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All Chapters of あおい荘にようこそ: Chapter 81 - Chapter 90

129 Chapters

081 私たち、これからも

 「あのその……ただいま、です……」 16時を回った頃に、菜乃花が戻ってきた。 この時間、入居者たちは入浴が終わり、部屋で休んでいることが多い。 スタッフたちは夕食の用意をしていて、そういう意味では、あおい荘が一番静かな時間帯でもあった。「あ……」 廊下を歩くつぐみが、菜乃花の姿に足を止めた。「お、おかえりなさい、菜乃花」「あ、はい……ただいま戻りました、つぐみさん……」 そう言って、二人共視線を逸らす。「じゃ、じゃあ私、夕食の準備に」「つぐみさん」 立ち去ろうとしたつぐみに向かい、菜乃花が声を掛けた。「その……ちょっとだけお時間、もらえませんか」「あ、その……私ほら、夕食の準備が」「行ってこいよ」 直希が現れ、つぐみにそう言った。「直希……」「菜乃花ちゃん、おかえり。学校、どうだった?」「あ、はい……かなり微妙な空気でした。先生も、私が実行委員を辞めたいって言ったら慌てちゃって。でもクラス会できちんと、みんなに謝って辞めることが出来ました」「そっか」「はい。それにみんな、私の髪を見てびっくりしちゃってて。今日は私に嫌がらせするの、忘れてたかもしれません」「ははっ。でもあんまりなことがあったら、ちゃんと言ってね」「はい、ありがとうございます」「つぐみ、菜乃花ちゃんと行ってこいよ」「でも私、夕食の」「任せろって。もうほとんど出来てるんだし、大丈夫だよ」「……」「せっかくのお誘いなんだ」「……分かったわ。
last updateLast Updated : 2025-08-03
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082 あおい日記

  夜。 あおいは部屋で、日記を書いていた。  * * * あおい荘に住むことになった次の日、つぐみと一緒に買い物に出かけた。 直希の好意で、衣服や日用品を購入したのだが、ひと通り買い終えた頃につぐみから、「他に何か、必要な物はあるかしら」そう聞かれ、我儘と思いながらもお願いしたのが、この一冊の大学ノートだった。 風見の家にいた頃の自分は、ただの人形だった。父が望むような娘になることだけを考え、父の言う通りに生きてきた。 その自分が風見の家を捨て、生まれて初めて自分の意思で、自分の足で人生を歩もうとしている。 直希と出会い、直希から、「ここにいてもいいんだよ」そう言われた瞬間から、自分は生まれ変われたような気がした。 新しい人生の始まり。 その一日一日を書き記していきたい。そう思い、ノートの表紙に「あおい日記」と書いた。 「……」 今日の分を書き終えたあおいが、ノートをめくる。 どのページを見ても、口元がほころんでいく。 辛いこともあった。哀しいこともあった。 しかしどれを見ても、自分にとっては宝石のように輝いた、何物にも代え難い大切な思い出だった。 そして。その思い出の全てに直希がいた。 どんな時も直希は一番前に立ち、問題の解決に全力を尽くしていた。 そんな直希を間近で見ながら、あおいはいつも憧れの気持ちを持っていた。 菜乃花のいじめの事件から、もうすぐ一か月になる。 あおい荘はこれまで以上に明るく、和やかで楽しい場所になっていた。 大きな事件が起こるたびに、それを乗り越えた時に感じるこの気持ち。 人はこうして、絆を深めていくんだと学んだ。 菜乃花の時、これまでのどんな事件よりも重く、暗い絶望感があおい荘を支配した。 自分にとって師でもあるつぐみの傷心、その姿にショックを受けた。 4人しかいないス
last updateLast Updated : 2025-08-04
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083 幼馴染と家出少女

