元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった のすべてのチャプター: チャプター 561 - チャプター 570

744 チャプター

第561話

ここ数日、月子はずっと隼人と一緒にいて、今までとは全く違う恋愛の感覚を味わっていた。彼の優しさに触れ、月子は彼と離れたくない、少し離れただけでも恋しく思うほどになった。かつて3年間の結婚生活の中で、月子も静真へそれほど強い愛情を行動で示し続けていた。普通の人間なら、そんな熱烈な愛情を受ければ、誰でもふとした瞬間に情が芽生えるものだ。だから静真はG市であんなに必死に月子を取り戻そうとしたのだろう。だがG市での一件を通して月子の考えは変わった。静真は、彼女が隼人と付き合っていることを知っても、きっと諦めない。だから、予想外に彼に会っても、月子は驚いた顔を見せなかった。翼はというと静真に会うのが初めてだった。静真は会社の社長よりもはるかに実力があって、大物の投資家だった。そんな人物が会いたいと言うんだから、これ以上光栄なことはないだろう。翼は静真を一目見て、どこかで見た顔だと思った。そして出迎えるために立ち上がると、忍の親しくしている隼人という大物と、どことなく輪郭が似ていることに気づいた。そしてその威圧的な雰囲気もそっくりだし、実力者が持つ特有の冷徹さも感じられた。今までいろんな大物を見てきた翼だが、この男だけは絶対に逆らえないと思った。「入江社長」翼は自己紹介をした。「安藤翼です」静真は彼を無視した。翼は少し気まずくなった。静真に同行していた秘書の詩織が、二人の間を取り持ち、お互いの身分を紹介した。萌もその場にいた。彼女は立ち上がったあと、振り返ると、月子は微動だにせず、冷めた視線で相手を見つめていることに気が付いた。すると萌はすぐに、月子がこの大物と知り合いであることを分かった。そこで、彼女は、自分のボスは只の人物ではないのだと改めて実感した。月子の冷たい態度を見た翼は、場の空気が息苦しいほど重くなるのを感じ、落ち着かなかった。一方で、静真は何も言わずに月子の向かいに座った。彼もまた月子が現れてから、自分の顔すらまともに見てくれないことに気が付いたのだ。「萌さん、ちょっと出て行ってもらってもいいですか?」月子はようやく口を開いた。「外で待っていてください」静真がここに来たのは、仕事の話ではないだろうと感じ、月子も、無駄話をする必要はないと思った。それに、今は周囲に人がたくさんいるんだ
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第562話

「どうして俺に会いに来ないんだ?かつてのお前は俺にあれだけベッタリだったじゃないか?四六時中俺と一緒にいたくてしょうがなかったくせに、今はどうしてこんなに冷たいんだ?」月子は険しい表情で言った。「私の膝はまだ治ってないのよ。あなたこそ、どうして謝りに来ないわけ?」静真も本心では穏便に話すつもりだったのだが、彼女の言葉を聞いて、つい口調を強めて言った。「隼人のせいで、いろいろと面倒なことになっていて、身動きが取れなかったんだ。この一週間、ずっとお前に会う方法を考えていた。それでやっと会えたんだ……今はお前に会うのすらこんなにも難しくなったのか?」月子は静真の泣き落としにうんざりしていた。まるで一樹から直伝されたかのような巧妙な言い回しだ。そう思った彼女は冷たく言った。「会えたからってなんだっていうの?あなたは一体何がしたいの?」「言っただろ。やり直したいんだ」静真は続けた。「隼人と付き合ってるのは、俺を刺激するためだって分かってる。よりを戻してくれれば、全て水に流してやる」「よくそんなことが言えるわね。もういい、あなたと話すことはないから。もう一度言っておくけど、よりを戻すつもりはないし、隼人さんとは真剣に付き合ってるの」それを聞いて静真の顔色は額に血管が浮き出るほど一気に険しくなり、鋭く彼女を睨みつけるその目には、狂気じみた感情が渦巻いていた。月子は彼のそんな表情には慣れていた。きっとこれから爆発するだろうと予想していたからだ。もしそうなったら、萌たちに来てもらおうと月子は思った。ところが、静真は表情を幾度か変えた後、無理やり平静を取り戻し、抑えた口調で言った。「俺がどれだけ怒っているか、分かっているのか?」月子は拳を握りしめた。「そんなの私に関係ないでしょ」「関係ないわけないだろ。怒ってるのは、お前が俺と離婚したうえ、俺のことを何も気にしなくなったからだ。それにこんな嘘までついてきて」月子は握りしめていた拳を解き、静真にはもう何を言っても無駄だと悟った。「さようなら」月子は立ち上がり、部屋を出て行こうとした。静真は彼女を止めようとはせず、こう言った。「阿部さんの顔が傷物になったら、まだ俳優の夢を追いかけられるかな?」それを聞いて月子の足は止まった。静真は冷笑しながら、怒りに燃える月子の目を見据
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第563話

