All Chapters of 悪役令嬢は星に誓う〜婚約破棄と契約結婚で愛と運命を逆転させる〜: Chapter 21 - Chapter 30

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第一章:婚約破棄と結婚宣言

王宮の大広間は、ゴシック調の尖頭アーチやリブ・ヴォールトが天井に広がり、巨大なシャンデリアが無数の蝋燭で輝いている。 華やかな楽団が音楽を奏で、招待された貴族や貴婦人たちがおしゃべりに花を咲かせ、また優雅にダンスを踊っていた。 年に一度開かれる王宮での大規模な舞踏会。 その中で誰よりも注目を浴びている二人。 エルミニオ・ヴィスコンティとリーア・ジェルミである。「まるで夢のようです。 まさか私が、エルミニオ様とこんな大きな舞踏会で踊る日がくるだなんて。」「何を言う、リーア。 俺のパートナーとして誰よりも相応しいのは君だ。 分かっているだろう?」「ですが……」会場の中央。 普通の貴族なら一生着られない、王家専属のデザイナーが製作したローズゴールドの煌びやかなドレス姿で、エルミニオとダンスを踊るリーア。 一方のエルミニオの方も、金糸でヴィスコンティ王家の紋章が刺繍された真紅のダブレット、黒のホーズ、革製の靴、肩には毛皮の縁取りがあるマントという気合いの入った格好をしている。 まだ婚約者ではないリーアをパートナーとして扱うのは異常なことだったが、これは社交界では暗黙の了解だった。 人々の称賛と羨望を受け、二人はまるでこの世の中心であるかのように振る舞っている。「あんなことがあったのに……」気の毒そうに足元に視線を落とすリーア。 その顔はなに? つい1週間ほど前、エルミニオの陰で私を嘲笑っていた女とは思えないほど可憐に見える。 そうだ。 あの日私は、薄れゆく意識の中ではっきりと見た。 死にそうになっている私を、リーアが嘲笑っていたあの瞬間を。 もしかしてこの世界のヒロインって、それ系なのだろうか? 私が言うそれ系とは、『悪役令嬢』の私よりヒロインの方が性悪のパターンかもしれないということ。 ううん。でもまだ分からない。 ロジータがあまりにも陰険ないじめを繰り返していたから、さすがのリーアも「ざまぁ」って思っていた可能性も。「今全力であの女の行方を探してるから、何も心配するな、リーア。 君は俺に守られながら、堂々としていろ。」「エルミニオ様……」熱く見つめ合う二人。 それ会場で話す内容? よく他の客たちに聞こえないものだ。 (逆に私にはなんでよく聞こえてるの?) 人をあんな目に合わせておいて呑気ね。 しかし考
last updateLast Updated : 2025-09-22
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第一章:婚約破棄と結婚宣言

「続きまして、第二王子のルイス殿下と、ロジータ・スカルラッティ令嬢のご入場です!」事前に打ち合わせをしておいた案内人が、高らかに私とルイスの入場を宣言した。 楽団の音楽が止まり、会場にいた人々はダンスやおしゃべりを止めて一気に私たちに注目した。 たった一人で惨めに会場入りしていた頃の私とは違う。 ルイスにエスコートされながら、私は堂々とした態度で会場の中央へと足を進めた。「なんだって?」「まあ。なぜロジータ嬢とルイス殿下が?」「見てみろ、あの二人のまるで合わせたかのような見事な衣装を!」「どういうこと?あの二人、まさか付き合っているの?」人々が驚きのあまり噂するのも仕方ない。 だってこの場に、私とルイスがお揃いの衣装で現れたのだから。 いま私は、目が覚めるような深青のドレスに身を包んでいた。 裾にはヴィスコンティ王家の象徴である星の紋様が、金糸や銀糸で細かく刺繍されている。 金髪の髪は丁寧に編み込まれ、宝石と細やかな装飾のついた髪飾りに、首にはアクアマリンの宝石がついたネックレス。 ただし胸の包帯が見えないように、上からシルクのストールを羽織っている。 このネックレスは王妃の、ルイスの亡くなった母親の形見だ。 直前でルイスが私の首にかけてくれたもの。『これで、より、俺たちの結婚が本物らしく見えるだろう。』こんなに貴重なものをいいのかと聞いたが、ルイスは『いいんだ』と繰り返していた。 一方のルイスもおなじ深青で、胸元や裾には銀糸や金糸で繊細な星の刺繍が施されたダブレットをまとっている。 踝までの黒の少しゆったりしたホーズに、足元は細かい刺繍が入った革製のブーツ。 王家の紋章入りのブローチ。 肩には、金糸の刺繍とチェーンつきの漆黒のマント。 指輪やピアスは私のネックレスと同じアクアマリンで統一。 この衣装は国王マルッツォが私たちのために用意してくれた、一点ものだ。 しかも国王専属のデザイナーたちが、かなり大急ぎで製作してくれた希少なもの。 つまりリーアが今着ているドレスより、価値があるということ。 私とルイスは自然と肩を並べて会場を歩いた。 そしてついに、私は私を殺したーーー いや、私を殺すはずだったエルミニオの前に立ち塞がった。 その場が一気に凍りつき、近くにいたエルミニオの側近たちが殺気立つ。 あの夜の顔
last updateLast Updated : 2025-09-23
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第一章:婚約破棄と結婚宣言

