All Chapters of 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!: Chapter 931 - Chapter 940

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第931話

怜央は眉をつり上げた。「ほう?」朝陽は、ただ者ではない。世の中に、都合のいい偶然など存在しないと知っている。朝陽は怜央に目配せをしてから、電話に出た。「溝口さん、何か用かい」仁志は機内で衛星電話を手にし、淡々と告げた。「司馬怜央に伝えてください。今すぐ、星野さんを解放しろと。さもなければ、溝口家は司馬家と――命が尽きるまでやり合います」朝陽は一瞬、言葉を失い、反射的に怜央を見た。「溝口さん、何の話か、よく分からない......」言い終える前に、仁志の冷ややかな声が割り込む。「もう分かっています。あなたたちは一緒にいる。怜央に電話を代わってください」朝陽は一瞬ためらったが、結局、電話を渡した。――溝口家当主が、なぜ星を知っている?――二人は、いったいどんな関係なんだ?怜央は電話を受け取った。「溝口さん。何か?」仁志は言った。「星野さんを解放してください。そうすれば、あなたに一つ、借りを作りましょう」怜央は知っている。優芽利が、溝口家の当主に強い関心を示し、嫁ぎたいとまで思っていることを。一方で仁志は、理由は分からないが、正体を隠したまま星のそばにいた。そして、今のこの電話。どう考えても、ただ事ではない。怜央は、可笑しくなった。――離婚歴があり、子どもまでいる女に、この男が、人に言えない感情を抱いているだと?怜央は視線を落とし、床に転がる星を見やった。この女に、そこまでの魅力があるのか?そう思いながらも、口ではこう言った。「俺は今、Z国にはいない。何か勘違いしてるんじゃないか?」仁志の声は、冷たかった。「とぼけないでください。僕が何を言っているか、分かっているはずです」怜央は、なおもかわした。「溝口さん。物を言うには証拠が要る。何の証拠もなく人を疑うのは、感心しないな」だが、そのとき、電話の向こうから報告が入った。「溝口さん。相手の現在地を特定しました」仁志は短く「分かった」と答え、即座に通話を切った。怜央は、切れた電話を見つめ、顔色を沈めた。――してやられた。……機内で、部下が不安そうに尋ねた。「溝口さん。本当に、これでうまくいくのでしょうか。もし相手が引っか
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第932話

怜央は、通話が切れた電話を見つめ、視線を揺らした。――仁志は、本当にこちらの行動を把握しているのか。――それとも、ただのブラフか。怜央は、位置を特定されるのを避けるため、そもそも携帯電話を身につけていなかった。何かあれば、部下の電話を使えば済む。一方、朝陽は昼頃、怜央に急遽呼び出されたばかりだ。事情も分からず来たため、当然のように携帯を持っている。そもそも、仮に怜央が携帯を持ってくるなと言ったとしても、朝陽が従うはずもない。二人はそこまで親しい間柄ではない。もし、怜央に手を出されたとしても、助けを呼ぶことすらできなくなる。朝陽は、怜央と仁志のやり取りを、おおよそ聞いていた。そして低く言った。「真偽はともかく、もし航平たちが俺の携帯を特定したら、俺たちの居場所はすぐに割れる」朝陽は電話を部下に差し出した。「処分しろ。ここは長居する場所じゃない。すぐに移動すべきだ」怜央も理屈は分かっている。だが、それでも星を、あっさり逃がす気にはなれなかった。しばし沈黙したあと、命じる。「来い。こいつらも、連れていく」朝陽は愕然とし、まぶたがぴくりと跳ねた。「怜央......正気か?もう十分に懲らしめただろう。今、J市は封鎖されている。俺たち二人でさえ、簡単には出られない。そこに女を二人も連れて行けば、どれだけ目立つか分かっているはずだ。彼女たちを連れていれば、すぐに見つかる」朝陽は、本気で思った。――こいつは、狂っている。明日香が私生児だという話が、本当に星から流れたものかどうかは、まだ確証がない。たとえ評判に傷がついたとしても、明日香自身が致命的な被害を受けたわけではない。それなのに、怜央は執拗に星をいたぶる。どう考えても、行き過ぎだ。怜央も数秒、思案する。こいつらを連れて行けば、標的が大きすぎる――そのことは、彼自身も理解しているようだった。朝陽が、内心ほっと息をついた、その瞬間。怜央が、再び口を開いた。「中村という女は、一時的に解放しろ。あいつらの注意を引かせる。その隙に、俺たちはJ市を出る」結局のところ――星だけは、連れて行くつもりなのだ。朝陽は、星を一瞥した。――この女、怜央の一族でも皆殺しに
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第933話

