All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

電話をかけてきたのは藤堂陽介(とうどう ようすけ)、綾辻洵(あやつじ まこと)の大学の同級生だ。洵は月子の弟で、今日大学を卒業したばかりだ。大学時代から陽介と一緒にゲーム会社「無限次元」を立ち上げた。叔父が海外移住する際、20億円と家一軒を残していったのだが、洵は20億円の方を選んだ。この20億円が会社の元金になったのだ。月子は知らせを聞いてすぐに言った。「わかった、すぐ行くわ」彩乃が車で彼女を送ってくれた。病院に着くと、月子は彩乃に車の中で待つように言って、急いで病室に向かった。扉の前まで来ると、洵の冷たい声が聞こえた。「何で彼女に電話したんだ?」彼女は足を止め、ドアを開けなかった。月子はドアの隙間から、病室のベッドにいる洵を見た。洵は20代前半だが、ここ数年の起業経験で随分と大人びていて、少年と大人の間の雰囲気を漂わせていた。顔色は少し青白いものの、元気そうだった。月子は少し安心した。陽介は、洵の冷淡な表情を見て、理解できなかった。「お前の姉さんだろ?具合が悪くなったことを誰に言えばいいんだ?」洵の声は酷く冷たかった。「俺のことは彼女に関係ない」そんな彼を陽介は宥めようとして、「いや、一体なんでそんなに彼女のことが嫌いなんだ?いい人だと思うけど」と言った。洵は過去の話をしたくなかったようだ。「黙らないと、出て行け」「わかったよ、ゆっくり休んでくれ。俺は出て行く」陽介は歩きながら呟いた。「俺ならこんな良い姉がいたらなぁ……」月子は陽介が病室のドアに向かってくるのを見て、素早く身を隠した。陽介はドアを開けると、彼女を見つけた。月子は彼に目配せした。陽介はすぐに気づき、見ていないふりをしてドアを閉めた。病院の廊下の入り口。月子はバッグからカードを取り出し、単刀直入に言った。「これには20億円入ってる。緊急用に使って。洵には私からだって言わないで」当時、Lugi-Xを開発した後、彩乃は40億円で買い取った。このお金は彼女の個人資産だ。月子は浪費家でなく、Sグループの秘書の給料だけで日常生活の支出は十分に賄えるため、この40億円にはほとんど手を付けていなかった。陽介は月子からいきなり大金を出されて驚いた。「月子さん、俺はただ洵の様子を見に来てほしくて連絡した
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第12話

けど、洵と月子の険悪な姉弟関係を考えると、たとえ洵に何かあったとしても、彼の義兄に助けを求めるなんてありえない。陽介は洵ほど頑固じゃない。こっそり入江グループに接触し、社長の義弟という肩書きを使って、静真に実際に会ったんだ。1分使って自分たちが開発した伝統文化を取り入れた大型AAAゲームを速攻でプレゼンした。すぐに投資してもらえると思ったのに、警備員に追い出されちまった。陽介は唖然とした。さらに信じられないことに、最近入江グループがライバル会社に投資したんだ。それは平手打ちを食らわされたようなものだった。陽介は月子と静真の関係を聞く勇気がなく、遠回しにこう言った。「月子さん、回りくどい言い方はやめとくよ。俺と洵がこんなに必死なのは、会社の主力技術者がライバル会社に高額で引き抜かれ、会社が瀕死の状態だからだ。だから、この20億円は本当に重要なんだ。じゃないと会社が潰れちまう」深刻な話ではあったものの、陽介は弱音を吐かずに、逆にやる気に満ちていた。「月子さん、今はお前がうちの大株主だ。ゲームがリリースされて儲かったら、配当金を渡すよ!」この瞬間、彼は洵と必ず最高のゲームを作って、みんなに見返してやると心に誓っていた。「そういうのは後でいいから、まずは目の前を乗り越えるのに集中して」ビジネスの競争戦略なんて、月子は心配していなかった。自分の能力の範囲内で助けるだけで、具体的な困難は彼ら自身で乗り越えるべきだ。陽介は月子から姉としての温かい気遣いを感じ、一晩中溜め込んだ苛立ちも少しずつ消えてきたように思えた。