夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する! のすべてのチャプター: チャプター 361 - チャプター 370

534 チャプター

第361話

勇は言った。「その......あのガキが気に入らなくてな。いつも翔太くんをいじめてるから、確かに一言言ってやったんだ。ただ......」すぐに慌てて付け加える。「ただ、それはあくまで俺が言っただけであって、お前の名前は出してないぞ。きっと誰かが勘違いしたんだろう......」影斗が淡々と笑みを浮かべた。「勘違いかどうかなんて、調べればすぐに分かることだ。神谷さん、まさか親友だからって庇ったりはしないよな?」影斗は並みの人間ではない。そう簡単にごまかせる相手ではなかった。雅臣と勇は幼いころからの付き合い。勇が嘘をついているかどうか、雅臣には一目で分かる。雅臣は失望したように目を閉じた。「勇、子どものことに大人の争いを持ち込むな。今回は、本当にやり過ぎだ」勇の顔色が変わった。雅臣が本気で調べれば、こんなもの到底隠し通せるわけがないのだ。「お、俺は......ほんの少し懲らしめてやろうと思っただけだ。あいつがいつも翔太くんをいじめるからだろ?」だが本心では、星から榊親子という強力な後ろ盾を奪いたかった。影斗が守り続けるかぎり、星を陥れるのは容易ではない。前回も、星の不動産や資金を封じたはずが、すぐに影斗が彼女を自分名義の物件に移してしまった。ここ最近、勇の仕掛けはことごとく裏目に出て、逆に星に幸運をもたらしてばかりだった。前回などは大勢から非難を浴び、悪辣な資本家として糾弾され、ネットの罵声に呑まれかけたほどだ。山田家の株価は何日も連続でストップ安。激怒した祖父は、家法を持ち出して彼を鞭打った。背中に残る傷はまだ癒えていない。さらに腹立たしいことに、名誉挽回のため祖父が率先して星を持ち上げる宣伝を始め、彼女を「慈善大使」として祭り上げる雰囲気すら作り出している。「これ以上、星に関して問題を起こせば、俺が自らお前を始末する」と祖父はそう公言したのだ。勇は散々金をつぎ込み、騒ぎを起こした末、結局は星を利するばかり。到底納得できるものではなかった。考えを巡らせるうちに、背後で榊親子が助けているせいだと気づく。もし彼らがいなければ、星を潰すなど蟻を踏み殺すように簡単なことだ。今度は、翔太にしたように、怜も周囲から切り離そうとしていた。そう
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第362話

影斗は視線を落とし、怜に問いかけた。「怜、この件について、父さんが代わりにお前のために筋を通してやろうか?」怜は答えた。「この件のきっかけは、そもそも星野おばさんが翔太お兄ちゃんの誕生日パーティーで、誰かにわざとつまずかされたこと。父さんが本当に僕のためにけじめをつけてくれるなら、星野おばさんを貶めた人たちを罰して」影斗は淡々と口にした。「そういうことなら、その日、星ちゃんを転ばせた連中を全員ここに呼べ。まずは彼女に謝罪させる。それからの処分は......好きに考えればいい」雅臣の目に意外の色が走る。「お前たちは怜のために筋を通そうとしているのか?それとも星のためにか?」影斗の薄い唇がわずかに弧を描いた。「怜の筋道を通すのに、俺の助けはいらない。あいつは自分で通す。ましてや、ただの仲間外れに過ぎん......」意味深な視線が勇をかすめた。「もし本当に耐えられないなら、怜は自分から俺に打ち明けただろう。言ってこない以上、大した問題ではないということだ。ただし、五歳の子どもを狙うなど、下劣にもほどがある。神谷さん、一つ言っていいかどうか迷ってることがある」雅臣は彼を見据えた。「はっきり言え」影斗は冷ややかに告げる。「神谷さんほどの人物が、こんな頭の悪い、トラブルしか起こさない友人をそばに置いているとはな。人の品格は、交わる友人にも表れるものだ。神谷さんの品位も、さほどではないようだな」勇への皮肉だと気づかないはずがない。顔に怒気を浮かべて言い返そうとしたが、清子に腕を掴まれた。清子が首を振ると、勇は腹立たしさを抱えながらも、渋々飲み込んだ。影斗はその様子を見て、眉をわずかに上げた。「どうした、山田さん。自分が後ろめたいとでも思って、この件の責任を負いたいのか?」勇の表情が一瞬こわばり、結局、何も言えずに言葉を飲み込んだ。影斗が本気で責任を問えば、ただでは済まない。今は彼の兄弟分を追及しているのだから、それで済むならそれに越したことはない。兄弟分なんて、都合よく利用するためにあるようなものだ。影斗はさらに数本の電話をかけ、低い声でいくつか指示を出した。そのとき、突然、入り口からせわしない足音が響いてきた。太った中年男が
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第363話

