夜、辺境の宿にて。「先生、本当に大丈夫なんですか?最近、頭痛の頻度が増えていますし、たまに幻聴も聞こえるみたいで……酷い時は気絶までするんです。高山病って、こんなに重くなるもんなんですか?」航は、ベッドサイドで小夜の脈を診ている地元の医師に、焦りきった声で尋ねた。医師は首を振り、立ち上がった。彼は携帯していた薬箱から一本の特製の線香を取り出し、枕元の香炉に立てて火をつけた。煙がゆらりと立ち上り、独特の香気が部屋に満ちていく。香が安定して燃え始めたのを確認してから、彼はようやく航に向き直った。「心配はいらんよ。患者さんの症状は、単なる高山病ではない。もっとずっと前から抱えていた古傷、心の病巣だ。高山病がきっかけで、隠れていた問題が表面化したに過ぎん。だが、これは良い兆候だ。膿が出ているようなものだからな。今度目が覚めれば、良くなるだろう」航はきょとんとした。「病気?」小夜に、別の持病があったのか?ここまでの道中、ずっと普通に見えたが……いや、標高が上がって高山病になってからは、確かに様子がおかしかった。医師は嘆息し、首を振りながら「なんと不憫な……」と一言だけ漏らし、薬箱を持って部屋を出て行った。航にはその意味がよく分からなかったが、今はただベッドの脇に座り、小夜を見守ることしかできなかった。ベッドの上で昏睡している小夜は、夢の中でさえ眉間をきつく寄せ、何かと必死に戦っているようだった。漂う香の煙が鼻先を包み込むと、ようやくその眉間の皺がわずかに緩んだ。そして、口元が微かに持ち上がった。……「俺を、愛しているか?」微かな光しか差し込まない漆黒の部屋。小夜は圭介の体に絡みつき、彼の何度目かも分からない問いかけに、目を見開き、怯えていた。今回、彼女は一秒たりとも躊躇しなかった。即座に答える。「愛してる、愛してる……あなたを愛してる!」彼女は圭介を強く抱きしめ、少しの迷いも見せまいと、ひたすら「愛してる」と繰り返した。知っていたからだ。もし一瞬でも躊躇えば、部屋に差し込むわずかな暖かな光さえも、再び闇に飲み込まれてしまうことを。ここ数日の折檻と洗脳は、彼女の混乱した脳内に、ある声を深く根付かせていた。彼を愛せ。圭介を愛さなければならない。彼だけが、自分をこの闇から
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