Semua Bab 死にゆく世界で、熾天使は舞う: Bab 31 - Bab 40

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幕間 第30話 シェイドとナベリウス

夜明け前── シェイドは眠れないことに若干の苛立ちを覚え、ベッド上で何度も寝返りを打っていた。 涙の王国をセラフィナやマルコシアスと共に調査していた時、魔族の襲来に備えて座ったまま寝ていたので、身体がそれにすっかり順応してしまったのだろう。 ベッドの寝心地はかなり良いのだが、どうにも落ち着かない。慣れるまでは暫し時間が掛かりそうだ。 「……どうしたものかな」 外はまだ暗く、日が昇る気配もない。夜明けまで、屋敷の外で剣でも振ろうか。そう思った矢先── 「……うん?」 部屋の扉を軽くノックする音が聞こえ、シェイドは首を傾げる。このような時間に一体、誰だろうか。 訝しんでいると、扉の向こうから初老の男のものと思われる、やや嗄(しわが)れた声が聞こえてきた。 「──ナベリウスで御座います、シェイド殿。まだ起きていらっしゃるご様子でしたので、お声掛け致しました」 「あぁ、執事さんか……こんな時間に一体、何の用だ?」 「大した用事ではありませぬが──そうですな、貴方様が中々寝付けぬご様子でしたので、若し宜しければ、この私めと茶でも飲みつつ世間話でもどうかと思いまして。貴方様のお口に合うかは分かりませぬが、茶菓子も幾つかご用意しております。如何でしょう、シェイド殿?」 断る理由はない。ナベリウスが気を遣ってくれた可能性も考えると、寧ろ有難いとさえ思った。 「──どうぞ、入って」 「ありがとう御座います。では──」 シェイドが扉を開けると、ティートロリーと呼ばれるワゴンを押しながら、ナベリウスが部屋の中へと入ってくる。皿に丁寧に盛り付けられた焼き菓子の匂いが室内に漂い、鼻腔を程よく刺激した。 シェイドをソファーに座らせると、ナベリウスは手際良くささやかな茶会の準備を始める。 「最近は専ら、焼き菓子を作ることに夢中でして……普段なら侍女のラミアやエコーに試食してもらうのですが、生憎とこの時間は二人とも夢の中。些か作り過ぎたなと途方に暮れておりましたところ、貴方様が起きていて下さったわけで御座います」 「……へぇ、張り切り過ぎたわけだ」 「はい、貴方様の仰る通りです。少々、恥ずかしいですな」 恐らくは、寝付けないことを見越してわざわざ用意してくれたのだろう。嬉しそうに紅茶を淹れるナベリウスを見ながら、シェイ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-15
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幕間 第31話 セラフィナとラミア

ガーデンチェアにゆったりと腰掛けながら、セラフィナは今朝届いたばかりの新聞記事に目を通していた。 「──帝国軍、涙の王国に進駐……ふぅん?」 ハルモニア国内最大手の新聞社が出したその記事の大見出しを見ると同時、セラフィナの目がすっと細められる。ただでさえストレスが溜まっていると言うのに、追い討ちをかけるように嫌なことが起こるのは何故なのだろう。 その記事によると、涙の王国に進駐したのは帝国第三軍。堕天使エリゴールが率いる、精鋭揃いの帝国軍の中でも屈指の戦力と練度を誇る大部隊である。 指揮官である堕天使エリゴールとは、嘗てベリアルやゼノンに呼ばれて帝都アルカディアに赴いた際、何度も顔を合わせたことがあった。反対に彼自身が、グノーシス辺境伯領を訪れたことも何度もある。 帝国軍所属であることを示す黒の将官服が良く似合う、切れ長の目が特徴的な爽やかなる好青年と言った風貌の貴公子で、会う時は決まってにこやかに笑っていたのを、今でもよく覚えている。 声を荒げるようなことはなく常に態度は穏やかで、セラフィナが小さかった頃には、彼女やマルコシアスの良き遊び相手にもなってくれた。 気さくで親切……非の打ち所が全くないようにも思えるが、そんな彼にもただ一つ致命的な欠点があった。 エリゴールの抱える致命的な欠点──それは彼が、戦争というものを娯楽としてこよなく愛していることである。 エリゴールは、生まれながらにして戦の天才だった。それ故に自らの存在意義を、常に戦場に求めていた。 死天衆の一柱バアルが強者との血湧き肉躍る戦いを求める戦闘狂であるならば、エリゴールは計略や奇策、用兵術などをフル活用して、敵の大軍を蹂躙することに快楽を見出している、さしずめ戦争狂と言ったところであろうか。 そんな彼が率いる帝国第三軍を、涙の王国に進駐させるなど正気の沙汰とは思えない。"崩壊の砂時計"が終末までの秒読みを刻み続けているこの状況で、聖教会と再び世界全土を巻き込む大戦争を始めようとでも言うのだろうか。 「──"お前たちを生かして帰せば必ずや、死天衆がハルモニア帝国軍の本隊を率いてこの地に進駐する"、か」 今は亡きベルフェゴールが一騎討ちの際、自分に向けて言い放った言葉を、セラフィナは噛み締めるように口にする。結局は、彼の言った通りになってしまった。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-16
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幕間 第32話 キリエとエコー

