All Chapters of 捨てられ妻となったので『偽装結婚』始めましたが、なぜか契約夫に溺愛されています!: Chapter 21 - Chapter 30

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 定時で上がり、帰りにスーパーで新鮮な鶏ひき肉とニラ、小松菜や茶わん蒸しの材料を買った。今夜は鶏つくねの照り焼き、だし香る茶碗蒸し、小松菜のおひたしを作る。和食が結構気に入っていたから、蓮司は和食が好きなのかも。 台所で手を動かしていると、スマホが震える。〈今から帰る。20分で着く〉 予定より早い。フライパンにタレを絡め、最後に卵黄を落として艶を出す。インターフォンが鳴った。20分ぴったりだ。「ただいま」「おかえりなさい。ちょうどいいところです」 テーブルに並べると、彼は一瞬だけ目を見開いた。湯気、出汁の香り、つくねの照り。ご飯のいい香りが充満している。「……すごいな。毎日、店が開ける」「ふふ、ありがとうございます。大したことはありませんけど、二人専用の小さな店です」 蓮司は早速スーツを脱ぎ、腰かける。よほど早く食べたいみたいね。  美しい所作で合掌し、蓮司が茶碗蒸しを一口。ふっと肩の力が抜けるのが見える。「うまい。今日は本当に、早く帰ってきてよかった」「それは良かったです」 会話はゆっくりと続き、食後に温かいほうじ茶を出したところで、彼が小さな鍵をテーブルに置いた。「今までは予備のカギを使っていたが、正式に君の鍵が出来上がった。これを使ってくれ」 差し出されたカードキーが部屋の灯りを受けて小さく光る。「責任をもって預かりますね」「ああ。……それと、土曜日の本家へ行く前に、明日はまず俺の母に挨拶へ行く。フォーマルな服は用意してあるから、定時で上がったらこの店に来てくれ」 差し出された名刺を見て驚いた。銀座で有名なブティック…! 私のお給料ではとても買えないような服やアクセサリーが並ぶお店ッ。「……銀座の、ここですか?」 ちょっと本気なの…?「ああ。明日は俺たちが夫婦だと本家に示す日だ。装いは準備の一部。費用は俺が出す。経費扱いで処理するから」「経費って……私、そこまでしてもらうのは…」「君の懐具合は承知しているつもりだ。こんなバカげた話に乗ってくれたのも、それが原因だろう。だからといって君の基準に洋服を合わせるわけにはいかない。なら、ここは素直に甘えて欲しい」 言い返すことはできなかった。「わかったね?」「はい…」 押し切られた――けれど、嫌な感じはしない。むしろ背筋が伸びる。私は名刺をそっと財布にしまった。「
last updateLast Updated : 2025-08-24
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 「短期的には生活導線の最適化です。食事と睡眠の安定は判断の精度に直結します。中期では、対外的に自宅を安心して任せられるという印象の設計、お仕事に専念いただけるような家庭環境づくりをお手伝いします」 「安心……ね」  お母さまの目が細くなる。蓮司が茶碗を持つ手で、さりげなく時計の文字盤を撫でた。私は息を整え、言葉を整える。 「はい。まずは蓮司さんに尽くすことから始めたいと思います」  その時、足元にずしりと重みが乗った。シリウスがいつの間にか近づき、そっと私の膝に顎を乗せたからだった。お母さまが意外そうに眉を上げ、すぐに微笑を戻す。 「この子は慎重なのに、不思議。ひかりさんが気に入ったのね」  室内で飼っているのか、ぜんぜん獣臭くない。手入れが行き届いているからだろう。  それに、懐いてくれたら嬉しいな。犬は大好きだから。 「かわいらしいですね」シリウスをたくさん撫でた。 「まずは合格といったところかしら」  この時点で値踏みされているとは知らなかった。背筋に緊張が走る。  シリウスに嫌われていたら、この縁談は断られていたのかもしれないと思うと、気に入ってくれてよかった。 
last updateLast Updated : 2025-08-26