月子は静真の冷静な話しぶりに、彼がまた無理強いさせようとしているのが分かった。「静真、もし従わなかったらどうするの?私に何かするつもり?」静真は息を荒くしながら、月子の瞳から少しでも迷いがないか、必死で探そうとした。しかし、どんなに見つめても、彼女の心を読み取ることはできなかった。月子の心はまるで氷で固められたかのように冷たかった。何を言っても彼女が聞いてくれないその態度に、静真を本当に正気を失いそうだった。静真は大きく息を何回か深く吸い込んで、月子を睨みつけた。「月子、どうすれば、俺とよりを戻してくれるんだ?」静真はついに月子に頭を下げた。彼は、全てを月子の手に委ねた。彼女が自分の言うことを聞いてくれるなら、何でもしてやると覚悟を決めたのだ。静真は想像もしていなかった。やっと大人になって、誰からも指図されずに済むと思っていたのに、かつては軽く見ていた女に、主導権を握られてしまうなんて。月子は静かに目線を落とし、静真を見据えた。「私の言うことを聞いてくれるの?」「ああ」月子が言うことを聞いてくれるなら、何をしたって構わないと静真は思った。「静真、やっと私に頭を下げてきたのね。媚びへつらうことを覚えたみたいじゃない」本当は、そんなことはできなかった。静真は月子の冷ややかな嘲笑に、顔が強張った。「俺を辱めたいのか?」月子は静真の手を振り払った。「正直に言って、あなたには頭を下げて媚びるなんて無理でしょ。口ではうまいこと言うけど、実際私が少しでもあなたの気に入らないことを言ったら、また怒るんじゃないの?それどころか私に馬鹿にされたと思うようになるんじゃない。そんなにプライドが高いなら、私に無駄な時間を費やす必要ないのに」それを聞いて静真は歯を食いしばった。「本当に、俺とはもうやっていけないのか?」「ええ、そうよ。何度も何度も同じ説明を繰り返すのはもううんざりなのよ。でもあなたがプライドを捨てて、私の意見を聞きに来ただけでも、あなたのような自己中心的な人間にとっては進歩と言えるんじゃない?少なくとも、私たちの失敗した結婚生活があなたにとって全くの無駄じゃなかったってことね。人と対等に付き合う方法を学べたんだから、次の恋愛には役立つわよ。少なくとも、その子は私みたいに苦労しなくて済むでしょうから」そう
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第564話

