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第三段階へ

Penulis: 兎騎かなで
last update Terakhir Diperbarui: 2025-07-01 21:55:28

 次の日、朝の光を感じて目を覚ますと、美形のドアップが目の前にあった。

「うわ」

「あ、起きたか。おはよう拓海」

 鼻先にチュッとキスをされる。朝から心臓に悪い顔面だ。好みすぎて辛い。

「僕ってさ、ゲイだったのかな」

「ん?」

「いや、なんでもない」

 変だ、カエンを見ていると平常心ではいられない。

 腹の奥と胸の中がむずむずして、近づきたいような距離をとりたいような、絶妙な気持ちになる。

 ……朝からカエンのことを深く考えるのはよそう、いけない妄想に浸ってしまいそうだ。

 昨日はとても早く寝たけれど、今は何時だろう。

 立ち上がって窓を開けると、爽やかな朝の風がふわりと部屋の中に吹きこんできた。

 日が昇ってからそんなに時間は経っていなさそうだ。ひやりとした空気が頬を撫でる。

 ベッドの方まで風が届いたらしく、カエンの前髪もひらりと風に揺れた。

「いい天気だ。拓海、今日はなにしたい?」

「なにか用事はある?」

「いや、ないよ。拓海の行きたいところにつきあう」

「行きたいところ……この辺はなにがあるの?」

 カエンはベッドに寝転がったまま肘をついて、窓際に立つ僕を楽しげに見上げる。

「南には川、東には森。北には湖があって、西側には花畑がある」

「ずいぶんざっくりとした説明だね。このあたりには人が住んでいないの?」

「ここは俺と拓海しかいないんだ。さて、朝食を食べながら行き先を決めようか。今日は髪を切ってもいいな」

 僕とカエンしかいない? どこかの無人島なのだろうか……

 もう少し詳しく話を聞きたかったが、ひとまずはカエンの導きにしたがって、居間に移動して朝食を食べた。

 パンにバターを塗っただけでもやたらと美味しい。焼きたてなのか、中はもちっと、外側はカリッとしたバタールは実に僕好みの味だった。

 ご飯を食べながら寝室の前を確認する。海の絵は片づけられていた。

「あれ」

「ん? どした?」

「ここに絵がかかっていなかった?」

「……ああ、あれか。見たいなら納屋にある」

「後で見せて」

「わかった」

 朝食後はカエンと一緒に納屋を訪れた。

 海の絵はひっそりと納屋の奥に仕舞いこまれていた。

 屋内の暗いところで見るその絵はどことなく不吉で、僕はたちまち見る気が失せた。

「もういいか?」

「うん、ありがとう」

 カエンはホッと一息つくと、元通りその絵を納屋の奥の方に押しこんだ。

 彼もこの絵に、なにか嫌なモノを感じたんだろうか。

 結局その日は髪を切って、家の近くを散策することにした。

 髪は思いきって茶色い部分をすべて切ってしまった。カエンは器用に髪を切りそろえ、出来栄えを褒めちぎった。

「拓海、短い髪もすごく似合うな! めちゃくちゃかわいい……イタズラしたくなるな、このうなじ」

「ばか、まだ昼間だよ」

「それって夜ならいいってこと?」

「そ、れは……まあ、僕も記憶を思い出したいし、痛いことをしないなら歓迎というか」

 ごにょごにょと言い訳を述べると、毛まみれの僕に遠慮なくカエンが抱きついてきた。

「そうか! なら、めちゃくちゃヨくしてやるよ。夜が楽しみだなー」

「……そんなこと大声で言うなよ」

「別に俺と拓海しかいないんだし、いいじゃん? 照れちゃってかわいー」

 散々からかわれて、僕はしばらく沈黙を貫いた。

 そんな風にして、カエンと僕は何日か森のほとりで暮らした。

 彼は僕と一緒にいたがったので、川で魚を獲ったり木の実をもいだり、薪を切ったりする間ずっと一緒に行動した。

 この場所はやはりおかしい。二日目にはもう、その感覚は確信に近かった。

 リンゴもみかんも、ぶどうもスイカも、柿もイチジクも、森にはなんでも生えている。季節感とか植生とか総無視だ。