グノーシス辺境伯領でセラフィナたちが療養生活を始めてから、早くも十日が経過しようとしている。 侍女のエコーは姿見の前で着替えと化粧を済ませると、まだすやすやと眠っているであろうキリエを起こすため、彼女に宛てがわれている部屋へと向かった。 セラフィナたちが来るに当たって、エコーたちはそれぞれ話し合い、役割分担を予め決めていた。ナベリウスがシェイドのメンタルケアを、ラミアが怪我人であるセラフィナの介護や身の回りの世話を……そしてエコーが、キリエのメンタルケアと身の回りの世話を。 キリエの居室の前まで辿り着くと、エコーは何度か扉を軽くノックした。 「──キリエ様、朝に御座います」 「…………」 昨日までなら、部屋の中からもぞもぞと動く音が聞こえたり、やや間の抜けた声で挨拶が返ってきていたのだが、今日はやけに静かである。 キリエの身に何かあったのだろうか。不審に思いながら、エコーは扉をゆっくりと開ける。 「…………」 ベッドの上──寝間着姿のキリエが泣き腫らした顔で、膝を抱えて力なく座り込んでいるのが、目に飛び込んでくる。一晩中起きていたのだろうか、黒蝶真珠を思わせる艶やかな黒髪は激しく乱れており、目の下には酷い隈が出来ていた。 「キリエ、様……」 「あ……おはよう御座います、エコーさん」 エコーが入室していることに気が付いたのか、キリエは慌てて取り繕ったような笑みを浮かべ、朗らかな声で彼女に挨拶する。 しかしながら──明らかに無理をしている様子のキリエの姿は、やや呑気者のきらいがあるエコーから見ても、何処か痛ましい。 「……何か、嫌なことでも御座いましたか?」
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幕間 第33話 軍神、来訪

セラフィナとラミアが庭園で午後のティータイムを楽しんでいると、一陣の風と共に一人の堕天使が、転移魔法を用いて姿を現した。 帝国軍の、それも上層部所属であることを示す黒の将官服を身に纏い、ハルモニアの国章が装飾されている制帽を目深に被っているその堕天使は、セラフィナのよく知る存在であった。 目深に被っていた制帽を脱ぐと、短く切られた銀髪と、涼やかな深紅の瞳が特徴的な、爽やかな好青年といった風貌が露わとなる。 「──久しぶりだね、セラフィナ」 堕天使がにこやかに微笑みながら挨拶すると、セラフィナはゆっくりと椅子から立ち上がり、右手を胸に当て、足を軽く交差させながら丁寧に一礼した。 「──久しぶりだね、エリゴール」 黒を基調とした帝国軍の将官服が良く似合う、彼の堕天使の名はエリゴール。余りの戦上手ぶりから"軍神"と謳われる、死天衆に次ぐ実力を有する強者。槍の名手にして、常に数手先の未来を見通す力を持った、生粋の兵法家である。 「──涙の王国の調査で、君が結構酷い怪我をしたと上から聞かされてね。何とか時間を作って、見舞いに行きたいと前から思っていたんだよ」 セラフィナと向かい合うような形で、対面の椅子に腰掛けると、エリゴールはラミアが淹れた紅茶を口に含みながらほっと溜め息を吐いた。 「何にせよ、思ったより元気そうで良かったよ」 「ありがと、エリゴール。でも良いの? こんなところで呑気に油を売って。上から叱られたりしない?」 数日前の新聞には、エリゴール率いる帝国第三軍が涙の王国に進駐したと書かれていた。今の彼は本来、進駐先の涙の王国にいるのが普通であり、そんな彼がグノーシス辺境伯領にいるのは明らかに異常だった。 そんなセラフィナの心配を余所に、エリゴールはラミアの焼いたクッキーを美味しそうに食べながら、 「……正直、今の段階では、僕が率先してやらないといけないことは、殆どないんだよね。周辺に跋扈する下級魔族や堕罪者の駆除、速やかなる陣地構築に加えて本国と陣地とを繋ぐ安全な補給路の確保……」 「だから、私のところに油を売りに来たと」 「その言い方だと語弊があるよ、セラフィナ。忙しい中で何とか空き時間を捻出して、こうして君の見舞いに来たんだから」 指先で頬を掻きながら苦笑するエリゴール……戦争狂の彼が、愛して止まな
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-18
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第二章 第34話 聖地カナンにて