「こ、これは......いったいどういうことなんだ?」そのとき、ずっと黙っていた星が、ゆっくりと口を開いた。「あなたの息子・健太くんは、以前通っていた幼稚園でずっと私の息子――翔太を仲間外れにし、いじめていました。そして今日も、怜くんと口論になった末、殴り合いになったのです」星は監視カメラの映像を、呆然とする三谷社長の前に差し出した。「これは現場の映像です。三谷さん、まずはこちらをご覧になってください」三谷社長は星からスマホを受け取り、にこやかに媚び笑いを浮かべる。「ありがとうございます、神谷夫人」健太は翔太の同級生なので、翔太の誕生日パーティーにも出席していた。そのとき星が辱めを受ける場面も目撃している。だが、商売の世界で老獪に立ち回ってきた三谷社長は、妻のように軽率ではなかった。星を少しも軽んじず、むしろへりくだり、礼を尽くす。その様子を見て、三谷夫人の目は飛び出さんばかりに見開かれ、心の底に不安が広がった。――さっきあんなに傲慢な態度をとってしまったけれど、大丈夫なのかしら?三谷社長はすぐに映像を見終えた。その顔はみるみる蒼白になり、手も震えだしていた。なるほど――影斗と雅臣が自分たちをあんな目で見ていた理由が、ようやくわかった。自分の息子は、翔太をいじめただけでなく、怜にまで手を出していたのだ。三谷社長の頬がひきつり、すぐに必死の笑顔を作った。「榊さん、神谷さん......息子はまだ子供なので、分別がなくご迷惑をおかけしました。心からお二人とお子さんに謝罪します。どうか、どうすればお許しいただけるのか、おっしゃっていただけませんか?」彼は腰を深く折り、卑屈なほど低姿勢で頭を下げる。もう膝が地につきそうなほどだった。三谷夫人は目を丸くして叫ぶように言った。「でも、榊さんのお子さんのほうが先に手を出したんです!見てください、健太がどれほどひどく殴られたか!」そう言って健太を前に突き出す。だが三谷社長は、彼女を睨みつけて怒鳴った。「黙れ!」影斗が気怠そうに口を開く。「俺が来たとき、あなたの奥さんは星ちゃんと息子に跪いて謝れと言っていた。確かに跪いて謝るなんてやりすぎだが......まあ仕方ない。奥さんが選んだ謝罪の形だ。俺
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第364話

