Tous les chapitres de : Chapitre 391 - Chapitre 400

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391.新たなトラブル

華side三日後、家でくつろいでいた私の元に、家政婦が遠慮がちに声を掛けてきた。「お嬢様、あの……お嬢様宛に住所や差出人が書かれていない郵便物が届いたのですが、いかがなさいましょう? 私どもで確認してもよろしいでしょうか?」手渡されたのは、宛名だけが印字された白い封筒だった。瑛斗の時に引き続き届いた封筒に嫌な予感が全身を駆け巡る。私は家政婦たちに自分で確認すると告げ、封筒を握りしめて寝室へと直行した。こんな不気味な手紙を送ってくるのは、一人しかいない。姿形は分からないが、こちらの反応を楽しんでいる歪んだ心を持つ人物の仕業だ。私は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出して動悸を鎮めようと努めたが、胸の苦しさは増すばかりだった。ジョキ……ジョキジョキ……。数ミリだけ切り落とされた封筒の端が、テーブルの上にひらひらと舞い落ちる。今度は何を見せられるのか。指先の震えを抑えながら封筒を逆さにすると、中から二枚の写真が滑り落ちた。「え……なんで? 何これ?」そこに写っていたのは、先日の茶会の時の私と北條先生だった。 訪問客が皆帰り、真珠さんと私に先生が声を掛けに来た
last updateDernière mise à jour : 2026-01-04
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392.もう一通の手紙

華side「華さん、あの、今大丈夫ですか?」電話越しに聞こえてくる北條先生の声には、いつになく焦りの色が滲んでいる。いつもは先生の周囲だけ時間がゆっくりと流れているのではないかと思うほど穏やかな、あの先生の動揺。それに反応するように私の心臓も激しく波打ち始めた。「あ、はい……。どうされましたか?」努めて冷静を装ったが、ついさっき届いたあの写真の衝撃で私の声は微かに震えていた。北條先生に悟られないようスマホを握る手に力を込め、心の中で何度も「大丈夫、落ち着くのよ」と何度も自分に言い聞かせている。「実は、僕のところにも宛名だけの封書が届きまして……。不審に思いながら中を開けると、華さんとの写真が入っていたんです。それで、華さんのことが気になりまして」 宛名のみの封書……。自分の手元にあるものと同じものが届いたのかもしれないことに、先程以上に心臓が早く動き、警告音のように大きく音を鳴らしている。「写真……? どんな写真だったのですか?」 「それが、先日の茶会の時のものでして。僕と華さんしか映っていないのです。差出人も不明でなんだか気味が悪くて。華さんのところには届いていませんでしたか?」
last updateDernière mise à jour : 2026-01-05
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393.先生の告白

華side「なるほど……。昨日、私と華さんの元へ届いた写真も、先月届いた手紙も、やはり同一人物の仕業のようですね。封筒のサイズも字の書体も一緒だ。犯人は敢えて自分の存在を示すために前回と同じ形式を使用したのかもしれません。……ですが、一体誰が。華さん、何か心当たりはありますか?」レッスンと片付けをすべて終えた後、私たちは茶道具を整える控室のソファに腰を下ろし、持ってきた手紙と写真を広げていた。静まり返った室内には、時折建物の前を通過する車の走行音だけが響いている。「はい……私も同一犯だと思います。でも、誰がやったのかは全く検討もつかなくて。茶会だって大々的に宣伝していたわけではありませんし、どうして訪問客がすべて帰ったあのタイミングでシャッターを切れたのか……不思議で仕方ないんです」私の言葉に、北條先生は考え込むように視線を落とした。そして、不意に私の顔を覗き込むと、その瞳を真っ直ぐに見つめて私の耳にかかった一房の髪をそっと指先で掬い上げた。 茶碗を洗ったばかりの先生の指先は少し冷たく、頬と耳に触れた瞬間、身体がピクンと跳ねた。先生の透き通った白い肌と、少し薄い唇が目の前に迫っている。あまりの至近距離に頭の中が真っ白になりそうな衝撃を受けた。「え、せ、先生……?」少し上擦った声で問いかけると、先生はふっと顔を離し何
last updateDernière mise à jour : 2026-01-06
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394.先生の告白②

