真剣な瞳で僕の瞳をのぞきこんだカエンは、フッと顔を伏せるとおもむろに僕の乳首を口に含んだ。
「っ!」
うっこれは……じんじんするというか、じわじわくるというか。むず痒さに混じって鈍い快感が、胸元から体の中に浸食していく。
「……あのさ、そこ、弄る必要ある?」
「必要かと言われるとそうじゃないけど、でも俺が触りたいからさ。ダメか? ここ気持ちいいんだろ?」
「……ぅ」
確かに気持ちはいいけれど。そんなところ普段触られることがないから、変な感じだ。
だんだんとむず痒さより快感の方が優ってきて、変な声を上げそうになるのを必死にこらえた。
「声、我慢してるだろ。聞こえた方が興奮するからさ、聞かせてよ」
「んな……は、うっ」
片胸に吸いつかれ、もう片胸の尖りをぐりっと押されて声が跳ねる。
カエンは気をよくしたように笑いながら顔を上げると、タオルの下から手を入れて、兆しはじめた僕のモノを撫でた。
「あっ!」
「一回イッておくか?」
「う、あっ、はぁ……」
カエンは上手かった。先走りで濡れた鈴口を優しくなぞってみたり、絶妙な力加減で竿を扱いたりしながら、的確に僕を追いつめていく。
「うぁ! もう、ヤバい、やっ」
「いいから、出せよ、ほら」
嫌だ、いくらなんでも早漏すぎる! そう思うのに、ピストン運動にあわせて僕も腰を動かして、体は貪欲に快感を得ようとしてしまう。
「ひ、あ……ああぁっ!」
トドメとばかりに、カエンが乳首に歯を立てたものだから、もう止めようがなかった。重く溜まっていたものが勢いよくほとばしり、僕の腹を濡らした。
「ふ、う……あぁ」
「いい子だな拓海。続きをするから、そこに横になって」
よしよしと頭を撫でられ、言われた通りにベッドに横たわる。拓海が上からのしかかってきて、美麗な顔が目の前へにくる。また心臓がドキリと音を立てた。
カエンは今の僕にとって、誰だかよくわからない男だ。けれど僕の体は彼を拒絶していない。それに彼は優しいし、僕への好意を感じる。
そう思うと、今から体を拓かれることに抵抗感はなかった。少しばかり怖くはあったけれど。
ジッと左右対称の顔を眺めていると、カエンはクスリと笑った。
「拓海は俺の顔、好きだよな」
「……そうみたいだ。特に、その目が」
彼の深海のように深い青色の瞳を見続けていると、吸いこまれそうになる。
どこまでも深い場所へ、まるでこの世の奈落の底を覗きこんでいるかのような気分になる。
けれど惹かれる。不思議だ……きっと彼とは初対面じゃない。記憶を忘れる前から知っていて、親しい仲なんだろうなと感じた。
「拓海は青が好きだから」
「そうなのか?」
「そうだよ」
カエンは泣きたいような、諦めているかのような複雑に感情が入り混じった笑みをこぼすと、俺の腹についた白濁液を指先で掬い、尻の間に近づけた。
くちり、と音をたてながら尻穴に指先を当てられる。反射的に体がこわばった。
「怖い?」
「……まあね」
「だよな。大丈夫、優しくする」
カエンにあやすように髪を撫でられると、なんだか大丈夫な気がしてくる。
こんなよくわからない状況で、よくわからないやつに尻を探られるなんてと理性が警鐘を鳴らしていたが、僕は体の力を抜くように努力した。
記憶を思い出さないことには、この先どうしたらいいかわからない。
カエンの指先が穴の中に侵入した。思ったより抵抗なく、指がぬぐぬぐとゆっくり奥へ進んでくる。
特に快感も不快感もなく、触診でも受けているような妙な気分になる。
「……」
「……」
僕もカエンも無言になる。カエンは慎重に指を奥に進めながら、僕の様子をうかがっている……ん!? そこ、は
「うぁ!」
「あ、あった」
