その言葉が彼の口から出た瞬間、梨花は全く驚かなかった。一真との結婚を決めたときも、竜也は同じように反対していた。でも、彼みたいに恵まれた環境で育った人には分からないだろう。梨花みたいな人間にとって、一真と結婚できることが、どれだけ人生で最善の選択だったかなんて。きっと、彼は知らないだろう。離婚が梨花にとってどれほど重たい決断かなんて。もし一真が離婚を切り出すなら、梨花が拒んでも、彼には数え切れない方法で離婚に迫ることができる。巧みに、強引に、時には梨花さえ気づかぬうちに、離婚届に判が押されるだろう。だが、梨花は違う。鈴木家が首を縦に振らず、一真が同意しなければ、梨花は一生をその家に縛られてしまう。黒川家にいた数年間で、梨花が一番痛感したのは、「普通の人間は、権力の前では無力だ」という現実だった。わざわざ説明する気も起きず、彼女は唇をほんの少し上げ、浅いえくぼを浮かべながら言った。「だって、私は彼のこと、まだ好きだから」またそれか。恋に溺れたような顔をしていた。竜也の顔がみるみる黒ずんで、歯の隙間から漏れるような声が絞り出された。「梨花、俺......まさか昔お前を虐めてたとでも言うのか?」言い終えると、彼は返答すら待たずにタバコを灰皿にねじ込み、足早にその場を去った。背中には、まだ噴き出せない怒りが滲んでいた。追い払う。それが彼と梨花の最も効率のいい会話だった。その後、和也が現れた。「まだいたんだ。もう帰ったのかと思ってた」「もうみんな帰ったのですか?」「帰ったよ。一真も」梨花は黙って頷き、彼からバッグを受け取った。「じゃあ、私たちもかえりましょう」和也は酒を飲んでいたので、梨花が車で送ることになった。目的地が近づいたころ、和也がふと思い出したように言った。「そういえば、黒川グループの新しいプロジェクト。明日からミーティングだよな?」その言葉に、梨花がハンドルをぎゅっと握りしめた。「多分、黒川グループは私に言い忘れてると思いますけど。あのプロジェクト、外されましたの」今日の一件で、竜也の顔を潰したからだろう。きっと彼も顔を合わせたくないだろう。和也が眉を寄せた。「そんなはずないよ。今日、黒川グループから送られてきた正式なメンバーリストに、梨
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