気持ちが落ち着いた陽介は尋ねた。「月子さん、洵の様子を見に行かないのかい?」月子は首を横に振り、心の苦しみを堪えた。「彼は私に会いたくないみたいだから、入らないわ」陽介は月子の目に寂しさを見た。しかし、部外者の彼には何もできない。言いたい言葉は喉に詰まったままだった。月子は彼の肩を叩いた。「洵のことはよろしく頼むわ。何かあったらすぐに私に言って。さあ、早く中に入りな」陽介は素直に「うん」と頷き、その場を後にした。彼はこれから、洵に20億円の嘘をどう説明するか考えなければいけない。幸い、自分にとってはそれほど難しいことではなかった。陽介が去ってまもなく、月子は病院で入江天音(いりえ あまね)に会っ
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第13話

月子は「妊娠」の二文字を聞いて、心臓がドキッと縮んだ。流産は、この三年間の愛のない結婚生活の中で最も辛い経験だった。それを彩乃にすら伝えていなかったのは、知ってる人が少なければ少ない方がいいと思ったからだ。天音に不意に傷を抉られ、月子は体の横に垂らした指がかすかに震えているのに気づいた。天音はそんな細かいことには全く気づいていない様子で言った。「でも、あなたの性格は私が一番よく知ってるわ。妊娠でもしたら、世界中に言いふらしたくなるタイプでしょ。子供を盾に入江家の奥様の座を守れるんだから。本当に妊娠してたら、一秒だって隠しておけないはずよ」以前、天音は子供が産めないことを散々月子を侮辱したものだ。月子はそれを我慢してきた。彼女自身も子供が欲しかったからだ。だが、今はもう我慢できない。「もう知ってるなら、どうして私に聞くの?道を空けて」「これくらいでムキになるなんて、兄が霞に誕生日を祝ってあげてるのを知ったら、怒り狂っちゃうんじゃないの?」天音は幼い頃から静真に甘やかされて育ってきたので、他の女に兄を奪われるのが嫌だった。しかし、どうしても義姉を選ぶとしたら、霞は月子よりはるかに優れている。家柄が良いだけでなく、トップクラスの技術者で、金持ちで美人で才能もある。とても華やかだ。それだけでなく、霞の趣味は非常に幅広く、カーレース、ロッククライミング、スキー、サーフィン……彼女にできないことはほとんどないというほどなのだ。天音は自由奔放な人生が好きだ。霞の才能は年長者から好かれるだけでなく、彼女の様々なクールな趣味は、天音のような若い世代の好みにぴったりだった。三年前に霞が海外へ行ったのも、自分のキャリアを追求するためだった。天音から見れば、霞のようにあらゆる面で優秀な大物女性でなければ、兄には釣り合わない。月子は料理しかできない。家政婦と何が違うっていうの?彼女に霞と張り合う何かがあるっていうの?幸い兄は月子に対して天音と同じ態度で、全く眼中に入れていない。少なくとも結婚して三年になるが、天音は兄が月子の誕生日を祝っているのを見たことがない。兄が霞に用意したサプライズ、誕生会の会場設営、手作りのプレゼント、K市の名士を招待するなど、どれほど心を込めているか、比べてみれば一目瞭然だ。天音は成人してか
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第14話

説明しても意味がないから、説明はしない。さっき感情的になったのは、流産のことのせいだ。月子は落ち着きを取り戻すと、天音に向かって淡々と告げた。「そう思いたいなら勝手にすれば」そう言うと、彼女は踵を返し、天音に冷たい背中を見せながら立ち去った。月子のこの態度は、天音の想定外だった。彼女は少し顔を曇らせ、「生意気な」と呟いた。天音は友達と一緒に病院に来ていた。友達は薬を持って彼女の元へ戻ってくると、彼女の視線の先を見て尋ねた。「誰?」「入江家に飼われてる犬よ」天音は軽蔑の表情を浮かべた。「へえ、犬に噛まれたってわけ?」天音は舌打ちした。「犬が主人を噛むわけないでしょ?