All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 101 - Chapter 110

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第101話

静真の他の友人と比べると、月子は一樹と一番連絡を取り合っていた。しかし、毎回連絡を取り合うのは静真のことばかりで、それ以外では特に他愛のない話をしたことはなかった。もしかして、Sグループで働いている件で、一樹に自分の考えを確かめるよう頼んだのだろうか?一瞬にして、月子はそんな考えを振り払った。たとえ退職を命じるにしても、静真は天音に軽く伝えるだけだ。だって、彼にとってそれはそれほど大したことでもないし、どうせ以前と同じように彼の言うことを素直に聞くと思っていたから、誰かにその一言を伝えさせればそれで十分だったのだ。だから、一樹にわざわざ来てもらう必要なんてないはず。それに、彼女まだ静真をブロックしていない――離婚届を出すときにだって連絡を取らないといけないのだから。静真は直接自分に連絡を取ることができるはずだ。月子が何も言わないのを見て、一樹は言った。「ちょっと話でもどうかなと思って。もし話したくないなら、コーヒーだけでも飲んでいけばいい。別に無理強いするつもりはないよ」月子と一樹は全くの他人というわけでもない。それに今は時間もあるし、特に深い意味もなく話をするくらい、構わないだろう。カフェ。一樹はアイスコーヒーを注文し、月子を見た。「同じものを」一樹は店員に微笑みながら言った。「アイスコーヒー、二つお願いします」アルバイトだろうか。まだ二十歳そこそこに見える、とても若い店員だった。一樹の微笑みに顔を赤らめ、慌ててその場を離れた。一樹が振り返ると、月子に見つめられているのに気が付き、思わず一瞬体がこわばった。まずい、うっかりしてた。「あれだな、ついいつもの習慣で、女性にはにこやかにしてしまう癖があって」「分かってる。ナンパしてるんでしょ」一樹は言葉に詰まった。本当は、クールな振りでもしたかったのだ。「別に、そんなつもりはないんだけど」月子は不思議そうに彼を見た。一樹が少し落ち着かない様子なのはなぜだろう?以前はどんな冗談も平気で言っていたのに。「いや、わざわざ説明しなくても大丈夫だから」一樹は視線を落とし、いつものチャらけた態度を装いながらも、内心ではひどく後悔していた。そして、心臓が激しく高鳴っていた。昨日のチャリティ晩餐会での胸の高鳴りは、ただの生理現象、
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第102話

一樹は昨夜月子に嫌われる覚悟で言うことを決めたのだ。だが今、月子からのその返事を聞いて、彼は興奮を抑えきれなかった。実は、コーヒーに誘ったのも、もう一度探りを入れてみようと思ったからなんだ。この答えは、彼にとってとても重要だった。驚きを隠せない様子で言った。「本当か?今回は本気で離婚するつもりなのか?」「ええ、分かってる。以前、静真と離婚騒動を起こした時、みんな私がいつ戻るのか賭けていたわよね。今回もきっとそうでしょ?」やはり月子は全てお見通しだった。「……ごめん!」「当然よ。これまでの私は、ただの笑い話だったんだから」月子は言った。「今回は、本当に決めたの」女性が悲しむのを見ていられないせいか、それとも悲しませたのが月子だからなのか、分からなかったが、一樹は胸が痛んだ。「そんな風に言うなよ。あなたは俺たちよりもずっと芯が強いだけなんだ」誰かを無条件に愛し、全てを捧げる勇気なんて一樹にはなかった。だから、月子は彼より勇敢で、潔く見えた。「……一樹、本当に人を慰めるのが上手ね。あんなに馬鹿な私を、強いって褒めてくれるなんて、感心しちゃうよ」一樹は唖然とした。つまり、自分は誰にでも優しい、プレイボーイだってことか……そうはいうものの、彼はこれでも誰彼構わず優しくするわけじゃないんだけどな。一樹は急に黙り込んでしまった。さっきまで笑っていたのに、今は少し憂鬱そうだ。月子は疑問に思った。「どうしたの?」「実は……今日は誰かに話を聞いてもらいたかったんだ」「何かあったの?」「彼女と別れたんだ」彼は自分が以前付き合っていたネットアイドルの彼女のことを話した。彼女に付きまとわれて、断るのもかわいそうに思い、仕方なく付き合ったんだが、結局、何もせずに、数千万円を使った挙句別れたのだ。ここ数年、一樹は特定の女性と付き合っていなかった。もちろん、そんなことを言っても誰も信じてくれないだろうし、むしろ男も女も手当たり次第に相手をしていると思われている。「そうなの?」「意外か?」「ええ、あなたって別れたくらいで落ち込むタイプには見えないから」一樹は彩乃よりもさらに派手に遊んでて、3ヶ月も同じ女性と付き合っていれば、それで長い方だった。1ヶ月、あるいは2週間、1週間なんてこともざらにあ
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第103話

