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碓氷先生、奥様はもう戻らないと のすべてのチャプター: チャプター 701 - チャプター 710

962 チャプター

第701話

0時ちょうど、花火の音が空に響き渡った――梨野川の上空に、色鮮やかで壮大な花火が打ち上がった。1億円以上もする花火は特注デザインで、様々な模様が次々と現れた。10分以上も続いた花火のフィナーレには、夜空に大きく【子供たちと綾が健康で、幸せな人生を送れるように】という文字が浮かび上がった。その文字が表す子供たちとは、優希と安人のことだ。健康で、幸せな人生を送れるように。人生で求めるもの、そして求めていたものは、まさにこれだった。綾は夜空に浮かぶ文字を見つめた。ほんの数秒で消えてしまったけれど、その言葉は彼女の心に深く刻まれた。彼女は隣にいる男の方を向いた。彼は二人の子供を抱きかかえていたが、彼女の視線を感じたのか、俯いて彼女を見た。この時ちょうど夜空から雪が舞い落ちてきた。そんな中、二人は見つめ合った。互いの気持ちはこれまでになく穏やかだった。夜の暗闇に、男は溢れる愛情を瞳の奥に秘め、優しくこう言った。「綾、明けましておめでとう」綾は微笑んで、「明けましておめでとう!」と返した。「お父さん、明けましておめでとう!」優希は誠也の首に抱きつき、頬にキスをした。「お父さん、これからも毎年一緒にお正月をお祝いしようね!」誠也はその心温まる言葉を聞き、娘を見ながら、目に涙を浮かばせた。彼は低い声で、心を込めて新年一番最初の約束を幼い娘にした。「ああ、約束する」安人も母親の顔を撫でて、「母さん、明けましておめでとう」と言った。綾もまた彼の小さな手を握り、優しくキスをした。「明けましておめでとう」「母さん、私にもいるよ!」優希は忘れられないようにと、自分の小さな手を母親に差し出した。「母さん、明けましておめでとう。母さんが大好き!」人を喜ばせるのが上手なのは、やっぱり優希だ。綾は思わず笑みをこぼし、もう一方の手で娘の小さな手を握り、キスをして、優しい声で言った。「お正月おめでとう、可愛い優希!」4人が初めて一緒に大晦日を過ごし、迎えた温かく幸せな新年なのだ。少なくともこの瞬間は、一同は心が満たされていた。......午前1時、街が徐々に静まり返っていた。家に戻ると、皆はそれぞれ自分の部屋へ戻った。そこを子供たちは両親と一緒に寝たいと駄々をこねた。だが、それは無理だ。
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第702話

綾は立ち去ろうとした。しかし、その時、誠也が記者に囲まれた女性の方へ歩いていくのを見つけた。綾は足を止め、誠也が女性の方へ歩いていく様子をじっと見つめていた。女性は美しいショートヘアで、サングラスをかけていた。誠也が彼女のそばまで来ると、女性は自然に誠也の腕に手を回し、もう片方の手でサングラスを外した。冷たくも美しい顔が露わになった。彼女は記者たちを見据え、圧倒的なオーラを放っていた。眉間にはトップに立つ者の冷淡さが漂っているが、わずかに上がった口元は非の打ち所がない笑みを浮かべていた。「本来は、しかるべき機会に婚約者を紹介するつもりでしたが、皆様がそんなに興味をお持ちなので、この場を借りて発表させていただきます。こちらの碓氷さんが、私の結婚相手です」記者たちはどよめいた。「碓氷さんは去年、事故で亡くなったはずではないですか?」「本当に碓氷さんですか。碓氷グループ前社長......新井さんの婚約者が、まさか彼でしたか?」綾は呆然と、その光景を見つめていた。記者の質問、新井真奈美(あらい まなみ)の発表、そして誠也の沈黙......綾は、ここ数日の誠也の忙しさを思い出した。彼が言っていたパートナーとは、この新井社長のことだったのだろうか?大晦日の夜、彼が慌てて帰って来たのは、その前にこの新井社長っていう人と一緒にいたからだろう。彼が「個人的な用事」と言ったのは、こういうことだったのか。婚約者と過ごすのは、確かに個人的な用事だ。この瞬間、綾は自分の気持ちをうまく言い表せないでいた。最初の驚きが過ぎると、たとえ誠也が再婚したとしても、自分には関係ないということを思い出した。二人はすでに離婚しており、それぞれが自由に相手を選べる立場なのだから、誠也が再婚することがあっても当然なのだ。......綾は視線を外し、振り返って空港の外へ歩き出した。綾が振り返ったまさにその時、誠也は彼女を見かけた。すると、彼はわずかに目線をちらつかせ、動揺を隠せずにいた。どうして綾がここに?彼女は見てしまったのだろうか?誠也は、次第に遠ざかる綾の背中を見つめ、激しい焦燥感に駆られた。隣にいた女性に腕を何度も引っ張られ、彼は眉をひそめて彼女の方を見た。真奈美は顔を上げた。172センチの身長
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第703話