 薪だってカエンは簡単に大きな木を切り倒して持っていくけど、普通はそんな樹齢三十年はありそうな巨木を、斧で軽く切り倒すなんて真似はできないはず。

 お肉が食べたいなあ、と呟いたらその日のうちにカエンが、どこからか鳥を絞めてきたこともあった。この森では鳥の声なんて聞いたことないのに。

「カエンはさ、魔法使いなの?」

「そうだったらよかったんだけどな」

 そう告げたカエンは痛みを堪えるような顔をしていたので、それ以上掘り下げて聞くのはやめた。

 真実を知りたいという思いはあるけれど、カエンを悲しませてまで知りたくないような気がした。

 カエンのことは、なぜかわからないけれど大切に思うのだ。いまだに彼と過ごした記憶を思い出せないけれど。

 おかしいことはまだある。かまどがあって、水道がなくて、なのに電気はある。

 電気と言ってもあるのは居間のランプだけで、レンジもパソコンもコンセントも見当たらない。

 かまどの火は不自然なほど扱いやすいし、水桶も水を使って減ったはずなのに、川に汲みに行かなくても勝手に水が貯まっている。

 パンは食べた翌日にはバスケットに元通りになっているし、今日はご飯が食べたいなあと告げると、どこからともなくカエンが白米を持ってくる。

 カエンは否定したけれど、彼は魔法使いで間違いないと思う。そうでなくちゃ、僕が願った物をなんでも持ってくることなんてできないはずだ。

 なんでもあるなら、絵を描く道具もあるのではと納屋を探すと、白いキャンパスと絵の具まで完備されていた。僕の愛用メーカーのものだ。

 その日から、僕の毎日に絵を描くという日課が加わった。

 空を描いたり、道端の草を描いたりできるのはそれなりに楽しい。

 完成した絵が増えていくことには達成感があるけれど、それ以外はなにも変わっていない……僕の記憶の状態も。

 最初に身体を触られた夜以来、僕はカエンに毎晩高められているけれど、あれ以上の記憶を思いだすことはなかった。

 高められているというか、奉仕されているに近いのだろうか。

 カエンは一方的に僕の気持ちいいところを触りまくって、僕は耐えきれずに射精する。そして眠ってしまう。

 カエンとの生活は気楽で、楽しくて、なんの不満もないけれど……やっぱり僕は記憶を思いだしたい。

 記憶を思い出すためには、もう少し先に進む必要があるんじゃないか。

 だからその日は思いきって、僕からキスをしてみたんだ。

 丁度家の外でランチを食べた後だった。僕達は二人で一緒に作ったサンドイッチを食べて、切り株の上でくつろいでいた。

 木陰の合間から溢れる日の光がカエンの水色の髪を淡く縁取り、まるで一枚の絵画のような光景だ。

「どした? 拓海。また俺に見惚れてんの?」

 からかうようにカエンが笑う。

 悔しいことに、彼の顔形もプロポーションも、色彩も何もかもが僕の理想通りだから、彼を描いてみたいと見つめる度にこうやってからかわれる。

 人物画は専門じゃないから上手く描ける気がしなくて、今のところ実行には移していないけれど。

「そうだね、見惚れてた」

 思い立ったが吉日とばかりに、僕はカエンの肩を引き寄せキスをした。カエンは僕の思いがけない行動に目を丸くする。

 至近距離にある青色と見つめあいながら、微かに開いたままの口の中に、意を決して舌を入れてみた。

「っ!」

 カエンが目を見開く。けれど、抵抗はない。彼はスッと目を細めると、僕の舌に己の舌を絡ませた。

 まるで別の生き物のようにぬるりとうごめくそれに口内をくすぐられて、喉の奥からくぐもった声が鼻へと抜けていく。

「ふ……ぐぅ……っ」

 ああ、やっぱり上手い。上顎の裏を丁寧に舌先でなぞられると、ぞわぞわと快感が背筋を抜けていく。

 やば、勃ってきた……けど、もうちょっと……

 飲み干せなかった唾液が口の端から溢れていく。当初の目的も忘れて、心地よいキスに陶然となっていると、カチリと脳内のピースがはまる感覚がした。

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