隼人は頭を抱えるように言う。「君はその言葉がそんなに好きなのか?」ことはは真剣な顔で答えた。「絶対に古和町の設計で一等賞を取って、神谷社長に投資のチャンスを作ります」次は食事に誘うか、何か贈り物でもするのかと思っていた隼人は、彼女のまさかの発言に虚を突かれた。彼は心底から感心した……「じゃあ、今夜から橘ヶ丘で残業だ」「???」また橘ヶ丘で残業?隼人は彼女の顔に浮かんだ疑問を読み取り、少し眉を上げて言った。「さっきは絶対に一等賞を取るって、自分で言っただろ?」「はい」でも橘ヶ丘で残業するとは言ってない。隼人は真顔で念を押した。「このプロジェクトは俺にとっても重要なんだ。だから直々に監督させてもらう」ことはには返す言葉がなかった。あれだけ大きな問題を片付けてくれた相手だ。これくらいは仕方ない。「はい、分かりました」ことははオフィスを出て自席に戻ると、雪音がまた声をかけてきた。「篠原さん、社長は休ませてくれなかったの?」その言葉で、ようやくことははその件を思い出した。けれど、最初から休暇を取る気などなかった。篠原家には戻らないと決めていた。だから、適当な理由をつけてごまかした。「電話はしたけど、私がいても役に立たないから、邪魔しないでって言われたんです。それにもうすぐ退勤時間だから、いまさら休むほどでもないし」ことはの言葉を聞いた雪音は、何かを察したように目を伏せた。そして、静かに声をかけた。「うん、きっと大丈夫よ」雪音が何を思っても、ことはは気にしなかった。今、彼女の頭にあるのはただ一つ。今夜、翔真が帝都に戻ってくる。離婚予定日まで、あと十日ほど。彼がどんな行動に出るのか、まったく予測がつかない。だから、退勤後には一度、樹に会っておく必要がある。-退社時間になると、ことははまっすぐ職場を出た。その足で、静かな茶室へと向かい、個室で待っていた樹と顔を合わせた。「おじさん、お待たせして申し訳ありません」「俺もついさっき着いたところだ。座って」樹は手を上げ、慈愛に満ちた親しみやすい態度だった。「ありがとうございます」ことはが座ると、樹は彼女にお茶を注いだ。恐縮したことはは慌てて言った。「おじさん、自分でやりますから」「ここにはもう他人はいないんだ、そんな
Read more