美玲がふっと顎を上げて命じる。「明後日、私の親友の誕生日なの。あんた、ケーキ作って届けて」素羽は一瞬きょとんとする。理解が追いつかず、少し戸惑ってしまう。わざわざ揃って来たのは、その命令のため?「わかった」と素羽はあっさり応じる。彼女たちと揉めるより、さっさと済ませて静かに過ごせる方がいい。どうせ自分に迷惑をかけないでくれるなら、それくらいのケーキ、いくらでも作ってあげる。彼女たちの用事は本当にそれだけだったようで、話が終わると早々に帰っていく。何を考えているのか、さっぱり分からない。ところで、司野は先日のあの一件のあと、出張に行ってしまって、ここ数日は家にいない。素羽にとっては、まるで解放されたような自由な日々だ。むしろこのまま帰ってこなければいいのに、とさえ思ってしまう。かつては、同じ部屋にいられるだけで胸が高鳴ったのに。まさか、こんな日が来るなんて。司野のいない日々、素羽は普通に食べて、普通に眠る。しっかり休んで食べてこそ、怪我した足も早く治る。そして、拾ってきた子猫の花も、素羽の世話のおかげで、ぺたんこだったお腹がぷくっと丸くなってきた。すり寄り、ころんとお腹を見せ、小さな肉球で「撫でて」の催促。その仕草に頬が緩むのは、全部この子のせいだ。「そのうち赤ちゃんができたら、奥様もきっと優しいお母さんになりますよ」森山がぽつりと言う。その言葉に、素羽の手が一瞬止まり、笑顔も少しだけ消える。ふと、縁のなかったあの子のことを思い出し、胸がちくりと痛む。気が付けば、美玲の友人の誕生日がやってくる。素羽は約束通り、ケーキを作り、きちんと届ける。これで終わったと思っていたのに、美玲から電話がかかってくる。「どうして自分で持ってこなかったの?」素羽は適当に理由を作る。「足、まだ本調子じゃないから」だけど美玲は引き下がらない。「ちょっと頼んだだけで言い訳ばっかり?お兄ちゃんに言うからね、あんたが私に意地悪したって!」昔の素羽だったら、こんな展開には絶対しなかっただろう。美玲に頼まれた瞬間、喜んでケーキを作り、自分の手で届けていたはずだ。でも今はもう、誰かの顔色をうかがってまで、必死にご機嫌を取ろうとは思わない。「好きにすれば?」と素羽は淡々と答える。どうでもいい。言いたいなら言えばいい。
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