誠也はドアノブを握り、部屋の入口にに立って、「入ってもいいか?」と尋ねた。綾が退院してから、誠也は彼女の寝室に無断で入ることはなかった。綾は唇を噛み締め、彼と真奈美の結婚が間近に迫っていることが頭によぎった。すると彼女は「外で話そう」と言った。それを聞いて、誠也の表情は少し硬くなった。しかし、紳士的にその場を離れた。ドアが閉まると、綾は布団をめくりあげ、ベッドから降り、ハンガーから上着を取って羽織った。......ドアが開き、綾が出てきた。誠也は彼女を見つめた。彼の目には少し焦燥感が浮かんでいた。綾は彼が何を言いたいか察したのだろう。「仕事部屋で話そう」と言った。二人の子供が家にいたので、綾は彼らに父親の再婚のことをすぐに聞かせたくなかった。仕事部屋で、誠也はドアを閉めた。綾はソファに座り、誠也を見て「座って」と言った。誠也は彼女の向かい側に座った。二人はしばらく無言のまま見つめ合った。誠也は喉仏を上下させ、唇を何度も噛み締めた。綾は彼が口を開くのを待っていた。しかし、彼はどこか落ち着かない様子だった。「誠也、何か言いたいことがあるなら、はっきり言って」誠也は軽くため息をつき、そして尋ねた。「さっき空港で、見たのか?」綾は軽く「ええ」と答えた。誠也は息を呑んだ。「あの新井社長はとても素敵な方だね」綾は淡々とした表情で言った。「誠也、おめでとう」誠也は拳を握りしめ、綾の冷静な様子を見て、呼吸がさらに荒くなった。胸に鈍い痛みが走った。綾はもう自分のことを気にしていないと分かっていた。しかし、彼女の祝福は、彼にとってあまりにも残酷だった。「そんなこと言うな......」彼は綾を見つめ、苦しそうな表情で言った。「綾、俺を祝福するな......」こんな祝福は、彼にとっては拷問でしかなかった。綾は少し驚いた。彼女は誠也の真意が理解できなかった。彼は真奈美と結婚しようとしているのに、なぜ今になってこんな反応をするんだ......そして、場の空気は何故か重苦しいになった。その時、綾のテーブルに置いてあったスマホが鳴った。大輝からだった。「ちょっと電話に出るね」綾は通話ボタンを押した。「石川社長」「2本の映画の企画があるんですが、どちらも良い
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第704話