現在の化粧技術は、もはや神業の域に達しており、かつての変装術にも引けを取らない。巧みに施せば、性別なんていとも簡単に変えられる。怜央が追跡をかわすなど、造作もないことだった。J市は全面封鎖されている。すべての車両が、検問対象だ。前方の検問を見て、運転手が小声で言った。「司馬さん、検問があります」怜央は星を一瞥し、薄い唇をわずかに動かした。「何を怖がってる。どうせ、誰にも分かりはしない」やがて、怜央の乗る車の番が来た。怜央が目配せすると、運転手が車を降りた。運転手は免許証を差し出す。その中には、札束が一つ、忍ばせてあった。「急いでいるんです。少し、融通を利かせていただけませんか。この車には、皆さんが探している人物はいません。不安でしたら、どうぞご確認を」前方の窓は開いており、そのやり取りは、はっきりと車内に届いていた。怜央も素直に、半分ほど窓を開けた。星は、すでに足元のマットの下に放り込まれている。検査員たちは、運転手の金には手を伸ばさず、中を軽く見渡した。「本当に、他には誰もいないのか?」「ええ。私たち二人だけです」その間、星は終始、うつ伏せのまま動かない。意識は完全に落ちているようで、助けを求めることすらできず、反応もない。怜央の口元に、微かな笑みが浮かんだ。彼は、検査員に視線を送る。――この検査自体が、怜央の仕組んだ芝居だった。目的は、星に徹底的な絶望を味わわせ、その先で、本当の終わりを与えること。あえて彼女を後部座席に放り、他人に助けを求める「可能性」を与える。救われたと思わせてから、再び、自分の前へ引き戻す。その瞬間は、さぞ愉快なはずだった。だが、この女は、完全に意識を失っているようだ。その分、楽しみが一つ減った。とはいえ、星を弄ぶために、いつまでも時間を浪費するわけにもいかない。航平の人間たちが、今も彼らを追っているのだから。怜央は言った。「行け」運転手が車に戻る。車は、再び走り出した。窓の外は、墨を流したような夜。すでに、深夜を回っている。未明の街路には、車の影もまばらだ。運転手は、あえて人目の少ない道を選び、周囲は、異様なほど静まり返っていた。怜央は、道中ずっと、部下か
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第934話