静真は冷淡な視線を向けてきたが、特に気に留める様子もなかった。霞は内心、安堵したのと同時に、なぜか言いようのないモヤモヤとした気持ちになった。静真が月子のことを嫌っているのは周知の事実なのに、一樹はそれでも月子とおしゃべりをしているなんて。自分たちの顔を潰すつもりなのか?それとも、月子から一樹に連絡を取ったのだろうか?その可能性は十分にある。最近の月子は男漁りばかりしていて、本当、感じが悪い。霞は嫌悪感を抑えながら言った。「もしかしたら、月子が一樹に何か頼み事があったのかも」静真は冷たく視線を外し、「そうかもしれんな」と呟いた。「一樹に電話して、コートに来てもらおうよ」一樹はようやく月子と打ち解けて話が弾み始めたところだったのに、一本の電話によってせっかくのいい雰囲気はぶち壊された。「何の用だ?」「もうコートに着いてるぞ」一樹は眉をひそめた。「あれ、呼んだっけ?」昨晩、霞たちに忍からテニスに誘われた話をしたが、それはただの愚痴であり、雑談だった。一緒に来いとは一言も言っていない。「一樹の話を聞いていたら、久しぶりにテニスがしたくなったんだ。静真も誘ったし、颯太も来るの」一樹は呆れて言った。「……分かった。先に行って待ってて」電話を切ると、月子は言った。「友達が来てるなら、もう行きなよ」一樹は思わず汚い言葉を吐きそうになったのを何とかこらえ、携帯を握りしめ、緊張しつつも平然と装いながら、尋ねた。「また今度もこうやって話せるか?」月子は「……そんな必要はある?」と答えた。一樹とはそれほど親しいわけではなく、いつでも気軽に食事やお茶に誘えるような仲でもない。それに、彼の周りには静真がいるのだから、面倒なことに巻き込まれたくないのだ。友達は他にいくらでもいるから、別に一樹じゃなくてもいいわけだし。一樹はまつ毛が長くて、吸い込まれそうな瞳をしている。そんな彼に真剣な眼差しで見つめられると、まるで彼は純真な人柄なんだという錯覚に陥ってしまうのだ。そんな彼は今そのつぶらな瞳で月子を見つめながら、言った。「今までちゃんと話したことがなかったけど、話してみると、月子はいい人だし、俺たちは気が合うと思うよ。静真さんと離婚したからって、距離を置く必要はないだろ?これからも連絡を取り合って、仲良くし
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第104話