綾は少し驚いた。契約?綾は唇を噛み締め、誠也から目を離さなかった。誠也もまた彼女を見つめ、息をするのも忘れたようだった。しばらくして、綾は言った。「ええ、あなたがそう言うなら信じてる」誠也の瞳が揺れ、少し興奮した様子で言った。「綾、本当に俺を信じてくれるのか?」綾は苦笑しながら言った。「私たちだって、最初は契約結婚だったじゃない?」誠也は驚いた。「誠也、あなたはもう大人だし、今は自由の身なんだから、どんな決断をしてもいいのよ。自分でよく考えて決めたことなら、周りの意見は気にしなくていいはずよ」綾は彼を見ながら、淡々と続けた。「それに、新井社長は確かに優秀な方よ。あなたが彼女を選ぶのも当然だと思う」誠也は眉をひそめた。綾が大きく誤解していると思った。「違うんだ、俺と新井さんは、俺たちみたいな契約結婚じゃない。それは......」コンコン......ノックの音で、誠也の説明は中断された。外から大輝の声が聞こえた。「入ってもいいですか?」綾は立ち上がり、ドアを開けに行った。すると、たくさんのユリの花が、綾の目の前に差し出された。「学生街を通りかかったら、ある老人が道端で露店を開いていたんです。こんな寒い日にかわいそうだと思って、全部買ってしまいました」綾が瞬きをして、何か言おうとした途端、くしゃみが出た。大輝はすぐにユリの花を背中に隠した。「ユリの花、アレルギーがありますか?」「......いいえ」綾は口と鼻を押さえ、眉間に少ししわを寄せた。「ただ、ユリの香りに少し敏感なだけですが......」大輝は絶句した。これじゃロマンチックな雰囲気は台無しだ。綾は誠也の方を見た。「石川社長と仕事の話をしたいんだけど......」「じゃ、俺はこれで」誠也は立ち上がり、ドアの外に出て、大輝が持っているユリの花に視線を向け、そして大輝を見た。「綾はユリの花に敏感なんです。家に置いておくのはよした方がいいです。私が代わりに捨ててきますよ」大輝は言葉に詰まった。「捨てるのはもったいないから」綾は言った。「雲さんに渡して、ご近所に配ってもらうように頼んでくれる?」「ああ」誠也は頷き、ユリの花が入ったかごを持って階下へ降りて行った。大輝は誠也の後ろ姿を見ながら、歯を食いしばった。腹
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第705話

真奈美から電話がかかってくる直前、綾はネットでニュースを見ていた。結婚のニュースは、結婚式こそなかったものの、北城中を騒がせた。写真の中の誠也は、相変わらず真面目な顔をしていた。真奈美のクールな顔立ちも非の打ち所がなく、二人はお似合いだった。それを見ながら、綾は自分と誠也の結婚は、最初から対等じゃなかったのかもと改めて思えた。今と比べ、21歳の綾と25歳の誠也が並んで映っている姿は、どこか初々しく見えた。しかし、真奈美は違った。彼女は新井家の令嬢であり、栄光グループのCEOであり、誠也の隣に立っても引けを取らない華やかさを持っていた。34歳という年齢にして、輝かしい功績の数々。「新時代の女性」「キャリアウーマン」「女性の鑑」といった言葉が、常に彼女には付いて回った。綾は二人の結婚のニュースを見て、「二人は同じ世界の人間なんだ」「本当に似合っている」と、思わずにはいられなかった。誠也を祝福すべきだ、そう綾は思った。誠也はこれまで34年間、辛いことばかりだった。様々な苦労を乗り越え、ようやく、彼と肩を並べて戦える素晴らしい女性に出会えたのだ。友達として、また家族同然の人間として、心から祝福すべきだ。だけど、誠也は彼女の祝福なんていらないと言った......真奈美から電話は、ちょうど綾がそんなことを考えている時にかかってきた。考え事をしていた綾は無意識に電話に出た。知らない番号だと気づいて切ろうとした時、電話の向こうから、女性の声が聞こえてきた。女性は自分の名前を名乗り、あからさまな挑発を仕掛けてきた。「新井社長、どうして私の番号を知っているんですか?」綾は平静を装って尋ねたが、スマホを持つ手が、かすかに震えていた。本当は、全然落ち着いてなんかいない。「二宮さん、あなたが気にしている点は、そこじゃないでしょう?」真奈美は少し笑いを含んだ声で言った。「あなたは碓氷さんの元妻ですよね?今、私が碓氷さんと結婚したんですよ。何も感じませんか?」あまりにもあからさまな挑発に、綾は眉をひそめた。だけど、彼女はこれ以上真奈美と関わり合いになりたくなかった。「用件を言ってください」「ちょっと会えませんか?」真奈美は高慢な口調で言った。「あなたに見せたいものがあるんです。あなたに関するものですよ」綾
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第706話