怜央は反射的に身をかわした。鋭い刃が、彼の顔をかすめて通り過ぎる。頬に、ひやりとした感触が走り、次の瞬間、焼けつくような痛みが襲った。だが、反応する間もなく、刃の光が、再び掠める。今度は、怜央も備えていた。辛うじて、その一撃を避ける。しかし、車内はあまりにも狭い。どれほどの腕があろうと、身動きには限界がある。まして、目の前の女は――最初から、命のやり取りを覚悟しているようだった。星の攻撃に、型はない。だが、その一刀一刀には、確実に仕留めるという意思が込められている。狙いは、すべて急所。怜央は、狼狽しながらかわすしかなかった。そのとき、彼は気づく。星がナイフを握っているのは、彼女自身が砕いた、あの手だということに。一瞬で、すべてを悟り、怜央は激昂した。「狡猾な女め!」星は、冷ややかに笑う。「そう言われても。この機会をくれたのは、あなたでしょう?」星は、葛西先生のもとで、何年も過ごしてきた。彼女が身につけたのは、薬膳の知識だけではない。経脈や関節、さまざまなツボについても、一通りの理解があった。翔太の胃腸の調子が悪いときには、何度もマッサージを施している。怜央は、彼女に激痛を与え、自ら指を砕かせようとした。だからこそ、星は、完全に動けなくなる関節は避け、まだ可動域の残る箇所を選んで打った。もちろん、ハンマーで手を叩きつけられれば、激痛には違いない。それでも――わずかな生きる道を、残すためだ。先ほどの検問で、彼女が助けを求めなかったのも、理由があった。仮に声を上げたとしても、運転手がアクセルを踏めば、それまでだ。他人の救いを待つより、自分で切り開く方がいい。そう判断した。だから、体力を温存し、怜央が油断したその瞬間を待った。そして、彼女のもう一方の手に刺さっていたナイフを、密かに引き抜いた。――すべては、決定的な一撃を放つために。だが、星はすでに深手を負い、血も、たくさん流れていた。しかも、怜央は、生粋の武闘派で、警戒心も強い。本来なら、その刃は彼の喉を裂くはずだった。だが、かわされた。結果、切り裂いたのは、顔だった。星の瞳に、わずかな悔しさが浮かぶ。怜央の体には、大小無数の傷があるが、顔に刻まれたこと
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第935話

怜央が壊したのは、彼女の手だけだった。脚までは、手を出していない。いまこの瞬間、生き延びたいという本能が、星の身体に眠る力を、すべて呼び覚ました。運転手は一瞬、呆然とし、反射的に追いかけようとする。だが――血を噴き出し、動けない怜央を見て、足が止まった。この荒れ地に、負傷した怜央を一人残すわけにはいかない。迷っている間に、星の姿は、荒野の樹木の影へと消えていた。もはや、追おうにも追えない。運転手は視線を戻し、慌てて怜央の止血処置に取りかかった。星が突き立てた二度の刀が、太もものどの部位を傷つけたのかは分からない。だが、怜央の脚は、完全に感覚を失い、動かすことすらできなかった。彼は、星が消えていった方向を見つめ、瞳の奥に、冷たい闇を滲ませる。……星は、ただひたすら、前へと走り続けた。もう二度と、怜央に捕まるわけにはいかない。そうなれば、死ぬよりも、はるかに残酷な結末が待っている。張り詰めていた一息は、走るごとに、少しずつ失われていった。手の痛みは、次第に強まり、とりわけ、怜央に刃を突き立てられた掌は、激しい動きのせいで、再び血を流し始める。体力は尽きかけ、視界も、にじむように揺らいでいく。それでも、必死に自分へ言い聞かせた。――絶対に、気を失うな。だが、ここはあまりにも人里離れている。静寂は深く、どこまで行っても、終わりが見えない。どれほど走ったのか。ついに、星は力尽き、その場に崩れ落ちるように、意識を失った。……影斗は、朝陽の携帯の位置を突き止めた。だが、現場に駆けつけたときには、すでにもぬけの殻だった。地面には、乾ききった血痕だけが残されている。影斗の瞳が、きゅっと縮む。胸が、強く締めつけられた。彼は大きく息を吸い、必死に冷静さを保った。「血痕を採取しろ。すぐに鑑定へ回せ」地面の血が、星のものなのか。それとも、彩香のものなのか。二人が、本当にここにいたのか。それを、確かめる必要があった。そのとき、別の部下が、破壊された携帯電話を持ってくる。「榊さん。別荘の裏庭で、これを見つけました。最後に位置情報が示していたのは、ここです」影斗の目が、冷たく光る。「朝陽の秘書の携帯を追え。まだJ市にいる
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第936話

