Todos os capítulos de 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Capítulo 61 - Capítulo 70

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第61話

向井は馴れ馴れしく詩織の肩に手を置いた。「いやあ、本当に久しぶり!江崎さんはまた一段と綺麗になられた!」「お褒めいただき光栄です」詩織は社交辞令を返しながら、気づかれないようにそっと身を引いて彼との距離を取る。この向井という男、業界では札付きで、金と女に汚いことで有名だった。ただ、投資の目利きだけは確かで、何に手を出しても儲け、この数年で莫大な富を築き上げた。そのため、業界の人間は誰もが彼に一目置かざるを得ない。以前、彼と仕事で関わった時も、向井は何かと詩織に言い寄ってきた。自分と一緒になれば、こんなところで馬車馬のように働く必要はない。毎日買い物や旅行をして、俺の機嫌を取るだけでいい、と。限度額のないブラックカードをくれてやる。家も車も、自家用ジェットだって買ってやる、と。生憎、詩織の心は微動だにしなかった。彼女は相手の顔を潰さないよう、うまく彼をいなした。向井は残念がりこそしたが、それ以上しつこくつきまとうことはなかった。だが、人の本性はそう簡単には変わらない。仕事で顔を合わせるたびに、どうにかして彼女に触れようと隙を窺っている。「さすがは賀来社長、お目が高い!秘書さんはお美しいだけでなく、仕事もできる。私にも江崎さんのような片腕がいてくれたら、賀来社長以上に稼いでみせるんだがなあ!」「向井社長は私を買い被りすぎです。私はただの秘書ですから。社長が今の地位を築けたのは、すべてご自身の努力の賜物ですよ」「江崎さんは謙遜しすぎだ!エイジアがここ数年で当てた案件の半分は、あなたの手柄だってことは、この業界じゃ誰でも知ってるよ。秘書だけやってるなんざ、宝の持ち腐れってもんだ」向井はそう言いながら、またじりじりと詩織ににじり寄ってきた。詩織はグラスを取るふりをして、再び彼から距離を取る。「向井社長、まずは一杯いかがですか」その様子を、離れた場所から志帆が目敏く捉えていた。彼女は隣にいた赤城沙耶に尋ねる。「江崎さんと話しているあの人、誰?」沙耶はそちらに視線を向け、答えた。「ワンスターキャピタルの向井社長ですね。あそこの会社、ここ数年でかなり伸びてますよ。エイジアには及びませんけど、なかなかのものだと聞いています」それを聞くやいなや、志帆はすぐに二人がいる方へと歩き出した。詩織は、なんとか向井の関心を仕
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第62話

その声も表情も、焦りに満ちていた。彼にとって、それだけ大切な人間だということなのだろう。しかし詩織には理解できなかった。ほんの少し姿が見えなくなっただけで、どうしてこれほどまで心配できるのか。「答えろ!彼女はどこにいる!」柊也は苛立ちを隠そうともしない。詩織は彼の剣幕に眉をひそめた。「私が知るわけないでしょう。彼女は三歳児じゃないんですよ。私に見張っている義務なんてありません」すると、横から太一が吐き捨てるように言った。「赤城さんが、あんたなら知ってるって言ってたんだ。あんたに聞かずに誰に聞くんだよ」詩織は眉根を寄せた。二人の物言いは腹立たしかったが、人一人の安全に関わることだ。今は些細なことで言い争っている場合ではない。「先ほど、柏木さんはワンスター社の向井社長と一緒にいらっしゃいました。おそらく、向井社長ならご存知かと」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、柊也の顔が氷のように凍りついた。その冷気に、詩織は思わず身震いする。「江崎、あの向井がどういう男か、お前は知っていたはずだ。なぜ志帆と二人きりにさせた!」それは、紛れもない詰責だった。詩織は一瞬、言葉を失う。詳しい事情も聞かずに、すべての責任を自分一人に押し付けるというのか。太一も向井の悪評は耳にしていたのだろう。途端に血相を変えた。「志帆ちゃんにもしものことがあったら、江崎、俺はお前をぜってえ許さねえからな!」彼はそう言い残すと、志帆が何か事件に巻き込まれたのではないかと、慌てて人影を探しに走り去った。柊也は、底なしの瞳で詩織を睨みつける。「詩織……たとえ彼女のことが気に入らなくとも、あのような汚い手を使うことはなかっただろう」その瞬間、詩織は全身の骨の髄まで、冷たくて苦い海水が流れ込んでくるような感覚に襲われた。柊也の目には、自分がそんな、目的のためには手段を選ばない卑劣な人間に映っていたのか。……この宴の企画責任者である詩織は、誰よりもこのホテルの造りに詳しかった。柊也たちより後から動き出したにもかかわらず、志帆の居場所を先に見つけ出したのは、やはり詩織だった。案の定、志帆は向井に連れられて休憩用の個室にいた。詩織には理解できなかった。なぜ志帆はこうも無警戒でいられるのだろう。男に誘われるがまま個室に入り、二人きりになるな
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第63話