会場がさらに騒然となる。 無理もない話だ。 異常なまでにエルミニオに執着していたあの“ロジータ・スカルラッティ”が、まさか!と。 私が喜んで婚約破棄を宣言すると、エルミニオの表情が見たこともないほど引き攣った。「一体何を言っているんだ?ロジータ」「何を言ってる? それが分からないほど、エルミニオ様は愚かではないですよね?」珍しい。あのエルミニオが動揺している。 ただそれが歓喜なのか、たんなる驚愕なのかこの表情から読み取るのは難しい。 まあ、分からないなら分かるまで言ってあげましょう。 私はふと笑い、エルミニオを挑発的に見上げた。「私はもうあなたを愛しておりません。 それに私はルイスに優しく介抱されて、完全に心を奪われました。 なので私はあなたと婚約破棄し、ルイスと結婚します。」「———何!?お前がルイスと結婚だと? 本気か?ロジータ!?」「本気ですが、何か? すでに私とルイスは結婚の約束を済ませています。」「……っ!なんて自分勝手な!」ますます苛烈さを増していく会話。 私の棘を刺すような淡々とした態度に、エルミニオが大声で応戦する。 人々はことの成り行きを興味本位で見守り、リーアは私たちを交互におろおろと眺めた。「リーア、あの時はごめんなさいね。 魔が差したとしか言えない。 だけどあなたなら……分かるわよね?」その先をこの場で口にするつもりはないが、私はリーアに圧をかけながら見おろした。 可愛くて大人しいヒロインのリーア。 美しい銀髪にサファイアブルーの瞳は珍しく、それだけでも人々の目を引く。 背も低くて華奢。しかもこの怯えるような表情が、女の私から見ても庇護欲をそそられる。 原作小説の清廉潔白なヒロイン。 しかし私から言わせればどこが?である。 物語に都合よく甘やかされた女。 だって人の男だと知りながらエルミニオを拒絶せず、彼からの恩恵全てを享受しているのだから。 誰からも教わらなかったのだろうか。 人のものを奪ってはいけないと。 まあ今さらどうでもいい。 けれど、あの時あなたが嘲笑ったのだけは決して忘れない。 ふと私は鼻で笑い、再びエルミニオに視線を戻した。「エルミニオ様にとっても都合がよいですよね? 私と婚約破棄すれば、愛するリーアと一緒になれるじゃないですか。 心よりお二人の幸せ
last updateLast Updated : 2025-09-24
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第一章:婚約破棄と結婚宣言