華side「先生、今の……」窓の外に走った一瞬の光に私は身体を強張らせた。しかし、先生は動じることなく、むしろ抱きしめる力を強めて私を離そうとはしなかった。「大丈夫です。今は私だけに集中してください。華さんを困らせるようなことはしませんから」先生の胸の中で戸惑い、小さく問いかけた。「それは……一体どういうことでしょうか?」「華さんのことは、紹介されて写真を拝見した時から、なんて素敵な方なのだろうと思っていました。実際にお会いして話をしてみると、気品に溢れ、まさに名前の通り『華』のある女性だと思った。そのうち、外見だけでなく教室で生徒さんと関わる姿や、パーティーで得意先と話す時の細やかな気遣いを見てますます惹かれていったんです。……以前、縁談を断るために婚約者のふりをして欲しいとお願いしたのも、半分は本当ですが、もう半分はあなたに下の名前で呼ばれてみたかったという私の我儘なんです」「そう、だったんですか……」先生から感じる熱っぽい視線やお世辞以上に感じる甘い言葉など予感はあった。けれど、こうしてストレートに言葉として突きつけられると、脳内が麻痺したように真っ白になる。
last updateDernière mise à jour : 2026-01-07
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395.記事の違和感

瑛斗side「一条社長、例の写真の件ですが、最新鋭のデータ解析により加工された可能性が高いという結果が出ました。このデータを世間に公表すれば、私たちの疑惑を晴らすことができるかもしれません」三村が副社長に就任してから一週間が経った頃、弾んだ声で芦屋彩菜から電話がかかってきた。あの悪意に満ちた写真や捏造記事のせいで、俺は株主からの信用を著しく失った。さらに、玲がいなくなってから空席にしていた副社長の椅子を外部の人間に明け渡すという屈辱を味わっている。今の俺にとって、名誉を挽回できる材料は何よりも欲していたものだった。「彩菜さん、本当ですか? それを出せば、ようやく風向きを変えられるかもしれない」 「ええ。解析によれば加工である可能性は98%と極めて高い。正式にこの解析結果を添えて、一連の報道が事実無根であることを発表したいと思います」彼女の力強い言葉に、以前から抱いていた疑問をぶつけた。「ありがとうございます。……ところで、彩菜さんはこの一連の記事、一体誰の仕業だと思っていますか?」 「それは私もずっと考えていました。第一弾の熱愛記事だけなら、単なるゴシップ目的という線も考えられます。ですが、第二弾、第三弾と続くにつれ、明らかに『一条瑛斗』と『芦屋彩菜』という個人を攻撃している。私たちの接触を快く思わない人間の仕業……私の頭に浮かんでいるのは、やはり長谷川です」「そうですね。ただのゴシップにしては悪戯の範疇を超えすぎている。特に第二弾の記事ですが、あれには決定的な違和感がありました。私は確かに前の妻だった一条玲と離婚していますが、実際に離婚届を交わしたのは彼女が逃亡する直前のことです。つまり、俺たちが正式に離婚した事実を把握しているのは、当事者である玲本人かごく限られた身内しかいない」「……つまり世間がまだ『一条社長の奥様が失踪した』と思っている人が多い中で離婚の事実をリークできた人間は限られるということですね?」「ええ、その通りです。それにも関わらず、記事には『略奪婚の末、あなたとの熱愛を選んで離婚届を突き付ける非道な男』と書かれていた。ここで気になるのが、この『略奪婚』という言葉です。これが誰を指しているのか……」「どういうことですか?」困惑する彩菜に対し、俺は思考を整理するように、記事の裏に隠されたメッセージを紐解いていった。「記事に
last updateDernière mise à jour : 2026-01-09
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396.記者会見と暴露

