彼女は――このことを、もとより雅臣に隠すつもりなどなかった。ただ、彼が一度も尋ねなかっただけだ。二人が結婚したとき、式は挙げなかった。婚姻届を出す前に、雅臣がただ一度だけ聞いた。「お前のご両親には、知らせておいた方がいいか?」そのとき、星は淡々と答えた。「母はもう亡くなってるし、父とは長いこと連絡を取っていない。知らせる必要はないわ」それきり、雅臣は彼女の家族について二度と尋ねなかった。運転席に座る彼の指がハンドルの上で微かに動く。その言葉を思い出したのだろう。唇がわずかに開きかけたが、結局、何も言わずに閉じられた。確かに、自分は一度も聞かなかった。必要がないと思っていた――彼女を選んだ理由は、家柄ではなく「人柄」だったから。もっとも、その裏には関心の欠如も確かにあった。「......お前の父親が金を求めているのなら、いくらでも払う」静かな声だった。どうやら雅臣は、星の父が翔太を連れ去ったのは、金銭が目的だと思い込んでいるらしい。長年姿を見せなかった人間が、突然現れて孫を連れて行く――それを目的がないと信じる方が無理だった。その言葉に、星は驚いたように彼を見た。「あなた、明日香を知ってるわよね?」「え?」雅臣が一瞬、反応に詰まる。なぜ今その名前が出るのか、すぐには理解できない。「明日香さんとは......まあ、ただの知り合いだ。何年か前、少し手助けしたことがあって、それ以来――」星は彼の説明を冷ややかに遮った。「ただの知り合いが、息子と清子を連れて、一緒に食事をするもの?」澄玲から電話を受けたあと、星はすぐに影斗に調べを頼んでいた。結果、雅臣が翔太と清子を連れ、明日香と会食していたことがわかった。――そういうこと。だから靖があの件を知っていたのだ。雅臣が口を開こうとした瞬間、星の声が先に響く。「てっきり、明日香があなたに伝えたのかと思ったわ。......やっぱり、あなたは何も分かってないのね」雅臣の唇にかすかな笑みが浮かぶ。「星、まさか嫉妬しているのか?」星は数秒黙り、それから皮肉な声で返した。「さすが清子と長く一緒にいるだけあるわね。思考まで同レベルになったの?」雅臣の瞳が、ほんのわずかに細められる。
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