恥辱に震えるようにエルミニオは、私に向かって叫んだ。「ああ!いいだろう!お望み通り今すぐ婚約破棄を受け入れ……」あと少しという時になって、私たちの行手を邪魔する不届者がいた。 エルミニオの補佐官、ユリ・ピローヴァノと、筆頭護衛騎士のルドルフォ・サルドである。 あの時死にゆく私を『自業自得だ』『嫉妬に狂った醜い女』『悪女にふさわしい結末』などと言って傍観していた二人である。「殿下!このような公の場でロジータ・スカルラッティとの婚約破棄を受け入れてはいけません。 ……お気持ちは分かりますが、今は慎むべきかと! 特にルイス様にスカルラッティ家の後ろ盾が移るとなれば、王太子としての立場が危ぶまれます! どうかこの場は賢明なご判断を!」ユリが必死にそう囁いて、エルミニオを引き留める。 赤毛に眼鏡が特徴で、人畜無害そうな顔をして、何かとロジータを毛嫌いしていた人物。 だが政治的駆け引きによく長けた男だ。「ルイス、まさかお前、俺に反逆を企てているのか?」すっかり我に返ってしまったエルミニオが、再びルイスに迫った。 ユリ!よくも邪魔してくれたわね! あと少しだったのに!「殿下、今すぐルイス様を捕えましょうか?」肩まである燻んだ灰色の髪と、茶褐色の肌をした厳ついルドルフォが、腰の帯剣に手をかける。「……ルイス!お前、実の弟と思ってよくしてやったというのに!」「ですから俺は、兄さんを裏切ったつもりも、反逆の意思もないと言っているのですが。」怒りで震えるエルミニオに対し、ルイスは全く動揺をみせずに返答する。「やめなさい。 今ルイスに手を出したら、後悔することになりますよ!」私はルイスを制圧しようと動いたルドルフォをきつく睨みつけた。 本当に、相変わらず厄介な二人だわ。 一人は損得を考えて理性的に動くタイプ、もう一人は武力行使を厭わない脳筋タイプ。 ヒロイン側から見れば心強い味方だけれど、私からしたら邪魔で仕方ない。「殿下、どうかここは冷静な判断を! ルイス様に、スカルラッティ家の支持を奪われてはいけません!」立て続けにユリはそう囁き、エルミニオの決断を鈍らせる。「く……!」あの時はエルミニオから一方的に婚約破棄宣言をされたが、法的には無効である。 国王マルツィオの許可がない限り、エルミニオは自分から婚約破棄などできない立場だ
last updateLast Updated : 2025-09-25
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第一章:婚約破棄と結婚宣言

エルミニオに乱暴に腕を掴まれて、鈍い痛みが走った。「痛い……!エルミニオ様、離して下さい!」「嫌だ。 離してほしいなら、さっきの発言をすべて取り消せ。 ロジータ、お前が嘘だと言うまで決して離さないからな。」「!そんなことを言っていいのですか? 愛するリーアが見てますけど? リーアのためを思うなら、これ以上私を引き留めるべきではないですよね。 そもそも、エルミニオ様はそれが目的だったはずですよね!」私は掴まれた腕を引き剥がそうと抵抗し、隣にいるリーアをちらりと盗み見た。 彼女は困惑したように私たちを眺めていたが、明らかに動揺していた。 内心では、さっさと私と婚約破棄すると言って欲しいはずだ。「エルミニオ様、お、落ち着いてください。」そういえばこの世界は〇〇禁の世界だから、原作でもエルミニオには時々こういう強引な場面があったわね。 だけどそれをするのは私にではないでしょう?「やめてください、兄さん! ロジータが嫌がっているでしょう!」ルイスが私の手を引き、エルミニオから華麗に引き離してくれた。 ルイス……!私のスパダリ!「ルイス、お前……!やはり反逆の意思ありだと捉えていいのだな!?」「反逆? いいえ。 俺はロジータに深く同情し、だから彼女と結婚すると決めました。 兄さんこそ、愛するリーアと一緒になるために、ずっと婚約破棄を望んでいたのではなかったのですか?」「ルイス!」眉間にシワを寄せ、真っ向から対抗するルイスにエルミニオの顔はますます引き攣った。 だが今度は何を考えたのか、隣にリーアがいるにも関わらずとんでもないことを口走り始めた。 漆黒の髪を揺らし、私に再接近して。「はあ。ロジータ。 お前との婚約破棄はしない。 約束通り、お前を俺の王太子妃にしてやろう。」この、人を蔑むような眼差し。 それが本心ではないことくらい私だってよく分かっている。 ではなぜエルミニオがこう言うのか? 答えは簡単だ。 スカルラッティ家の後ろ盾を失わないため。 これが男主人公だなんてぞっとする。「笑えますね、エルミニオ様。 それが愛するリーアの前で言う台詞ですか? 裏では、あなたが彼女を王太子妃にするという噂で持ちきりですよ。 なのに権力にはひれ伏すのですか。 だとすれば、美しい愛も形無しですね。」こんなにひつ
last updateLast Updated : 2025-09-26
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第一章:婚約破棄と結婚宣言