月子の言葉には隠しきれない嘲りが込められていた。静真は彼女の手に力を込め、冷たく言った。「月子、随分ひどいことを言うな」「お互いよ。あなたも昔はもっとひどいことを言ってたでしょ」月子は冷淡な表情で言い返した。静真は何でも思い通りにやってきた。しかし今、彼は深い無力感を身に染みて感じていた。G市で正気を失ったような行動とったのも、すべては素直で従順だった月子は、もういないと感じたからだ。もう二度と、彼女を取り戻すことはできないのだろうか。静真は目の前にいる女性をじっと見つめた。二人の心がこれほどまでに遠く離れていると感じたことは、かつて一度もなかった。くそっ、彼女は目の前にいるというのに、手が触れるほど近くにいるのに。なぜ、もう二度と近づけないような気がしてしまうんだ?その大きな恐怖に駆られて静真は月子を失いたくないと、必死に取り戻そうとしているのだ。静真は震える声で尋ねた。「月子、本当にいいのか?俺が他の女と一緒になって、結婚して、子供を作って、それでもいいのか?」月子は一瞬、呆然とした。その言葉離婚する前に聞いていたらきっと、押しつぶされるほど苦しんだだろう。でも、今はもう大丈夫。過去の傷は癒えた。今は自分の生活を大切にしたい。静真は、もはや自分の人生には不要な存在なのだ。彼がどうしようと、気にする必要もない。「ええ、構わないさ」それを聞いて、静真は苦痛に顔を歪め、顔色も真っ青になった。月子は、かつて傲慢だった静真が、こんなにも感情を露わにするのを見て、少し驚いた。こんな静真を見ることは滅多にないのだ。だけど、そんな弱みを見せる静真を月子は信用できなかった。二人の間にはとっくに信頼関係はなかったのだから。もし自分が素直に頭を下げたら、静真はまたすぐに傲慢な態度に戻るだろう。月子はそう確信していた。彼は昔からそういう男だった。「嘘だ!」静真は声を荒げた。「お前がそんな風に無関心でいられるはずがない!」「じゃ、試してみたらいいじゃない?あなたが他の女と付き合ったら、私が嫉妬するかどうかを」静真は奥歯を噛み締め、彼女を睨みつけた。「例えば霞とか、結婚のお祝儀を出してもいいわよ」月子の無関心な態度に傷つけられ、静真は青ざめた顔で、一語一句かみしめるように言った。「月子、お前
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第565話

「あなたが放してくれなくて、私は行くから」月子は静真を真っすぐに見つめた。静真は歯を食いしばり、嘲るように言った。「手を離したら、お前は俺の言うことを聞くのか?」「まずは手を離して」静真は月子を見つめ、何かを考えているようだった。月子の視線はまっすぐ揺るぎなかった。その芯に強さが伝わる瞳こそ、どんな攻撃よりも彼に与えられるダメージが強く、そこには僅かの隙もなかったからだ。静真は、月子が以前のように感情を爆発させてくれた方がよかった。怒りや焦りといった感情は、彼女の弱点だった。なぜなら、静真は彼女の感情の揺れ動きから、彼女の考えを垣間見ることができたからだ。今の月子のように、波一つ立たない落ち着きの中から、静真はなにも読み取ることができず、不安で居た堪れなかった。そんな彼女に、彼の心臓がまるで誰かに強く握りつぶされるようで、息苦しさを感じた。静真はこんな月子は好きじゃなかった。彼が好きなのは、彼のことだけを考えてくれる月子だった。片や、月子は静かに、静真が手を離すのを待っていた。彼女もまた、静真と会うたびに激しい感情の応酬をすることに疲れていた。だが彼女はまた、いつか静真も現実を受け入れ、自分が既に前へ進んでいることを理解してくれると信じている。ただ、少し時間がかかるだけだ。静真と月子は静かに睨み合っていたが、月子の決意は固く、ついに静真は彼女の腕を放した。やり場のない怒りを胸に、静真は言った。「分かった。放してやる、これで、俺の言うことを聞いてくれるんだな?」月子は解放された腕を回し、静真が本当に折れたことに少し驚いた。一度引き下がれば、二度目もある。これから、彼はどこまで譲歩するだろうか。少なくとも、静真はただ感情的に暴れるだけでなく、きちんと話し合いができる人間になったようだ。そして、今回彼が折れたことは大きい。どうすれば彼女が態度を和らぐかを聞いてくるなんて、彼らしくない。結婚生活の間、月子は彼が今のように自分の気持ちを聞いてくれることをずっと願っていた。しかし、そんなことは一度もなかった。そして、月子は彼に完全に失望した。なのに、別れてしまったあとになって、逆に静真がそれを受け入れられないでいる。本当に皮肉な話だ。人間とは勝手なものだ。彼も例外ではない。だが、今更優し
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第566話

