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消えた少女と残された痛み

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-08-13 14:05:03

光が収束した時、ノアの姿は跡形もなく消えていた。

アキラは呆然と立ち尽くし、カナは床に膝をついたまま動けずにいた。湿った床には、ノアが立っていた場所だけ、かすかに光の残滓が輪を描いている。

「……嘘だろ」

アキラの声が震えた。拳を握りしめた手から、血が滴り落ちる。

「俺たちは……何をやってたんだ……」

セツは沈黙を保ったまま、消失地点を見つめていた。その目には怒りと、そして深い無力感が宿っている。

ミナが静かに端末を操作する。

「転送痕を解析してみる……座標は……」

画面に表示された数値を見て、彼女の表情が暗くなった。

「幸福圏中央管理塔。ゼオの中枢直下よ」

「中枢……」

カナがかすれた声で呟く。顔は青白く、瞳は焦点を失っていた。

「ノアが……あんなところに……」

涙が頬を伝い落ちる。それは悔しさと無力感、そして深い喪失感が混ざった涙だった。

アキラは壁を拳で叩いた。鈍い音が響き、コンクリートに小さなひびが入る。

「くそっ……!」

痛みなど感じない。それよりも、心の奥で渦巻く怒りの方がよほど激しかった。

「俺は……また、誰かを守れなかった……」

セツが重い口を開く。

「……自分を責めるな。相手が悪すぎた」

「でも!」

アキラが振り返る。

「俺たちには力があるはずじゃないか!継承者だって、記録者だって……それなのに、たった一人の子供も守れない!」

その叫びに、誰も答えられなかった。

確かに彼らは力を得ていた。だが、それはまだ世界を変えるには足りなすぎる力だった。

ミナが立ち上がり、カナの肩にそっと手を置く。

「……ここを離れましょう。いつまでもここにいるわけにはいかない」

カナは返事をしなかった。ただ、消失地点を見つめ続けている。

「カナ……」

アキラが声をかけると、ようやく彼女は顔を上げた。

「……私、何もできなかった」

その声は空虚で、どこか遠くから聞こえてくるようだった。

「記録者なのに……ノアの手を握ってたのに……何も」

「お前のせいじゃない」

「わかってる。でも……」

カナは両手で顔を覆った。

「わかってるけど、やっぱり……悔しい」

-----

同時刻。幸福圏中央管理塔、第零層。

白い光に満ちた無機質な空間で、ノアは透明な筒状の装置の中に浮かんでいた。意識はなく、穏やかな寝顔を浮かべている。

装置の周囲には無数のケーブルが伸び、彼女の生体反応を詳細に監視し
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