業界に蔓延る汚い裏取引を、この女が知らないはずはなかった。だというのに、わざわざ水を差すような真似をする。その事実が、向井を苛立たせた。男はテーブルのグラスを掴むと、中の酒を躊躇なく詩織の顔に浴びせかけた。「何様のつもりだ、お前は。なんで俺がお前の顔を立てなきゃならん?たかが秘書ふぜいが、俺に指図するな!」不意を突かれ、詩織はなすすべもなかった。氷のように冷たい液体が、顔から首筋を伝ってブラウスの襟元に染み込んでいく。その冷たさが、逆説的に彼女の頭を冴えさせた。「向井社長。お酒も浴びせ、気は済みましたでしょうか。でしたら、こちらは失礼させていただきます。どうぞ、ごゆっくり」そう言い放つと、詩織はぐったりしている志帆の腕を引き、部屋を出た。背後で向井がどれだけ怒り、どれだけ汚い言葉で罵っているかなど、もうどうでもよかった。長い廊下の突き当たりに、慌てた様子の柊也と太一の姿が見えた。二人に気づいた太一が、焦ったように声を上げる。「志帆ちゃん!」その声が合図だったかのように、今まで詩織の肩にもたれかかっていた志帆が、突然ぐいっと詩織を突き放し、よろめく足で柊也の元へと駆け寄っていく。胸に飛び込んできた体を受け止め、抱きしめる柊也。一方、突き飛ばされた詩織は勢いを殺しきれず、横の壁に肩を強く打ち付けた。これ以上ないほど、無様な姿だった。詩織がようやく体勢を立て直した時には、柊也はすでに志帆を腕の中にしっかりと守っていた。その目は、腕の中の女にだけ向けられている。「大丈夫か?」志帆は潤んだ瞳で柊也を見上げ、いかにも傷ついたという表情で訴える。「……あの向井社長が、急に……っ」その言葉に、柊也の眉がぴくりと動いた。彼はゆっくりと顔を上げ、詩織へと視線を移す。先ほどの優しい声色とは打って変わって、冷え切った声が響いた。「江崎、どういうことだ。説明しろ」説明……?何を?説明すれば、この男が聞いてくれるとでも?信じてくれるとでもいうのだろうか?──無駄だわ。詩織は、心の内でそう呟いた。この男は、今何を言っても自分を信じたりしない。それは、痛いほどわかっていた。だから、ただ感情を殺した声で、事実だけを口にした。「申し訳ありません。私の監督不行き届きです」「謝って済むと思うな。江崎、それがお前の仕事の
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第64話