影斗は、ほどなくして、背後につく車が誰のものかを察した。眉間に、わずかな皺が寄る。――航平は、なぜ不審車両を追わず、自分についてくる?影斗は視線を落とし、数秒考えた末、航平に電話をかけた。「鈴木さん。この状況で、あなたがすべきなのは、俺の後を追うことではないはずだ。少なくとも、俺は星を拉致した犯人ではない」航平の声は、淡々としている。「不審車両は、すでに私の部下が追っている。それより榊さん。少し前、今は私情やわだかまりを捨てるべきだと、あなた自身が言ったはずだ。それなのに、何か掴んでいながら、黙って動いているのは、どういうことだ?」影斗は答えた。「俺が追っている相手が、本当に犯人かは定かではない。星が、その車に乗っているかどうかも、断言できない。だからこそ、今は手分けして動くのが最善だ」だが、航平は軽く笑った。「私のやり方に、榊さんが口を出す必要はないよ」影斗は、しばらく沈黙したあと、言った。「......好きにすればいい」そう言って、電話を切る。航平がついてくるということは、彼自身も、決定的な手がかりを掴めていない証拠だ。だが、その直後。航平の携帯が鳴った。受話口から、部下の切迫した声が飛び込んでくる。「鈴木さん、大変です!追っていた車が、高架橋から転落しました!車内から、中村さんの姿が確認されています!」航平の顔色が、一瞬で変わる。「星は?星はどうした!」「星野さんの姿は、まだ確認できていません。ただし、車内にいなかったと断定はできず、現在、引き揚げ作業を行っています」航平は、心臓が止まりかけるのを感じた。視界が暗転し、一瞬、立っていられなくなる。だが、すぐに立て直し、助手に鋭く命じた。「急げ。進路を変えろ。高架橋へ向かう!」影斗は、背後の車が方向転換したのを、すぐに察知した。――何か、掴んだのか?そう思いはしたが、彼は航平の後を追わなかった。朝陽を逃せば、星がそこにいる可能性を、自ら捨てることになる。……航平は、蒼白な顔で、高架橋の上に立っていた。彩香は、すでに救出されている。だが、衝突と溺水の影響で、意識を失ったまま、病院へ搬送された。引き揚げ作業は、なおも続く。夜明け
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第937話

そう考えた瞬間、影斗の瞳の奥に、かすかな殺気が滲んだ。影斗は、さらに問いただす。「では、なぜお前の携帯が、あの場所にあった?」朝陽は答えた。「少し前に、携帯を失くした。なぜあそこにあったのか、俺にも分からない」朝陽は当主の座に就いた人物だ。その狡猾さは折り紙つきで、影斗の取り調べはもちろん、警察の尋問であっても、一切の綻びを見せずに切り抜けられる。影斗の口元に、冷たい笑みが浮かぶ。「だが、仁志から聞いた。お前は、少し前まで怜央と行動を共にしていたそうだな」朝陽の表情は、微塵も動かない。「携帯を失くす前に、確かに怜央とは会った。仁志からの電話も受けている。それが、あなた方と、何の関係が?」影斗は低く言った。「星が行方不明になった。怜央に拉致された可能性が高い。そして、お前は怜央と一緒にいた。共犯の疑いがある」朝陽は、眉をわずかに上げた。「可能性、か。そう言うからには、怜央が星を拉致したという、決定的な証拠はないということだね。誰が星を連れ去ったのかも分からないまま、ここへ押しかけて、俺を糾弾するつもりか?」彼は鼻で笑った。「影斗。俺は、あなたの部下ではない。星と、当主の顔を立てたからこそ、検査を許したまでだ。それだけでも、十分に譲歩している」朝陽は、行く手を塞ぐ人間を一瞥し、強硬に言い放つ。「どけ。これ以上、邪魔をするなら、容赦しない」影斗は理解していた。朝陽のような男は、並の圧では、口を割らない。彼は軽く笑う。「朝陽。ここが、どこか、忘れてないか」じっと見据え、続けた。「自分の足で行くか。それとも、こっちが連れ出してやろうか」朝陽の顔色が、一瞬で青ざめた。どこへ行っても、権勢を振るってきた彼にとって、拘束されるなど、屈辱以外の何ものでもない。何もしていないのに、一身に疑いを被る羽目になった。――最初から、怜央の言葉を信じるべきではなかった。だが、他人の縄張りに踏み込んだ以上、今は、頭を下げるしかない。朝陽は、冷ややかな視線を影斗に向け、黙って歩き出した。……影斗は、朝陽とその秘書を、別々に取り調べた。だが、朝陽の口は堅く、有用な情報は、ほとんど得られない。同行していた秘書や
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第938話

