All Chapters of 花園の君は記憶喪失な僕を囲い込む: Chapter 1 - Chapter 10

12 Chapters

第一段階

 パチリと目を瞬く。あれ、ここは? 見渡せば、一面の青い空。空に溶けるような青の花が、丘の向こう側までずっと広がっていて、その花畑は足元まで繋がっていた。 足元の可憐な花を見ようとした時、誰かが寝転んでいるのに気づいた。「え? わっ」 びっくりして後ずさろうとして、バランスを崩す。尻餅をついてしまい、花がくしゃっと尻の下で潰れる感触がした。「ふわぁ、いてて……ああ、起きたんだな。おはよう」 足元に寝転んでいた誰かが起き上がる。彼は目の覚めるような深海色の瞳に、花と同じ空色の髪をしていた。 髪、染めたのかな? とてもナチュラルだし全然髪も痛んでいないけれど。キューティクルがつやっつやだ。 でもそれ以上に綺麗なのが顔。あまりに現実味がないくらい綺麗すぎて、CGかホログラム的な何かかと一瞬疑ったくらいだ。 睫毛は風にそよぎそうなほど長いし、パッチリ二重の目は完璧な左右対称で、けれどその目は親しみを込めて僕を見つめていた。生きた人間で間違いなさそうだ。 ここにスケッチブックがあったら絵のモデルにしたいほど、足が長くてスタイルも整っている。 青年はさっさと立ち上がると、尻餅をついたままの僕の手をとり引き上げた。温度の通った腕は力強い。あっさりと立ち上がることができた。 立ち上がった彼は僕よりも背が高く、彼の顎が僕の目線にくる。なぜかとくんと跳ねた心臓に内心戸惑いながらも、彼を見上げた。「あ、ありがとう」 彼は人好きのする笑みをニコッと浮かべ、太陽の位置を確認した。「だいぶ寝過ごしちまったな。そろそろ帰ろう」「帰るってどこに? というか、ここはどこで、君は誰で、僕は……」 あれ? そもそも僕は誰なんだ?  なにも思い出せない。彼は僕を見て、起きたんだなって言ったけれど、僕は寝ていた? この花畑で寝ていて、全て忘れてしまったのか? 愕然と立ち尽くしていると、彼は気まずそうに、けれどどこかホッとしたように笑った。ふわふわの水色髪がそよ風になびいている。「あー……もう少ししたらここは風が強く吹いて寒くなるから、とにかく帰ろう。ついてきて、こっちだ」 わけがわからないながらも、彼に手を引かれて緩やかな丘を下る。足元をよく見ると小道があって、そこだけ花は生えておらず土がむきだしだ。 僕はちゃんと靴を履いていた。くったりとした革靴は履き心地がよ
last updateLast Updated : 2025-07-01
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第二段階へ

 真剣な瞳で僕の瞳をのぞきこんだカエンは、フッと顔を伏せるとおもむろに僕の乳首を口に含んだ。「っ!」 うっこれは……じんじんするというか、じわじわくるというか。むず痒さに混じって鈍い快感が、胸元から体の中に浸食していく。「……あのさ、そこ、弄る必要ある?」「必要かと言われるとそうじゃないけど、でも俺が触りたいからさ。ダメか? ここ気持ちいいんだろ?」「……ぅ」 確かに気持ちはいいけれど。そんなところ普段触られることがないから、変な感じだ。 だんだんとむず痒さより快感の方が優ってきて、変な声を上げそうになるのを必死にこらえた。「声、我慢してるだろ。聞こえた方が興奮するからさ、聞かせてよ」「んな……は、うっ」 片胸に吸いつかれ、もう片胸の尖りをぐりっと押されて声が跳ねる。 カエンは気をよくしたように笑いながら顔を上げると、タオルの下から手を入れて、兆しはじめた僕のモノを撫でた。「あっ!」「一回イッておくか?」「う、あっ、はぁ……」 カエンは上手かった。先走りで濡れた鈴口を優しくなぞってみたり、絶妙な力加減で竿を扱いたりしながら、的確に僕を追いつめていく。「うぁ! もう、ヤバい、やっ」「いいから、出せよ、ほら」 嫌だ、いくらなんでも早漏すぎる! そう思うのに、ピストン運動にあわせて僕も腰を動かして、体は貪欲に快感を得ようとしてしまう。「ひ、あ……ああぁっ!」 トドメとばかりに、カエンが乳首に歯を立てたものだから、もう止めようがなかった。重く溜まっていたものが勢いよくほとばしり、僕の腹を濡らした。「ふ、う……あぁ」「いい子だな拓海。続きをするから、そこに横になって」 よしよしと頭を撫でられ、言われた通りにベッドに横たわる。拓海が上からのしかかってきて、美麗な顔が目の前へにくる。また心臓がドキリと音を立てた。 カエンは今の僕にとって、誰だかよくわからない男だ。けれど僕の体は彼を拒絶していない。それに彼は優しいし、僕への好意を感じる。 そう思うと、今から体を拓かれることに抵抗感はなかった。少しばかり怖くはあったけれど。 ジッと左右対称の顔を眺めていると、カエンはクスリと笑った。「拓海は俺の顔、好きだよな」「……そうみたいだ。特に、その目が」 彼の深海のように深い青色の瞳を見続けていると、吸いこまれそうになる。 どこま
last updateLast Updated : 2025-07-01
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第二段階その2

