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第五段階へ

last update 최신 업데이트: 2025-07-05 18:01:57

 おばあちゃんが亡くなる一ヶ月前のことだ。その日も僕はバイトの前に、おばあちゃんのお見舞いのために病院に寄った。

「拓海、いつもありがとうねえ」

「ううん、気にしないで。今日は具合どう?」

「昨日よりはいいよ。体を起こしていても、そんなに辛くないしねえ」

 おばあちゃんは入院してから体重が落ちたみたいだった。元々細かった手は更にやせ細り、まるで枯れ木のようだ。

 死が確実に忍び寄ってきているように感じ怖くなって、ギュッと手を握るとひんやりとした体温を感じた。

「おばあちゃん、今日は水ようかんを持ってきたんだ」

「おや、嬉しいねえ。後で食べるから、そこに置いておいてくれる?」

 床頭台の上に手土産を置くと、おばあちゃんに引き出しを開けるように言われる。

「拓海、そこにペンダントが入ってると思うんだけど」

「ああ、これ?」

「そうそう、それ。拓海にあげるわ」

「え? おばあちゃん、これって大事な物なんじゃないの? いつも持ち歩いてたよね」

「いいのよ。拓海に持っていてほしいの。私が死んでも、そのペンダントがきっと、拓海のことを守ってくれるからねえ」

「そんな縁起でもないこと言わないでよ」

 大事にしている物を譲るなんて、自分の死を受け入れているみたいで嫌だ。

 いくらいらないと言っても、おばあちゃんは頑なに僕にペンダントを渡そうとしたから、僕は根負けしてそれを受け取ったんだ。

 その後は元気に話ができる日がほとんどなくて、結局なぜ僕にペンダントを託したのか聞けず終いだった。

 その謎は意外な形で解けることとなる。

 おばあちゃんの葬儀の時、もらったペンダントを握りしめている僕を見て、母が言ったのだ。

「あなたそれ、お母さんのペンダントじゃない。拓海が生まれる前に、お守りを作るんだって張り切ってたけど、生まれた後も渡した様子がなかったからなんなのかしらって思ってたのよね。死ぬ間際になってやっとあなたに手渡したの」

「これ、もともと僕のためのお守りなの?」

「そうよ。おばあちゃんの形見だと思って、大事にしなさい」

 僕は改めてペンダントを見下ろした。三センチ大の懐中時計には、花の模様がたくさん彫られている。おばあちゃんの大好きなネモフィラの花だ。

 花園柄の懐中時計を開けてみると、小さなしおりが一枚入っていた。これもネモフィラだ。

 しおりにするため板のように押しつぶされたネモフィラは、組織が潰れているとは思えないほど瑞々しく、まだ生命が宿っているかのように見えた。

 ……あの懐中時計は、どこにいったんだろう。首から下げて、大事に大事に持ち歩いていたのに。最後の記憶の日にだって、持っていった覚えがある。

 そうだ。海に出かけた日は、おばあちゃんの四十九日法要の前日だった。

 母はおばあちゃんが死んでから悲しんではいたけれど、もう立ち直って普通に仕事をしている。父だってそうだ。

 僕が、僕だけがまだ悲しみの中にいて、おばあちゃんの死を受け入れられずにいたんだ。

 絵を、描かなければいけないと思った。気持ちの区切りになるような絵を。

 いつまでも悲しんでいたら、天国にいるおばあちゃんが安心できないと思ったから。

 それであの日は、台風が来ていて危険だったにも関わらず、海に出かけたんだ。

 本当はネモフィラの花畑を描く方が、おばあちゃんは喜んだのかもしれないけれど。

 その時の僕の心境としては、荒々しい海を描くのが一番しっくりきたんだ。

 絵を描いて、区切りをつけて。ちゃんとおばあちゃんを見送ろうと思った……でも。

 あの時、突風が吹いたんだ。

 それで、それでその後は……ダメだ、頭が重い、ズキズキする。これ以上は考えられない。

 僕は一気に思い出した記憶の重さに、押しつ潰されるかのように深い眠りについた。

 次の日の朝。目が覚めるとカエンはいなかった。

 こんなことははじめてだ。いつだってカエンは僕を抱きしめて寝ていて、僕が起きるとチュッと鼻先にキスを贈るのだ。視線に溢れんばかりの愛を込めながら。

 ベッドから起き上がる。隣は冷たかった。もうずいぶん前に起きて出ていったらしい。

「カエン?」

 居間をのぞいてみるけれど、やはりいない。寝室と居間しかない小屋をくまなく回って探したけれど、カエンの姿はなかった。

「……外かな」

 外に繋がる扉を開けると、ぴゅうっと風が吹きこんでくる。いつもより風が強い。胸騒ぎがする。

「カエン! カエン、どこにいる?」

 家の周りを一周してみたけれど、やはり見当たらない。途方もない心細さが胸一杯に満ちる。

 この不可思議で奇妙な箱庭世界で、平常心でいられたのはカエンがいたからだったのに。

 なにかにすがりたくて胸元をギュッと握りこんでみたけれど、大事なペンダントはそこにはない。そうだ。ペンダントはどこにあるんだろう。

 寝室……いや、納屋かもしれない。納屋を探してみよう。

 カエンを探してあてどなく森をさまようと、もう二度とここに帰ってこれないような危機感を感じたので、とにかくまずはペンダントを捜索することにする。

 納屋の中を探すと、海の絵が目につく。この絵は、そうか……僕が描いた絵だ。

 あの切り立った崖の上で、風が吹きすさぶ荒々しい海を見ながら。どうか雨よ降らないでと懸命に祈りながら、荒々しい心の内側をさらけ出すようにして描いたんだった。

 いや、絵のことはいったん脇に置いておこう。

 パッと見てわかる場所には、懐中時計は見当たらなかった。納屋の中にある棚や机の引き出し、箱を片っ端から開けていく。

 納屋の一番奥の、見覚えのある一番立派な文机の引き出しの奥に、小さな箱が隠されていた。

 木でできた宝箱のような見た目のそれを手にとる。蝶番を外すと簡単に開いた。

「あ……あった……」

 たっぷりと花の模様が彫られたそれは、おばあちゃんの形見の懐中時計で間違いない。

 そっと模様を指先でなぞる。

 そして僕は思い出した。カエンの正体を。今まで何度も何度も忘れてきた記憶のことを。

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