瑛斗side「先月から一部メディアで報道されている私、芦屋彩菜と一条ホールディングス社長の一条瑛斗氏の熱愛の件ですが、あの記事は完全なる誤報です」都内のホテルに設けられた会見場にて、芦屋グループの令嬢、芦屋彩菜は詰めかけたマスコミを前に、凛とした声で言い切った。その場に俺の姿はない。あえて彩菜一人が矢面に立つことで、俺たちの関係の「潔白」と彼女の「被害者としての立場」を強調する作戦だった。「彩菜さん、あの記事はでたらめだったと言うんですか? 何か根拠はあるのですか?」 「一条社長はこの件について、なんとおっしゃっているのですか? 一言お願いします!」レポーターたちが矢継ぎ早に質問を投げかけ、カメラマンたちから放たれる思わず目をつぶりたくなるほど眩しいフラッシュの砲火を浴びながらも、彩菜は冷静な表情を崩さず、淡々と語り始めた。「まず、第一弾の記事の写真についてですが、実際には他の者も同席している中で、さも二人きりだったと誤解を与えるように撮影されています。この日、ビジネスの件で一条氏とお会いしていたのは事実ですが、決して二人きりではありませんでした」 「ビジネスの件というと、具体的にどんな内容でしょうか?」 彩菜の発言を一言も取りこぼすことなく拾おうと記者の一人がすぐさま質問をした。「そちらについては、まだ話し合いを進めている段階であり、守秘義務の関係上、情報開示はできません。この場での説明は控えさせていただきます」彩菜も負けじと、即座に有無を言わせぬ回答を繰り出した。そして、ニコリと威圧的に微笑む。そのオーラに、記者は黙り込みそれ以上の追及を諦めた。「また、その後の続報に掲載された写真については、さらに悪質です。私には全くもって身に覚えがありません。昨今、生成AIによる画像技術が飛躍的に発展しておりますが、それらを用いて精巧に作られた偽物です。否定するだけでは根拠にならないと考え、米国にある最新鋭のAI鑑定機関に画像診断を依頼しました。その結果、98%という極めて高い確率で『AIによって生成されたものである』との鑑定結果が出ました」場が凍りついた。それまで記事の内容を真実だと信じ、野次を飛ばしていたレポーター陣が、一気にざわつき始めた。「事実無根の記事や虚偽の写真を掲載し、社会的信用を毀損させた行為は断じて許されるものではありません。現在、
last updateDernière mise à jour : 2026-01-10
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397.記者会見と暴露②

瑛斗side「彩菜さん、お疲れさまでした。配信、すべて拝見していましたよ。完璧な演技……いえ、完璧な会見でした」 「一条社長、ありがとうございます。これで世間の目が、私たちから『彼女たち』に行くといいのですが」 「そうですね。でもこれだけ世間の注目を集めたんだ。続報として各メディアが取り上げるでしょう。……目には目を、毒には毒を、です。彼女たちが記事を使って俺たちを追い詰めたのなら、今度は俺たちが世論を使って、彼女たちを影から引きずり出す番です」「ええ、私も世間の反応を楽しみにしていますわ」その日の夕方にはネットニュースが、翌日の新聞各紙には彩菜の発言がトップを飾り、「衝撃の告白」「AI合成写真の罠」として瞬く間にトレンドを独占した。SNSでは、合成写真の罠が素人では分からないレベルまで進化していることに対する恐怖感と注意喚起や驚きの声など様々な投稿がされて、話題にピックアップされた。しかし、奇妙なことに ネットや新聞がこれほど騒いでいるというのに、テレビの情報番組やワイドショーでは、この会見について一切報道されなかったのだ。「……なんで熱愛や続報は大々的に報じていたテレビ各社が、会見のことは一切報じないんだ!!!」見えない巨大な力が働き、電波からこの話題を抹消したかのような不気味さを覚えた。 今まで必要以上に騒いでおいて、今回は沈黙を続けるなんて不自然すぎる。「瑛斗、これを見て」 空が眉間に皺を寄せ見せてきたスマホの画面には、配信されていた会見動画のコメント欄が、不自然なスピードで『削除済み』に埋め尽くされていく光景があった。「なんだこれは?削除されているなんて可笑しいだろう。不適切なコメントがあったとしても削除数が異常過ぎないか?」「ああ、それに僕が見ていた限り削除しなくてはいけないような過激な発言は一切なかったよ。きっと誰からの依頼や圧力があって消されているのだと思う」(この話題を握り潰すほどの権力を持っているのは、誰だ? 長谷川か、玲か。……あるいは、彼女たちのほかにも俺たちの想像も及ばないような権力者が控えているのか?)反撃の狼煙は、確かに上げた。だが、相手の持つ盾は、俺たちが考えていたよりも遥かに巨大で冷徹なものだった。「彩菜さんの会見から半日が経って、ネットニュースのインプレッションは記録的な数字を叩き出し、新聞各紙も朝刊
last updateDernière mise à jour : 2026-01-11
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398.共通点