聖教会自治領、聖地カナン── 豪奢な法衣を纏い、腰に剣を帯びた初老の男が、数名の異端審問官を伴って大聖堂の前へと姿を現し、衛兵たちは顔を強張らせた。 ゆったりとした衣服の上からでも、男の身体が引き締まっているのは一目瞭然であり、加えて所作の一つ一つには、一切の隙が見当たらなかった。 その気になれば、衛兵たちを瞬時に斬り捨てることなど造作もない──そう感じさせる佇まいであった。 「……誰か!」 震える声で衛兵が誰何すると、男は口元を不気味に歪めてニヤリと笑う。 今にも激昂しそうな異端審問官たちをやんわりと制止すると、男は地の底から響いてくるかの如き、嗄れつつも威圧感のある声でゆっくりと名乗りを上げた。 「──我は、枢機卿クロウリーなり。教皇聖下、並びに聖女シオン様に進言したきことがあり、参上した。火急の用件ゆえ、すまぬがそこを通してもらうぞ?」 「お、お待ち下さい、クロウリー卿!」 平然と通り抜けようとするクロウリーを、衛兵たちは慌てて止めに入る。今は、聖教騎士団長レヴィが教皇グレゴリオや聖女シオンと謁見中……終わるまでは、何人たりとも通してはならないと、グレゴリオやシオンから命じられている。 たとえ相手が枢機卿クロウリーであろうとも、絶対にここを通すわけにはいかなかった。 「ほぅ……我が前に、立ち塞がるか。邪魔立てすると言うのなら──容赦はせぬぞ?」 クロウリーはくぐもった笑い声を発しながら、わずかに腰を落とし剣を按じる。 刹那──クロウリーが音もなく抜剣すると同時に、衛兵たちの首が血飛沫を上げながら、虚しく宙を舞っていた。 頭部を失い、その場に倒れ込んだ衛兵たちに唾を吐き捨てると、クロウリーは剣を鞘へと収めつつ、配下の異端審問官たちに指示を出す。 「──死体を片付けておけ、メイザース。この者たちは、聖教会に背いた叛逆者だ」 「──畏まりました、クロウリー卿」 メイザースと呼ばれた異端審問官が頭を下げるのを確認すると、クロウリーは衛兵たちの死体の後始末を彼らに任せ、自らは勢い良く大聖堂の扉を開いた。 「──お取り込み中のところ、失礼しますぞ」 突然扉を開けて入ってきた血塗れのクロウリーを見つめ、教皇グレゴリオは理解が追いつかないのかポカンと口を大きく開けており、聖女シオンは怯えた表情を浮かべ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-19
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第二章 第35話 再び帝都へ