 頭の中に浮かんだのは、しわくちゃのおばあちゃんの顔だった。 脳裏にひらめく海、貝殻、空、青色の絵具、美しい絵画、お気に入りの筆、綺麗な景色…… 気心の知れた数少ない友達、ネモフィラの花、それからチーズとソーセージ。 ……すべて僕の好きなものや、お気に入りの人や場所だ。「おばあちゃん……」 僕のおばあちゃんは二ヶ月ほど前に死んだ。見つかった時には既に末期ガンで、余命三ヶ月と宣告された。 僕はバイトや絵の仕事の合間をぬって、おばあちゃんに会うために病院に通った。 両親共に仕事が好きで、よくおばあちゃんの家に預けられていた子どもだったから、大人になった今でもおばあちゃんっ子な自覚がある。 おばあちゃんは僕にとって、とても安心できる大好きな人だった。 バイトではじめてお金を稼いだ時も、両親よりも先におばあちゃんへのプレゼントを買ったくらいだ。 とても穏やかで優しくて、僕を一番大切にしてくれる人だった。 そんなおばあちゃんが、死ぬ間際に……あれ、なんだっけ。そこから先がどうしても思いだせない。「拓海? ぼーっとしてるけど平気か?」「あ、ごめん」「いいけどさ。俺がいるのに、他の人のことなんて考えないでくれよ」 カエンは脱力している俺の体にのしかかり、ぎゅーっと抱きしめた。少し重い…… 我ながらキスをした後に別の人のことを考えるのは酷いなと思ったので、ぼやくのはやめて抱きしめ返した。「……もう大丈夫、いろいろ思いだしただけ」「おばあちゃんのこと?」「そう。あと好きな物とか、人とか」「ふぅん」 カエンは興味なさそうに呟いた。なんでだろう、協力してくれたのに、全然興味がなさそうだ。「俺の言ったとおり、青色が好きだっただろ?」「え? ああ、そうだね」 確かにそうだった。思いだした綺麗な景色や絵画は、大体が青色の海だったり空だったり、緑が美しい風景だった。 あとはそう、さっきの丘に咲いていた、ネモフィラの花を題材にしたものもあった。 僕は風景画を専門に描いていたらしい。 僕の返事を聞いて、カエンは青い目を細めて微笑んだ。 カエンの青も好きだ。瞳は海のようだし、髪の水色はネモフィラの花と同じ色をしている。 ネモフィラはおばあちゃんが好きだった花で、彼女が亡くなる前年まで、シーズンになるたびに花を見に誘っていた。 一面の青と、そ
last updateLast Updated : 2025-07-01
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第三段階その3

