たの?輝は一緒じゃないの?」音々は落ち着いた声で答えた。「輝には内緒で来ました。どうしても直接お話ししたいことがあるので、おじいさんにお会いしたいんです」「彼は今、精神的に不安定なの。数日待ってくれないかしら?」「おじいさんに電話があったことは知っています」音々は冷静に言った。「私が全てを隠していたのが悪いんです。私のせいで、おじいさんが輝を責めるのも分かります。でも、輝には何の非もなく、私が一方的に彼に迫っただけなんです。彼は最初から私とはっきりと線を引いていたんです。全部私のわがままなんです。だから、私が直接おじいさんに説明しなければいけないと思いました」優子は困った顔で言った。「音々、あなたが悪くないのは分かってる。私たちも輝の見る目を信じている。でも、今おじいさんの容態が良くないの。先生も興奮させちゃダメだって言ってるし、それに頑固で手術も受けようとしないの。あなたに会ったら、もっと悪くなってしまうんじゃないかと心配なの」「おじいさんは、私に輝と別れてほしいと思っているんですよね。だったら、私に会いたがってるはずです」優子は驚いた。「輝から聞いたの?」「いいえ」音々は正直に言った。「彼は何も言っていません。自分で調べました」優子は何も言わなくなった。確かに、音々の能力なら、何が起こったのかを簡単に調べられるだろう。その時、病室のドアが開いた。優子は振り返り、複雑な表情の慎吾と視線を交わした。「お父さんは、彼女が来たことを知っている」慎吾は音々に視線を向け、深刻な顔で言った。「会いたがっている」優子は眉をひそめ、音々に視線を向けた。音々は二人に軽く会釈し、病室に入った。一方で、慎吾は病室から出て、ドアを閉めた。優子は彼の手を握り、不安そうに言った。「音々が一人で来たっ
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第1077話

音々はそこで言うと言葉を詰まらせ、小さくため息をついた。「輝は岡崎家の跡取りとしての責任がありますので。私のために彼が家族を裏切るようなことはさせたくありませんし、私と一緒に危険な目に遭わせるわけにもいきません」それを聞いて、雄太は彼女をじっと見つめた。しばらくして、彼は尋ねた。「俺に電話をかけてきたのは、あなたの敵なのか?」「まだ調査中です」音々は言った。「ご安心ください。離れる前には全てを片付けておきますので。岡崎家と輝に迷惑をかけるようなことはしません」雄太は彼女を見て、さらに罪悪感を覚えた。この瞬間、彼は自問自答した。自分は冷たすぎるんじゃないか?「おじいさん、どうか自分を責めないでください。これは私の運命です」音々は老人の目を見つめ、声を落とした。「私は自分が原因で起きたことのけじめをつけないといけませんので。でも、輝と離婚するつもりはありません」それを聞いて、雄太は眉をひそめ、彼女を見つめた。「どういう意味だ?」「私が去ったからといって、輝が私たちの愛を諦めるとは思えません」音々は彼を見つめ、きっぱりと言った。「国内では、夫婦が長年別居すれば離婚を申請できると聞いてます。どうか、私たちに時間の猶予をください」「そうか......」雄太は彼女を見つめた。「確かに長く離れていれば、色々なことが起こりうる。今は熱愛中だから、お互いなくてはならない存在だと思っているだろう。しかし、あなたがいなくなった後、輝にも、もっと釣り合う人が現れるかもしれないぞ?」「もし彼が他に好きな人ができたら、その時は離婚を申請すればいいです。私はそれを受け入れる覚悟がありますので」雄太は少し考えてから言った。「わかった。それじゃ、時間の猶予を与えよう。だが、あなたも約束してくれ。全てを綺麗に解決することだ。もし何年か経っても解決しないなら、その時はどんなことがあろうと戻ってきてはならないぞ」音々は真剣に頷いた。「分かりました。その代わり、先生の言うことを聞いて、手術を受けてください。輝はあなたのことをとても心配していますので」それを聞いて、雄太は胸が締め付けられるのを感じ、まばたきをしながら、低い声で答えた。「わかった」......病室のドアが開き、外で待っていた慎吾と優子が同時にこちらを見た。音々は、心配そうな視線を向
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第1078話

一方で、輝は夢を見ていた。夢の中で音々が姿を消し、輝は世界中を探し回ったが、どうしても彼女を見つけることができなかった。輝は悪夢から目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。腕の中は空っぽだった。「音々!」輝は慌てて起き上がり、電気をつけた。部屋は明るくなったが、音々の姿はどこにもなかった。「音々!」輝は布団を捲ると、裸足でドアへ駆け出した。そしてドアを開けると、輝は暗いリビングに飛び出し、音々の名前を叫んだ。「音々、音々――」すると玄関の施錠が解除される音がした。輝はピタッと動きを止めた。ドアが開き、玄関のセンサーライトが点灯した。音々は買い物袋を提げて入ってきた。「音々!」輝は音々に駆け寄り、強く抱きしめた。「本当に驚いた。どこかに行ったのかと思った」音々はドキッとしたが、輝の背中を優しく撫でた。「近くのスーパーに買い物に行ってただけよ」「夢を見ていたんだ......」輝は音々の首元に顔を埋め、彼女の香りを嗅ぎながら言った。「あなたがいなくなってしまう夢で、必死に探したけど、どこにもいなかった。まるで、この世から消えてしまったみたいで......」それを聞いて、音々は胸が締め付けられるような思いだったが、輝に悟られないようにした。「Z市への出張で、そんなに心配させてしまったんのね」音々は明るく振る舞い、冗談めかして言った。「じゃあ、次は一緒に出かける?ずっとくっついて離れないでおく?」「もちろん一緒に行く!」輝は音々の顔を両手で包み込み、真剣な表情で言った。「それから、寝る時だけじゃなくて、どこに行くにも必ず言ってくれ。朝起きた時にあなたがいないのは、不安になるから」「分かった。これからは、どこにいても連絡するね」音々は輝の眉間に指を当てた。「これで安心した?本当三歳児みたいんだから」それを聞いて輝は言葉に詰まった。「食材を買ってきたから、お腹空いてるでしょ?」音々は微笑んだ。「さあ、一緒にご飯を作ろう」輝は音々から買い物袋を受け取った。「リビングで待っていてくれ。私が作るから」「一人で待つのは退屈なの。一緒に作ろうよ」音々は輝をキッチンへと促した。二人に残された時間はそう多くないから、音々は一秒たりとも無駄にしたくなかった。輝もまた、音々と一緒にいるのが好きだっ
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第1079話

