もう一度だけ、会いたい。もう一度だけ、あの笑顔で迎えてほしい。心の奥に閉じ込めている本音が隙をみてわたしを誘惑する。勇気を出して、「引き受けます」と一言言えばいいじゃないの、と。クッションを抱えて悶々としていると、電話がかかってきた。えっ、もしかして、安西さんから? 浅はかにも反射的にそう思った。 もちろん、そんなはずはなく、携帯電話に表示されていたのは俊一さんの番号だった。『もしもし、文乃? あのさ、明日、親の家に一緒に行きたいんだけど』「明日?」『急でごめん。年明けって言ってたけど、両親が年末から海外旅行に行くことになって、明日しか都合がつかないんだ』「でも、明日は合唱のコンサートの打ち上げがあって――」『そっか。でも、できたらこっちを優先してくれるとうれしいんだけど。結婚の話、年内に直接両親に伝えておきたいんだ』「そうだね。うん。わかった。じゃあ合唱団の人に連絡しておくね」『悪いね。じゃあ明日。11時ぐらいに迎えに行くから』 ……これが神様からの返答だ。「ちょっと試してみただけだ。お前が選ぶべき人はこっちだろう」と。プロポーズされたとき、わたしは俊一さんがこの世で一番好きだと思っていた。 それが……こんなにもあっけなく、気持ちがぐらついてしまうなんて。
Terakhir Diperbarui : 2025-06-27 Baca selengkapnya