瑛斗sideスキャンダルの火消しをメディアに圧力をかけて妨害したのが三村だったのなら、そもそも第一報の記事をでっち上げた黒幕も三村本人だったのではないか――。俺の頭に、拭いきれない新たな疑惑が渦巻いていた。三村ジョニーは、一条グループに何らかの深い因縁があり、自らが副社長のポストに滑り込むために俺への不信感を煽る捏造記事を世に放った。(あの記事も、株主からの推薦も、すべては一条グループを内部から叩いて解体するための布石だったのではないか?)空に調査を依頼してから三日後。周囲に誰もいないことを慎重に確認し、彼は社長室へと滑り込んできた。空の表情はひどく渋く、口を開く前から芳しくない報告であることを察した。「この前、瑛斗に話したこととあまり目新しい情報はなかったよ。三村が『電報社』の現最高顧問の一族であること、そしてアメリカの証券会社を渡り歩いたエリートであることは間違いない。そのこともあって、彼はメディアと投資の双方に異常なほど精通している。過去には、富裕層向けの投資グループやコミュニティの立ち上げも手掛けていたようだ。現在は閉鎖されているか、完全な非公開で運営されているようだけれど……。そこで一条ホールディングスの大口株主たちに接触し、彼らを取り込んだとしても不思議ではないね」「三村は外堀から埋めて自分の味方を増やした。そして今は社内の人間、つまり内部にまで侵食して自分の影響力を盤石にしようとしているのかもしれないな」「ああ。そうだとしたら、三村は今後さらに狡猾な手段を使って、瑛斗を妨害してくる可能性がある。特に株主の動向には細心の注意を払ったほうが良さそうだ」「そうだな。今は一条一族が多くの株を占めているが、機関投資家や個人、従業員持株会の規模もそれなりにある。そこが三村の扇動によって反旗を翻せば、経営権は危うくなる」「なんだか、とんでもなく厄介な化け物が入り込んできたね。知力も権力もそしてメディアを動かす背景も兼ね備えている。彼が本格的に暴走し始めたら、一条はひとたまりもないぞ」空の懸念はもっともだった。俺は椅子の背もたれに深く体を預けて溜め息をつきながら、ずっと解けなかったある疑問を口にした。「三村と一条に過去に何らかの接点はあったのか? なぜ、奴はこの会社をターゲットに選んだんだ」「その繋がりについては、まだ霧の中だ。彼は二年前まで日
last updateDernière mise à jour : 2026-01-13
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399.権力者の遊び