そう言うと静真は、どわずかに眉をひそめた。以前の月子だったら、静真の言うことを素直に聞いていたはずだ。しかし、今の彼女は違う。もはや以前のようにはいかない。一樹は、離婚を決意してからの月子が、以前とはまるで別人のように変わってしまったことに気づいていた。内面も外見も、全てが違っていた。以前の月子の瞳には、静真を見つめている時だけ光があった。しかし、今は彼女の全身から輝きが溢れ出ているのだ。そう考えると、一樹は思わず胸に手を当てた。そして、勝手にトキメク自分に向けて、いい加減にしろよ、もう若くないんだから、落ち着けって、と訴えた。しかし、そうは思ったものの、どうにもならない緊張感と高揚感が彼を襲っていた。霞は尋ねた。「どうしてそこで話を止めるの?」「気になるなら、自分で彼女に聞けばいいだろう」一樹は息を吐き出し、気だるげな口調で、非の打ち所のない言い方をした。「ただ、霞さんにしてみれば、相手にする価値もない人間のように見えるかもしれないがね」一樹は霞の優秀さを認め、彼女のプライドの高さを理解していた。だからこそ、月子を見下していることも分かっていた。だが、人は人、自分は自分。いちいち突っかかる必要はない。適当にあしらっておけばいい。一樹の言葉は、霞には全く響かなかった。しかし、飄々とした態度で笑みを浮かべている彼に、腹を立てれば自分が大人気ない人間だと見なされるだけだ。だから霞は、一樹に何も言えず、ただ冷たく言い放った。「誰を味方すべきか、よく考えて」そう言うと、霞は一樹を無視した。一樹は言った。「もちろん、あなたたちは大切な友達だよ」「ふざけるな」静真は冷たく一樹に釘を刺した。一樹は舌打ちした。「霞さんと喧嘩したわけでもないのに、そんなに庇う必要があるのか?ちょっとからかっただけだろ?」静真の沈黙は、からかうことさえ許さないという意思表示だった。霞のこととなると、彼は一歩も譲れないのだ。一樹は肩をすくめた。「わかった、降参だ。月子は何も話さなかったし、退職するかどうか俺も知らない。知りたければ、自分で聞きな」静真は一瞬眉をひそめたが、すぐに気にしない様子に戻った。月子は退職せざるを得ないはずだ。以前、月子と喧嘩して家に戻らなかった時、彼女は高橋に連絡してきた。そして、高橋
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第105話

しかし、一樹が口を開くよりも早く、月子はすでに遠くへ行ってしまっていた。彼女は立ち止まる気などさらさらなかった。霞はそれを見て言った。「月子は静真にだけは従順なのね」静真は無表情に「ああ」とだけ言った。月子はいつだってこうだった。だから、彼女がどんなに騒いでも、どんなに変わっても、結局は自分のとこに戻ってくるのだと静真は思っていた。一樹は、月子の本当の考えに気づいていたのか、それとも静真と仲たがいする覚悟ができていたのか、二人の会話を聞いて、心にわずかなモヤモヤを感じていた。彼はそのモヤモヤを振り払うように、颯太に電話をかけた。「早く来いよ、こっちはノロケをみせられてたまったもんじゃない!」霞はまんざらでもない様子で、再び機嫌を直した。一方で、一樹は笑みを浮かべただけで、何も言わなかった。彼は口が達者で、人を喜ばせるのが得意なのだが、実際、本心を口にすることはあまりないのだ。彼はただ単に、相手を気遣って、断れない性格なだけなんだ。それで、よく計算高いとか、八方美人だとか、遊び人だとか言われることもあった。しかし、長く付き合っていると、実際のところ彼はとても冷淡で、誰にでも優しく見えるが、誰のことを真剣に思ったりすることはないのだということがわかるのだ。彼もまた、そういう悪口はすっかり慣れているわけだ。だから、彼も今まで、自分について特に説明することもなかった。ただ自分にとって、本当に気にする相手は誰でもいいわけではないのだ。結局のところ、彼には自分自身のバロメーターがあるということだ。そばにいた霞は、不思議に思った。一樹は忍とテニスをする約束をしていたはずなのに、なぜ颯太だけに連絡をしているのだろう。彼女は聞きたい気持ちと同時に、もし聞いてしまったら一樹に自分の考えを見透かされてしまうかもしれないと思った。彼はとても頭の回転が速い人なのだ。……テニスコートには東と西の二つの入り口があった。月子は忍からのメッセージを受け取り、西の入り口から入ろうとしたところで、偶然静真と鉢合わせてしまった。忍たちは東の入り口から入ったため、会わなかった。テニスコートはたくさんあり、二つが隣接しているところもあった。金網に囲まれたテニスコートに入った月子は、ラケットバッグからラケットを取り出そう
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第106話