  部屋で一人、直希はビールを飲んでいた。 彼にとってそれは、かなり珍しいことだった。 仕事が終わったとはいえ、ここはあくまでも高齢者の住む住宅。深夜に入居者の体調が崩れ、対応しなければいけなくなることがあるかもしれない。 そういう思いが身に染みついて、基本彼は酒を飲まないようにしていた。 しかしここしばらく、彼は仕事が終わると、こうして一人酒を飲むことが多くなっていた。  菜乃花が言ったあの言葉。「直希さんの心の中に今、気になっている女の人、いますか」 あれから一か月。この言葉が、胸の奥に突き刺さったままだった。 その言葉が脳裏をよぎるたびに動揺し、それを打ち消そうとした。 恋愛に興味がない、そう自分に言い聞かせてきた筈だった。 それなのにあの時、二人のことを意識している自分に気付いてしまった。 * * * 風見あおい。 自分のことを信頼し、このあおい荘で働くことを誰よりも楽しみ、生きがいに感じている女の子。 彼女については、まだまだ謎が多い。彼女の実家がどこにあり、どれほどの影響力を持つ家なのかも知らない。 ネットで調べれば、少しは情報も入ってくるのかもしれない。しかし直希は、あえてそれをしなかった。 彼女のこれまでを知ることが、それほど重要だとは思わなかった。それよりも、これからの彼女の為に何が出来るか、それを考える方がよほど建設的だと思ったからだ。 彼女はここで、人生の喜びを知った。 日々の姿を見ていても、毎日が新しい発見の連続で、それが楽しくて仕方がないように思えた。 これまでの数々の問題の時も、彼女は自分たちを信頼し、応援してくれた。 その励ましに、何度勇気をもらったことか。 彼女の無垢な性格から来るものなのか、何度となく彼女に抱擁された。その度に、自分より遥かに大きな存在に包まれているような気持ちになった。今は亡き母に抱き締められているような、そんな安息感を覚えた。 しかしそれは、女性に対
last updateLast Updated : 2025-08-05
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084 あの場所で

 「おまたせ」 海辺の階段に座っているつぐみに、卒業証書を持った直希が声をかけた。「ごめんなさい、こんな所に呼び出して」「いいよ。それよかほら、これ飲めよ」 そう言って、ポケットから缶コーヒーを取り出した。つぐみは「ありがとう」、そう言って受け取ると、冷たくなった手を温めるように持った。「やっと卒業だな、俺らも」 つぐみの隣に座った直希が、穏やかな海を眺めながら缶コーヒーを口にする。「そうね……」「お前とは保育園からずっと一緒だったけど、この腐れ縁もついに切れるんだな」「腐ってて悪かったわね」「いやいや、言わなきゃいけないお約束って思っただけだから。他意はないよ」「……馬鹿」「お前はこれから、子供の頃からの夢を叶えるために頑張るんだ。何の目標も持ってない俺からしたら、本当にすごいと思うよ」「……直希はどうするの、これから」「特に考えてないかな。大学に入ってから、ぼちぼち考えるつもりだよ」「まだ目標……見つからないんだ」「何も考えずに生きてきたからな。大学だって、何かしたくて行く訳じゃない。まだ何をするのか決めてないから、とりあえず受験したってだけだ。それよかほら、早く飲まないと冷めちまうぞ」「そうね。手もそろそろ温もったし」 そう言って、ポケットから飴玉を取り出し、口に放り込む。そしてコーヒーを流し込んだ。「……相変わらずそうやって飲むんだな、お前」「そうね。小学生の頃からだから、これが当たり前になってるわ」「そこまでしてブラックで飲むってのも、よく分からんけどな」「これでいいのよ。私はコーヒー、ブラックでしか飲まないって決めてるんだから。ただ……まだちょっと苦いから、飴を舐めながらでないと飲めないって言うか」
last updateLast Updated : 2025-08-06
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085 奏ーかなでー

  しばらくして、落ち着いたつぐみは顔を上げ、涙を拭いた。「でもね、直希……私はそんなあなたを、ずっと見てきたの。 あなたはあの日から、人が変わったようになった。あんなに我儘だったのに、聞き訳もよくなって、誰の言うことでも素直に聞くようになった。勉強も真面目にするようになったし、家でもいつもお手伝いしてた。でも……私はあなたが笑ってるところ、あの日から一度も見ていない」「そんなことないだろ。俺だって、楽しい時は笑ってるよ」「笑ってないわ。あの日あなたの中に、とても大きなブレーキが生まれたの。楽しい時も、いつも笑ってる自分を俯瞰して、ブレーキをかけていた。何笑ってるんだ、俺は。俺に笑う資格なんてないだろうって」「……」「幼馴染を舐めるんじゃないわよ。隠しても分かるんだから」「……自分でも自覚してた訳じゃない。でも……よく見てるんだな、つぐみ」 そう言ってうつむき、唇を歪めた。「でも私は……そんなあなたのこと、ずっと好きだった。私の想いはあの時から、いいえ、あの時以上に強くなってる。ずっとあなたの傍で、いいところも悪いところも見てきた。そして私は……やっぱりナオちゃんのこと、好きなんだって思った……これからもナオちゃんと、ずっと一緒にいたい、人生を歩んでいきたい、そう思ったの。 直希……好き、大好き……あの頃の私は、好きってどういうことなのか、よく分かってなかった。でもあの時、あなたを望んだ気持ち。それは間違ってなかったと思ってる……私はこれからも、ずっとあなたの隣に立っていたいの……」 そう言ってつぐみが目を閉じ、直希に顔を近付ける。 つぐみの吐息が間近に迫る。このまま身を委ねれば、あの日のようにつぐみと唇を重ね、安息感に包まれる
last updateLast Updated : 2025-08-07
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086 交錯