コリコリとしたしこりをグイッと押されると、腰が跳ねた。腹の奥から感じたことのない快感がほとばしり、じんと体全体にいき渡る。
なんだこれ、すごい。続けざまに擦られると、口から溢れるように嬌声が出てしまう。
「んっ、ひゃ、あっあん! あ、あっあぁ!」
嫌々と首を振ってシーツを蹴ってずりあがろうとするも、カエンに頭を抱き抱えられて、それもできなくなる。
「いいよ拓海、好きなだけ乱れても。俺しか見てないからさ」
楽しそうにカエンが言う。恥ずかしい、けれど止まらない。
「も、いったん、止まって、とま……っあぁ!」
「拓海、すごくかわいい」
カエンの言葉にかあっと顔が火照る。愛しさがふんだんに乗せられた声音に、体中が歓喜に震えている。
自分の反応に驚く間もないくらいに、カエンは僕を追いたてた。
射精欲が限界まで高まり、身をよじって抵抗する。
「もうイク、イク、待って」
「いいよ、イッて」
「いやぁっ、こんな、お尻でなんて、っあぅ」
「なんで? いやらしくて、すっごくいい眺めだけど? ね、イキ顔見せてよ」
カエンに胸の尖りをつねっていじめられると、もう堪えようがなかった。
堰をきったように、ぴるると精子が宙を舞う。カエンはうっとりとした表情で、僕のあられもない顔を見ていた……やめてよ。
「拓海、好きだよ」
カエンは一言呟くと、僕に噛みつくようなキスをした。情熱的なキスにつられるようにして舌を絡めると、貪欲に貪りつかれる。
「ん……」
ものすごくキスが巧みだ、また勃ってしまいそう。
僕をイかせるのも手慣れすぎているし、カエンはめちゃくちゃモテるんだろうな。
今まで何人の女の子を、男の子かもしれないが、弄んできたのかとぼんやり思う。
こくりと溢れた唾液を嚥下すると、また記憶を思いだした。
カエンは花の精、とでも言えばいいのだろうか。それとも付喪神? とにかく、この懐中時計はカエンの本体で間違いない。 昨日の夜、眠る直前に思い出した記憶の続きを辿る。 僕は突風に煽られて、崖から海へ向かって落ちた。そして、ペンダントから声がしたんだ。 切羽詰まった、僕を心から案じる声。今では聞きなれたカエンの声だ。 そして気がついたら、あのネモフィラの花畑にいた。カエンの世界の中に。 その時の僕も記憶を失っていて、初対面のカエン相手にかなり警戒していた。僕はもともと、そんなに人づきあいが得意な方じゃない。 今回初めてカエンに会った時のように、あんなにも慕わしさを感じることの方が異常事態だ。 ……記憶はカエンの体液に触れたり、ペンダントを手にすることで戻るようになっている。 なぜなら僕の記憶を奪ったのは、カエンだから。カエンの残滓から記憶が流れこむことによって、僕は真実を知った。
おばあちゃんが亡くなる一ヶ月前のことだ。その日も僕はバイトの前に、おばあちゃんのお見舞いのために病院に寄った。「拓海、いつもありがとうねえ」「ううん、気にしないで。今日は具合どう?」「昨日よりはいいよ。体を起こしていても、そんなに辛くないしねえ」 おばあちゃんは入院してから体重が落ちたみたいだった。元々細かった手は更にやせ細り、まるで枯れ木のようだ。 死が確実に忍び寄ってきているように感じ怖くなって、ギュッと手を握るとひんやりとした体温を感じた。「おばあちゃん、今日は水ようかんを持ってきたんだ」「おや、嬉しいねえ。後で食べるから、そこに置いておいてくれる?」 床頭台の上に手土産を置くと、おばあちゃんに引き出しを開けるように言われる。「拓海、そこにペンダントが入ってると思うんだけど」「ああ、これ?」「そうそう、それ。拓