酒で濡れたブラウスが、氷の鎧のように体に張り付いている。向井がまだ何かを言っているようだったが、その言葉はもう彼女の耳には届かない。周囲の喧騒も、遠ざかっていく柊也の後ろ姿も、彼女の世界の中ですべてが混ざり合い、ぼやけていく。何もかもが、色を失っていた。大局を見るため。この一件が及ぼす影響を最小限に抑えるため。志帆の名誉と、エイジアとワンスター社との協力関係を守るため……それどころか、向井社長の面子さえも立てようとした。それなのに、自分自身のことは、すっかり忘れていた。この惨めな姿で、これからどうすればいいのかということさえ、考えていなかった。先ほどまで逆上していた向-井は、今や憐れみと同情の入り混じった目で詩織を見ている。「江崎さん、本当に辞めるつもりかい?」男は、心にもない気遣いの言葉を口にした。詩織は答えず、ただ黙々とティッシュで顔の酒を拭う。「本当に辞めるってんなら、うちにくるかい?ワンスター社が拾ってやるよ」詩織は無表情のまま、言い放った。「私が入社すれば、向井社長はエイジアとの取引を失うことになるかもしれませんわ」その一言で、向井はぴたりと口を噤んだ。これが現実。資本家というものは、誰か一人のために金をドブに捨てるような真似はしない。──賀来柊也も、同じだ。詩織があまりに気の毒に思えたのだろうか。向井は去り際に、意味深な言葉を一つだけ残していった。「あの柏木ディレクター、一筋縄じゃいかない女だ」向井はそれ以上詳しく語らなかったが、聡明な詩織のことだ、いずれ自分の暗示に気づくだろうと踏んでいた。そこへ、密が慌てて駆けつけてきた。酒で濡れそぼった詩織の姿を見るなり、思わず目頭が熱くなる。密が何かを言うより先に、詩織は「大丈夫だから」とだけ告げた。「詩織さん、私の着替えがあるんです。少し大きいかもしれませんけど、このままじゃ体が冷えちゃいます。風邪、ひいちゃいますよ」密は詩織より一回り大きいサイズのため、借りた服は案の定しっくりこない。だぼっとしていて、お世辞にも格好いいとは言えなかった。けれど詩織はそんなこと気にも留めず、再び会場へと戻った。そこでは、ちょうど柊也が志帆を伴ってステージに上がり、スピーチを始めるところだった。さっきまで前後不覚なほど酔っていたは
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第65話

詩織は一瞬だけ息をつき、「ありがとうございます」と礼を言った。京介はステージ上の眩しい二人から視線を外し、穏やかな声で詩織に言った。「もう、見るなよ」詩織はこくりと頷いた。「……うん」……宴会がお開きになったのは、夜も十時を回った頃だった。このパーティーの責任者である詩織は、当然、最後まで残る役目だ。最後の賓客を見送り、ようやく安堵の息を吐いた。密を探しに戻る途中、ふと、太一の話声が耳に入る。彼は、これから出てくるであろう柊也に話しかけていた。「なぁ、柊也。江崎のやつ、本気で辞めるつもりなのかな?それとも、ただの冗談だと思う?」「あの女が本当に会社を辞めたがるなんてさ、俺にはどうも信じらんねぇんだよな」そう言って、彼は嘲るような笑みを浮かべた。「あん時、素直に『いいぞ』って言っちまえばよかったんだよ。そしたらあいつ、どうやって収拾つけるつもりだったかね!あいつのことだからさ、たとえあんたが許したって、なんだかんだ理由つけて残ろうとするに決まってる。万が一辞めたとしても、どうせまた戻ってくる方法を探すって」詩織は彼らを避けるようにして、密の元へと向かった。志帆と太一が外へ出ると、入り口で待っていた京介の姿が目に入った。志帆の目がぱっと輝く。彼女の方から、親しげに声をかけた。「京介、まだいたの?」「京介兄貴は待っててくれたんだよ。じゃあ、俺はお邪魔にならないよう先に失礼する」太一の言葉に、志帆の顔から笑みが消えることはなかった。「じゃあ、二人は先に行って。私は柊也くんを待ってるから。もうすぐ出てくると思うわ」車に乗り込む前、太一は何かを思い出したように、京介を振り返った。「あ、そうだ、兄貴。衆和のパーティー、パートナーはもう決めたのか?役員会の連中は一筋縄じゃいかないからな。パートナーも連れずに顔を出したら、間違いなく誰か女をあてがって、恩を売ろうとしてくるぞ」「……まあ、国内に戻ってきたばっかだし、知り合いもいねぇだろ。だったら志帆ちゃんを誘えよ。信頼できるし、箔もつくだろ」その言葉に、志帆は京介に視線を送った。心のどこかで、期待している自分がいた。衆和のパーティーには、有力な人脈とビジネスチャンスが溢れている。そこでうまく立ち回れば、エイジアでの自分の地位を固めるための、絶好の機会になるかもしれ
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第66話