 「あれから10年かぁ……」 浜辺の階段で一人、つぐみがぼんやりと海を見ていた。  * * * あの日聞いた、直希が背負っていた大きな十字架。 直希は誰にも頼らず、一人で背負って生きてきた。 毎日毎日、彼は両親と妹への贖罪の為に生きている。 それはどんなに辛い日々だったろう。 しかしこの10年で、直希は少しずつ変わっていった。 大学で出会った、介護の道を目指すようになった。何もなかった彼が、生まれて初めて持った夢。それはつぐみにとって、希望でもあった。 勿論、根本的には何も変わっていない。彼が利用者に対して行っているのは、自己犠牲でしかなかったからだ。 利用者に尽くすことが、彼にとっての贖罪行為になったのだろう。 だから彼は、自らをないがしろにしてでも、この仕事に向かっていった。例え我が身が砕けようとも、本望なのだろう。 そんな彼の思いを知ったから、つぐみは直希を守ろうとした。 卒業してからも直希に寄り添い、仕事の相談にも乗った。あおい荘を立ち上げたいと言った時も、全身全霊をもって応えようとした。 あおい荘が始まった時の、直希の笑顔が忘れられない。 確かにまだ、小さな一歩なのかもしれない。でも直希は、その一歩すら踏み出すことが出来なかったのだ。 だからこれは、大きな大きな一歩なのだ。 そう思い、直希を見守った。 そして夏。 大きな事件が起こった。 これまで頑なに、スタッフを雇うことを拒んできたあおい荘に、一人のスタッフが入ってきた。 風見あおい。 初めて彼女に会った時、その無垢な笑顔に吸い込まれそうになった。 この子は、自分が持っていない物を全て持っている。そう思った。 未だ直希への想いを諦めきれずにいる自分にとって、あおいとの出会いは脅威でもあった。 明日香や菜乃花と出会った時にも感じなかった、この気持ち。 彼女は本能的に
last updateLast Updated : 2025-08-08
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087 文化祭

 「いつもすまないね、菜乃花くん」「あ……生田さん、こんにちは」 花壇の手入れをしている菜乃花に、生田が声をかけてきた。「最近まで忙しかったようだが、時間を見つけてはこうして花の手入れもしてくれている。おかげで今年も、綺麗な秋桜を楽しむことが出来た。ありがとう」「そんな……生田さんこそ、いつも声をかけて下さって嬉しいです」「少し……見ていても構わないかね」「あ、はい。勿論です」 雑草を抜き終えた菜乃花が、花壇に水をやる。その姿を見つめながら、生田が目を細めた。「文化祭、無事に終わったようだね」「はい。色々ありましたけど、今までで一番楽しい文化祭だったと思います」「クラスの中では、その……相変わらずなのかな」「いえ、文化祭が終わってから、みんなが話しかけてくれるようになりました。直希さんとあおいさんのおかげです」「特にあおいくんは、大活躍だったみたいだね」「はい。本当に助かりました」  * * * 文化祭。 菜乃花に代わって実行委員になったのは、菜乃花に嫌がらせをしていた中心人物、吉澤玲奈だった。 吉澤は、自分が菜乃花よりも出来るところを見せつけようと、かなり強引に企画を通していった。教師や周りの者たちも、その暴走ぶりに助言をしたのだが、その度に「小山さんのせいで遅れちゃったから。これぐらいのペースでいかないと間に合わないんです」そう言って聞かなかった。それはかつて自分を振った、菜乃花に告白した男子生徒へのアピールでもあった。 最終的に出し物として、「焼きそば喫茶」となることが決定した。 吉澤は、二日間のイベントで多すぎないかと言われたが、自分の企画ならいけると、100食分の材料を発注したのだった。 しかし前日に届いた材料は、1000食分だった。発注の時、一桁打ち間違えてしまったのだ。
last updateLast Updated : 2025-08-09
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088 人の心