最高の笑顔でエルミニオを切り捨て、私はルイスとその場を離れようとする。だが、エルミニオはなおも足掻いた。「ルドルフォ!二人を拘束しろ!」「は!殿下!」ルドルフォが素早く私たちの前に回り込み、行く手を阻む。この広間に紛れていたエルミニオの他の騎士数名も動いた。こんな公の場で、馬鹿なことを!いよいよ会場中が大混乱となる。「え?何これ、どうなるの?」「エルミニオ様が、ロジータ様にふられたの?」「それをエルミニオ様が武力行使でお止めになろうと?」「あのエルミニオ様が?何が何だか分からないが、とにかくすごいことだわ!」貴族たちは大興奮しながら私たちを食い入るように見ていた。「———これは一体、何の騒ぎだ?」あ!ついにきたわ!最高のタイミングで、あの人が入り口から会場に姿を現した。誰もが彼に注目し、一気に口を閉ざす。会場の人々が左右に割れ、優雅に歩く彼の道をつくった。ヴィスコンティの国王、マルツィオ。横に現王妃を連れての華麗な登場である。「国王陛下!」「ヴィスコンティ王家の太陽、国王陛下!ヴィスコンティ王家の月、王妃陛下!」とたんに、皆が国王夫妻に拍手喝采を浴びせた。主役は遅れてくる、とはよく言ったものでマルツィオは威厳をまといながら私たちの前で足を止めた。「陛下!」「国王陛下!」さっきまで私とルイスを拘束しようとしていたルドルフォが、その場に跪いた。誰もが息を呑んだのが分かる。それもそのはず。今日の舞踏会に国王夫婦は出席しないと聞かされていたから。マルツィオは妻を離すと、気迫のある顔でエルミニオの前に立ち塞がった。「私が主催したこの舞踏会で、何を騒いでいるんだ?言ってみろ。エルミニオ。」「ち、父上。俺はーー!」身長はマルツィオの方が低いが、エルミニオは蛇に睨まれた
last updateLast Updated : 2025-09-27
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第一章:婚約破棄と結婚宣言

その夜、私とルイスは互いの目を見続けながらダンスを踊った。 気がつくとエルミニオたちは姿を消していた。 よほどの馬鹿でない限り、もう私たちに手を出してくることはないだろう。 そう思ったら爽やかな開放感に包まれた。「よかった、上手くいって。」「ええ。本当によかった。 それにルイス、あなた今夜もかっこよかったわ!」「……っロジータ。また、お前は。」褒めるとほんのり耳を赤くするルイスが可愛い。 ダンスを踊っている間、会場中の皆から熱い眼差しを受け、まるで自分たちが物語の主役になったような気がした。 −−− ヴィスコンティは、巨大な運河と共に発展してきた国だ。 王宮近くに流れているのもそういった理由がある。 現代でいえば、水の都ヴェネツィア。 水上都市のイメージに近い。「わあ。きれいな星空〜!」二人で抜け出したテラスで、私は無数の星が輝く夜空を見上げた。 さっきまで人々に拍手喝采を浴びながらダンスを踊っていたので、なんとなくまだ体が熱かった。 私ははしゃいでルイスの手を引き、テラスの柵の方に誘導した。 いくつも設置されたヴィスコンティ特有のランタンが二人を照らしている。 夜風が肌をかすめ、私は心地よい気分に浸った。 夜空は、まるで宝石を敷き詰めたように輝いていた。「……本当に綺麗だな。」「?どこ見て言っているのよ?」「どこって……空だよ。」ふっとルイスは笑い、柵に手をついて私の隣に並んだ。 栗色のルイスの髪が揺れ、琥珀色の瞳に星空が映る。 なんとなくルイスの横顔をじっと眺めていると、目が合った。「ロジータ。さっきはよく頑張ったな。 兄さんに、別れを告げるのは辛かっただろう?」ルイスの瞳は『長年見てきたんだ、それくらいは分かる』とでも言いた気だった。「大丈夫よ。言ったでしょう? 今の私はロジータだけど、七央だと! あんな最低な男、もう未練なんかないわ。」「そうか。それならいい。」「まさかずっと心配してくれていたの? やっぱりルイスはスパダリね。私だけの!」「また……っ。」頬を染め、ルイスは視線を逸らす。「私はともかく、ルイスは? その、リーアに対する気持ちは変わりない?」あの時ずっとエルミニオの隣にいたリーアを、ルイスはどんな気持ちで眺めていたのだろうか。 簡単に想いを断ち切るなんてできないわ
last updateLast Updated : 2025-09-28
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第一章:エルミニオ・ヴィスコンティは愚かな夢を見る