「これ以上、俺を挑発するようなことを言うな」静真は息を深く吸い込んだ。今はとにかく月子を落ち着かせることが先決だ。そのためなら、多少の譲歩は厭わない。「会社を立ち上げたんだろう?資金も、人材も、あらゆるリソースを提供して、業界トップの企業になるよう支えてやる。お前が欲しいものは何でもくれてやる。車でも家でも金でも、何でもお前の望みを叶えてやる。洵の会社にも投資してやる。なあ、月子、俺はお前を幸せにすることができる。チャンスをくれ」月子は意外そうに彼を見つめた。「お金で私を買収しようっていうの?」「金が必要なんだろう?そうでなければ、どうして会社を始めるんだ?一条さんと始めたあの会社でもどうせ大して稼げないだろ?月子、お前には俺の助けが必要なんだ」月子の顔色は冴えなかった。「そんなの必要ないから」静真もまた、険しい表情になった。「隼人も、同じようにお前に金を与えられるだろうけど、お前は彼のことを本当に好きだというわけじゃない……」「もし、本当に好きだったら?」静真は大きく息を吐き出し、拳を握り締めた。「月子、俺を挑発するような言葉は何を言ってもいい。この3年間、お前がした辛い思いを全部ぶつけくれて構わない。だが、これだけは駄目だ。相手は誰でもいい、お前が男遊びをしたって俺は文句を言わない。だが、隼人だけは絶対に許さない」それを聞いて、月子は唇をきつく結んだ。彼女は思わず損得勘定をしたのだ。静真が自分の生活や仕事に干渉してこなければ、あえて争う必要はない。彼が現実を受け入れるには、時間が必要だ。もしかしたら、あと1ヶ月もすれば、自分がまだ隼人と別れていないのをみて、よりを戻すは無理だという事実を思い知ればきっと今のような自信もなくなるだろう。月子はそれまでじっくり待とうと思った。3年かけて静真の心を温めようとしたのと同じように。彼を諦めさせるのも、ゆっくりと時間をかけてやればいい。「わかった。じゃ、本題に入ろう。でも、あなたとはもう関わりたくないし、お金で私を釣ろうとするのはやめて。そんな手は霞にしか通用しないから。それと、洵には近づかないで。彼はあなたのことを心底憎んでいるから」「離婚の際に渡したのは10億円だけだ。10億円で何が出来る?俺と結婚していた3年間、秘書としていくら稼げたというんだ?」
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第567話

静真は月子のあからさまな嘲笑に、顔がみるみる青ざめていった。「そんなに霞のことが気になるのか?」月子は冷ややかな視線を向けた。静真に霞の名前を出されると、やはりどうしても反射的に反応してしまうのだ。所詮彼女もロボットではないのだから、感情に左右されるのも仕方ないことなわけだ。そして、彼の言葉からは、彼女を見下しているのが伝わってきた。復縁したいなら、まず彼女のことを理解しようとするべきなのに、彼はまだ過去の経験から彼女の性格を決めつけようとしている。月子は言った。「もう、私に関わらないで」静真は今日、月子に何度冷たくされて、どうすることもできず、彼女が霞を嫉妬していると思っていても、これ以上追及するのは得策ではないと感じたから、込み上げる怒りを何度もぐっと堪え、冷たく言った。「そういう意味じゃない。そもそも俺は霞のことは好きじゃないし」月子はさらに嘲笑した。「それが好きじゃないっていうなら、どういうのが好きだっていうのかがわからないけど、ただ、あなたが誰を好きになろうと勝手だし、私に説明する必要はないから」静真は歯を食いしばって言った。「本当に気にしないのか?」月子は冷たく彼を見つめた。「完全に気にしないようにすることだってできるよ」静真は眉をひそめ、月子と喧嘩したくなかったので言った。「金も受け取らないなんて、バカじゃないのか?」月子は言い放った。「あなたのお金は必要ないからよ。自分で稼げるから」静真はまたしても拒まれたと感じ、怒りで顔がさらに青ざめていった。「じゃあ、隼人のお金なら受け取るのか?」「それは私の個人的なことでしょ。あなたには関係ないじゃない」それを聞いて、静真は息を荒くして言った。「月子、どうしろっていうんだ?俺がお前に優しくするのもダメなのか?」彼はもう、どうすればいいのか分からなかった。しかし、そんな彼を月子には、どうしても腑に落ちなかった。今までなら、静真がこんなことを言うなんて、考えられなかった。なのに、彼は実際にやっている。ただ、その態度は相変わらず傲慢で、少し頭を下げるだけで、まるで全力を尽くしたように振る舞い、まるで一度頭を下げて優しく言葉をかければ、期待通りの結果が得られると思っているようだ。そんな都合のいい話があるわけないのに。月子は静真の本性を見抜いていた。彼の
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第568話

