冴子は、拓海がそんなふうに言うのを聞いて、彼が本気で怒っているのだと悟った。けれど同時に、それが売り言葉めいたものだということもわかっていた。だから彼女は声を張り上げて言い返した。「そこまで言うなら、女と寝てきなさいよ」拓海は腹立たしげに言う。「寝るってんなら寝るさ。女と寝るくらい、誰だってできるだろ」そう言い捨てると、拓海は立ち上がって病室を出ていった。冴子は引き止めもせず、好きにさせた。――けれど数分もしないうちに、拓海は沈んだ表情で戻ってきた。冴子は彼の姿を見て、面白がるように声をかける。「なに?もう終わったの?」拓海は椅子に腰を下ろし、自分の頬を叩きながら言った。「一途すぎる自分が嫌になる」それを聞いて冴子は笑い、こう続けた。「一途だからって、必ず報われるとは限らないわ。感情を玩具みたいに扱う人間だって、必ずしも悪い報いを受けるわけじゃない」拓海は、冴子のそういう人を傷つける言葉を聞きたくなくて、耳をふさいだ。耳に触れた瞬間、頭に浮かんだのは玲奈だった。彼女のもとを離れるとき、自分が彼女の耳を強く噛んだことを思い出す。それを思うと、胸の中が少しだけ楽になった。……翌朝早く、沙羅は研究を終えた。昨夜は徹夜で、ようやく前段階の作業をやり切ったのだ。幸い、データは合っていた。最初からやり直さずに済んだ。研究室を出たところで、沙羅は少し離れた場所にいる昂輝の姿を見つけた。おそらく学のオフィスから出てきたところなのだろう。手には書類を提げ、ロングコートに身を包んだ姿は、背筋がすっと伸びて均整が取れて見える。冬の久我山は霧に煙っていた。朝の霧雨が、しとしとと昂輝の肩を濡らす。濃い霧の中を歩く彼は、まっすぐで端正だった。その瞬間も、沙羅の胸がかすかにざわめいた。昂輝がまだ校門を出ないうちに、一人の女が行く手を遮って声をかけた。「昂輝先輩」若い子だった。清楚な顔立ちをしている。昂輝は足を止め、目の前の彼女を不思議そうに見て言った。「どうしたの?」女の子は手にしていた小さな袋を差し出し、頬を赤らめて言った。「昂輝先輩、これ......私が作ったクッキーです。よかったら食べてみてください」沙羅は少し離れた場所
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