三谷社長は一瞬きょとんとしたが、すぐに従順に星へ向き直り、頭を下げた。「星野さん、本当に申し訳ありません!すべて我々の過ちです。あなたの息子さんをいじめるなんて、とんでもないことでしたし、怜くんに手を上げたのも間違いでした!」彼はもう悟っていた。榊親子が健太の件そのものには、さほど怒っていない。彼らが本当に怒っているのは、星が受けた屈辱のほうなのだ。――だが、この星という女は、雅臣の妻ではなかったか?どうして榊親子が、ここまで彼女に肩入れするのか。胸の内では疑問が渦巻いたが、軽率に問いただすような愚は犯さなかった。視線を横に移すと、茫然と立ち尽くす妻の姿。腹の虫が収まらず、彼は再び容赦なくビンタした。「何を突っ立っている!どうして星野さんに跪いて謝らないんだ!」――もしこいつが息子をまともに躾け、なおかつ星の前であんな傲慢な態度をとらなければ、自分は雅臣と影斗を怒らせずに済んだのに。三谷夫人は悔しさでいっぱいだったが、それ以上に現実が突きつける恐怖を理解していた。頭を下げなければ、家の会社は確実に潰れる。贅沢三昧の生活を失うくらいなら、死んだほうがましだ――そう思うほどに。もはや逆らう勇気などない。先ほどまでの傲慢さは消え去り、今や卑屈さだけが残っていた。「ほ、星野さん......本当にごめんなさい。先ほどの言葉は全部間違いでした。どうか広いお心で、愚か者の私をお許しください......」尊厳も体面も、金の前では塵に等しい。三谷社長がこれほどまで卑屈に頭を下げるのを見れば、影斗が三谷グループを容易く潰せる力を持っていることが誰の目にも明らかだった。三谷夫人は心底後悔していた。――まさか、嫁ぎ先からも顧みられないこの女が、こんな強い後ろ盾を得ているなんて。しかも父子揃って、彼女のために公然と力を貸しているなんて。星は、地に跪く二人を見下ろしながら、すぐには口を開かなかった。その沈黙が、もともと不安でたまらない三谷夫妻を、さらに追い詰めていく。しばらくして、星はふいに口を開いた。「翔太、あなたは彼らを許したいと思う?」翔太は目を瞬かせ、驚いた。――母さんは怜のために怒っているんじゃなかったの?どうして、この場を自分に委ねるんだ?母さ
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第365話

影斗が星を見やり、低く問いかけた。「星ちゃん、あいつらの処分はどうする?一族の事業に少しばかり嫌がらせをして、注文を減らしてやるか。最悪、破産させることだって難しくはない」勇が鼻で笑い、皮肉たっぷりに言う。「へぇ、星野さんがどれほどの器かと思ったら、結局は男に頼るんじゃないか」星は勇に一瞥をくれ、淡々と答えた。「心配しないで。たとえ男に頼らなくても、私は自分の力で筋を通すわ」そう言うと、影斗に視線を戻した。「私の手元には、あの連中が酒気帯び運転で人をはねて逃げた証拠、乱闘や暴行、女の子を無理やり連れ込んだ記録......さまざまな不法の証拠がある。榊さんにお願いしたいのは、私がそれを表に出すとき、邪魔されないようにしてくれること。それだけで十分よ」誕生日パーティーで受けたあの屈辱を、黙って飲み込むつもりなど毛頭ない。彼女はすでに密かに、不良どもが犯してきた数々の罪を押さえていた。致命の一撃を放つ、その時を待ち続けていたのだ。そして今こそ、その時だった。影斗の視線が、雅臣と勇を意味深に横切った。「それくらい簡単だ。どれほど権勢を誇ろうと、正義をねじ伏せることはできない」星は小さく頷き、怜へと目をやった。「怜くん、あなたが他に望むことはある?」怜は首を振る。「もういいよ。星野おばさん、帰ろう。星野おばさんの作ったお菓子が食べたい」星は優しく微笑んだ。「ええ、帰りましょう」彼女は怜の手を取り、部屋を出ていった。影斗もまた、気怠げに笑みを浮かべ、その後に続いた。雅臣の傍らを通りざま、影斗は低く告げた。「お前が星ちゃんのために筋を通せないなら、俺が通す。これからは、彼女のすべてを俺が引き受ける」雅臣の瞳が鋭く光り、鷹のような眼差しで影斗を射抜いた。だが影斗は振り返ることなく、すでに部屋を去っていた。星と怜の手を引く姿、その背後に寄り添う影斗――まるで本物の家族のように調和して見えた。そのころ、神谷家の本邸は灯火に包まれていた。綾子はソファに身を沈め、険しい顔で雅臣を見つめていた。「ちょうどその時期、神谷家は大事な局面を迎えていたのよ。私が翔太のことであなたに余計な負担をかけたくなかったのは、すべてあなたを思ってのこと。
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第366話