「また私を追い詰める気?」月子は冷たく尋ねた。静真は機嫌を損ねた。「だったら、隼人とは距離を置くって約束しろ。彼からも金受け取るな!」「……分かった」「俺を馬鹿にしてるのか?」静真は彼女の態度が気に入らなかった。「おじいさんの誕生日の時みたいに、また俺を騙すつもりか?」「自分で判断すればいいでしょ」月子が自分の提案を受け入れない以上、どうすればいいのか分からなかった静真だったが、少なくとも彼女はすこしでも自分の言うことを聞いてくれるようになったので、彼も少しは気が楽になった。無駄足にならなかったことに安堵した。彼は無駄な努力が大嫌いで、ましてや努力が結果に結びつかないのはもっと嫌だった。「月子、お前を金で釣ろうとは思っていない。俺が欲しいのは純粋な愛情だ。俺はただお前に愛してほしいだけなんだ。計算された計らいは何もないんだ」曇りのない愛だけが、静真の心を揺さぶり、そういう愛情だからこそ彼は本当に心置きなく信頼できるのだ。霞が彼を好きなのは、彼のステータスに惹かれているだけだ。純粋な愛を求めているように聞こえる言葉だったが、月子は静真の傲慢さを感じた。そんなに高い理想を掲げているのに、どうして簡単に手に入ると思っているのだろうか?一点の曇りもない愛は、いくらお金を積んでも手に入らない。静真は欲望の塊だ。そしていつか自身の欲望に飲み込まれ自滅するだろう。月子は彼に現実を突きつけた。「覚悟しておいた方がいいわよ。私はあなたとよりを戻すつもりはないから」しかし静真には、月子の言葉が耳に入らなかった。彼は欲しいものは何でも手に入れてきた。こうして月子と話が出来るようになったのも、彼の努力の賜物だと思っていた。ゆっくり時間をかけていけばいい。だから彼は月子の警告を気にせず、彼女を見て、唐突に言った。「月子、キスしたい」月子は信じられないものを見るように彼を見つめた。「正気?私たち付き合ってもいないんだけど?」静真は暗い表情で言った。「隼人にキスされるのは良くて、俺にはダメなのか?」ヘリコプターの中で月子が隼人とキスをしていた光景は、まさに静真にとって悪夢だった。あの時、静真はあのヘリコプターを撃ち落としてしまいたいほどだった。月子と隼人が親密にしていることについては……ゆっくりと決着をつけてやる。
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第569話

