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幕間 第33話 軍神、来訪

Author: 輪廻
last update Last Updated: 2025-05-18 11:00:43

セラフィナとラミアが庭園で午後のティータイムを楽しんでいると、一陣の風と共に一人の堕天使が、転移魔法を用いて姿を現した。

帝国軍の、それも上層部所属であることを示す黒の将官服を身に纏い、ハルモニアの国章が装飾されている制帽を目深に被っているその堕天使は、セラフィナのよく知る存在であった。

目深に被っていた制帽を脱ぐと、短く切られた銀髪と、涼やかな深紅の瞳が特徴的な、爽やかな好青年といった風貌が露わとなる。

「──久しぶりだね、セラフィナ」

堕天使がにこやかに微笑みながら挨拶すると、セラフィナはゆっくりと椅子から立ち上がり、右手を胸に当て、足を軽く交差させながら丁寧に一礼した。

「──久しぶりだね、エリゴール」

黒を基調とした帝国軍の将官服が良く似合う、彼の堕天使の名はエリゴール。余りの戦上手ぶりから"軍神"と謳われる、死天衆に次ぐ実力を有する強者。槍の名手にして、常に数手先の未来を見通す力を持った、生粋の兵法家である。

「──涙の王国の調査で、君が結構酷い怪我をしたと上から聞かされてね。何とか時間を作って、見舞いに行きたいと前から思っていたんだよ」

セラフィナと向かい合うような形で、対面の椅子に腰掛けると、エリゴールはラミアが淹れた紅茶を口に含みながらほっと溜め息を吐いた。

「何にせよ、思ったより元気そうで良かったよ」

「ありがと、エリゴール。でも良いの? こんなところで呑気に油を売って。上から叱られたりしない?」

数日前の新聞には、エリゴール率いる帝国第三軍が涙の王国に進駐したと書かれていた。今の彼は本来、進駐先の涙の王国にいるのが普通であり、そんな彼がグノーシス辺境伯領にいるのは明らかに異常だった。

そんなセラフィナの心配を余所に、エリゴールはラミアの焼いたクッキーを美味しそうに食べながら、

「……正直、今の段階では、僕が率先してやらないといけないことは、殆
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  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第一章 第27話 想いを遺して

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