彼は慌ててこのことを祖母に告げた。だが祖母は公正を守るどころか、逆に母が宴の席で神谷家の顔を潰したと責め立て、母を激しく叱責した。父が知ったときも、ただ勇を少し咎めただけで、結局うやむやになった。あのとき、母は涙をこらえ、唇を強く噛みしめて耐えていた。その姿を見て、翔太は胸が痛んだ。母があまりにも哀れに思えた。慰めに行きたかった。けれど周囲の嘲笑する視線が、針のように突き刺さり、身動きがとれなかった。どうすればいいのか分からず、誰も答えを教えてはくれなかった。――その思考を、綾子の冷ややかな声が断ち切った。「わざとだろうと偶然だろうと、どっちでもいいわ。あなた星の味方になるの?相手はみんな、あなたの親友の連中よ。本当に星を大事に思うなら、勇の友人たちが彼女をいじめたりするわけないじゃない。それに勇本人だって、会えば必ず彼女を皮肉るでしょう?幼稚園の子どもにまで笑われたことだって、あなたの責任じゃないの?大体、あなたが清子と堂々といちゃつくから、誰もが妻は寵愛されていないと知っている。そんな状況で、星を侮るなというほうが無理よ。夫としての務めを果たさなかったのはあなた。なのに責任を私に押し付ける気?そんなもの、私が背負う義理はないわ!」綾子の饒舌に、雅臣は言葉を失った。彼の目にはかすかな茫然が浮かぶ。――もしかして、自分は本当に、これまで星を軽んじすぎていたのだろうか。翌日。勇の取り巻き数人が、再びネットを炎上させた。高級車を乗り回す若者たち。交通ルールを無視して人をはねたにもかかわらず、傲慢な態度を隠そうともしない。「酒気帯び運転だと?ああ、そうだよ!たとえ本当にお前を轢き殺したって、俺は責任なんか負わない!なぜかって?俺の親父が誰か知ってるか?俺の兄弟分が誰か分かってんのか?神谷雅臣を知ってるだろ?あいつが俺たちの兄貴分なんだ!俺に法がない?俺こそが法なんだよ!」この動画が拡散されるやいなや、瞬く間に全ネットで大炎上となった。朝早くから、雅臣のもとに勇から電話が入った。「雅臣、まずい!あの連中の動画、下で抑えられなかったんだ。もうトレンドのトップに上がってる!ネット中が大騒ぎだ!」雅臣は電話
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第367話

勇は星と対立して以来、何度も痛い目を見ていた。もし自分が山田家の御曹司でなく、さらに雅臣の庇護がなければ、とっくに失脚していただろう。雅臣に指摘され、ようやく勇は気づいた。あの連中を兄弟分と呼んでいても、雅臣と比べれば雲泥の差だ。腹立たしかったのは、昨夜、星が彼らの前で堂々と「悪事を暴く」と宣言したこと。そして翌日には本当にネットで晒されてしまったことだった。だが勇としても、この騒動を雅臣や神谷家に波及させたいわけではない。利害の計算くらいは分かっていた。「雅臣、すまない。深く考えてなかったんだ。ただ......あの件でお前や会社に火の粉がこれ以上降りかからないようにと思って、トレンドを消してほしかったんだ」雅臣の声は冷ややかだった。「もし奴らの件に巻き込まれたくないのなら、トレンドを削除するどころか、むしろはっきりと声明を出し、立場を明確にしろ。彼らとは一線を画すんだ」「......分かった。すぐに手を打つ」勇は慌てて答え、部下に指示を飛ばした。そのころ、星は航平からの電話を受け取った。「星、すまない。出張続きで、勇がやっていたことに気づかず、前もって知らせることができなかった」星は彼を責めるどころか、何度も助けられてきたことに感謝していた。「鈴木さんには、いつもお世話になってばかりよ。本当にありがとう」数秒の沈黙の後、航平は静かに言った。「星、昔のように航平と呼んでくれないか」星は呼び方にこだわらなかった。「分かったわ、航平。これからは何かあれば、必ず私に先に知らせて」一拍置いて、航平は続けた。「実はひとつ、お願いがある」「お願い?」「君がコンサートを開くと聞いた。良い席のチケットを一枚、譲ってもらえないか」山田家と神谷家が、星を前面に押し立て宣伝していることは、星自身も承知していた。自分たちが悪徳資本家と見られぬように、星を利用しているのだと分かっている。それでも星は、その機会を利用して、自分のコンサートの告知を広めていた。今やネット上での人気は、清子をはるかに凌いでいる。星は意外そうに瞬きをした。「私のコンサートのチケット......?」航平の低い声が返ってくる。「なにか、不都合か?」「いいえ、そ
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第368話