ただ、読み進めるにつれ、綾は眉間には深い皺寄せた。真奈美は綾の顔をじっと見つめていた。彼女のわずかな表情の変化や視線の動きも見逃さないようにした。5分が経った。綾は協議書を置き、顔を上げた。二人の視線がぶつかった。真奈美は、驚きを隠せない綾の様子に満足していた。「よく分かりましたか?」綾は眉間に皺を寄せた。「つまり、私の骨髄移植のドナーは、あなたですね」真奈美は眉を上げた。「そうですよ。だから、理論上は、私はあなたの命の恩人ですね」綾は手に持った協議書を強く握りしめた。「でも、碓氷さんがあなたの代わりに、その恩に報いたんですよ」真奈美は挑発するように言った。「二宮さん、それを知って感動しましたか?」綾は何も答えなかった。自分が生き残れたのは、骨髄移植のおかげだった。しかし、まさかそれが誠也のこんな犠牲の上に成り立っていたなんて、考えもしていなかった。協議書には、誠也と真奈美の10年間の結婚生活だけでなく、3年以内に真奈美のグループ内の反対勢力を排除するという項目も含まれていた。真奈美は3年以内に、栄光グループの全株式を手に入れようとしていた。この協議書は、真奈美のビジネスマンとしての冷徹さを切実に表わしていた。彼女にとって、利益が何よりも大切だということが見受けられた。最も残酷な条項は、10年間の婚姻期間中、誠也は貞節を守らなければならず、不貞行為を犯してはならず、さらに、真奈美が何をしたとしても、誠也は一方的に離婚を要求することはできない、というものだった。綾は、あの日、誠也が何も言えなかったことを思い出した......彼が言った「違う」は、本当に違ったのだ。こんな協議書は、誠也にとって、あまりにも制限が多く、リスクが高すぎる。綾は息を深く吸い込んで、何とか気持ちを落ち着かせた。「あなたがここに来たこと、誠也は知っていますか?」「彼は、あなたにこのことを知られたくないんです」真奈美は綾を見て、軽蔑したような口調で言った。「あなたに負担をかけたくないんでしょう。いい人ぶって、情に厚い男を演じたいんですよ。だから、私が今日あなたと会うことは、彼にはまだ内緒です。でも、家に帰ったらすぐに話すつもりですね」「なぜ私に話したんですか?」「なぜって?」真奈美は鼻で笑った。「気に入ら
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第707話

綾は目の前の男を見つめ、涙を流した。綾が泣き出すと、誠也は慌てた。「綾、泣かないでくれ。俺は......」「どうして教えてくれなかったの?」綾は誠也を見つめた。「誠也、これは私の運命なの。こんな風に助けてもらう必要なんてない......」誠也の心臓は激しく締め付けられた。「綾、お前が生きていることが一番大事なんだ」彼は手を伸ばし、綾の涙を拭おうとしたが、綾はそれを避け、立ち上がった。綾は顔の涙を拭い、冷たく言った。「10年間の結婚で私の命を救ったのね。誠也、あなたは自分で偉いと思ってるの?」誠也は息を呑んだ。「そんなことは考えていない。あの時は、ただお前に助かって欲しかった。綾、お前が生きていること以上に大切なことなんてないんだ......」綾は彼をじっと見つめた。そして、彼女は小さく笑い、頷いた。「ええ、あなたの言う通り。確かに生きていること以上に大切なことなんてないわね」「綾、考えすぎないでくれ。お前は生きていなければならないんだ。子供たちには母親が必要なんだ」誠也は喉仏を上下させ言った。「新井さんの言うことは気にしないでくれ。これは俺と彼女との取引で、お前には関係ない。それに、事前にお前に話していなかったのも、全て俺の意志だ。今、新井さんがお前に接触してきたのも、俺のせいだ。俺が身勝手だったんだ。子供たちが幼い頃から母親を失わせるのが耐えられなかったんだ」それを聞いて、綾のまつげを震わせ、涙が静かに流れ落ちた。彼は子供を理由に、彼女への想いを一言も口にしなかった。しかし、綾は知らないふりを続けることはできなかった。これまでずっと一緒に過ごしてきて、今更誠也の気持ちに疑いを持つなんて、現実逃避でしかない。だけど、彼女はこの気持ちには応えられない。これできっぱり別れて、これから先はただの友達として付き合っていくつもりだったのに、こんなことになってしまって......命を救ってもらったことに絡みつく愛情はあんまりにも複雑すぎるのだ。「誠也、あなたがそう言うなら私はそれを真に受けるから」彼女は涙を拭き、彼を見つめた。「子供たちのためだけに私を助けたと言うなら、私は本当にそうだったんだと思う。あんたに借りはないと言うなら、それもそうとして受け取るから。誠也。私はあなたが思っているほど善良
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第708話