この犬は、何度蹴飛ばしてもどっか行かないの。ちょっとウザいだけ」渉から聞いた話では、月子は霞の帰国に嫉妬して気が狂いそうになっていて、表向きは離婚騒ぎを起こしているけど、裏では兄の行方をこっそり調べているらしい。そういう見え透いた駆け引きを使うなんて、だから自分にもあんなふてくされた態度が取れるようになったんだな。でも、月子がどんなに騒いでも、ただの笑い話にしかならない。天音はすぐに彼女のことは忘れ、友達と一緒に病院を後にした。その時、静真から電話がかかってきた。天音は月子でもやもやしていた気分が吹っ飛んだようで、喜んで電話に出た。「お兄さん、どうしたの?」静真は低い声で言った。「彼が帰国した」「彼?」天音は一瞬たじろぎ、長身で厳格な人物の姿が脳裏に浮かび、全身がこわばり、呼吸さえも浅くなった。静真の口調は優しくはなかった。「おじいさんが週末に本家で集まるようにと言っている。会いたくないなら、今すぐどこかへ行って隠れていろ。おじいさんには俺が話をつけておく」天音は感動した。やっぱり、兄はいつも自分を守ってくれる。実はその人はもう一人の兄みたいなものだ。しかし、互いの関係は赤の他人以下なのだ。子供の頃に初めて彼に会った時、少年の鋭い目つきと冷徹な雰囲気は、真冬の冷え切った鉄のようで、一目見ただけで鳥肌が立った。天音は怖くて泣き出し、トラウマになって、彼とは一言も話せなくなってしまった。あれから何年も経った今でも、自分はまだその人が怖い。でも、それは恥ずかしい……天音は恐怖を克服しようと、強がって言った。「もう何
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第15話

彩乃は質問した後、「ああ」と一声言って電話を切った。月子は彼女の反応に首を傾げた。「誰だったの?」「名前は言わなかったわ。直接会って紹介したいって」彩乃は冴えない表情で、少し不機嫌そうに言った。「もったいぶってるの?名前も明かさないなんて」月子は少し考えてから言った。「もしかしたら、サプライズを仕掛けようとしてるのかも」彩乃は納得したかのように言った。「その言い分、受け入れよう。相手が月子をパワーアップした上位版なら、本当に驚いて喜んじゃうけど、そうでなかったら、ただの気取り屋ってことね」そう言われ、月子は黙り込んだ。彩乃は再びエンジンをかけた。「土曜日の約束、忘れないでね」月子は彩乃の握るハンドルを見て、急にムズムズしてきた。確かに、カーレースを見るのは久しぶりだった。……その後、月子は毎日陽介に連絡を取り、洵の体調を尋ねた。陽介の話では、洵は末期症状の仕事中毒だった。会社が突然20億円もの巨額融資を受け、彼はやる気に満ち溢れ、翌日には仕事に打ち込んでいた。月子は洵の体が心配で電話をしようとしたが、既にブロックされていた。月子はハッカー技術を持っているので、洵に連絡するのは一瞬のことだが、そうすれば、既に壊滅的な姉弟関係にさらに追い打ちをかけるだけだった。だから月子は諦めた。時間を見つけて、直接会いに行こうと思った。土曜日、月子は彩乃とカーレース観戦の約束をし、準備を整えて出発しようとした。彩乃は迎えに来ると言っていたが、突然の用事で、一人で行くようにと言ってきた。離婚前は静真名義の車に乗っていた月子は、昨日、白いランドローバーを自分のために購入していた。自宅から車で1時間半の道のりだった。月子は制限速度を守りながらも、卓越した運転技術で、わずか1時間で到着した。そして、彩乃が予約した特別個室に向かった。既に観客が続々と入場し始めていた。特別個室はそれほど混雑していなかったが、それでも人が少なかったわけではなかった。月子はぶつかりそうになったスタッフを避け、さらに先へ進んだ。個室番号の順に、あと数個室先だった。月子の正面にある個室のドアが開いていて、誰かが話をしていた。気にせず、そのまま通り過ぎようとした。しかし、彼女は突然聞き覚えのある名前を耳にした。
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第16話