  クラスメイトたちが、直希とあおいのテーブルを囲むように集まり、食べる様を呆然と見ていた。「はい、おかわり下さい」「あ、は、はい。どうぞ、直希さん」「ありがとう、菜乃花ちゃん。しかしここの焼きそば、おいしいね。海で食べた焼きそばを思い出しちゃったよ」「あ、ありがとうございます。それでその……直希さん、大丈夫ですか」「うん、まだ大丈夫かな。この調子なら、あと10人前はいけると思うよ」「そうなん……ですか……直希さん、本当に食べれるんですね」「大先生にはかなわないけどね」 そう言って、直希が笑った。「むぐむぐ……むぐむぐ……お、おかわりお願いしますです!」「は、はい! どうぞ!」「ありがとうございますです……むぐむぐ……むぐむぐ……」 皆が、あおいの食べっぷりに言葉を失っていた。 調理場が間に合わないほどのペースで、あおいが次々と焼きそばを平らげていく。 そしていつの間にか、周りに集まった生徒たちから、二人への声援が生まれていた。「頑張れー」「ははっ、すごいな、このお姉さん」「あんなちっこい体の、どこに入ってるんだ」「俺、見てるだけで腹が膨れてきたぞ」「おまたせしました! これが最後になります!」 そう言って、残り20食分の焼きそばが運ばれてきた。調理を終えた生徒たちも集まり、皆の視線は直希とあおいへと注がれた。 最後の10食になると、どこからともなくカウントダウンが始まった。「10! 9!」「むぐむぐ……むぐむぐ……」「8! 7! 6!」「むぐむぐ…&helli
last updateLast Updated : 2025-08-10
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089 強さの意味

 「あと……すいません生田さん、もうひとついいでしょうか」「……ああ」「台風の日、私その……直希さんと色々お話しすることが出来たんです。それで……その中で、自分の中でよく消化出来てないことがあるんです。お聞きしてもいいですか」「ああ。うまく答えられればいいが」  * * *「私……これからどうすればいいんでしょうか」 直希の部屋で、菜乃花がそう言ってうなだれた。「……」「私……みんなの視線が耐えられなくて、最終的にその……逃げてしまいました。これからどうしたらいいのか分からなくて、帰ってからずっと考えてました。でも……いくら考えても、悪い方悪い方にばっかり考えてしまって……」「……3つかな。俺が菜乃花ちゃんにお願いしたいことは」「3つ……ですか」「うん。まず1つ目は、ちゃんと食べて、毎日お風呂に入ること。そして2つ目は、一日一回でいいから外に出ること。そして3つ目は」「……」「笑顔でいること」「え……それだけ、なんですか」「うん、それだけ。もっと言って欲しかったかな」「いえ、その……私、学校に戻るべきだとか、実行委員、負けずに頑張れとか、そういうことを言われると思ってたので」「そうだね、そう言う人もいると思う。でも俺は、この3つだけ。まず……1つ目は分かるよね。ちゃんと食べてお風呂に入る」「はい……昨日、明日香さんにも言われました」「食べるって
last updateLast Updated : 2025-08-11
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090 無限の選択

 「ちょっと理屈っぽくなっちゃったけど、要するに俺が言いたいのはこれ。人生の選択肢なんていくらでもある。ましてや菜乃花ちゃんはまだ18歳。俺たちよりも遥かに多い、たくさんの選択肢があるんだ。 自分が下した決断がうまくいかなかった、そんなことでくよくよしてほしくない。勿論、うまくいくようにベストを尽くすのは大賛成。でも駄目だったとしても、それで菜乃花ちゃんの人生が否定されるなんてこと、絶対にないから。 その上で大切なのは、笑顔でいること。ネガティブな気持ちからは余りいい考えが浮かばない。常に笑顔で、何事にもポジティブになっていくこと。まあ、これが案外難しいんだけどね。でもこれは、俺自身もいつも自分に言い聞かせている」「……」「だから話を戻すけど、逃げることは恥じゃない。これは覚えておいてほしい。そして、折角自分を守る為に逃げたんだから、逃げる前より笑顔になってほしい。自分の選択が間違ってなかったと証明する為にも、自信を持って楽しく過ごしてほしい。そうしたら必ず、次の展開が見えてくるはずだから」「直希さんのお話……そんな風に言われたこと、今までなかったから少し戸惑ってます。本当にその……そんな風でもいいんでしょうか」「菜乃花ちゃんは今、次のステップに進む為の準備をしてるんだよ。生き方の問題だから、時には厳しいことも言わなければいけないこともある。でも今の菜乃花ちゃんは、戦って戦って、ボロボロになっている。今はそういう時じゃないと思う」「……」「要はケースバイケースってこと。菜乃花ちゃん、そんなに深く考えなくていいよ。菜乃花ちゃんの人生はまだまだこれからなんだ。何度でもやり直しはきくし、今よりもいい人生を歩むことだってきっと出来る。だから心配しないで、楽しく毎日を過ごしてほしい、そう思うよ」  * * *「……なるほど。直希くんらしい意見だね」 秋桜を見つめ、生田が微笑んだ。「学校に戻ると決めた時
last updateLast Updated : 2025-08-12
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