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第104話

Author: 雨の若君
素羽は車を高速から外し、市街地の路肩に停める。佳奈はすぐ近くのドラッグストアに走り、救急用品を買って戻ってくる。

傷口に薬を塗られても、素羽は無表情のまま、眉ひとつ動かさない。

ふと気になって、素羽は佳奈に尋ねる。「どうしてここにいたの?」

ここは、佳奈が普段来るような場所ではない。

佳奈は少し困ったように答える。「美玲に、付き添いって言われて」

佳奈は須藤家ではあまり目立たず地味な存在だけど、家族の中では真面目で素直で、成績もいい子として知られている。

そのおかげで、琴子から美玲の勉強の付き添いを頼まれることも多い。

今日も、美玲が図書館で勉強したいと言い出した。「図書館は雰囲気がいいから」と言う美玲に、琴子は渋々ながらも折れた。

でも、結局のところ美玲は勉強なんてする気ゼロで、ただ遊びに行く口実だった。

佳奈はドキドキしながらも、琴子にバレたら自分が怒られるんじゃないかと気が気じゃない。

自分で密かに連絡しようとしたけど、それを美玲に気づかれてしまい、「もしチクったら、須藤家でいい目見せないから」と脅されてしまった。

幼い頃から一緒に育ってきたからこそ、美玲の性格はよくわかっている。

逆らえばどんな目に遭うか分からないから、佳奈はひたすら目立たないように祈るしかなかった。

まさかこんな形で素羽が現れ、彼女がトラブルに巻き込まれるなんて思いもよらなかった。

どう助ければいいか分からず、ただオロオロするばかり。

でも、偶然バッグに以前買った防犯ブザーが入っていたので、とっさに偽の通報で相手を脅して追い払うことができた。

美玲のことだから、どうせろくなことになっていないだろうと、素羽は「家まで送るよ」と佳奈に言う。

佳奈を送り届けてから、素羽が自宅に戻ると、すでに夜の十時を回っていた。

今日一日のゴタゴタで心身共に疲れ切った素羽は、そのままベッドに倒れ込む。深夜、司野から電話がかかってきたことにも気づかず、眠り続けてしまう。

翌朝、素羽は玄関のドアを叩く音で目を覚ます。

慌てた様子の森山が扉の向こうで呼んでいる。「奥様、大変です!美玲様が事故に遭いました!」

その言葉を聞いて、素羽の頭にまず浮かぶのは「また美玲が何かやらかしたのか」という思いだ。

森山は続ける。「美玲様は病院に運ばれました。旦那様がすぐに来てほしいと」

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