重視しているかどうかはそれほどの違いがあるということだ。以前なら、月子はきっと長い間、落ち込んでいただろう。しかし、今は離婚して静真を諦めた。彼にはもう何の期待もしていない。気にしなければ、それほど傷つく事もない。とはいえ、気分が悪いのは確かだ。幸い、月子は、短時間でこれらのネガティブな感情を消化できるようになっていた。鳴はせっかく静真と知り合ったのだ。K市のエリートである静真と親密になる機会を逃すわけにはいかない。「姉さんのレースがそろそろ始まります。静真さん、ここで見てください。ここは俺が選んだ個室で、眺めが一番いいんです」ここ数年、静真はレースに興味を示していなかったので、月子は彼がなぜここにいるのか不思議だった。今、その全てに納得のいく説明がついた。霞がレースに出ているとは、思ってもみなかった。「ああ、ちょっと電話してくる」静真は言った。彩乃が予約した個室は前方にある。月子は彼らの個室のドアが閉まってから、歩いて行こうとした。そうすれば見つからない。物音からすると、静真は電話に出ようとしている……だけど廊下はここしかない。そう思った月子は急いで後ずさりした。角で数分待った。静真はもう電話を終えた頃だろうと思い、引き返した。しかし、不意打ちのように、彼と正面から鉢合わせた。月子は、その場に立ちすくんだ。二人は1メートルほどしか離れていない。離婚後、月子がこんなに彼に近づくのは初めてだった。彼女は、彼から馴染みのある、いい香りのする男性用香水を感じた。香りは過去の記憶を呼び覚ます。月子の心臓は、ドキッと音を立てた。静真は今日、カジュアルな服装で、スーツを着ている時のような威圧感はない。だが、依然として、彼特有の圧倒的な風格、気品と優雅さは隠しきれない。しかし、彼女を見る目は、冷淡なものだった。月子の記憶が正しければ、この服は自分が自ら店に取りに行ったものだ。プレゼントしたのではなく、彼の指示通りに店に取りに行っただけだ。月子は以前、静真をとても愛していた。好きな人にはプレゼントをしたくて、彼の好みやセンスに合わせて服を選んだものだ。しかし、買ってきた服を、静真は一度も着なかった。だけど、霞とお揃いの指輪はずっと彼の左手の薬指で光っている。きっと一度も外したことがな
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第17話

月子は彼の背中を見つめ、体の脇の手に軽く震えが走った。離婚を切り出したのは彼なのに、今更一言で本家に帰るように言い渡し、伝え終わると自分の言葉を待たずに出て行くなんて、自分が拒否しないとでも思っているのか。静真にとって、自分は呼びつけられては捨てられる、都合のいい女でしかなかった。月子は深呼吸をして、心の中の感情を鎮めようとした。でも、彼女がさらに悩んでいたのは、本当に本家に帰るべきなのかどうかだった。入江会長は本家にいる。行かなければ、きっと色々と考えてしまうだろう。でも、離婚協議書にサインしてしまった以上、帰りたくない……決めかねていると、彩乃から電話がかかってきた。「月子、私が連絡するまで個室でもう少し待ってて。後で、すごい人と会わせるわ」月子は一旦本家に帰るかどうかのことを考えるのをやめ、「どんなすごい人なの?」と尋ねた。これは予定外の出来事だった。彩乃の声はとても興奮していた。「M国から帰ってきたJ市社交界の御曹司よ」彩乃は起業して数年、数々の修羅場をくぐってきた。彼女がこんなに興奮しているなんて、きっと相当な立場の相手だろう。月子は不安げに思った。「私が行っていいの?」彩乃は自信満々だった。「もちろん。みんな同じIT業界だし、彼らはすごい戦績の持ち主で、海外でたった数年ですでにいくつもの大きい市場開拓に成功し、20カ国以上に事業を広めているのよ。それに私たちと専門分野もマッチしているから、あなたも絶対に来てくれなきゃ」こんな経歴なら世界長者番付に載るのも納得だ。きっと本当にすごい大物だろう。