彼女は方向を調整し、力強くオールをひと掻きすると、瞬時に最初の斜面を滑り落ちた。ボートはぐっと後ろに仰け反り、シュッと飛び出したかと思えば、そのままドンと湖面に叩きつけられ、水しぶきが四方に弾けた。峯はすぐさま振り返り、鳴海に向けて「プププッ」と水を噴射。鳴海も負けじと撃ち返した。まるで旧怨でもあるかのように、水鉄砲の火力は一発ごとに増していき、あっという間に互いをびしょ濡れに。レインコートも役に立たず、ボートの中は半分ほど水が溜まってしまった。「もうやめなさいよ」美穂は顔にかかった水をぬぐった。幸い今日はすっぴんだった。もし化粧をしていたら、防水メイクでも崩れていただろう。「まずはボートの水をかき出さないと」「対面のあれ、誰だ?」峯はようやく落ち着きを取り戻し、柄杓を手にして水を汲み出しながら訊いた。普段は乗馬クラブやゴルフ場、クルーズ船で遊び慣れているような御曹司と令嬢たちが、このときばかりは子供のようにはしゃいでいる。美穂は彼に舵を任せ、ほどけた髪を丸いお団子に結い直し、静かに言った。「志村鳴海。最近、志村家に担ぎ出されて表舞台に立ったばかり。あんまり無茶すると、京市でのあなたの立場に良くないわ」「チッ」峯は不満げに舌打ちした。「また陸川の取り巻きか?ガキみたいだな。いくつだよ」美穂は少し黙り、ようやく答えた。「あなたと同じ年だよ」「精神年齢はせいぜい十歳だな」峯は一息つき、ふと思い出したように尋ねた。「お前、彼らと仲悪いのか?陸川はお前を外に連れて行かないのか?」美穂は首を振った。「私のことを恥ずかしいと思ってるから」それは事実だった。結婚して何年も経つが、和彦は一度も彼女の存在を外に公表したことがない。外の人間は、彼が既婚者であることすら半信半疑だ。陸川家と近しい一部の名家だけが知っている程度。それも、美穂が社交の場に顔を出し、陸川家の内務を取り仕切る必要があるから、やむなく認めただけだ。美穂は信じていた。もし選べるなら、和彦は陸川家の人間以外、誰一人として二人の関係を知られたくはないのだろうと。「美羽さん!」突然、鳴海が声を上げた。美穂と峯は反射的に振り返った。最後尾にいたはずの和彦と美羽が、カーブで一気に加速し、こちらめがけて突進してきたのだ。「チッ!」峯は悪態をつき、
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