星は、ふっと笑った。その笑みは、冷たく乾いた音を立てていた。「雅臣、あなた、本当にまだ分からないの?私がヴァイオリンを貸したくないのは、自分のコンサートを心配しているからじゃないわ。ただ単に――清子が嫌いだからよ。嫌いな人間に、母の遺した楽器を触らせたくないだけ」星は淡々と、しかしはっきりと告げた。「分かりやすく言いましょうか。あのヴァイオリンを彼女に貸すぐらいなら、粉々にすることを選ぶわ」室内の空気が一瞬にして凍りついた。雅臣の顔から表情が消え、やがて低く沈んだ声が響いた。「......たとえこの拉致がお前と無関係だとしても、清子は翔太をかばって怪我をした。星、そのヴァイオリンは、お前にとって人の命より大事なのか?」彼の黒い瞳には、深い失望の色が滲んでいた。「どうしてお前は......俺のあの選択を見ても、何ひとつ感じないんだ?」その言葉に、黙っていた翔太が思わず母を見上げた。だが星は息子の目を見ようともしなかった。ただ冷静に言い放つ。「物は壊れても直せるけど、人の命は戻らない。もし翔太とヴァイオリン、どちらかを選ばなきゃならないなら、迷わず翔太を選ぶわ」彼女の声が一段と低くなる。「でも――あの拉致を仕組んだ張本人に貸すくらいなら、私はそのヴァイオリンを叩き割る」航平が間を取りながら尋ねた。「張本人って......小林さんのことを言ってるのか?」星は冷たい笑みを浮かべた。「考えてみて。あの拉致犯が、なぜ私に身代金を持って来いと言ったの?他にも人はいるのに。どうしてわざわざ、私に二者択一を迫るような真似をしたの?」彼女はゆっくりと言葉を紡いだ。「奴は神谷雅臣との因縁なんて話をしていたけど、それが本当かどうか、誰にも分からない。それに、あの男は清子と翔太の目の前で、わざと私にだけ優しい態度を見せてきた。それだけで私と通じてると信じるなんて、滑稽だと思わない?」星の目が細く光る。「もし本当に私と知り合いなら、普通はそれを隠すでしょう?なぜわざわざ人前で、関係を匂わせるような真似をするの?......これが、どうしてか分かる?」誰も答えられなかった。星は皮肉を含んだ笑みを浮かべた。「単純よ。彼は、私に憎しみが向くよ
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