だけど、月子は彩乃がJ市社交界の人物を知っているなんて聞いたことがなかった。彩乃は説明した。「簡単に言うとね、私の小学校の同級生が今、そのJ市社交界の大物とつるんでるから、私も行けるのはその同級生のおかげなの。そうでなければ行けないわ」月子は驚いた。「……小学校の同級生?普段連絡取ってたの?」彩乃は何気に答えた「彼がインスタに投稿してたから、それを見て厚かましくも近況を聞いたら、彼は親切にも少し情報を交換してくれたのよ。少し話しただけで、相手が私がご機嫌を取らなければならない人物だと分かったの。さらに偶然にも、その御曹司はこのサーキットにいるのよ。まさに神の思し召し。行かないなんて私らしく
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第18話

天音は、なぜこんなバカげた質問をするのかと言わんばかりに、「彼女を好きじゃなかったら、あなたを好きになればいいの?」と聞き返した。月子は言葉を失った。「お義姉さん、私に何か好きなところがあるのか教えてくれる?一つでも挙げられたら、すぐに手のひらを返して褒めてあげるわ」彼女の言葉はとても傷つくものだった。しかし、いつも淡々とした口調で話すのだ。天音は静真のような冷淡さはないが、しかし彼女の言葉には陥れようという魂胆が見え隠れていた。それはそれである意味無情なのだ。さすが兄妹だ。月子は天音と意思の疎通ができないので、黙ってしまった。月子の反応は天音の期待通りではなかった。面白くなくて、つまらないので、さらに言葉を続けた。「霞がなんでレースやってるのか気になるでしょ?」月子は、気にならないと言おうとした。天音はすでに自問自答していた。「霞はサンのレースを見て、レースに惚れ込んだのよ。今じゃもうプロレーサーと言ってもいいくらい。もちろん、サンにはまだまだ及ばないけど。この世でサンに勝てる人なんていないんだから」月子は少し驚き、目に奇妙な色が浮かんだ。「サンが原因なの?」天音は月子の表情の変化に気づかず、思い出に浸りながら、熱狂と惜しむような目で言った。「サンには久しく会えてないわ。私は大ファンで、もう少しで本人にも会えて、サインももらえるところだったのに……まあ、あなたに言ってもわからないわね!」そう思うと、天音は月子を軽蔑するような表情を顔に浮かべた。「お義姉さん、だから私はあなたのことが嫌いなのよ。私の趣味の話なんて、あなたにとって馬の耳に念仏。何もわかってくれないんだから」そう言われ月子は再び言葉を失った。何も言ってないのに……「でも、霞はあなたとは違う。彼女は輝くサンに惹かれるの。私と彼女には共通の話題があって、一緒に楽しめるのよ。霞は私が今まで見た中で一番行動力のある人。私はずっとレースが好きだったけど、観客でいるだけでいいと思ってた。でも、霞は情熱のために、来る日も来る日もトレーニングを続けて、プロのレーサーになった。彼女みたいにできる人なんて、そうそういないでしょ?」天音は幼い頃から裕福な暮らしをし、世間をよく知っている。プライドも高い。普通の人間なんて、眼中にない。そして、天音の
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第19話

彩乃の言うとおり、月子は数年間姿を消していた地下レーサーのサンだった。母親の事故の後、月子は心の痛みを紛らわすことができず、様々なエクストリームスポーツに夢中になった。極限のスピードに身体が支配されている時だけ、彼女の頭は一時的に回転を止め、ネガティブなことを考えず、完全に今この瞬間に生きて、アドレナリンの急上昇によって激しく鼓動する心臓を感じていた。レースは彼女が試したエクストリームスポーツの一つに過ぎない。月子はストレス発散のためにレースをしていただけなので、試合に出ようとは思わなかったし、ましてや表に出ようとも思わなかった。だから、地下のグレーな組織で遊ぶことだけを選んだ。地下組織では自分の身元を明かす必要がないからだ。