路地裏の店は、針が落ちる音さえ聞こえそうなほど静まり返っていた。 雪はさらに手に力を込め、小夜の首に当てた箸を深く押し下げる。そのまま、わずかに顔だけを斜め後ろへ向けた。冷酷な視線の先には、スマホを掲げた彰がいる。 二人の間には、少し距離があった。 彰という男のことを、雪は当然知っている。長谷川家における彼の立場も、その存在が持つ意味も、ある程度は把握していた。 だが、それが何だというのか。 そんなものを恐れるくらいなら、最初から小夜の命を脅かしたりはしていない。突き詰めれば、今の長谷川家で実質的な重みと権限を持つのは、雅臣と小夜の二人だけだ。 小夜の命を、雪はすでにこの手で握っている。 ならば、ほかに何を恐れる必要があるというのか。 雪は彰を冷たく一瞥しただけで、すぐに小夜へと視線を戻した。あくまでこのまま小夜を連れ去るつもりなのだろう。だが、彰がもう一度、静かに口を開いた。 「雪様。今日ここで無理に連れ去ったとしても、お子様の問題は根本的には解決しません。この電話は、お聞きになった方がよろしいかと」 雪は振り返らなかった。 短い沈黙のあと、ようやく口を開く。 「誰から?」 「お聞きになれば分かります」 「……もったいぶるのね」 見下すようにそう吐き捨てながらも、雪は顎で合図を送った。 「翔」 向かいの席で身を固くしていた翔は、ようやく動くことを許されたように立ち上がった。青ざめた顔で入口側へ向かい、椅子に座ったまま微動だにしない彰の手からスマホを受け取る。 それから、恐る恐る距離を取ったまま、雪にスマホを差し出した。 雪は半分ほど燃えたタバコを唇に挟んだまま、スマホを受け取った。 合金の箸で首の動脈をギリギリまで押さえつけられている小夜は、その絶体絶命の状況下にあって、すでにどうにか冷静さを取り戻していた。視界の端で、雪の持つ画面を盗み見るだけの余裕さえある。 一瞬だけ見えた画面には、まったく見覚えのない番号が並んでいた。 一体、誰なのだろう。 雪は何も言わなかった。ただスマホを耳に当て、しばらく黙って通話相手の言葉を聞いている。 やがて、細い眉がわずかに持ち上がった。どこか興味を惹かれたような、それでいてひどく嘲るような目で、小夜をちらりと見下ろす。 「……
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