帝都アルカディアからの迎えが来るのを、シェイドは戦々恐々としながら待っていた。 隣では負のオーラを纏ったセラフィナが、ゾッとするような無表情のまま一言も発さず佇んでおり、傍に控えるマルコシアスもそんな彼女に何処か怯えた様子である。 セラフィナがあからさまに不機嫌なのには、当然相応の理由があった。 一昨日──新月の夜を乗り越えて疲弊していたセラフィナの元に、帝都アルカディアから召集令状が届いた。差出人は、死天衆のリーダー格ベリアル。 一晩中、"聖痕(スティグマータ)"から発せられる激痛と出血に苦しめられ、過剰とも言えるストレスを抱えていたところに、追い討ちをかけるかの如く届けられた、ベリアルからの召集令状。 療養が終わったら養父アレスの捜索を再開しようとしていたセラフィナにとって、タイミングを計ったように届けられたベリアルからの召集令状は、正に嫌がらせ以外の何物でもなかった。 故に、セラフィナは機嫌を著しく損ねてしまい、何が切欠で怒りが爆発しても可笑しくない状態となってしまったのである。尤も、そのような状態でも、周囲に当たり散らすような真似だけは決してしなかったのだが。 緊迫した空気が漂う中、転移魔法で帝都からの使者が、巨大なドラゴンと共に音もなくぼうっと姿を現す。黒を基調としたハルモニアの将官服を優雅に着こなし、不気味なデスマスクで素顔を隠した堕天使。間違いなく、死天衆の一柱だった。 「──死天衆が一柱アザゼル。ハルモニア皇帝ゼノンの命を受け、貴卿を迎えに参った……セラフィナ・フォン・グノーシス?」 ドラゴンの背から軽やかに飛び降りると、アザゼルと名乗った堕天使はわざとらしく丁寧に一礼した。 「……残念。アモンじゃないんだね」 底冷えのするような声でセラフィナが呟くと、アザゼルは自らの顔を象ったデスマスクの奥より、くぐもった笑い声を発しながら、 「生憎アモンは私と違って、そこまで暇ではないのでね……私が迎えの使者では不服かな?」 「かなりね。ベリアルじゃないだけ、まだマシだけど」 この世の終わりの如き雰囲気を醸し出すセラフィナとは対照的に、アザゼルは何処か嬉しそうである。 「──帝都までは転移魔法で行くかい? それともドラゴンの背に乗って、優雅な空の旅を楽しみたいかな?」 「後者で。全く楽しめそうにはな
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-20
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第二章 第36話 新たなる依頼

帝都アルカディア──大神殿の敷地内にある竜舎前に着陸するや否や、セラフィナたちはアザゼルに、大神殿の地下にある部屋まで案内された。 大神殿内の他の場所とは異なり、その部屋は光源が蝋燭の薄明かりしか存在しないため、何と言い表せば良いのか分からぬ不気味さを醸し出している。 「──失礼するよ」 「──どうぞ、入って頂いて構いませんよ」 アザゼルが扉をノックすると、部屋の中から聞き覚えのある声が耳に届き、セラフィナはわずかに眉をひそめた。その隣では、シェイドがセラフィナ以上に、露骨に嫌そうな顔をしていた。 扉がゆっくりと開いてゆく。広々とした空間の中央には大きな作戦卓が設置されており、その上に広げられた世界地図を見ながら、バアルとアスモデウスが何やら不穏な会話をしている。 その少し奥では、ベリアルが机の上に大量に積み上げられた資料に目を通しつつ、グラスに注がれたワインを優雅な所作で口に含んでいるのが見えた。 「──おやおや……誰かと思えば、セラフィナたちも一緒でしたか。呼びに行く手間が省けて何よりです」 「それもまた、君の想定の範疇だろう?」 「否定はしませんよアザゼル。複数のパターンを常に想定しておけば、予想外の事態などそうそう起こりませんからね」 グラスを机に置き、椅子から立ち上がると、ベリアルはにこやかな笑みを湛えながら、セラフィナたちの元へと音もなく歩み寄ってくる。 「療養生活は楽しかったですか、セラフィナ?」 「……悪くはなかったわ。貴方から届いた、あの召集令状のお陰で全てが台無しになったけれど」 「それは良かった──新月の翌日に届くよう、わざわざタイミングを計った甲斐があったというものです」 ベリアルはそう言うと、応接用と思われるスペースへとセラフィナたちを案内する。黒色のソファーやテーブルは何れもシンプルなデザインでありながら、良い素材が使われているであろうことが見て取れる。 「……本題に入る前に聞いておきたいのだけれど、この部屋は一体何?」 ソファーに腰掛けながらセラフィナが尋ねると、向かい合う形で対面のソファーに腰を下ろしたベリアルはニヤリと笑いながら、 「元々は空き部屋だったのですが、使わずにそのままというのも勿体ないと思いまして。皇帝陛下の許可を得て、私たちが普段常駐する部屋にしてみま
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-21
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第二章 第37話 惨憺たる晩餐

