凌駕だけでなく、星も、自分の耳を疑っていた。二人とも、しばらくのあいだ謙信を呆然と見つめる。星は、信じられないという顔のまま問いかけた。「……今、なんて言いました?」謙信は、辛抱強く同じ言葉を繰り返した。「一兆円です」星は、さらに念を押した。「藤原さん、本気で言ってるんですか?冗談じゃなくて?」「信じられないようでしたら、今すぐ契約書にサインしていただいても構いませんよ」謙信は、淡々とそう答えた。星はまだ疑いを捨てきれず、食い下がる。「取り分が一割っていう以外に、そちらの旦那様から何か条件は?」謙信は、やわらかく微笑んで首を振った。「特にはありません」星は少しだけ躊躇し、さらに踏み込む。「……その旦那様って、どういうお名前なんですか?どこのグループの経営者なんでしょう」謙信の視線が、ごく自然を装いながら、すっと仁志のほうへ流れた。そして、ゆっくりと言った。「星野さんには……Rさんとお呼びいただければ」「Rさん?」星が眉をひそめる。謙信は、事情をかいつまんで説明した。「諸々の都合がありまして、今は身元を公にするのが難しいのです。どうかご理解ください」話を聞けば聞くほど、星には荒唐無稽に思えてきた。正体も明かさない人物が、いきなり巨額の投資――しかも一兆円。信じろ、というほうが無理がある。もしかして、怜央か朝陽が送り込んだ妨害要員?そんな疑念すら、頭をかすめる。星の考えを見透かしたように、謙信が続けた。「ご安心ください。この投資に関しては、何の問題もありません。もしご不安なら、まず半分だけデポジットとしてお支払いしても構いません」「……会社の査定はしなくていいんですか?」星は半ば呆れ気味に尋ねた。「星野さんの会社については、すでに調査済みです。うちの旦那様は、あなたの実力を高く評価しておられる。『あなたなら、また新しい奇跡を起こす』と」星は言葉を失った。――正直、自分ですらそこまでの自信はないのに。謙信は、用意してきた書類を差し出した。「今回の投資に関する資料です。ゆっくりお考えください。お返事は、後ほどで結構です」星は軽くうなずき、わざわざエレベーターまで見送った。本当に、じっくり考える必要がある。これが罠でないのなら――今の星に
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