発表会の日は、あっという間にやってきた。今回は思いがけず葛西先生も園の催しを知り、興味津々で足を運んでいた。「わしのような年寄りは、子どもを見るのがいちばんの楽しみでね。もう引退した身だ、幼稚園でこうした催しがあれば、これからも顔を出したいと思っておるよ」応援に来てくれたと知り、怜は勢いよく葛西先生の胸に飛び込んだ。「葛西おじいちゃん!本当に来てくれたんだ!」葛西先生はにこやかに怜の頭を撫でた。「お前の発表だ、わしが直接応援に来ないわけにはいかんだろう」子ども心を忘れぬ葛西先生は、怜と波長が合い、まるで孫と祖父のように楽しげに言葉を交わしていた。その様子を見つめる影斗の瞳に、かすかな陰が差す。目線に気づいたのか、葛西先生は彼に一瞥をくれ、軽く頷いただけで、また怜の世話に戻った。影斗の眼差しは暗さを増す。――彼は気づいている。自分の正体に。だが互いに言葉にはせず、黙していた。視線を逸らし、影斗は星へと目を移す。怜からよく耳にしていた「葛西おじいちゃん」がどんな人か気になっていたが、ただの医術に長けた老人だとばかり思っていた。実際に会って知ったのは、葛西グループの創始者その人であるということ。長年、人前に出ていなかったため、今では知る者も少ない。影斗が彼を認識できたのも、偶然のきっかけに過ぎなかった。だが――星がこんな人物と縁を持っていたとは。思い返す。幼馴染の奏も、どうやら並みの出自ではない。そして彼女の傍らにいる彩香。彼女については、いまのところ不思議な点は見つからなかったが......星の周りに立つ怜、葛西先生、そして彩香。談笑する姿を見やりながら、影斗の瞳は夜色を映し込んだように濃く霞み、淡い靄が広がっていた。星そのものが特別な存在であるなら、彼女のまわりの人々もまた、ただ者ではないのだろう。――そのとき、不快極まりない声が場を裂いた。「ちっ、榊影斗。お前も榊家の当主だろうに。名家の令嬢にでも子守を任せればいいものを、わざわざ学もない間抜けを選ぶとはな。見てみろ、取り巻きもロクなもんじゃない。脳筋女か年寄りばかり。そんな奴らを息子の応援に連れてきて、恥ずかしくないのか?」一瞬にして、場の笑い声は凍りついた。星らは揃っ
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第369話