だけど月子には本当にその才能があったのかもしれない。上達が早く、数回のレースの後には隠れファンがつくようになった。後のレースで、彼女は正規のレースの記録を破ってしまった。それが話題になり、サンの名前はより多くの人に知られるようになり、ファンも増えた。天音は、その時に彼女のことを知ったのだろう。月子は有名になりたかったわけではない。彼女を知る人が多くなると、逆に興味を失い、他のエクストリームスポーツに変えた。しかし、月子はサーキットでスピードに支配されていた時の喜びを忘れていなかった。だが、それは過去のことだ。月子は忠告した。「私は足を洗ったの。あちこちで言わないで」「あちこちで言ったところで、私をどうすることができるんだっていうの?」彼女は時々おちゃめなところがある。月子はよく分かっていた。「言ってみたら?言っても誰も信じないだろうし、信じたとしても、私はサーキットには戻らないわ」レースがきっかけで彼女を好きになった人もいるかもしれないが、レースは月子の人生において重要ではない、趣味とさえ呼べないスキルに過ぎない。彩乃は月子をからかうのをやめ、真剣に彼女を観察した。月子は、彼女が出会った中で、最も整った顔立ちの女性だった。多くの人は女性を花のように優しく表現するが、研究室にいる月子は、その容姿と雰囲気は、冷たく鋭く、まるで金属のような質感で、思わず目を奪われ、見上げてしまうほどだった。今のはやりの言葉で言うと、月子はキレイめフェイスだ。それは誰もが彼女に会えば思わず
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第20話

「月子を機嫌よくさせとかないと、もし大物に会って怒らせたら、私を売られても困るんだよ」月子は言葉を失った。彩乃はそう言うと、小学校の同級生に連絡した。しばらくすると、相手が来た。松本修也(まつもと しゅうや)はハンサムな顔立ちで、身長185センチ、姿勢が良く、体にフィットしたスーツを着ていて、とても上品だった。フォーマルな服装は一般的に厳格で距離感があるように見えるものだが、修也はむしろ春のそよ風のように、一見してとても優しい人だと分かった。エリート、それは月子の彼への第一印象なのだ。「修也、こっち!」彩乃は手を振った。修也は笑って近づいてきた。「久しぶりだな、彩乃」修也は視線を移し、丁寧に挨拶した。「月子さん、初めまして、松本です」彩乃は既に彼に自分のことを話していたらしい。月子は彼に頷き、挨拶とした。彩乃がいるので、月子は修也に気を遣う必要がなく、静かに傍らで彼らの会話を聞いていた。彩乃が言わなければ、月子は本当に彼らが十数年も連絡を取っていなかったとは分からなかっただろう。二人は社交が得意で、いわゆるコミュ力が高い。修也は前の最上級の特別個室を指さした。「中へご案内しましょう​​」三人は一緒に中に入った。ここは普通の特別個室よりもずっと広く、内装もさらに豪華で、たくさんの娯楽設備があり、試合観戦に飽きたら暇つぶしができる。月子は目を上げて見てみると、個室には長い黒い革のソファがあり、そこには数人の老若男女が座っていて、観覧席には多くの人が集まっていた。もちろん、月子は誰も知らない。これはプライベートな集まりで、公式の社交界ほど賑やかではなく、月子と彩乃が突然訪れても、一人一人紹介する必要はない。彩乃の目的は明確で、大物たちは気軽に試合を見ているが、彼女にとっては、大物たちと知り合い、人脈を広げることの方が重要だ。修也は何でも知っていて、彩乃は彼に遠慮なく、ずっと彼にずっと付き添ってもらいながら、知らない人がいれば紹介してもらった。修也も喜んで「二人の美女のエスコート」役を受け入れた。結局、人を呼んだのは彼なので、最後まで責任を持たなければならないし、それにこの同級生は、子供の頃と同じように面白くて可愛い。月子については、修也は様々な美女を見てきたが、それでも彼女
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