都市国家アッカド郊外── パズズを祀った神殿を訪れたのは、清楚な衣装に身を包んだ、まだ年端もいかぬ少女だった。薄化粧の施された可愛らしい顔は恐怖に引き攣っており、華奢な手足は小刻みに震えている。 少女の来訪を待っていたかのように、神殿の奥より舞姫の如き出で立ちをした妖艶なる乙女が、二名の巫女を伴って姿を現す。 フェイスベールで口元を隠したその乙女はすらりとした長身の持ち主であり、神殿の入り口を警護する衛兵たちと比較しても殆ど背丈が変わらない。露出した手足は艶めかしく、何処か蠱惑的でさえあった。 「──待ち侘びたぞ」 少女を見下ろしながら、乙女は少し掠れた、それでいて少し離れた距離からでもはっきりと聞こえる声で言葉を発した。 「──家族との別れは、済ませてきたのであろうな?」 「……はい、ラマシュトゥ様」 少女は力なく頷くと、乙女──ラマシュトゥの元へと、ゆっくりとした歩調で歩み寄る。ラマシュトゥは少女の頬を慈しむように撫でると、ベールで覆い隠された口元に邪悪な笑みを浮かべながら、 「──宜しい。ほれ、そのような暗い顔をせず、もっと喜ぶが良いぞ小娘……其方はこれから、其方の敬愛する主の一部となれるのじゃ」 神殿の最奥に佇む、巨大なパズズ像……その目の前に設置された祭壇の上へと、少女は静かに横たわる。蝋燭の薄明かりに照らし出されたパズズ像の顔は、まるで牙を剥き出しにして怒り狂っているように見える。 風向きが変わった。否……風そのものが、その在り方を大きく変容させたと言った方が良いかもしれない。 それまで吹いていた乾いた風とは異なる、何処かねっとりとした生暖かい風……少女や巫女たちの顔に、たちまち珠の如き汗が浮かび上がるも、そんな中でもラマシュトゥは一人平然としていた。 獣の如き唸り声が、神殿内に響き渡る。すぐ近くにまで迫って来ている濃厚なる死の気配に怯えているのか、少女の呼吸は徐々に浅く早くなってゆく。 ラマシュトゥが含み笑いながら、少女がその身に帯びていたパズズ像を握り潰すと同時──自分を見下ろす異形を目の当たりにした少女は、恐怖のあまり大きな悲鳴を上げた。 熱風を纏ったその異形は、神殿内に鎮座している巨像と比較しても遥かに巨大だった。雄々しき獅子を思わせる頭部と腕に、猛禽類を彷彿とさせる、背に生やした四枚の
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-22
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第二章 第38話 束の間の安息