忍は隼人の顔色を伺うこともなく、月子の方へ歩み寄り、「俺がまず、テニスのラケットの基本的なスイングをしてみせようか?」と言った。月子は「いいえ、直接プレーを始めよう」と答えた。それを聞いて、隼人は不意に月子の方を見た。忍は何も気づかず、既にスイングの見本を見せていた。その姿はまさにプロそのものだった。一つ一つの動作を細かく分解して説明していたので、一度見れば誰でも理解できるほどだった。「最初は難しいかもしれないけど、何度も練習すれば大丈夫だ。コーチより俺の方が頼りになる。これからはずっと俺があなたを教えてあげるからな」月子は何も言わず、忍の向かい側へ移動した。忍は「月子さん、そんなに遠くに行ったら教えられないだろ」と言った。月子はコートに落ちていたボールを拾い上げ、ラケットでボールを地面に打ち付け、ボールの弾力を確かめた。その流れるような自然な動作は、まるでプロのテニス選手がサーブ前にボールを選ぶときの様子とそっくりだった。月子はボールをトスし、軽く膝を曲げてジャンプし、ラケットを振ってボールを打った。ボールは忍に向かって真っ直ぐ飛んでいった。彼は驚き、一瞬反応できず、フォアハンドの返球が遅れて、ボールはラケットの上をかすめて後ろへ飛んでいった。ボールをミスしたと思った瞬間、彼の後ろにいた隼人がラケットを振ると、ボールは勢いよく返っていった。月子は素早く足を動かし、隼人が返したボールをしっかりと受け止めた。何度かラリーを続ける中、月子はネット際に落ちる絶妙なドロップショットを決め、隼人から1ポイントを奪った。忍は言葉を失った。彼は南に「これでできないということなのか?」と聞いた。南は誇らしげに「かなり本格的だね」と言った。次のボールで、月子は負けた。彼女がボールを拾っている間に、南は「いつ覚えたんだ?」と聞いた。テニスは月子の母親、翠が教えてくれたものだった。月子にとって、翠は何でもできる完璧な女性だった。月子が成長した後も、翠に対するイメージは変わることがなかった。「小学生の頃に習いました」「小さい頃からやってるから、フォームが綺麗なんだね」南はラケットを振りながら「忍、私たちも始めよう」と言った。忍は元々隼人を挑発しようとしていたが、月子の腕前は予想外だった。多分前に
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第107話

それを言われ、霞は足を止めた。彼女は、一樹が何かと揚げ足を取ってくるような気がして仕方がなかった。何か言おうとした瞬間、一樹はいつもの調子でふざけたように言った。「それとも、二人の仲を取り持って、ラブラブなところを見て、嫌がらせを受けたいのか?」彼は尋ねた。「本当にそれでいいのか?」そう言われると、霞は少し戸惑った。一瞬、一樹が自分の味方をしているのか、それとも月子の味方をしているのかが分からなくなった。「それって嫌味のつもり?」「俺たちはこんなに長い付き合いなんだから、嫌味を言うわけないだろ?静真さんがあなたをどれだけ大切に思っているかは知っているし、あなたは何もせずとも、彼は愛してくれるさ。だから、あの二人のいざこざに首を突っ込むことないよ」そういうことは普段みんなわかってても、誰も口に出さなかった。だけど一樹は今、静真と霞がすぐにでも結婚してくれることを願っていた。だから、思わず本音を漏らしたのだ。それは、霞にとって、願ってもない言葉だった。しかし、自分の本心を見透かされるのは嫌だった。だが、その一言で彼女は、一樹が自分の味方であることを確信できた。霞は近くのベンチに腰掛け、静かに言った。「一樹、あなたって、誰にでも優しいよね」そして、高慢な口調で、軽蔑を込めた言葉を続けた。「でも、相手は月子よ。できるだけ関わらない方がいい。いくら相手を選ばないとしても、月子みたいな女はあり得ないでしょ?あなたの好みは尊重するけど、今の彼女はまだ静真の妻だし、少しは距離を置かないと、私たちだってこの先うまく付き合えないわよ」一樹は言った。「そんなこと言って……月子が静真さんの妻だってことを気にしてるみたいだな」霞は「一樹、わざと嫌味を言ってるの?」と尋ねた。「霞さん、濡れ衣を着せないでくれよ。そんな真似ができるわけないだろ?静真さんはあなたのことになると過保護になるからな、もし俺があなたに嫌がらせしたとでも知ったら、ひどい目に遭わされるかもしれないじゃないか?」一樹は真剣な様子で言った。霞は冷たく笑った。「あなたと静真が友達でいられなくなるのが心配なのよ!」「……忠告、ありがとう」一樹は切れ長の目を細め、心の底では笑っていなかった。「俺は静真さんとの友情を、大切に思ってる」いつか袂を分
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第108話