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 お膳の湯気が頬に触れるたび、緊張が少しずつほどけていく。椀物の出汁はまろやかで、焼き物の皮は香ばしい。私が箸を置く間合いを測っていると、お母さまが盃を手に取った。「お酒は飲まれる?」 私に注いでくださろうとしたけれど、丁重にお断りした。「本日はお母さまへのご挨拶に伺ったので、遠慮させていただきます。次回はぜひお願いします」 私の返答に彼女は満足そうに頷いた。ここでYesと言ってはいけない――打ち合わせどおりだ。お母さまは微笑んでいる。「蓮司、ひかりさんの手前、飲むなら控えめにね」「了解」 注ぐ角度をわずかに落として、盃を静かに満たす。お母さまの視線が、その手元を一度だけ撫でた。「ひかりさん。機密について質問があるの。仕事の話題が出たら、貴女はどうするの?」「職務に関わることは外ではしません。誰が隣にいるか、いつも意識します。必要があれば、話題を変えます」「言うだけなら簡単よ」「はい。徹底して守る所存です」 お母さまは盃を口に運び、喉をほんの少しだけ動かした。「健康は?」「塩分は控えめ。夜は炭水化物を摂り過ぎない。睡眠は最低六時間、できれば七時間台。出張明けは白いものと温かい汁物から。朝はたんぱく質を先に摂っていただくようにします」「言葉だけなら栄養士ね」「実行できるよう、買い物と仕込みで先回りします」 横で黙って聞いていた蓮司が、苦笑をこぼす。「ひかりの提示したルールは、だいたい守れる」「守らせますから」 場に控えめな笑いが落ちた。足元では、シリウスが私の踵に鼻先を押し当てている。安心したのか、丸くなって目を細めた。 お造りを食べ終えた頃、執事がそっと近づく。「奥さま、例の件を」 例の件? いったいなにを言われるのかな。「ひかりさん、数日後に母屋の一部を改修するの。騒音が出るから、シリウスを預かってくれないかしら」 思わず顔が綻ぶ。「よろこんで。お散歩の時間や注意点、教えてください」「室内犬だから長距離は苦手なの。朝夕十五分ずつが目安。雨の日は無理をさせないで。――この子は嘘が嫌い。あなたの声で、穏やかに」「はい」 ウソが嫌いなのはお母さまなのでは…? そう思ったが黙っておいた。 彼女の唇が、かすかに弧を描く。「礼儀、機密、健康。それに“継続”。その家は、続ける力で保たれるのよ。肝に銘じておいてね」「心に刻みま
last updateLast Updated : 2025-08-27
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「これは家の客札よ。門番に見せれば勝手が利くわ。なくさないでね」「ありがとうございます。大切にします」 直感で大切なものだと理解した。これを私に預けてもいいと思ってくださったんだ…。 家まで送ってもらうので、専属の運転手がハンドルを切った。車が門を出て暫く走ると、夜風がガラスに薄く触れた。街の灯が近づく。信号待ちになり、蓮司が改めて私に向き合う。「ひかり、よくやった。正直予想以上だ。今日、客札が母さんからもらえるとは思わなかった」 さっきお母さまから預かったものね。「まだ始まったばかりですよ」「そうだな。だが、今夜の君は母に通用したんだ。打ち合わせしておいたとはいえ、ひかりのことを相当母さんは気に入ったはずだ。シリウスを任せようとまでするなんて」「そんなにすごいことなのですか…? じゃあ、頑張ってよかったです」 蓮司の言葉で自信がついた。契約金分はしっかり働かなきゃ! 胸の緊張が解け、温かさに変わる。信号が青になると車が滑り出した。 ハンドバックに入れっぱなしだった私のスマートフォンが震えた。「電話見てもいいですか?」 「構わない」 了承を得たのでスマートフォンを見る。画面には、執事からのメッセージが映っていた。さっき連絡先を聞かれたので教えておいたのだ。〈明日の顔合わせ、出席者更新。九条真白様 同席なさいます。メッセージを預かりましたのでお送りします〉 続けて、転送されたメールが一通。〈はじめまして。九条真白(くじょうましろ)です。明日お目にかかれるのを楽しみにしています〉「あの…九条真白さんという方からメッセージをもらいました。どなたですか?」 言った途端、蓮司が不愉快そうに顔をしかめた。あれ…これ、聞いちゃいけないことだったのかな…? 私の視線に気づくと、呼吸を整えるように一拍置き、蓮司が低い声で答える。「九条真白は、御門家と昔から付き合いのある家の娘だ。俺と彼女を政略結婚させようとしている。だから君が必要だった」「そう、なんですね…」「ビジネスも家も、既定路線に乗せたい勢力がいる。真白はその旗印にされやすい。悪人ではないが、目的のために踏み込むタイプだ。俺は彼女を好きになれない。かなりの野心家だからな」「明日は真白さんもいらっしゃる…んですよね…」「ああ。だから君はニコニコしておいてくれたらそれでいい。俺が説明
last updateLast Updated : 2025-08-27
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