しかし、誠也は後悔していなかった。十年どころか、一生かけても構わないと思っていた。彼は綾の手を離し、彼女の顔の涙を拭った。「綾、これは俺自身の決断だ。十年かけて二人の子供に両親が揃った人生を与えられるなら、安いものだ」そうはいうものの、綾にもどうすることもできなかった。ただ受け身のまま、このような結果を受け入れるしかなかった。「俺はお前を助けたかった。新井さんは名ばかりの夫が必要だった。こうなったのは互いに必要があったからだ」誠也の声は沈んでいた。「綾、自分を責めるな。まして俺に引け目に感じる必要もない。本当はこんなことはお前には知られたくなかった。しかし、もう知ってしまった以上、これは定められた運命だと受け入れて欲しい。これが仮に輝や石川さんだって、俺と同じ決断をしたはずだ」綾はじっと彼を見つめた。彼は自分をあの二人を比べるなんて......そんなの比べられるはずもないでしょ?そんな風に比べることなんでできるはずないのに。そう思うと、綾はひどく無力感に襲われた。運命に押し流され、抗えない無力感が彼女を包み込んだ。彼女は疲れていた。もう、もがくのはやめにしよう。「もう、帰りな」誠也は優しい声で言った。「体調が戻ったばかりなんだから、夜はあまり出歩かない方がいい」綾は涙を拭った。彼女は誠也を見て、徐々に気持ちが落ち着いてきた。これが定められた運命なのか?そんな考えを巡らせながら、綾は目を伏せ、静かに頷いた。「あなたがこれから順風満帆であることを祈っている」誠也は喉仏を上下させた。「ああ」......夜が更け、誠也は綾を梨野川の別荘まで送った。別荘の門に着くと、誠也は車を停めた。街灯の下、黒いロングコートの裾が夜風に揺れていた。彼の足元の影は長く伸びていた。綾は階段の上に立ち、彼と目を合わせた。帰る途中、彼女は考えていた。「誠也、気持ちの埋め合わせはできないけど、物質的なものならできる限りさせてもらう。私が投資している会社の株をいくつか譲渡する。これは、私を助けてくれたことへの......」「綾、そんなバカなことを言うな」綾は唇を噛み、赤い目で彼を見つめた。「俺はお前が思っているほど惨めじゃない。新井さんがお前にそんなことを言ったのは、お前に罪悪感
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第709話

