悠人はその言葉を聞いて、また涙が目に浮かんだ。「悠人」誠也は悠人に手招きした。「こっちへ来い」悠人は鼻をすすり、誠也の前に歩み寄った。「お父さん」誠也は悠人の頭を撫でた。「お父さんが言ったこと、覚えてるか?」悠人は頷いた。父は母に会うときは「おばさん」と呼ぶように言っていた。そうすれば母は怒らないだろうと。でも、「おばさん」と呼ぶのはなんだかよそよそしい。どうしても呼べない。誠也には分かっていた。悠人は呼び方を変えることに抵抗を感じているのだ。「先に入って」悠人は頷き、しょんぼりとした様子で、くるりと振り返って屋敷の中へと入って行った。「少し時間が必要なんだ」誠也は綾の方を見た。「もう少しだけ時間をあげてほしい」そんな言葉はもう聞き飽きた。どうせ数日後には北城を離れるのだ。その後は誠也とも悠人とも、もう二度と会うことはないだろう。悠人が呼び方を変えようが変えまいが、どうでもいいことだ。「5時にはここを出るから」綾は冷たく言った。「ベビーシッターが中にいる」それを聞いて、綾は屋敷の中に入った。リビングで悠人と積み木遊びをしていた若い女性が顔を上げた。綾と誠也の姿を見ると、すぐに立ち上がった。「碓氷さん」女性はポニーテールに薄灰色のカジュアルな服装で、物腰が柔らかかった。彼女は誠也に挨拶をし、それから綾へと視線を移した。澄んだ瞳とベビーフェイスで、人に親しみやすいという印象を与えていた。「碓氷さんの奥さんですね?」女性は笑うと、可愛らしいエクボが浮かんだ。「百瀬柚(ももせ ゆず)と申します」柚。綾はその可愛らしいベビーフェイスを見て、名前の通りだなと思った。こんな顔立ちの女性は、ベビーシッターや保育士にぴったりだ。優しそうで、子供も安心して懐くだろう。実際、悠人も柚のことがとても好きだった。午後はずっとキッチンで柚にお菓子作りを教え、悠人は時々入ってきては柚を捜していた。「柚先生、ダイヤモンドゲームしたい!一緒に遊ぼうよ」「柚先生、暇だからお庭で遊ぼうよ」「柚先生、まだ終わらないの?」悠人は誰かを頼ると、いつもその人に甘えてくっついて回るのだ。以前は綾にべったりだったのが、今は柚になったのだ。その光景を目の当たりにした綾は寂しいがるだろ
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