俺はエルミニオ・ヴィスコンティ。 この国では誰もが知る、ヴィスコンティの王太子だ。 自慢するわけではないが、俺は生まれつきあらゆる分野で天才だった。 基本的な学問教育はもちろんのこと、武術や戦術、礼儀作法や社交術などどれをとっても完璧で、一度教わったことは決して忘れなかった。 そんな俺を人々は「王太子様は天才です!」「ヴィスコンティ王家の至高だ!」などと言って褒め称えた。 悪い気はしなかった。 だって俺にはそう言われるだけの確かな才能があるのだから。 そんな俺には幼い頃からの婚約者がいた。 ロジータ・スカルラッティ。 スカルラッティ公爵家の長女で、俺の2歳年下。 俺たちが婚約に至ったのは、ヴィスコンティ王家に古くから伝わる『星の刻印』の一致があったからだ。 ーー『星の刻印』ーー。別名、運命の刻印とも呼ばれるそれは、ヴィスコンティの王族に現れる特殊なアザのようなもの。 このアザが初めて体に刻まれたのは、俺がまだ4歳の頃だった。 右胸に現れた刻印は俺が知る中でも少し大きな星形で、色はうすっすらと赤みを帯びていた。 薄紅の五芒星といったところか。「エルミニオ。怖いことはありません。 あなたと同じ刻印を持つ者が、運命の相手になります。 その子が現れたら大切にするのですよ。」王妃だった俺の母は体が弱かったが、とても優しい人だった。 このヴィスコンティ王家には禁忌の力と呼ばれるものがあって、彼女の持つ治癒の力もそれに由来していた。 元は隣国の侯爵令嬢だった彼女がその力を授かったのは、刻印が現れてからだと聞いている。 しかし夫である国王マルツィオに力の使用を禁じられているため、使ったのを見たことはなかった。 ロジータ・スカルラッティに刻印が現れたと聞いたのは6年後。「はじめまして、エルミニオ王太子殿下。 私はロジータ・スカルラッティと申します。」8歳のロジータと初めて顔を合わせたのは、王宮の星の間だった。 ふわりとなびく緩やかな金色の髪に、碧い瞳。 外見はどこにでもいる令嬢とさほど変わりはなかったが、ロジータはどこか大人びていた。 完璧につくられた笑顔。 完成された人形。 そういった言葉が似合うほど、ロジータにはこれといった隙がなかった。 だがいくら彼女が冷たそうに見えても俺たちは運命の相手。「はじめまして、ロジータ
last updateLast Updated : 2025-09-29
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第一章:エルミニオ・ヴィスコンティは愚かな夢を見る

