All Chapters of 流産の日、夫は愛人の元へ: Chapter 101 - Chapter 104

104 Chapters

第101話

美玲がふっと顎を上げて命じる。「明後日、私の親友の誕生日なの。あんた、ケーキ作って届けて」素羽は一瞬きょとんとする。理解が追いつかず、少し戸惑ってしまう。わざわざ揃って来たのは、その命令のため?「わかった」と素羽はあっさり応じる。彼女たちと揉めるより、さっさと済ませて静かに過ごせる方がいい。どうせ自分に迷惑をかけないでくれるなら、それくらいのケーキ、いくらでも作ってあげる。彼女たちの用事は本当にそれだけだったようで、話が終わると早々に帰っていく。何を考えているのか、さっぱり分からない。ところで、司野は先日のあの一件のあと、出張に行ってしまって、ここ数日は家にいない。素羽にとっては、まるで解放されたような自由な日々だ。むしろこのまま帰ってこなければいいのに、とさえ思ってしまう。かつては、同じ部屋にいられるだけで胸が高鳴ったのに。まさか、こんな日が来るなんて。司野のいない日々、素羽は普通に食べて、普通に眠る。しっかり休んで食べてこそ、怪我した足も早く治る。そして、拾ってきた子猫の花も、素羽の世話のおかげで、ぺたんこだったお腹がぷくっと丸くなってきた。すり寄り、ころんとお腹を見せ、小さな肉球で「撫でて」の催促。その仕草に頬が緩むのは、全部この子のせいだ。「そのうち赤ちゃんができたら、奥様もきっと優しいお母さんになりますよ」森山がぽつりと言う。その言葉に、素羽の手が一瞬止まり、笑顔も少しだけ消える。ふと、縁のなかったあの子のことを思い出し、胸がちくりと痛む。気が付けば、美玲の友人の誕生日がやってくる。素羽は約束通り、ケーキを作り、きちんと届ける。これで終わったと思っていたのに、美玲から電話がかかってくる。「どうして自分で持ってこなかったの?」素羽は適当に理由を作る。「足、まだ本調子じゃないから」だけど美玲は引き下がらない。「ちょっと頼んだだけで言い訳ばっかり?お兄ちゃんに言うからね、あんたが私に意地悪したって!」昔の素羽だったら、こんな展開には絶対しなかっただろう。美玲に頼まれた瞬間、喜んでケーキを作り、自分の手で届けていたはずだ。でも今はもう、誰かの顔色をうかがってまで、必死にご機嫌を取ろうとは思わない。「好きにすれば?」と素羽は淡々と答える。どうでもいい。言いたいなら言えばいい。
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第102話

鈴の音が鳴る。でも、すぐに切れる。その瞬間、素羽は人混みの中で、無傷の美玲を見つける。やっぱり、嫌な予感は当たる。だけど、けばけばしい化粧をした美玲を見て、素羽はほんの少しだけ眉をひそめる。まだ未成年のはずなのに、こんなこと、分かってるの?「美玲、家に帰るよ」まさか、外でここまで羽目を外しているとは思わなかった。まさか違法のストリートレースまでやってるなんて。周りを見渡すと、どいつもこいつも、いかにも夜の街でイキってる不良たち。親の金を好き勝手に使って、やりたい放題。金の使い道に飽きて、今度は命を賭けて遊んでいる。美玲が事故に遭わなかったのは幸いだけど、でも今のこの姿――事故よりもよっぽどタチが悪い。「これが美玲が紹介してくれた遊び仲間?」その時、若い男が口を開く。美玲は年齢に合わないミニスカートを身に着けている。「女の子足りないって言ってたでしょ。ちょうどいいでしょ?」男は面白そうに素羽を見る。「ねぇ、お姉さん。俺のドライブ、ついてこれる?」その瞬間、周りがどっと笑いに包まれる。誰かが下品に言う。「お前、ドライブだけじゃねーだろ?ベッドの上でも暴走族だよな?」不真面目な下ネタが飛び交い、みんなで笑い合っている美玲の姿を見て、どうやらこれが日常らしいと悟る。素羽はさらに眉をひそめる。もうとっくに染まってしまっている。このまま放っておくわけにはいかない。もし何かあったら、司野たちに絶対責められる。「美玲、家に帰るよ」素羽はもう一度言う。美玲は棒付きキャンディをくわえ、不良少女のような態度で答える。「あんた誰?私のことに口出ししないでよ。私は遊びに呼んだだけで、説教されに来たんじゃないから」素羽はスマホを取り出す。「私の言うことが効かないなら、司野に電話して呼び戻してもらうよ……」彼女は他人事にしたい。責任を負いたくない。でも同時に、これ以上巻き込まれたくもない。妹のことは兄の責任。だけど、電話をかける前に、後ろから勢いよくスマホを奪われる。「どういうつもりだ?ここで騒ぎを起こす気か?」スマホを奪われても素羽は顔色を変えない。でも、奪った相手が誰か分かった瞬間、顔が強張る。「洋介さん!」誰かが叫ぶ。素羽は彼をじっと見据える。洋介だ。彼を見た瞬間、素羽は無意識に
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第103話