出立前夜── シェイドが水を口に含みつつ、ベリアルから手渡された資料に目を通していると、部屋の扉を軽くノックする音が耳に届いた。 このような夜更けに、一体誰だろうかと訝しんでいると、ほんの少し舌足らずな聞き覚えのある声が、扉の向こう側から聞こえてきた。 「──私です。キリエです、シェイドさん」 「キリエか……どうぞ、入っても構わないよ」 シェイドが返事をすると扉が開き、寝間着姿のキリエがグラスの乗ったトレイを携えながら、部屋の中へと入ってくる。 少し遅れて、これまた寝間着姿のセラフィナと、マルコシアスも部屋の中へと入ってきた。てっきりもう既に彼女は就寝しているものだと思っていたシェイドは、両目をわずかに見開いた。 「意外だな……まだ起きていたのか、セラフィナ」 「……偶々だよ、シェイド。何故だか今夜に限って、思うように眠りに就くことが出来なくてね」 シェイドと向かい合うような形で、キリエの直ぐ隣に腰を下ろすと、机の上に散らばっている資料を見つめ、セラフィナはわずかに目を細めた。 「──精が出るね、相も変わらず」 シェイドが目を通していたのは、ベリアルたち死天衆の面々が纏めた、砂漠地帯に出没する魔族に関する資料だった。姿形、生態、急所などが簡潔かつ丁寧に纏められている。 姿形や体色などを変化させる能力を持ち、ハイエナを装って人間の死肉を漁ったり、旅人を砂漠の奥地へ誘い込んで襲う食屍鬼(グール)や、炎を始めとした様々な魔術を操る獰猛なる悪鬼イフリート、涙の王国にも出没していた、人面の巨大な蝗アバドンなど、実に様々な魔族が砂漠地帯には生息している。 中でも危険とされているのが、人間を遥かに上回る巨体を有する蠍(サソリ)の怪物"パピルサグ"。強固な背甲は生半可な攻撃では傷一つ付かず、大きな鋏の殺傷能力は非常に高い。それに加えて尻尾の貫徹力も高い上に、強力な猛毒まで兼ね備えている。 アバドンとは違い、砂の中に巧妙に姿を隠し、音もなく近くにまで忍び寄ってくるため、事前に察知することが難しい難敵である。巨体に見合わず素早く動き回る点も厄介だ。 涙の王国を調査した前回とは異なり、アモンという圧倒的強者がいるとは言え、やはり事前に現地の敵対的な存在について知っておくことは必要である。シェイドはそのように考えていた。 「─
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-24
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第二章 第39話 未知なる土地を目指して

晴れ渡った空の下、セラフィナたちを乗せたドラゴンは、ハルモニアと精霊教会の勢力圏との国境に位置するハルモニア国境守備隊の駐屯地を目指し、帝都アルカディアを出立した。 帝都アルカディアから国境守備隊の駐屯地までは丸一日、駐屯地から精霊教会本部がある都市国家アッカドまでは駱駝(ラクダ)で一週間ほど。これはあくまで予定通りに移動が出来た場合の話なので、実際は予定より遅くなることが大いに予想される。 「…………」 大きな欠伸をするマルコシアスの顎の下を優しく撫でてやりながら、セラフィナは遙か遠方に聳え立つ、蜃気楼の如く不規則に輪郭を変化させる巨大な砂時計を、何処か感情の凪いだような目で見つめていた。 「──浮かない顔をしているな?」 ドラゴンを慣れた手付きで御しながら、アモンが見向きもせずにそう問い掛けると、セラフィナは風に吹かれて大きく靡く、艶やかな銀色の長髪を片手で押さえつつ、 「──まぁ、ね。正直なところ、今回の依頼は気が進まないんだよね」 「気持ちは分からんでもないが……ベリアルからの依頼内容が基本的に碌でもないものしかないのは別に、今に始まったことではなかろう?」 「それはそう。出来ることなら、彼からの依頼なんて一つも引き受けたくないけれど」 憂いを帯びた目で、小さな溜め息をほっと一つ吐くセラフィナ……草臥れたその様子からは、まだ齢十六の清らかで可愛らしい少女とはとても思えない、何とも言えない哀愁が漂っている。 セラフィナの隣では、やや寝不足気味なのかキリエが彼女の肩に寄り掛かりながら静かな寝息を立てており、対面では目の下に隈を作ったシェイドが黙々と愛用する武器の手入れをしていた。 この場に存在する全員が草臥れているのは、最早呪いか何かの類ではなかろうか。物理的、精神的の違いはあれど、全員が草臥れているとは、悪い意味で奇跡的なメンバー構成である。 果たしてこのメンバーで無事に役目を終え、生きて再び故郷の土を踏めるのだろうか。既に草臥れている面々を見ていると、些か不安になってくる。 恐らく、全く同じことをシェイドやアモンも思っていることだろう。否、傍から見れば呑気に眠っているようにしか見えないキリエでさえも、同じことを憂いているかもしれない。 その時──突撃を告げるラッパの勇ましい音色が複数、高らかに響き渡る。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-25
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