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2-71.薬指の約束(1/3)

last update Last Updated: 2025-09-17 06:00:43

 紫子さんは親戚に接するようにあたしを迎えてくれた。玄関の中は広めの土間になっていて、御座に緑の粒が山のように積んである。それが10いくつ。強い山椒の香りを放っていた。

「クロエちゃんは何年振りになる?」

「うーんと」

覚えてなさそう。

「上がって」

「「「お邪魔します」」」

座敷にあがらせてもらった。山椒農家ってどこもそうなのか、蘇芳ナナミさんの家と作りが同じだった。だだっ広い座敷に囲炉裏、天井にはぶっとい梁が渡してある。その上はやっぱり暗闇。

 紫子さんが、

「クロエちゃんが来ること皆に知らせたら今朝釣ったアマゴを持って来てくれた人がいてね。それ塩焼きにしたから食べて」

 そういえばメッチャいい匂いしてる。思い出したように食欲が反応して冬凪とあたしのお腹が合唱を始めた。

「そんなに?」

言ってるクロエちゃんのお腹も鳴ってるから。

「アマゴって清流の女王と言われててすごく貴重でとっても美味しいんだよ」

冬凪が教えてくれた。配膳のお手伝いをしながらも我慢出来なくなってよだれたれそうになった。

「「「いただきます」」」

生まれて初めて食べるアマゴは、

「ぜっふぃん(絶品)」

どころではなかった。ホクホクの身にちょうどよい塩加減。これまで食べたお魚の中で一番、いや、生涯かけてこれ以上のお魚は食べられないんじゃないかってくらい美味しかった。大袈裟でなく。それと山椒粒の佃煮掛けた白飯。合いすぎて、死ぬ。

たらふく食った。眠くなったけど初めて来たお宅で昼寝はまずいと思って我慢した。

「あれ見せてあげたら?」

 紫子さんがクロエちゃんに言った。

「そうだね。もう知ってることだし。ね、夏波」

ね、とはよ。

あたしは冬凪に何のことかと目で確認したけれど、冬凪にも分からないようだった。

「じゃあ、見に行こう。夏波の変態っぷりを」

廊下を歩きながらクロエちゃんが前世のあたしは変態だったと言った。

「おかげであたし達は地獄に行くことができたんだけどね」

言ってる意味が全く分からなかった。

「ここがその変態が
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     クロエちゃんとあたしは冬凪の手を借りて船底のような所から出て、さらに階段を上って空祭壇の間に戻ってきた。「山の上はさすがに寒いね」クロエちゃんは奥の暗闇からブルーシートを引き摺って来ると空祭壇に寄りかかって座った。クロエちゃんを真ん中に冬凪とあたしを左右に座らせて、「これでしのげるといいけど」ブルーシートをかけた。それを掛けてすぐには暖かくならなかったけれど、クロエちゃんにくっついているだけでポカポカした。そのうち皆んなの体温で中もら温かくなって来た。そうなると隙間が気になってしまい、こっちのを無くそうとすると、あっちが開いてしまい、あっちを閉めるとこっちがってなって、冬凪とあたしとの争奪戦がしばらく続いたあとどちらからと言うこともなく急に止んだ。社殿の中に沈黙が広がる。ブルーシートについていた砂埃がサラサラと音を立てて板間に落ちる音がやけに大きく聞こえた。それからクロエちゃんが色んなことを話して聞かせてくれた。それは、どうしてここの地下が船底のようになっているかとか、どうやって地獄に行ったかとか、そこで何をしたかとか、戻って来方とかの話しだった。それを子守唄のようにうとうとしながら聞いているうちに寝てしまったようだった。「おはよう。よく寝られた?」ブルーシートの外にいるクロエちゃんが膝と手をついてあたしの顔をのぞいていた。いつから見ていたんだろう。「夢も見なかった」床に横たわってブルーシートを掛けられているのはあたしだけだった。冬凪は?「外に顔洗いに行ったよ」顔をあげて出入り口の襖を見ると外はもう明るかった。「何時?」「6時過ぎたところ」わりと早起き。「顔洗っておいで。外に手水舎あるから」ブルーシートを避けて起き上がり、簡単に畳んでから外に出た。空は雲ひとつない晴天だったけれど、お日様はまだみえていなかった。それはここが急な斜面の底にある神社だからだ。目の前の3本足の鳥居、石畳の参道。その脇に小さな手水舎。そこで冬凪が目をつぶって腰にぶら下げたタオルを取ろうとしていた。階を降りていって、「おはよ」「おはよ」冬凪は顔を拭きながら答えた

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-69.夏波のエニシの赤い糸(3/3)

     床に突き立てた棒を傾けるとメリメリと音がして一畳ほどの面積の床板が浮いた。「手伝ってくれる?」 その浮いた床板の隙間に棒を差し入れて持ち上げると床下の暗闇に向って木の階段が伸びていた。「ロウソク取って来て」ロウソクを手にしたクロエちゃんを先頭に階段を降りてゆくと、そこにも板敷きの広い空間があった。微かに木の匂いがしている。どこかで嗅いだことのある匂いのような気がしたけれど、埃くささが勝って思い出せなかった。クロエちゃんは板をきしませながらさらに奥の暗がりへと進んでいく。そして半畳ほどの四角い枠がある場所に立つと、「これ持ち上げられる? 前の時はみんなで持ち上げたけどあの時は大勢いたからな」 そこは太い木で出来た格子になっていた。すると冬凪がその格子を掴んで腰を落とすと、「せい!」 一度で外してしまったのだった。「すっご!」 その下も空間があった。クロエちゃんが、「ごめん、冬凪はここにいて。一人で登れる高さじゃないから」 クロエちゃんが暗闇の中に飛び降りて、「真下に降りてね。結構いろいろ出てるから」あたしも用心して続いた。下の空間に降りて、リング端末を照らした。あたしはその照らし出された光景を見て震えた。そこは沢山の木の板が整然と並んだところに太い木材が中央を貫いていて床が婉曲していた。それはあたしの一番古い記憶にある、あの船底そのままだった。あの端の板の壁にユウさんがあたしを抱いて座っていたんだ。そうだ。やっぱりあれは妄想なんかじゃなかったんだ。「覚えてないと思うけど」 クロエちゃんが言った。「夏波はここで生まれたんだよ。ユウの胸に抱かれて、かわいい赤ちゃんだった」 やっぱりあたしはユウさんの子だったんだ。鬼子は子を生さないっていうらしいけど、あたしは特別だったんだ。「でもユウが産んだんじゃない」あたしは口から出そうになっていた言葉を呑み込んだ。それは「お母さん」という言葉だった。「ユウとフジミユとマヒとアレクセイ、それとあたしが連れ帰ったんだよ」 連れ帰った? あたしを?「

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