「ゆっくり飲んでよ。酔っちゃうぞ」「誰を相手にしてると思ってるの!」音々は輝をちらりと見て言った。「私、ワイン3本からが本番よ!」輝は黙り込んだ。ビール3杯でダウンする彼は、何も言えなかった。「一口だけ飲んで、気持ちだけ味わって」そう言いながら音々は自分のグラスにワインを注ぎ、再びグラスを上げた。「​2杯目、末永く幸せになれるように、そして子宝に恵まれるように!」再びグラスが軽く触れ合う。輝は眉をひそめ、強調するように言った。「女の子に恵まれるようにしないと!」音々は少し驚いた後、苦笑した。「分かったわ。じゃあ、あなたの言うとおりに」彼女は再びグラスを傾け、ワインを飲み干した。輝も形だけワインを口に含んだ。音々が3杯目を注ぐのを見て、思わず眉をひそめた。「音々、ステーキにはまだ一口も手を付けてないのに、もうワインでお腹いっぱいなんじゃないか?」「大丈夫よ。3杯目も飲んでから食べるから」音々は再びグラスを上げ、言った。「この3杯目は、あなたによ」「私に?」輝は理解できなかった。「どうして?」「私の出自を知っていても、あなたの家族が私たちを認めてくれないかもしれないと分かっていても、それでも私を選んでくれたあなたに感謝を込めて」音々は輝を見つめ、目に涙が浮かび始めた。「輝、私のそばにいてくれてありがとう。私を選んでくれてありがとう。愛してくれてありがとう」輝は音々を見つめ、彼女の言葉に深く心を打たれた。「音々、そんなに感激させないでくれ......」彼は音々を見ながら、喉仏を上下させた。「また我慢できなくなってしまう」「......もうロマンチックが台無しじゃない!」輝は笑い、自らグラスを合わせた。「それなら、この3杯目は、私も飲まないとな!」そう言って彼は顔を上げ、眉をひそめながらワインを飲み干した。お酒に弱い輝はワインの味が分からず、一気に飲み干したせいでむせて咳き込み、顔が真っ赤になった。しかし、その瞳は音々をじっと見つめ、星のように輝いていた。音々はたまらず鼻の奥がツンとして、涙がこみ上げてきた。そして涙がこぼれないよう彼女もまた顔を上げ、目を閉じてワインを飲み干した。3杯飲んだあと、グラスを置いて深く息を吸い込んで、音々は輝を見て笑った。「このワイン、二宮さんがくれただけあって
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第1080話

「音々、酔ってるだろ。部屋へ戻ろうか」「酔ってないもん」音々は手を挙げ、窓に映る月を指でなぞりながら言った。「輝、昔話をしてもいい?」輝は彼女に合わせて、「ああ、話してくれ。聞いているよ」と言った。「月にはウサギが本当に住んでいるの。でも、本当は昔話とは違って、自分を犠牲にしたから讃えられたのではなく、食べ物が見つけられなくて神様の食べ物を盗んだから月に閉じ込められたの」輝は絶句した。「ねえ、そんなウサギは悪い子だと思う?」輝は眉をひそめた。そしてしばらくして、ようやく音々の言葉の意味を理解した。音々は彼女自身のことを話していたのだ。「ウサギは悪くない」輝は音々の手を取り、落ち着いた声で言った。「ウサギはいい子だ。私はそれがむしろすごいと思ってる」「どうしてすごいと思ってる?」「どんなに辛くても、苦しくても、頑張って生きて行こうとするのはすごいことじゃない。そして、運命に立ち向かう勇気があるところもすごいと思う」輝は音々があごを持ち、顔を自分の方に向けさせた。「音々、あなたは今まで本当によく頑張って来たと思うよ。そしてこうやって私のそばに来てくれて、愛を教えてくれたことにも、私は感謝をしているんだ」それを聞いて、音々の目から、涙が溢れ出した。彼女は輝の首に腕を回し、つま先立ちで唇を重ねた。頬を濡らした涙を交えたキスは、二人にとってなんとも切ない味だった。音々は何度も何度も輝にキスをした。その長いキスは、情欲とは無縁の、純粋な愛情表現だった。「輝、ずっと一緒にいたい。ずっと、あなたを感じていたい。輝、例え離ればなれになったとしても、何年経っても、私のこと、忘れないでいてくれる?輝、あなたと結婚式を挙げたい。あなたがずっと望んでいる女の子を産んであげたい......輝、輝、輝......」キスが深くなるにつれ、音々の涙はますます溢れてきた。輝はようやく、音々の様子がおかしいことに気づいた。「音々?」輝は顔をそむけ、彼女の顔を見ようとした。しかし、音々はそんな隙を与えず、熱烈にキスを続けた。「輝、お願い......」輝は喉仏を上下させた。音々の感情が不安定になっていることを、はっきりと感じていた。「音々、どうしたんだ?どうして泣いているんだ......顔を見せてくれないか?」だ
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