子供のこととなると、綾は真剣な顔で尋ねた。「何のこと?」「新井さんには、8歳の息子がいるんだ」綾は少し驚いた。8歳の息子......綾は眉間にシワを寄せた。「つまり、あなたは義理の父親になるってこと?」誠也は咳払いをした。「他人には、そう見えるだろうな」綾は唇を噛み締めた。悠人のことを思い出した。あの子供は、かつて自分と誠也の結婚生活における致命的な問題だった。その後、悠人は遠くへ行ったが、悠人が原因で起こった数々の喧嘩や誤解は、今でも綾の記憶に鮮明に残っている。「誠也、他人に対してどう振る舞うかは私には関係ないけど、二人の子供の前では、失望させるようなことはしないでほしい」「心配するな、大丈夫だ」誠也も、悠人が原因で起こった過去の喧嘩を思い出したのだろう。綾には何も隠そうとしない様子だった。「新井さんには、かつて深く愛し合っていた婚約者がいた。しかし8年前の事故で、彼女の兄は植物状態になり、婚約者は亡くなってしまったんだ」綾は息を呑んだ。「その子供は、彼女の婚約者との子供なんだ」綾は、何も言えなくなってしまった。「新井さんは、当時海外へ行き密かに子供を産み、これまでずっと海外で育ててきたんだ。最近になってようやく帰国させたが、まだ公表はしていない。彼女は、その子を後継者に育てるつもりでいるらしい」綾は眉をひそめた。「まさか、その子をあなたと彼女の子供だって、世間に公表するつもりなの?」誠也は唇を噛み締め、真剣な眼差しで綾を見つめた。何も答えないということは、肯定しているということだ。綾は呆れて、笑ってしまった。「誠也、そんなことをしたらどうなるか、分かっているの?」誠也は自分の非を認め、視線を落とした。「綾、子供たちにはちゃんと説明する」「好きにして」綾はもうこれ以上、彼と関わりたくなかった。「それはあなたと子供たちの問題よ。彼らが納得するなら、私は口出しをするつもりないから」そう言うと、綾は息を深く吸い込んで、冷淡な表情で誠也を見つめた。「誠也、あなたはもう新井さんの夫なんだから、名前で呼ぶのも今日を限りにするから。これからは『碓氷さん』と呼ばせてもらうから。あなたも、礼儀として、私を『二宮さん』と呼んでね」それを聞いて、誠也は固まった。だが綾は彼を顧みず、振り返
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第710話

この行動は、会社の古株の株主たちをひどく不快にさせた。3月末、ついに真奈美の親族のおじさんたちは、数人の古株の株主と結託して株主総会を開いた。彼らは「真奈美は公私混同して誠也を庇っている」という理由で、真奈美に栄光グループCEOの座を退くよう迫ろうとしたのだ。その株主総会には、誠也も出席していた。彼は新井家の株を所有していないため、本来であれば株主総会に参加する資格はなかった。しかし、誠也は、8年前に真奈美の親族のおじさんたちが互いに共謀して殺し屋を雇った証拠をその場で突きつけた。そして、その殺し屋の狙うターゲットは新井家の長男と、真奈美の婚約者だったのだ。あの交通事故で1人が死亡、1人が重傷を負ったが、実行犯は8年間もの間、野放しになっていたのだ。証拠が提出されると、会場は騒然となった。刑事が会場に入り、真奈美の親族のおじさんたちを連行した。株主総会は、そのままお開きとなった。真奈美は8年間耐え忍び、ついに目的を達成したのだ。オフェスに戻った真奈美は、上機嫌で誠也に言った。「この2ヶ月、お疲れ様でした。3日間休暇をあげますから、家に帰って子供とゆっくり過ごしてきてください」誠也は返事をして、くるりと背を向け、そのまま出て行こうとした。「碓氷さん」真奈美が彼を呼び止めた。誠也は足を止め、振り返って彼女を見た。「子供たちに会いに行くのは構いませんけど」真奈美は念を押すように言った。「あなたがまだ私の夫だということを、どうか忘れないでください。元妻と親しくするのはやめてくださいね。彼女に不倫相手だという立場に立たせるわけにはいかないでしょう?」誠也は眉をひそめた。彼は、綾が自分のせいでまた「不倫相手」の汚名を着せられるのは耐えられなかった。たとえ誤解であっても。かつて、彼は一度、綾にそんな思いをさせてしまったからだ。もう二度と同じ過ちは繰り返したくない。真奈美は彼の前に歩み寄り、見つめながら言った。「碓氷さん、この世には報われない恋をしている人がたくさんいます。一度選択をしたなら、未練がましい態度はやめたほうがいいですよ。あなた一人の優柔不断さで、二人の女性を敵対させないでください。私の言いたいこと、分かりますか?」誠也は目の前の女性を見つめた。彼の表情は冷たく、瞳には何の感
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