リーア・ジェルミを見た瞬間、俺の心は彼女に奪われた。 珍しい銀色の髪にサファイアブルーの瞳。 小柄で謙虚で、まるで花の精霊のよう。 このヴィスコンティの王宮で働く使用人、特に女性に関して、これまで一度も目を奪われたことなどなかった。 俺にはロジータがいたからだ。 だがそのロジータは俺に独占欲を出し、傲慢さが目立ち、鬱陶しく思っていた時期だった。 俺が17歳で、成人前のことだ。 ヴィスコンティの王宮にはあらゆる場所に庭園があり、その中でも俺の住む宮殿側にある庭園はお気に入りの場所だった。 だがここは一般の使用人には立ち入り禁止のはず。 なぜ彼女がここに?「王太子殿下……? ごめんなさい、この場所が殿下の庭園だったとは知らずーーきゃあっ!」「危ない!」池の近くで足を滑らせバランスを崩したリーアを俺は思わず抱き止めた。 ふわりと甘い匂いが俺の鼻先を掠めた。 それに、なんて軽いのだろう。 彼女の儚げな瞳が潤んで、頬がひっそりと赤らんだ。 トクンと心臓の音が鳴り、俺はつい夢中でリーアを見つめた。「で、殿下。あ、あの。」戸惑った様子で彼女は俺を呼び、早く離さなければと思ってもなぜかそれができなかった。「君、名前は?」「私ですか?私はリーアです。 リーア・ジェルミです。」ジェルミ。聞いたことのない家門名だ。 地方貴族の名前だろうか。 彼女の存在に疑問を抱きながらも、俺は不思議な魅力を持ったリーアに興味を持った。「リーア。 知らなかったとは言えここは俺の大事な場所だ。 だから、規則を破った君に命令する。 明日からしばらく、今くらいの時間にこの庭園にくるように。」自分でも何を言っているのか分からなかった。 一体俺はどうしてしまったのだろう? こんな風に傲慢に女性を縛りつけようとするなんて。「またこの庭園にきてもよいのですか?  わあ、嬉しいです、また殿下に会えるだなんて」だがそれを好意と捉え、素直に喜ぶリーアの顔があまりにも可愛くて、俺は最近のいやな出来事などすっかり忘れていた。 それから時々、王太子教育や剣術の稽古を抜け出してリーアと密会するようになっていった。 一国の王太子がするべき行動ではなかったが、彼女に会いたい一心だった。「私は、何者かに家門を滅ぼされたようなのです。 幼い頃から奴隷として悲惨な日
last updateLast Updated : 2025-09-30
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第一章:エルミニオ・ヴィスコンティは愚かな夢を見る

年に一度開かれる王宮の大規模な舞踏会。 俺は会場の人々から羨望の眼差しで見つめられながら、中央でリーアとダンスを踊っていた。 可愛くて愛おしいリーア。 俺の運命の女。 1週間前、彼女との愛を守るため俺はロジータ・スカルラッティを暗殺した。 愚かなロジータはリーアに毒入りのワインを渡そうとした。 だが、ロジータを注意深く観察していた俺の親友によってそれが発覚、リーアを救うことができた。 リーアを毒殺だと?許せない! あの女はもはや、俺たちを苦しめる悪女でしかない! ずっと考えていた。 せめてロジータの方から愛想をつかし婚約破棄してくれていたら、俺はそれを理由にジャコモを脅し、都合よくスカルラッティ家を利用することができただろうと。 だが、どれだけ冷遇してもロジータは『俺を愛しています』という目をして縋りついてくるだけ。 その碧い瞳が鬱陶しくてたまらなかった。 決定的なのはあの日の事件だったが、それ以前から俺はロジータに殺意を抱いていた。 ロジータさえ消えれば、俺とリーアを邪魔する者は消えるのに。 無性にロジータに死んで欲しかった。「今夜、計画を実行するぞ。」「はい!殿下。ついに決断なされたのですね。」作戦にのってくれたユリ、ルドルフォ、ルイス、そして俺の親友は、夜の小広間にロジータを呼び出した。 宝物庫から密かに持ち出した宝剣で、俺は憎いロジータの心臓を躊躇わずに突き刺した。「エルミニオ様。なぜ……ですか、ゴホッ!」真紅のドレスを着たロジータが絶望したような瞳で俺を見つめていたが、すでに心は動かなかった。 可憐なリーアが背後から出てきて、震えながら俺の腕にしがみついた。「大丈夫だ、リーア。君を苦しめてきたこの女はもうすぐ息絶えるだろう。」ああ。可愛いリーア。 もうすぐで俺たちの愛を邪魔するロジータが死ぬ。 大丈夫だ。星の力が宿るこの剣なら証拠は残らない。 ロジータは原因不明の心臓発作で死亡と断定される。 自然と俺とロジータの婚約は破棄され、スカルラッティ家の後ろ盾だけが残されるだろう。 そうなったらすぐにでもリーアと結婚式を挙げよう。 ロジータは血を吐きながら冷たい大理石の床に倒れていった。 この悪女め。 ようやく長い因縁から解き放たれる。 そう思って俺はロジータをゴミのように眺めた。 だが想定外のこ
last updateLast Updated : 2025-10-01
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