「そういう約束はできないから」月子はクズじゃない。静真を弄ぶような真似はしたくなかった。静真が現実を受け入れるのを辛抱強く待てば、無理なく、きっぱりと別れを告げることができると思ったからだ。しかし、静真は顔を曇らせた。「そんなに待たせるのか?」月子は適当にあしらった。「焦らないで」そう言うと、月子は本当に出て行こうとした。静真は、ドアへ向かう彼女の後ろ姿を見つめながら、思わず拳を握りしめ、そして、不意に彼女の名前を呼んだ。「月子」ドアノブに手をかけた月子は、振り返った。静真は立ち上がり、彼女をじっと見つめた。「あまり待たせないでくれ」彼の視線に、月子はドキッとした。ここまで、言われてもまだあんな優しい目つきで見てくれなんて。彼はその自覚があるのだろうか?それにしてもルックスがいいだけあって、いくらクズ男でも優しい表情になれば、騙されてしまうだろう。しかし、月子何も感じることはなかった。かつてはあれほど彼の優しさを求めていたのだが、今はもう彼の本性を見抜いているだけあって、彼には何も期待できないのだと月子は身に染みてわかっていた。彼に傷つけられた過去がある。もう戻れない。静真がどんなに変わっても、もう受け入れることはできない。もし静真とやり直したとしても、過去のトラウマに怯える日々を送ることになる。静真が何気なく昔の顔を見せたら、またあの頃の苦しみが蘇ってくるだろう。そんな毎日を送るのは、とても耐えられない。だから彼女は戻るわけがないのだ。隼人がいる今の生活で、幸せを知った。だから、過去の辛い日々がどれだけ酷かったか、よく分かる。静真には人を愛する資格はない。彼のどんな行動も、自分の心を動かすことはないだろう。そう思いながら、月子は何も答えず、冷淡な視線を彼に投げかけ、ドアを開けて出て行った。静真は、その場に立ち尽くし、心臓が激しく鼓動していた。月子のあの冷たい目に、胸騒ぎが止まらなかった。引き止めたい衝動に駆られた。畜生。なぜ月子は、いつも自分を冷たく突き放すんだ?そう思うと、静真は拳にさらに力を込めた。しばらくして、詩織が一人で入ってきた。彼女は静真の顔色を窺った。思ったほど悪くはなかった。良くもないが、G市にいた時よりは少しマシだった。「入江社長」詩織の声で、
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第570話

渉は長い間社長に気に入られていたから、今冷遇されて一番焦っているのは彼だろう。詩織は彼のミスをするのを待っていた。会社の競争は本当に厳しい。詩織は少しでも気を抜いたら、致命傷になるだろうと分かっていた。……隼人は静真が月子に会いに行ったと知ると、すぐに会議を切り上げて駆けつけた。運転手は車を走らせた。賢は隼人と並んで後部座席に座っていた。賢は隼人の友人として、この重苦しい雰囲気に耐えかねて、こう言った。「隼人、静真が月子さんに会いたがっているなら、止めても無駄だ。いつでも隙を見つけて会うだろう。毎回こんなに心配していたら、自分が参ってしまうぞ」隼人の表情は普段と変わらなかった。しかし、平静を装っているその奥底には、心配と不安、そして拭いきれない恐怖が渦巻いていた。両手を前で組んで、隼人は意味深な目つきで、威厳に満ちた冷たいオーラを放っていた。隼人は月子と付き合って初めて、自分がこんなにも愛情に飢えていたことに気づいた。彼はいつも月子と一緒にいたい、自分の視界から彼女が消えてしまうのが耐えられなかった。心理学の本を読んだことがある隼人は、これはもしかしたら、幼少期に愛情不足だったことが原因なのかもしれない、と考えていた。今まで欲しいものを手に入れたことがなかった隼人にとって、月子は特別な存在だった。彼女と一緒になることで、かつてないほどの満足感を得たが、同時に、彼女を失うことへの恐怖にも苛まれていた。あの喜びを知らなければ、こんなにも苦しまなかったかもしれない。しかし、一度その喜びを知ってしまったからこそ、彼女を失いたくないという気持ちが、彼の心身を支配していた。だから、心配で仕方ないのだ。隼人は月子が戻ることはないと信じていた。しかし、静真は思い立ったらすぐに行動するタイプだ。一度欲しいと思ったら、手段を選ばない。月子が常に自分の目の前にいるわけでもない。静真は必ず機会を見つけて、彼女に接触してくるだろう。静真と月子は3年間、1000日以上も一緒に過ごしたのだ。その事実を考えただけで、隼人は息が詰まりそうだった。そう思った隼人は拳を握りしめ、表情を変えずに言った。「もっとスピードを上げろ」賢には、隼人が何を考えているのか分からなかった。なぜこんなに心配しているのかも理解できず、さ
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