「まだあんなに得意げにしていられるなんて!」星は淡々と口にした。「雅臣が少しでも庇ってくれる限り、あの男はずっとああして好き放題なのよ」彩香が言った。「でも、雅臣の忍耐ももう限界みたいよ。勇の取り巻き連中が騒ぎを起こしたときも、彼は庇うどころかきっぱり縁を切ったじゃない」そう言うと、彩香は声を上げて笑った。「ふふ、ざまあみろって感じ!あのしょうもない連中、前から大嫌いだったのよ!」翔太の誕生日会のとき、彩香も会場にいた。彼らが星を転ばせる場面は見ていなかったが、ウェイトレスをからかう醜態はこの目で見ていた。――本当に吐き気がする連中だ。幸い星は泣き寝入りせず、密かに証拠を集めて反撃した。そうでなければ、悔しさで潰れてしまっていただろう。星は勇のことを、もはや真剣に相手取る気はなかった。彼女にとっては、ただの滑稽な道化にすぎない。数人が控室で準備をしていると、ドアがノックされ、抽選の時間となった。星はてっきり清子が現れると思っていたが、意外にも姿を見せたのは雅臣だった。彼は普段、子どもの行事に顔を出すことを嫌っていた。なのにここ最近、二度も現れている。――やはり清子の立場は、自分が思っていた以上に高いのだろう。翔太の願いも、これで叶ったはずだ。彼はずっと、父親に試合や発表を見に来てもらい、応援してほしいと願っていたのだから。今は清子のおかげで、その願いが次々に実現している。星は雅臣に気づかぬふりをし、冷ややかに視線を逸らした。抽選自体は波乱もなく終わったが、星の番号は後半。一方、雅臣は五番目という前半の順番を引き当てていた。順番を登録して控室を出ようとしたとき――「星」雅臣が早足で前に回り込み、道を塞いだ。星の端正な表情に、どこか嘲るような色がにじんだ。「また私に出演をやめろとでも?前はヴァイオリン、今度は外国語の発表を?」雅臣の喉仏がかすかに動き、低く答えた。「いや......聞きたいことがあるだけだ」星は余裕の笑みを浮かべる。「うちは後半だから、時間はたっぷりあるわ。急ぐのはあなたのほうでしょう?構わないなら話して」雅臣の瞳が深く揺れ、声はかすれていた。「翔太の誕生日会の件......なぜ俺に言わなかった?
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第370話

星の表情は冷ややかで、その瞳も揺らぐことなく静かだった。「私たちはもう関係のない人間よ。これ以上、言い訳なんてしなくていい」雅臣は彼女を見つめ、低く言った。「ただ知ってほしい。俺と清子は、お前が思っているような関係じゃない。あれはメディアが誇張して書き立てただけだ」かつてなら、彼はこんな弁解すら面倒がってしなかった。だが今、星が無表情で聞き流す姿を前に、声を落とすしかなかった。「......すまない。勇の友人の件が、お前や翔太にあそこまで影響を及ぼすとは、思わなかったんだ」星は短く笑い、その声音には嘲りが滲んでいた。「一朝一夕でこうなったわけじゃない。彼らが私を軽んじる理由が、一件の出来事だけだとでも思ってる?勇があなたの目の前で私を侮辱したのは、一度や二度じゃない。あなたはいつだって『もういい、これで終わりだ』と無意味な言葉を繰り返すだけ。それ以外に、あなたはいったい何をしてくれた?」星の瞳は淡々としていた。「その結果、翔太は私が見下されているという理由で、いじめに遭った。ようやく事の重大さに気づいたようね。――私は初めて見たわ。自分の家庭と子どもを犠牲にしてまで、友人を庇う人間を。このまま勇を放任し続ければ、翔太はいつか、あなたたちに殺されるわ」後ろめたさを感じたのか、雅臣は反論もせずに言った。「......これからは勇にきちんと言い聞かせるよ」星は唇をわずかに歪めただけで、もう何も言わなかった。息子がいじめられた末に返ってきたのは、この程度の言葉。彼女の胸に広がるのは、骨の髄まで染みついた絶望だった。「ほかに何か?なければ、私は行くわ」そう告げて立ち去ろうとした星の手首を、雅臣が掴んだ。「星、翔太はまだ幼い。母親の手が必要なんだ。お前がいなかった間、ずっと塞ぎ込んでいた。俺も......お前を疎かにしてきたことは分かっている。これからは家庭を優先する。子どものために、もう拗れるのはやめてくれないか」――拗れる?まだ彼は、自分が「駄々をこねているだけ」だと思っているのだ。星は皮肉な笑みを浮かべた。「それが私を連れ戻すための誠意?あなたは、ただ少し頭を下げて甘い言葉を並べれば、私が恋愛脳な女みたいに尻尾
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