丘の上はびゅうびゅうと大風が吹いていた。まだ日も高いのに、ずいぶんと風が吹き荒れている。まるでカエンの心の内を表しているかのようだ。 丘を下ると風の勢いはいくらかましになり、カエンの青褪めた顔に血の色が戻りはじめる。「本当に気分が悪そうだけど、大丈夫?」「大丈夫だ、だいぶましになってきた」 カエンは無理して笑ってみせた。そういう笑顔はあんまり好きじゃない。 丘を降りる途中、大きな木の影で一度休憩をとることになった。僕のお腹が空腹を訴えたせいだ。 お腹が鳴ったのを聞くと、カエンはハッと気を取りなおしたみたいだった。昼食を食べようと提案して、テキパキと用意をしはじめる。「悪かったな、腹が減ってたのに気づかなくて。たんと食えよ」「ありがとう、いただきます」 バケットサンドにはソーセージとチーズ、それからレタスが挟まっている。僕好みの味つけのそれを味わって食べた。
朝の光が差し込む室内で、朝食を用意しているカエンの後ろ姿をぽけっと眺める。 幻想的な水色の髪、広い肩幅、骨ばった男らしい手……あの手が昨日も僕の大事なところを触って、乱して……「できた。今日は拓海が言ってたナンってやつを作ってみたぞ」 声をかけられて我に返り、淫らな妄想を振り払う。食卓に置かれたナンは、豆の煮物っぽいなにかと一緒に食べるみたいだ。「う、うん。いただきます」 僕は朝っぱらからなにを考えていたんだ。毎晩触られているうちに、頭の中までえっちになってきちゃったのかもしれない。 気を取り直して、ナンを豆の煮物に浸して口に入れる。昔インドカレー屋で食べたみたいな、スパイスが効いたカレーの味がした。「わあ、美味しい。カエンってなんでも作れるんだ」「別にそんなことないって。知ってるやつしか作れない」 それにしても、朝からカレーを作るとは思わなかった。基本的に料理はカエンに任せているから、文句
カエンが僕を高める時に、違和感を覚えるようになった。 あの湖に出かけた日の夜からだ。いや、思えばその前から変だった。 彼は僕を責めたてることには熱心だけれど、自分が責められることをよしとしない。 それに、僕に挿れようともしない。男同士のセックスってお尻の孔を使うんだよね? 曖昧な知識だけど、挿入に至らないゲイカップルというのも世間一般にいた気がする。 けれど僕は興味があった。カエンのあの、太くて長いのが僕の気持ちのいいところに当たったら、一体どうなってしまうのか。 僕はカエンのことが好きだ。 笑った顔が一番好きだけれど、下手くそな嘘も優しい声も、僕を追い詰める時の意地悪な顔も、僕の言動に一喜一憂するところも、全部好ましいと思う。 恋に落ちたという感じはしない、気がついたら好きだった。 いや、もしかしたら記憶を失う前の僕はもともとカエンのことが大好きで、恋人だったのかもしれない。残念ながら覚えていないけど。
そこは切り立った崖の上だった。眼下に広がる一面の海の上で、僕は絵筆を持ってキャンパスに色を乗せたところだった。 とても風が強い日だったけれど、あの日の僕はどうしても海が描きたかった。 台風が来るらしいし別の日にすればって、たった一人僕を気にかけてくれる友達に呆れられたけれど、絶対に今日描きたい。そう思って海に来たんだ。 だって、そうしないと……間に合わないんだ。……何に? 残念ながら、その内容までは思い出せはしなかったけれど。 僕はこの場所に来る直前に、海に来ていたことを思い出した。「……また、思い出したんだな?」 カエンが確信を持って聞いてくる。僕は息を乱しながら頷いた。「そっか……なあ、俺もうこんななんだけど。拓海から仕掛けたんだから、責任とってくれよな?」 カエンは僕を膝の上に乗せると、わざと尻に当たるように硬くなった雄を擦りつけた。うわ……僕は慄いた。