華sideお稽古がなく家でのんびりと過ごしていた平日の昼過ぎ。食事を終えてリビングのソファで窓から差し込む暖かい日の光を浴びながら本を読んでいたはずが、気がついたらうたた寝をしてしまっていた。ブーブーブーブーテーブルに置かれていたスマホのバイブレーションが立てる大きな振動に、私は一瞬で夢から覚めた。飛び起きるようにソファから身体を起こしたが、手を伸ばすと呼び出し音は止まり、電話が切れてしまった。「やだ、寝ちゃってたわ。電話、誰からだったのかしら……?」例の写真が送られてきて一週間。心休まる暇がなく、夜もぐっすりと眠れない日が続いていた。 瑛斗や自分の歪められた写真をいつか子どもたちが見るとしたら。いや、遠い未来の話ではない。今の時代、ネットを介せば年齢関係なく情報に触れることが出来る。多感な時期の慶や碧のすぐそばにあることに恐怖を感じていた。そんな束の間の睡眠は、重かった頭を少しだけスッキリとさせてくれた。大きく伸びをして、未読通知が浮かぶスマホの画面に触れると、そこには「北條湊」の文字が浮かび上がっていた。お休みの日に先生から電話が来ることは珍しい。不思議に思いながらも掛け直すと、すぐにいつもの落ち着いた先生の声が耳元に届いた。「あ、華さん? 今、大丈夫ですか? ……この前の写真の件で大事な話があります。送り主が分かったかもしれない」「送り主が分かった? それは本当ですか……!?」驚きのあまり声が上擦る私に、北條先生の「ふふ」という小さな声が聞こえてきた。きっといつものように目を細めて微笑んでいるのだろう。「ええ。僕の予想が正しければ、おそらく彼らがやったのだと思います」「彼ら? 一体誰なんですか?」「華さん、一回目にあなたの元へ送られてきた写真は、週刊誌に載っていた瑛斗さんと彩菜さんの写真でしたよね?」「……はい。間違いありません」「だとすれば、送り主は情報をリークした人物と同一だと考えるのが妥当でしょう。では、誰がリークしたのか。実は知り合いが発売元の出版社に勤めていまして、あの記事の情報源はどこからだったのか聞いてみたんです。」「それで、なんと……?」「具体的な名前までは教えてもらえませんでしたが、記者の地道な取材によって作られたものではなく、外部の情報提供者から持ち込まれた内容をもとに構成されたものだそうです」「情報提供
last updateDernière mise à jour : 2026-01-14
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400.権力者の遊び②

華side翌日、いつもより一時間早く来て欲しいと先生から連絡があり、胸騒ぎを覚えながら先生の教室を訪ねると、事務作業部屋に通されるなりクリアファイルを手渡された。「華さん、三村ジョニーについての詳細な資料です。先日、彩菜さんが『週刊誌の写真はすべて偽物だ』と記者会見を行ったのですが、異変が起きました。配信直後から動画のコメント欄が次々と削除・閉鎖され、翌日には動画自体が閲覧できなくなったんです。メディアの動きも不自然です。記事が出た当初はあんなに騒いでいたワイドショーが、この反論会見については示し合わせたように無視を貫いている。……これも三村ジョニーが裏で手を引いている事と思って間違いないでしょう。あの会見、華さんはご覧になりましたか?」「いえ……私も会見が行われたことを知ってすぐにネットで調べたのですが、その時はもう削除されていて。どんなことをお話しされたのか、ずっと気になっていました」「実は、彩菜さんにお願いして芦屋側で密かに録音していた音声データを共有してもらったんです。もし興味があるなら、今ここで聞けるように用意しますが」「是非……! お願いします。なぜそこまで徹底して削除されなければならなかったのか、どんな発言が誰の逆鱗に触れたのかを知りたいんです」「分かりました。少し待っていてくださいね」切実なほどに即座に返答した私に、先生は優しく応じてくれた。ノートパソコンを操作する先生の指先が、マウスをカチカチと動かして指定のフォルダを開いていく。先生は上着のポケットからイヤホンを取り出すと、その片方を私に手渡した。「声が漏れて、万が一早く来た生徒さんに聞かれたら良くないので、こちらをつけてください」狭い事務室のデスクで隣同士に座り、私たちは片方ずつイヤホンを共有した。もし、今から聞く内容が記者会見ではなく、お互いの好きな音楽や映画だったらこの距離も、同じイヤホンを二人でつけることにも、一つ一つに反応しただろう。しかし今は、ざわざわと胸を締め付ける気持ちを解消したいという想いが強かった。再生ボタンが押されると、イヤホンからは芦屋彩菜さんの意志の強さを感じさせる透き通った声が流れ始めた。 私は、内容を漏らさじとイヤホンを耳に押し当て画面を凝視し、先生は、私と画面の両方を少し距離を置いて眺めるように静かに見守っていた。そして、会見が終盤に差し掛かっ
last updateDernière mise à jour : 2026-01-15
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