航平は、胸に渦巻く凶暴な衝動を、もはや抑えきれなかった。再び、拳を振り抜く。もともと傷を負っていた身体だ。全身の力を込めたその一撃で、傷口が裂け、衣服が血に染まった。朝陽も、ただ者ではない。拳を握り、反撃に出る。周囲の護衛たちが、即座に航平を守るために動いた。航平の瞳には、陰鬱で冷たい光が宿る。彼は護衛に命じた。「こいつを縛れ。こいつの口か、俺の拳か――どちらが硬いか、試してやる」私刑に出るという意思は、明白だった。朝陽の顔色が沈む。「やるつもりか?航平、よく見ろ。俺は、お前が好き勝手に触れていい相手じゃない」航平の整った顔に、感情はない。「なら、星はどうだ。お前が好き勝手に手を出していい存在だったのか?」朝陽は、その表情を見つめ、ふと、意味深な笑みを浮かべた。「そこまで星を気にするとは。まさか......あの女に、本気で惚れているんじゃないだろうな?」影斗と航平の表情が、同時に凍りつく。航平は護衛に視線を投げた。「口が汚い。縛れ」彼はすでに、影斗を追っていた部下から、あの別荘に残された血痕が、星のものだと知らされている。――星は、負傷している。そう思った瞬間、胸の奥が、焼けつくように痛んだ。もはや、他のことなど考えられない。ただ一刻も早く、星の居場所を、朝陽の口から吐かせたい。影斗は、無表情のまま、その一部始終を見ていた。止めるつもりは、微塵もない。たとえ航平が動かなくとも、自分が同じことをしただろう。葛西家当主を敵に回す?――今、考えるべき問題ではない。航平が連れてきた護衛は、いずれも一流だ。彼らは航平の命令しか聞かない。目の前の男が、どこの家の当主であろうと、関係ない。一人の護衛が、容赦なく平手打ちを放った。鍛え上げられた一撃は、常人の力とは次元が違う。その一発で、朝陽の歯が一本、吹き飛んだ。彼自身も、何が起きたのか理解できず、しばらく呆然としていた。その頭上から、影斗の冷ややかな声が落ちてくる。「葛西さん。星は、どこにいる。そろそろ、教えてもらえないか。あなたも分かっているはずだ。ここはJ市だ。俺たちが、あなたを殺したとしても、造作もない。携帯も持ってい
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第939話

