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幕間 第65話 新たなる神

Author: 輪廻
last update Last Updated: 2025-06-25 11:00:55
聖教会勢力某所──

教会の薄暗い告解室に、一人の若い修道女《シスター》が姿を現した。外は激しい雷雨なのか、落雷の轟音が断続的に聞こえてくる。

「うっ……うっ……」

両膝を付くと、シスターは啜り泣きながら胸の前で手を組み、祈りを捧げる。啜り泣く声は少しずつ、少しずつ大きくなってゆく。

「うっ……ううっ……!」

悲しみ、怒り、憎しみ……それは、あらゆる負の感情が綯い交ぜとなったかの如き、深く昏い泣き声であった。

やがて──

仕切りの向こう側に、人の形をした何者かが悠然と姿を現す。ゆったりとした赤い衣を身に纏い、フードを目深に被ってその素顔を覆い隠した、男とも女ともつかぬ何者か。

仕切り越しにぼんやりと映る影には大きな翼のようなものが生えており、禍々しいほどの負のオーラが全身から滲み出ている。けれども、シスターの目には、その者の姿は酷く神々しく映っていた。

「……あぁ、神よ。どうか、私の罪をお聴き下さい」

そう言って、シスターは涙ながらに自らのことを語り始めた。

彼女は農村部で敬虔な聖教徒の家に生まれた。生活は貧しかったが父も母も優しく、彼女は沢山の愛情を注がれて育った。

だが、あの忌々しい"最終戦争《ハルマゲドン》"の勃発が全てを変えた。ハルモニアが死天衆の助力を得て逆襲に転じ、聖教会は不足した兵力を一般から補充する方針を執った。

彼女の父も聖教会によって徴兵され、まともな訓練も受けさせて貰えぬまま戦地へと送り込まれた挙句──上空から飛来したドラゴンの奇襲によって帰らぬ人となった。

労働力の不足により、彼女の暮らしていた農村部の人々は生活が困窮した。戦後、食い扶持を得るために、彼らはハルモニアに内通した"魔女"を枢機卿クロウリー率いる異端審問会に告発した。

その多くは、戦で配偶者を亡くした未亡人や、身寄りのない子供であった。彼女の家もまた例外ではなく、母は村の年寄衆によって激しい性的暴行を受けた後、異端審問官たちに連行され──数日後に火炙りとなった。

異端審問会から多額の褒賞を与えられ、狂ったように喜ぶ村人たちの姿は、愚かしく醜い獣そのものだった。

身寄りを失くした彼女は孤児院に引き取られ、やがて聖教会の修道女となる。笑顔を決して絶やさず、如何なる時も希望は必ずあると、敬虔なる聖教徒たちに説く日々。

けれ
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