All Chapters of 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!: Chapter 561 - Chapter 562

562 Chapters

第561話

星は、ふっと笑った。その笑みは、冷たく乾いた音を立てていた。「雅臣、あなた、本当にまだ分からないの?私がヴァイオリンを貸したくないのは、自分のコンサートを心配しているからじゃないわ。ただ単に――清子が嫌いだからよ。嫌いな人間に、母の遺した楽器を触らせたくないだけ」星は淡々と、しかしはっきりと告げた。「分かりやすく言いましょうか。あのヴァイオリンを彼女に貸すぐらいなら、粉々にすることを選ぶわ」室内の空気が一瞬にして凍りついた。雅臣の顔から表情が消え、やがて低く沈んだ声が響いた。「......たとえこの拉致がお前と無関係だとしても、清子は翔太をかばって怪我をした。星、そのヴァイオリンは、お前にとって人の命より大事なのか?」彼の黒い瞳には、深い失望の色が滲んでいた。「どうしてお前は......俺のあの選択を見ても、何ひとつ感じないんだ?」その言葉に、黙っていた翔太が思わず母を見上げた。だが星は息子の目を見ようともしなかった。ただ冷静に言い放つ。「物は壊れても直せるけど、人の命は戻らない。もし翔太とヴァイオリン、どちらかを選ばなきゃならないなら、迷わず翔太を選ぶわ」彼女の声が一段と低くなる。「でも――あの拉致を仕組んだ張本人に貸すくらいなら、私はそのヴァイオリンを叩き割る」航平が間を取りながら尋ねた。「張本人って......小林さんのことを言ってるのか?」星は冷たい笑みを浮かべた。「考えてみて。あの拉致犯が、なぜ私に身代金を持って来いと言ったの?他にも人はいるのに。どうしてわざわざ、私に二者択一を迫るような真似をしたの?」彼女はゆっくりと言葉を紡いだ。「奴は神谷雅臣との因縁なんて話をしていたけど、それが本当かどうか、誰にも分からない。それに、あの男は清子と翔太の目の前で、わざと私にだけ優しい態度を見せてきた。それだけで私と通じてると信じるなんて、滑稽だと思わない?」星の目が細く光る。「もし本当に私と知り合いなら、普通はそれを隠すでしょう?なぜわざわざ人前で、関係を匂わせるような真似をするの?......これが、どうしてか分かる?」誰も答えられなかった。星は皮肉を含んだ笑みを浮かべた。「単純よ。彼は、私に憎しみが向くよ
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第562話

星は足を止め、ゆっくりと振り返った。「......どうしたの?」その声も表情も、穏やかで冷静だった。翔太に対して特別に優しくもなく、冷たくもない――ただ、確かな距離があった。翔太は一瞬、言葉を失ったように母を見上げた。――母はまた変わった。以前の冷たい態度とは違う。怒っているわけでも、突き放しているわけでもない。それでも、胸の奥に重い石を抱えたような息苦しさが広がる。子どもは、大人が思うよりずっと敏感だ。翔太には分かっていた。もう母は、前のように自分を愛してはいないのだと。「ママ、さっきのこと......僕じゃないんだ。パパに言ったのは、僕じゃない」星は短くうなずいた。「分かってるわ」それだけ。彼女の声は穏やかすぎて、かえって心が冷える。翔太の目が赤く滲んだ。「ママ......僕のこと、もういらなくなったの?」「そんなことはないわ」星は淡々と答えた。「たとえ親権がパパにあっても、私はあなたの母親よ。母親としての責任は、変わらない」けれど、その言葉を聞いても、翔太の顔は少しも明るくならなかった。「僕......パパとは暮らしたくない。ママと一緒にいたいんだ」星は意外そうに目を瞬かせた。「......少しの間、うちで過ごしたいって意味?」「違うの。ずっとママと一緒に暮らしたい」星は黙り、視線を落とした。「でも、パパも、おばあさまも、きっと許さないわ」翔太は慌てて言った。「でもね、僕、ほかの子たちから聞いたの。パパとママが離婚しても、どっちと暮らすかは自分で選べるって。だから僕、選びたい。ママを――」その瞳は、切ないほど真っ直ぐだった。星はしばらく彼を見つめ、それからゆっくりと問いかけた。「......じゃあ、あなたの清子おばさんはどうするの?私と一緒に暮らしたら、もう頻繁には会えないわよ」翔太の表情が固まった。そのことまで考えていなかったのだ。彼は答えられなかった。ただ、唇を噛んで俯く。――ママと一緒にいたい。でも、清子おばさんにも会いたい。どちらも捨てられない。星はそんな息子の迷いを見て、ため息をついた。「......あなたの親権はもうパパのものよ。でも、もし本当にそ
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