発覚を恐れ、連れていたのは運転手一人だけ。向かった方角は分からないが、使っていた車は――朝陽は、自分が把握している情報を、すべて吐き出した。その協力度合いに、影斗は思わず視線を向ける。だが、すぐに納得した。この二人は、もともと生死を共にするような間柄ではない。航平は、朝陽から得た情報を書き留め、部下に捜索を命じた。そのとき、航平の携帯が鳴る。「鈴木さん。先ほど、星野さんに似た女性が、病院へ搬送され、救急処置を受けているとの情報が入りました。現在、手術中で、ご本人かどうかは、まだ確認できていません......」航平は、喜色を浮かべることもなく、淡々と答えた。「分かった」この一夜で、同じような報告を、何度も受けている。影斗が尋ねる。「そちら、何か動きがあったのか?」朝陽を確保したことは、航平にとっても大きな助けだった。隠す理由はない。「彩香が、高架橋の下の川に落ち、今は病院で治療を受けている。それから、少し前に、星に似た人物が、救急処置室に運ばれたという報告が入った。余裕があるなら、病院へ行って確認してほしい。ここは、私が引き受ける」航平は、その人物が星だとは、正直、思っていなかった。怜央のような男の手に落ち、しかも重傷を負っている。そこから逃げ出せる可能性は、限りなく低い。影斗は、航平を一瞥し、うなずいた。「分かった。こちらは任せる」航平は、朝陽から、さらに情報を引き出そうとしていた。一方、影斗は、彩香から何か掴めないかと考えつつ、星に似た患者が、本当に星なのかを確認するつもりだった。こうして、朝陽の対応は、航平に委ねられた。……病院で、影斗は、まず彩香の容体を確認した。救命処置はすでに終わっていたが、意識は戻っていない。目を覚ますまでには、まだ時間がかかりそうだ。続いて、星の可能性があるという、手術室へ向かった。手術は、まだ終わっていない。影斗は、電話で次の指示を出しながら、手術室の前で待ち続けた。どれほど時間が経ったのか。やがて、手術室の扉が開く。医師が姿を現し、影斗を見るなり、一瞬、驚いた表情を浮かべた。そして、こう告げる。「ご家族の方ですね。患者さんの手は、非常に深刻な状態です。片方の手
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第940話

そのとき、廊下から、再び足音が響いてきた。振り向くと、顔色の悪い雅臣が、廊下に立っていた。彼は二人を見るなり、問いかける。「星は、今どうなっている」仁志は答えた。「分かりません。僕も、着いたばかりです」雅臣はそれを聞くや否や、ノックして病室に入った。病室では、彩香が、星のベッド脇に伏して泣いている。「星......全部、私のせい......私が余計なことを言ったばかりに、怜央に恨まれて、あなたの手まで......」彩香の涙は、糸の切れた真珠のように、止めどなく零れ落ちた。目を覚ましてからというもの、彼女は、自責の念から抜け出せずにいた。星も、目を覚ましてから、まだそれほど経っていない。彼女は静かに言った。「彩香。あれは関係ないわ。あなたが何を言おうと、言うまいと、明日香が私生児だという件は、いずれ表に出た。そうなれば、怜央は、必ず私の仕業だと思ったはず。今回は、あなたが無事でいてくれて、本当に良かった。もし、あなたに何かあったら......私は、一生後悔していたわ」今回の件で、彩香は、完全に星の巻き添えを食った。幸い、怜央は、そこまで理性を失ってはいなかった。彩香が、辱めを受ける事態には、至らなかった。そして、航平の部下たちが、間に合ってくれたおかげで、彩香は、溺死を免れた。それを聞いた彩香は、ますます激しく泣き出した。一方で、傍らに立つ航平は、その言葉に、一瞬、表情を硬くなった。瞳の奥に、かすかな悔恨が走り、同時に、怜央への憎しみが、さらに深まった。――必ず捕まえて、生き地獄を味わわせてやる。沈黙を破ったのは、影斗だった。「葛西先生には、すでに連絡してある。今日の午後には、J市に到着する。星の手も、まだ望みがないわけじゃない」その名を聞き、星の瞳が、かすかに揺れた。数秒、黙ってから、彼女は言う。「私を攫ったのは、怜央よ。朝陽じゃないわ。朝陽は、手を出していない。この件は、葛西先生には伝えないで」星は、葛西先生との関係を思い、これ以上、迷惑をかけたくなかった。彩香は、唇を噛みしめた。怜央に比べれば、朝陽のこれまでの行いは、せいぜい小競り合い程度だ。そのとき、病室のドアが、軽く叩かれた。
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