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幕間 第31話 セラフィナとラミア

Author: 輪廻
last update Last Updated: 2025-05-16 11:00:44
ガーデンチェアにゆったりと腰掛けながら、セラフィナは今朝届いたばかりの新聞記事に目を通していた。

「──帝国軍、涙の王国に進駐……ふぅん?」

ハルモニア国内最大手の新聞社が出したその記事の大見出しを見ると同時、セラフィナの目がすっと細められる。ただでさえストレスが溜まっていると言うのに、追い討ちをかけるように嫌なことが起こるのは何故なのだろう。

その記事によると、涙の王国に進駐したのは帝国第三軍。堕天使エリゴールが率いる、精鋭揃いの帝国軍の中でも屈指の戦力と練度を誇る大部隊である。

指揮官である堕天使エリゴールとは、嘗てベリアルやゼノンに呼ばれて帝都アルカディアに赴いた際、何度も顔を合わせたことがあった。反対に彼自身が、グノーシス辺境伯領を訪れたことも何度もある。

帝国軍所属であることを示す黒の将官服が良く似合う、切れ長の目が特徴的な爽やかなる好青年と言った風貌の貴公子で、会う時は決まってにこやかに笑っていたのを、今でもよく覚えている。

声を荒げるようなことはなく常に態度は穏やかで、セラフィナが小さかった頃には、彼女やマルコシアスの良き遊び相手にもなってくれた。

気さくで親切……非の打ち所が全くないようにも思えるが、そんな彼にもただ一つ致命的な欠点があった。

エリゴールの抱える致命的な欠点──それは彼が、戦争というものを娯楽としてこよなく愛していることである。

エリゴールは、生まれながらにして戦の天才だった。それ故に自らの存在意義を、常に戦場に求めていた。

死天衆の一柱バアルが強者との血湧き肉躍る戦いを求める戦闘狂であるならば、エリゴールは計略や奇策、用兵術などをフル活用して、敵の大軍を蹂躙することに快楽を見出している、さしずめ戦争狂と言ったところであろうか。

そんな彼が率いる帝国第三軍を、涙の王国に進駐させるなど正気の沙汰とは思えない。"崩壊の砂時計"が終末までの秒読みを刻み続けているこの状況で、聖教会と再び世界全土を巻き込む大戦争を始めようとでも言うのだろうか。

「──"お前たちを生かして帰せば必ずや、死天衆がハルモニア帝国軍の本隊を率いてこの地に進駐する"、か」

今は亡きベルフェゴールが一騎討ちの際、自分に向けて言い放った言葉を、セラフィナは噛み締めるように口にする。結局は、彼の言った通りになってしまった。

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Comments (1)
goodnovel comment avatar
憮然野郎
世界観として通常がどうしてもシリアスなだけに、たまにこのような日常回があるのは嬉しいですね...️... 元気いっぱいにはしゃぐキリエの姿を想像すると、幸せな未来や希望を求めたくなります...
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