詩織は四十分近く待ち続け、ようやく一台のタクシーを捕まえることができた。アパートに帰り着いた時には、すでに日付が変わっていた。あまりにも、長い一日だった。詩織は疲れ切った体に鞭打って熱いシャワーを浴びたものの、髪を乾かす気力さえ残っていなかった。ベッドに倒れ込むと、ほとんど同時に意識が遠のいていく。幸い、翌日からの二日間は週末だった。詩織は久しぶりに、アラームをかけずに自然と目が覚めるまで眠った。目を覚ますと、母・初恵の見舞いに行くため、鶏のスープをことこと煮込む。準備を終えて家を出たところで、清掃員のおばさんがぶつぶつと何かを呟いているのが聞こえた。「まったく、誰なの、こんな非常階段でタバコなんて吸う非常識な人は」初恵の回復は順調で、以前よりずっと顔色も良くなっていた。詩織が持ってきたスープを飲むと、初恵は退院したい、と切り出した。理由は、病院は息が詰まるから、というものだ。けれど詩織にはわかっていた。母が本当は、日に日にかさんでいく入院費を気にしているということを。「お母さんが決めることじゃないでしょ。ちゃんとお医者様に従わなきゃ。先生がいいって言う日まで、ここにいること」初恵はそれきり黙り込んでしまった。どうやら、すでに医者に止められて、最後の手段として娘を説得しにきたらしい。「息が詰まるなら、少し外を歩こうか。気晴らしになるでしょ。お天気はあんまりだけど」昨夜から断続的に降っていた雨で、気温はまた一段と下がっている。詩織は初恵に付き添い、病院の隣にある公園をゆっくりと歩いた。途中、ウェディングフォトの撮影をしている若いカップルを見かけ、初恵は思わず足を止めた。その眼差しには、自分の娘の晴れ姿を重ねているかのような、温かい憧れの色が浮かんでいた。詩織の胸が、ちくりと痛んだ。「詩織。あなたと柊也くんは、いつ写真を撮るの?」初恵が期待に満ちた声で尋ねる。詩織の喉がひりついた。「彼……すごく忙しいから、まだいつになるか……」初恵は小さくため息をつく。「柊也くんはお忙しいんでしょうけど……あなたたち、もう七年もお付き合いしてるじゃない。ネットの記事で見たのよ。お付き合いが長くなればなるほど、結婚のタイミングを逃しちゃうんだって。なんだか、お母さん心配で……」その言葉は、鋭い針となって詩
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第67話

それが、詩織と柊也の、初めての出会いだった。あの時の柊也は、まるで一筋の光だった。光の差すことのなかった詩織の世界に、差し込んだ、たった一つの。だからその後の七年間、彼女はその光だけを追い続けた。脇目もふらずに。皮肉なことに、かつて自分を照らしてくれたその光が、後になって、彼女自身を深淵へと突き落とすことになったのだ。……それから数日、詩織は相変わらず定時退社を続けた。そして退社前には必ず退職届を一部プリントアウトし、柊也のデスクに、きっちりと置く。いつか彼の機嫌が良い日にでも、承認のサインがもらえるかもしれない。彼女自身、それが突拍子もない考えであることは分かっていたが。この数日、柊也はほとんど会社に顔を出さなかったため、詩織はつかの間の静けさを手に入れていた。もちろん、志帆もだ。密がこっそりと詩織に耳打ちしたところによると、志帆はこの数日、会社に姿を見せないどころか、タイムカードすら押していないらしい。自由に出入りし、まるで自分がエイジアの社長夫人にでもなったかのような振る舞いだという。詩織は、一つだけ問い返した。「そのこと、賀来社長はご存知なの?」「もちろんです。でも、何もおっしゃらないみたいで……」密はそう言って唇を尖らせ、その不満を隠そうともしなかった。詩織にとって、それは意外なことではなかった。賀来柊也という男にとって、すべての人間は彼の定めたルールの中で生きるべき存在だ。だが、志帆だけは、そのルールの外にいる。彼女だけが、例外なのだ。柊也自身が、それを許しているのだから。しかし詩織の関心は、そこにはなかった。「っていうことは、賀来社長はこの数日、会社に来てたの?」「ええ。でも、だいたい詩織さんが帰られた後みたいですよ」少し奇妙には思ったが、詩織はそれ以上深く考えなかった。彼はエイジアのトップだ。勤務時間が他の社員より自由なのは当然だろう。だが一つだけ、確信できることがあった。会社に来ている以上、彼女の退職届を目にしているはずだ。木曜日、京介が詩織を食事に誘った。今度のパーティーで想定される質疑について、事前に答えをすり合わせ、無用なトラブルを避けたいという名目だった。そのため、詩織はいつも通り定時で退社するつもりでいた。だが、退社時間の間際に柊也
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第68話