洋介の目がぎらりと光る。「何だ、お前……俺が怖いのか?」素羽の心臓がドクンと音を立て、両手にはじっとりと汗が滲む。指先が痺れてくる。これはもう、体が勝手に反応してしまっている。洋介は、その様子を面白がるように目を細める。男っていうのは、根っこがどこか卑劣だ。相手が怯えれば怯えるほど、狩人の本能が刺激されるらしい。洋介は、さらに一歩、距離を詰めてくる。素羽は拳を握りしめ、奥歯を噛み締めて叫ぶ。「触らないで!」「おやおや、随分と強気じゃないか」洋介は、子供のころからずっと悪ガキだった。そのまま大人になっても変わらず、痛い目を見ても懲りない性分だ。素羽が拒めば拒むほど、逆に火が付く。「触ったらどうするんだ?お前に俺が止められるのか?」その手が素羽の肌に触れた瞬間、全身に鳥肌が立つ。まるでフラッシュバックのように、嫌な記憶が一気に蘇る。屈辱と、惨めさ。自分は、何も悪いことなんてしていないのに。どうして、みんなして自分をいじめるの?嫌いでもいい。でも、せめて傷つけないでほしい。何度も、何度も。もう、もう耐えられない!素羽は、手に持っていた杖を思わず振り上げ、そのまま洋介に叩きつける。「やめて!触らないで!!」油断していた洋介に、杖は見事に命中する。そんなに痛くはなかったが、洋介は何よりもプライドを傷つけられた。彼は、面子を何よりも大事にしているのだ。「てめえ……」洋介は反射的に素羽にビンタを食らわせる。素羽はそのまま地面に倒れ込んだ。「何様のつもりだよ!俺がお前に手を出すのは、ありがたく思え。俺が本気出せば、お前なんか……」洋介の手が素羽の襟元を乱暴に引き裂く。夜風が首筋から体中に沁みて、冷たさが一気に駆け抜ける。素羽は、必死に美玲の方へ視線を向ける。美玲は最初、驚いたように足を一歩踏み出しかけた。しかし、隣にいた人に袖を引かれ、そのまま止まってしまう。体だけでなく、心まで凍りつく。素羽は、美玲に何も恨まれる覚えはなかった。義姉として、できる限り尽くしてきたつもりだった。外の人間と一緒になって自分をいじめるのは、まだ我慢できる。でも、今この状況で、見て見ぬふりをするなんて!自分はまだ彼女の義姉で、須藤家の嫁で、司野の妻なのに。もしここで何かあったら、須藤家の顔も立たないでし
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第104話

素羽は車を高速から外し、市街地の路肩に停める。佳奈はすぐ近くのドラッグストアに走り、救急用品を買って戻ってくる。傷口に薬を塗られても、素羽は無表情のまま、眉ひとつ動かさない。ふと気になって、素羽は佳奈に尋ねる。「どうしてここにいたの?」ここは、佳奈が普段来るような場所ではない。佳奈は少し困ったように答える。「美玲に、付き添いって言われて」佳奈は須藤家ではあまり目立たず地味な存在だけど、家族の中では真面目で素直で、成績もいい子として知られている。そのおかげで、琴子から美玲の勉強の付き添いを頼まれることも多い。今日も、美玲が図書館で勉強したいと言い出した。「図書館は雰囲気がいいから」と言う美玲に、琴子は渋々ながらも折れた。でも、結局のところ美玲は勉強なんてする気ゼロで、ただ遊びに行く口実だった。佳奈はドキドキしながらも、琴子にバレたら自分が怒られるんじゃないかと気が気じゃない。自分で密かに連絡しようとしたけど、それを美玲に気づかれてしまい、「もしチクったら、須藤家でいい目見せないから」と脅されてしまった。幼い頃から一緒に育ってきたからこそ、美玲の性格はよくわかっている。逆らえばどんな目に遭うか分からないから、佳奈はひたすら目立たないように祈るしかなかった。まさかこんな形で素羽が現れ、彼女がトラブルに巻き込まれるなんて思いもよらなかった。どう助ければいいか分からず、ただオロオロするばかり。でも、偶然バッグに以前買った防犯ブザーが入っていたので、とっさに偽の通報で相手を脅して追い払うことができた。美玲のことだから、どうせろくなことになっていないだろうと、素羽は「家まで送るよ」と佳奈に言う。佳奈を送り届けてから、素羽が自宅に戻ると、すでに夜の十時を回っていた。今日一日のゴタゴタで心身共に疲れ切った素羽は、そのままベッドに倒れ込む。深夜、司野から電話がかかってきたことにも気づかず、眠り続けてしまう。翌朝、素羽は玄関のドアを叩く音で目を覚ます。慌てた様子の森山が扉の向こうで呼んでいる。「奥様、大変です!美玲様が事故に遭いました!」その言葉を聞いて、素羽の頭にまず浮かぶのは「また美玲が何かやらかしたのか」という思いだ。森山は続ける。「美玲様は病院に運ばれました。旦那様がすぐに来てほしいと」一
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