そういった理由から霞はずっと気弱だった。確かに、理恵のおかげで夏目家は資本を積み、社交界にも顔を出せるような立場になった。しかし資本で積み重ねられた家柄にも序列があって、夏目家はいくら這い上がっても入江家や佐藤家、吉田家のようなトップレベルの家系とは比べものにならないのだ。それこそ、彼女がずっと自信をもてなかった理由だった。霞はずっと、一樹は生まれや育ちを気にしない人間だと思っていた。しかし、それは彼が生まれながら頂点に立っていたからで、もし彼のプライドを傷つけるようなこととなれば、ただ事では済まされないだろう。本当に怒った彼を宥められる自信は、自分には到底ないのだ。今のこの状況みたいに。霞は拳を握りしめた。こんな思いをするのはもう嫌だ。彼女はその瞬間、絶対に誰からも見下されない、もっと優秀な人間になるんだ、と心に誓った。もちろん、そう思ったのは、彼女が高い理想を持っているからだ。友達同士で、多少の感情の行き違いはよくあることだ。彼女がここまで考え込むのは、それだけ賢くて、深く物事を考えることができるからだ。そう思うと、彼女は一樹のことも気にしなくてもいいように感じてきた。どうせ月子は自分には敵わない。一樹に見る目がないってことだけだ。わざわざレベルの低い女を選ぶのも、彼自身の問題であって、自分に関係ないはず。そう思うと霞はもう彼を相手にするのはやめて、一人で練習を始めた。今、静真と月子がどうしているのかを気にしたって仕方がない。……一方で、静真は、あることを薄々感づいていた。しかし、月子がわざと自分に逆らうとは思えなかった。この3年間、彼女はいつも自分の顔色を伺い、自分の言うことを聞いてきた。静真は、そんな彼女との関係にすっかり慣れてしまっていた。だから、東側のテニスコートに来て、月子が隼人から送られるボールを、左右に走り回りながら必死に打ち返しているのを見たときは、信じられない気持ちだった。自分が彼女に退職をするように指示したにもかかわらず、こうして自分の目の前で、隼人と一緒にいるとは。月子は正気を失ったのか?静真の顔色はみるみるうちに険しくなり、目の色は氷のように冷たくなった。彼は彼女をじっと見つめていた。月子は真剣にボールを打っていた。フォームは完璧で、コ
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第109話

