第一話「始まりの夏休み」 秩父神社には、つなぎの龍と呼ばれる青龍がいる。ついでに梟と虎もいる。川瀬祭が終わり浅賀颯太が通う小学校も、いよいよ夏休みに入り、同級生の千島大地との自由研究は、秩父神社のミニチュアを木工作品で制作することにした。颯太にとっては小学生最後の夏休み初日、自宅から徒歩五分とかからない距離にある秩父神社の写真を大地と撮っていた。 境内の神門の横には『お百度参りはしないで下さい。わら人形は打たないで下さい』と注意書きされた看板がある。「こんな看板あったっけ? 面白いから撮っておこう」 颯太が言うと、「本気でわら人形なんて打つやつがいるんだな」 大地が感心する。 南門の一の鳥居前に、マイクロバスがとまり家族連れの観光客が大量に吐き出される。入口の手水舎が大渋滞している。 颯太は、ふと空を見上げて「あ、龍だ」指さした。神門で写真を撮っていた大地も空を見た。雲ひとつない眩しい青空を、ゆっくり昇ってゆく龍を颯太は目で追って「雨が降るよ」と大地に言った。「颯太がそう言うなら、戻ったほうがいいんんだろう」 大地の答えに頷いて、観光客で埋め尽くされた南門を避けて、西門から境内を出た。打ち上げ花火のようにまっすぐ秩父神社の上空を昇っていった龍が、太陽に鱗を輝かせて見えなくなった。 颯太は、大地と共に自宅に帰りつくと、アスファルトにポツポツと雨粒が落ちて黒い滲みを作り、慌てて玄関で靴を脱いで居間にあがるころには、庭の紫陽花の葉が揺れるくらいザァーと雨足が強くなった。「着いたばかりの観光客はタイミングが悪かったな、今頃びしょ濡れだ」 大地は同情したが、颯太は何の感情も湧かず冷たく突き放す。「まつり会館で雨宿りしてるんじゃない」 居間の窓から低い雲を眺めて、雲の隙間から旋回する龍の尾が雷を纏った。地鳴りのような音が、光に遅れて聞えてくる。「あ! 洗濯物!」 颯太は思い出して二階のベランダに行き、急ぎ取り込む。残念なことに雨に当たり湿っていた。「洗濯し直しだ」 母が不機嫌になる顔を想像して憂鬱になりながら、洗濯機のドラムに放り込んだ。 颯太は台所で冷蔵庫から麦茶を出して大地に渡した。大地が見ている携帯画面を覗き「上手く撮れてる?」 颯太は訊ねる。「ああ、これ詳しいサイズ感がわからないから、縮尺を作るのは難しくないか? 建物の略
Last Updated : 2025-07-07 Read more