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第八話「写真館」

Author: 北野塩梅
last update Huling Na-update: 2025-07-12 17:59:15

第八話「写真館」

「君が、一番したかったことを教えて」

 ケイタは首を横に振った。

「したいことなんてない」

 猿面が続けて問う。

「神様の声を聞くことがやりたかったの? 本当は何になりたかったの? 何をしたかったの?」

 ケイタは手で両耳をふさいだ。

「わからない」

「思い出して。母親が君にさせたいことではなくて、なりたいものがあったはず。このままだと自分がしたかったことすら思い出せず、『自分に向いていることは何ですか』と他人に聞いて回る大人になってしまうよ」

 猿面が言うように、ケイタのもとにも同じような質問をしてくる大人がいた。

「私に向いている仕事を神様に聞いてください」と聞かれたことが何度もあった。そのたびにケイタは同じ答えを返した。「思わぬ巡りあわせが待っている。タイミングが来れば神様がサインを送ってくれる」ケイタに聞かれても具体策などわからない。神様に聞いても応えてくれたことなどない。それでも食い下がってくる大人には「得意なことを活かせる環境を作るといい。努力せずに出来ることがあなたの天職だ」そう答え、どんな仕事かは口にしない。明確に自分の中に正解を持っていて、それを言い当てて欲しい人は、神様から成功を保証してもらいたいのが透けて見える。疑いの目で見ている大人は大体ここで離脱する。

「私の得意なことってなんでしょうか。何もないんです」さらにこんな質問をしてくる大人も何人もいた。「あなたが子供の時の文集を見てみればいい。あなたの中に住んでいる子供は知っているはず」と告げ明言はしない。小学生のケイタから見ると、文集に書く『将来のなりたい職業』なんて、なんとなくクラスの空気を読んで、様子を見ながら流行ってそうな職業を書いているだけで、十年後二十年後の自分が見て就職や転職のヒントになんてならないだろう。

猿面はケイタの思っていることを読み取ったように、

「で、君も自分が何になりたいかを他人に聞くのか? 他人が君の答えを知るわけないだろ。君自身のことなんだ。他人からもらった答えを真に受けて先々『こんなはずじゃなかった』って、また誰かのせいにするの? 後悔するのは自分で決めなかったからだよね?」

「ぼくの意思を曲げられて決まってしまっていることなら仕方ないじゃないか! 子供は親に気に入られなければ生きていけないんだ! 親が勝手に決めてしまうなら対抗のしようがないじゃないか!」

 猿面は少し考えこんでから言った。

「本当に怖いのは、君が母親に振り回されて費やした貴重な時間や、その後の人生の責任なんて母親は取ってくれないよ。『君がしたこと』が今後の君の評価になってしまうんだよ」

「じゃあ、どうすればよかったんだ」

 猿面が呆れた声でかえす。

「君が、あの母親を甘やかしたんだ。何でも母親のいうことを聞いてあげすぎたせいで、子供に甘えた親が出来上がってしまった。別々の人間である以上、突き放して親の甘えでできあがった共存関係を終わらせなければならないよ。君はどうしたい?」

「どう、したいかなんて考えたこともなかった」

「言い方を変えよう。例え神様だって君のやりたいことを強制できない。決めるのは、いつだって自分が判断しなければならない。君がもし『でもお母さんが喜ぶからやってる』って言うなら、それも君の判断だろう? 今はいいけど母親に無理強いさせられて君が自分のやりたいことを封じ、母親の業欲に合わせていたとしたら、それは将来、君の中で恨みと憎しみに変わるよ」

 一息にまくし立てた猿面は舞台で飛び上がり

「思い出せないなら見せてやろう」

 と宙返りする。猿面は舞台の奥にさがり、舞台を照らしている蠟燭が揺れた。

猿面と入れ替わり、翁面が舞台の前方に立っていた。

 くるりと翁面がケイタに背を向ける。

翁面の目線の先には、猿面の赤ちゃんを抱いた女面と、その横に立つ男面が幸せそうに笑う姿だった。

「こちらを見てください、撮りますよ」

 と翁面が手を挙げて、三脚カメラで一家を写した。フラシュがたかれて、その光が場面を変えた。次は椅子に座った女面が、膝に猿面の幼児を乗せ、男面がその後ろに立っている姿を、翁面がまた三脚カメラで写した。猿面の幼児は、翁面が写真を撮るたび成長していく。

「写真屋さんになるにはどうしたらいいの?」

 四回目の撮影が終わったとき、幼い猿面が、翁面に質問した。

「たくさん写真を撮ってみるといいですよ」

 猿面の前で背をかがめて翁面が答えた。猿面は振り返って男面に無邪気に言う。

「お父さん、ぼく写真屋さんになりたい。写真をとりたい」

「めずらしいな、ケイタが自分から何かしたがるなんて。そうか、写真を撮るならカメラを買うか……」

 呟いた男面が、迷うように上を向いた。翁面がショウケースから大事そうに持ってきた小さなカメラを、男面と、幼い猿面に見せた。

「トイカメラならお子さんでも、手軽に写真が撮れますよ」

 猿面の小さな手のひらにトイカメラを乗せた。猿面は一目で気に入って、男面にねだった。

「これ、ほしい!」

「普段からわがまま言う子じゃないし、いいだろう。ケイタ、これは誕生日プレゼントだ」

「ありがとう、お父さん!」

 猿面はお礼を言ってから、わくわくした様子で翁面に訊ねる。

「これで写真とれる? おじさん、これどうやってとるの?」

 翁面にフィルムの入れ方と、写真の撮り方を教えてもらい

「いっぱい写真とって写真屋さんになる!」

 と、飛び跳ねる。男面と翁面は顔を見合わせて笑いあった。

「そうだな、ケイタは写真屋さんだな」

 猿面の頭を、男面が撫でた。

「いつも何もしない癖にこんなときばっかり、父親ぶるのね」

 女面が忌々しげに言って、明りの届かない奥へとさがる。その姿を目線だけで追った翁面が、何か言いたげに父子を振り返った。

 翁面は舞台から、語りかけるように空間を見上げた。

「長年、写真館をやっていると、家庭が壊れていくさまを写真におさめてしまうときも、あります。このご家族はこの年が最後に集合写真でした」

 じっとケイタは正面から、舞台の翁面が語る過去を聞く。毎年、ケイタの誕生日に家族写真を撮っていた。そんなこと、忘れていた。

「陰ながら成長を見守ってきたお子さんでしたので、ご来館がなくなってしまい、残念に思っています。親より大人びて見える子でした。あの子は、どうしているのかと、ふと思い出します。健やかに育っていてくれるよう祈るだけです」

 翁面が口元に手をかざして、手近にある蠟燭を吹き消す仕草をした。明かりは消え、舞台は闇の中に静かに佇む。

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