月子がもしこんな男と関わり続けるなら、それはそれで信じられないくらいバカだということだ。もし、そうだとしたら、もう彼女を育てるのはよそう。南は優秀な女性を育て、社会で活躍できるよう手助けするのが好きだ。彼女自身がそうやって成功してきたからこそ、後輩たちには道を切り開いてあげたいと思っている。しかし、チャンスはそう多くはない。だからこそ、しっかりしていて自立心があり、芯が強くて向上心がある相手に与えるべきなのだ。忍が口を開いた瞬間、月子は動きを止めた。振り返ると、静真の姿があった。月子はもう、彼とばったり会うことを恐れてはいなかった。今日は忍とテニスをする約束をしていたのだ。静真がここにいるからといって、引っ込むつもりはない。だから、月子の表情は落ち着いていた。隼人が突然口を開いた。「続けるか?」月子は唖然とした。その言葉は挑発的で、まるで喧嘩を売っているようだった。隼人はきっとわざとだ。本当にコーチをやりたいのではなく、静真の弱点を知っていて、そこを突こうとしているのだろう。二人の仲は最悪で、修復不可能だ。月子は答える間もなかった。静真は月子のところまで歩いてきて、冷たい顔で命令した。「俺と来い」彼は、月子が最も憎んでいる男とテニスをしているのを見ていられなかった。忍は静真の足元にテニスボールを打ち込んだ。「月子さんは俺に誘われてテニスをしに来たんだ。2時間やる予定で、まだ始めて30分も経っていないから、用があるなら、5時過ぎにまた来てくれ」賢は忍の性格を熟知している。騒ぎが大きくなるのを面白がって、静真の面目を潰し続けようとしているのだ。彼も銀縁眼鏡を押し上げ、それを便乗するかのように、面白そうに見ていた。こういう場面では、忍に十分に発揮してもらわないとだな。修也は何か言いたげだったが、彼にはそれを止める立場がなかった。隼人から何か指示がない限り、彼にはどうすることもできないのだ。そう思うと、彼は思わず隼人の方を振り返ったが、隼人は無関心な様子で、冷ややかに周りを見渡し、気遣う様子がまったくなかった……まあ、当然だ。彼は元々、月子には無関心なのだ。静真は、忍が一樹の従兄だと知っていた。やはり、隼人と一緒にいるのは、彼と同じようにうっとうしい人間だ
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第110話

次の瞬間、静真は説得するのをやめ、月子の腕を掴んで歩き出した。その動作は乱暴だった。忍は険しい顔で二人の前に立ちはだかった。「忍、邪魔だ!どけ!」静真は彼を突き飛ばそうした。忍は一歩も動かず言った。「静真、人の気持ちってものが分からないのか?月子さんが一緒に帰りたくないってことが分からないのか?3つ数える。手を離せ!」静真は、月子がこんな風に抵抗するとは思っていなかった。しかも忍が彼女を庇うとは。怒りが込み上げてきたが、静真は表情を変えなかった。そして、隼人の方を見た。皮肉たっぷりに言った。「俺たちの問題だ。お前の友達は部外者だろう。いつからそんなにおせっかいになったんだ?」その言葉は、隼人には入江家のことを手出ししてほしくないと言わんとするばかりを意味していた。忍は一瞬呆気に取られた後、怒鳴った。「静真、お前は頭がおかしいんじゃないのか?月子さんは俺の友達だ。だからこんな横暴な振る舞いを見過ごすわけにはいかないんだよ。それと隼人とどう関係あるんだ。話をこじらせるな!誰もお前に構ってるほどひまじゃないんだよ。俺は忙しいんだ。勘違いするなよ。入江家だからなんだってんだ!」静真は言い放った。「俺が何しようが、お前には関係ない。だが、お前のでしゃばった余計なお節介は本当目障りだ」忍は、今にも罵声を浴びせようとした。その時、隼人が冷たく口を開いた。「もういい。お前には関係ない」忍は驚いた。隼人を見ると、彼は無表情だった。忍は言葉が出なかった。静真は言った。「聞こえたか?どけ!」忍は隼人の冷淡さにショックを受け、背筋が凍る思いだった。もしかして、自分の考えすぎだったのか?隼人は、月子のことなど全く気にしていないのか?訳もなく腹が立った忍は、真剣な表情になった。「隼人、たとえ自分の秘書のことが心配じゃなくても、俺の邪魔だけはするな。俺は友達として、彼女がこんな目に遭うのを見たくないんだ」しかし、それを聞いても隼人は唇を固く結び、何も言わなかった。――本当に放っておくつもりなのか?いいだろう。冷酷な男だ。一生独身でいろ、そう忍は心の中で隼人を罵った。忍は冷笑し、月子の方を向いて真剣な眼差しで言った。「安心しろ。静真と一緒に行きたくなければ、無理強いはさせないから」
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