 朝の光が差し込む室内で、朝食を用意しているカエンの後ろ姿をぽけっと眺める。 幻想的な水色の髪、広い肩幅、骨ばった男らしい手……あの手が昨日も僕の大事なところを触って、乱して……「できた。今日は拓海が言ってたナンってやつを作ってみたぞ」 声をかけられて我に返り、淫らな妄想を振り払う。食卓に置かれたナンは、豆の煮物っぽいなにかと一緒に食べるみたいだ。「う、うん。いただきます」 僕は朝っぱらからなにを考えていたんだ。毎晩触られているうちに、頭の中までえっちになってきちゃったのかもしれない。 気を取り直して、ナンを豆の煮物に浸して口に入れる。昔インドカレー屋で食べたみたいな、スパイスが効いたカレーの味がした。「わあ、美味しい。カエンってなんでも作れるんだ」「別にそんなことないって。知ってるやつしか作れない」 それにしても、朝からカレーを作るとは思わなかった。基本的に料理はカエンに任せているから、文句なんてないけれど。 カエンはいつものように、僕が一口食べた後に料理を口に運ぶ。青の瞳が驚いたように見開かれた。「うわ、辛い」「辛いの苦手だったら、もうちょっとマイルドでもよかったのに」「次からそうするよ」 拓海って辛いの好きなんだ、なんて言いながら、カエンは驚いた拍子に唇についた汁を舐めとる。 舌が妙にいやらしく見えて、僕は慌てて目を伏せた。心臓がドクドクいってる、どうしてこんなにカエンのことを気にしてしまうのだろう。 このまま家にいたら、昨日みたいに昼間から襲ってしまいそうな気がした。 食べ終わった食器を下げようとするカエンの後ろ姿に声をかける。「あのさ、今日は遠出をしようよ。湖とかどう?」「湖か、いいな。お弁当を作っていこうぜ」「今日はおにぎりがいい」「よしきた」 もはやどこから米が出てくるなんてツッコまない。便利でいいよね、それだけだ。 このぬるま湯のような世界はカエンの存在で成り立っているということを、おぼろげながら僕は理解しはじめていた。 あまり原理を追求すると、ろくなことにならないと思う。最初に米が出てきて驚きカエンを問い詰めた時、たいそう困った顔をしてごまかされたから。 僕がカエンにべったり寄りかかるような生活を、彼は気に入っているみたいだった。 甘えても、多少わがままを言っても、性的に襲ってみても嫌な顔一つしな
last updateLast Updated : 2025-07-02
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第三段階その4

 カエンが僕を高める時に、違和感を覚えるようになった。 あの湖に出かけた日の夜からだ。いや、思えばその前から変だった。 彼は僕を責めたてることには熱心だけれど、自分が責められることをよしとしない。 それに、僕に挿れようともしない。男同士のセックスってお尻の孔を使うんだよね?  曖昧な知識だけど、挿入に至らないゲイカップルというのも世間一般にいた気がする。 けれど僕は興味があった。カエンのあの、太くて長いのが僕の気持ちのいいところに当たったら、一体どうなってしまうのか。 僕はカエンのことが好きだ。 笑った顔が一番好きだけれど、下手くそな嘘も優しい声も、僕を追い詰める時の意地悪な顔も、僕の言動に一喜一憂するところも、全部好ましいと思う。 恋に落ちたという感じはしない、気がついたら好きだった。 いや、もしかしたら記憶を失う前の僕はもともとカエンのことが大好きで、恋人だったのかもしれない。残念ながら覚えていないけど。 だから、できれば……抱いてほしいって思う。いろいろ屁理屈をこねてみたけれど、結局のところカエンが抱いてくれなくて欲求不満なのだ、僕は。 言ってみようかな、直球で。でも万が一断られたらへこむなあ。 カエンはたいていのお願いは聞いてくれるけど、記憶を失う前の僕の話とか、そういうのは聞いても教えてくれないから。 ……カエンは本当は、僕に記憶を思い出してほしくないんだろうか。 僕の記憶はところどころ抜けているけれど、両親や友人のこと、好きなものやここに来る直前の記憶なんかは覚えている。 それを踏まえてみると、カエンのことだけ覚えていないのは不自然だ。 彼は物心ついた時から、僕のことが好きだったと言っていた……だとしたら、僕がカエンのことを覚えていないはずがないのに。 カエンの記憶がなくたって、僕は初めからカエンに対して慕わしさと安心感、それに今思えば、恋心を抱いていたと思うのに。 なにかが矛盾している、なんだろう…… 朝食を食べながら考え事に耽っていると、カエンが僕の目の前で手のひらをヒラヒラと振った。「聞いてた?」「あ、ごめん。聞いてなかった」「やっぱりか。今日はどうするって言ったんだ。この前は湖に行ったろ? 次はまた森に行くか」「森はいいよ、それより花畑に行きたい」 カエンをひたと見つめる。この提案は嫌がられるかもし
last updateLast Updated : 2025-07-03
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