夜明け前── シェイドは眠れないことに若干の苛立ちを覚え、ベッド上で何度も寝返りを打っていた。 涙の王国をセラフィナやマルコシアスと共に調査していた時、魔族の襲来に備えて座ったまま寝ていたので、身体がそれにすっかり順応してしまったのだろう。 ベッドの寝心地はかなり良いのだが、どうにも落ち着かない。慣れるまでは暫し時間が掛かりそうだ。 「……どうしたものかな」 外はまだ暗く、日が昇る気配もない。夜明けまで、屋敷の外で剣でも振ろうか。そう思った矢先── 「……うん?」 部屋の扉を軽くノックする音が聞こえ、シェイドは首を傾げる。このような時間に一体、誰だろうか。 訝しんでいると、扉の向こうから初老の男のものと思われる、やや嗄(しわが)れた声が聞こえてきた。 「──ナベリウスで御座います、シェイド殿。まだ起きていらっしゃるご様子でしたので、お声掛け致しました」 「あぁ、執事さんか……こんな時間に一体、何の用だ?」 「大した用事ではありませぬが──そうですな、貴方様が中々寝付けぬご様子でしたので、若し宜しければ、この私めと茶でも飲みつつ世間話でもどうかと思いまして。貴方様のお口に合うかは分かりませぬが、茶菓子も幾つかご用意しております。如何でしょう、シェイド殿?」 断る理由はない。ナベリウスが気を遣ってくれた可能性も考えると、寧ろ有難いとさえ思った。 「──どうぞ、入って」 「ありがとう御座います。では──」 シェイドが扉を開けると、ティートロリーと呼ばれるワゴンを押しながら、ナベリウスが部屋の中へと入ってくる。皿に丁寧に盛り付けられた焼き菓子の匂いが室内に漂い、鼻腔を程よく刺激した。 シェイドをソファーに座らせると、ナベリウスは手際良くささやかな茶会の準備を始める。 「最近は専ら、焼き菓子を作ることに夢中でして……普段なら侍女のラミアやエコーに試食してもらうのですが、生憎とこの時間は二人とも夢の中。些か作り過ぎたなと途方に暮れておりましたところ、貴方様が起きていて下さったわけで御座います」 「……へぇ、張り切り過ぎたわけだ」 「はい、貴方様の仰る通りです。少々、恥ずかしいですな」 恐らくは、寝付けないことを見越してわざわざ用意してくれたのだろう。嬉しそうに紅茶を淹れるナベリウスを見ながら、シェイ
Terakhir Diperbarui : 2025-05-15 Baca selengkapnya