まさか、そんなことを言われるなんて。それも、京介の前で。詩織の胸の奥で、抑えつけていた怒りが、ぐつぐつと煮え立った。また、エイジアの規則。この男は、いつだって私にだけ、エイジアの規則を突きつけてくる!結局、規則を守るべき人間なんて、最初から最後まで、この私ただ一人だったのだ!空気が張り詰め、三者の間に気まずい沈黙が落ちようとした、その時だった。詩織は、ためらうことなく、手にしていた退職届を柊也の目の前に突きつけた。「これで就業時間は終わりです。もう、エイジアの規則に従う必要はありませんわよね?賀来社長!」そう言い放つと、彼女は柊也の表情を見ることなく、きびすを返して自分のデスクへと向かった。今の柊也は、お世辞にも機嫌が良いとは言えなかった。氷のように冷たい空気をまとっている。京介の視線は、柊也の手に渡った退職届に注がれていた。「柊也。俺の知る限り、詩織はとっくに君に辞意を伝えていたはずだが?なぜまだ受理しない?」「これは、エイジアの問題だ」柊也は退職届を無造作にしまうと、感情の読めない表情で言い放った。全身から放たれる威圧感が、息を詰まらせる。「君には関係ない」「もちろん、君の会社の内部事情に口を出すつもりはないさ」京介は、薄く笑ってそう答えた。柊也は、抑揚のない声で返す。「ならばいい」京介は穏やかな笑みを崩さない。だが、その目は少しも笑ってはいなかった。「友人として、一つだけ忠告しておくよ。彼女が本気で去ろうと決めたなら、君に引き止めることなんてできない」……衆和主催のパーティー当日、詩織が会場に着いたのは、約束の時間より少し過ぎた頃だった。都心の慢性的な渋滞に、思いのほか時間を食われてしまったのだ。このパーティーの主役である京介は、各所への挨拶回りに追われているため、エントランスまで迎えには来られない。詩織の方からそれを断り、一人で会場へ向かうと伝えてあった。だが、まさか、会場の入り口で太一と志帆の二人にでくわすとは、詩織も予想していなかった。太一は志帆を迎えにわざわざ外へ出てきていたらしい。そこで詩織と鉢合わせするとは、彼も思ってもみなかったようだ。「……なんでどこにでもいんだよ、お前」周囲に誰もいないのをいいことに、太一は詩織への嫌悪感を隠そうともしない。「まるでハエだな
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第69話

ちょうどその時、京介から詩織に着いたかと訊ねる電話がかかってきた。詩織は電話に出ると、そのまま会場の中へと入っていった。それを見送った志帆が、太一に尋ねる。「どうして彼女がここに?衆和が招待したのかしら」太一は鼻で笑った。「まさか!どっかから招待状でもくすねてきたんだろ。あの女、ずる賢いからな。どうせ人脈目当てに決まってる」志帆もそう推測していたため、太一の言葉を聞いて一層その確信を深める。「彼女みたいに、下からのし上がってきた人間は、どんなチャンスも見逃さないものよ。だって、一度逃したら次はないかもしれないものね」詩織に言い負かされたばかりの太一は、機嫌が悪かった。「あの女の話はよせよ。幽霊みたいにいつまでも付きまとってきやがる。俺が柊也だったら、とっくにクビにしてるぜ!」「柊也くんは、公私をきっちり分ける人だから。江崎さんが何かミスをしない限り、彼の方から誰かを解雇するなんてことはないわ」太一は悔しそうに顔を歪めた。「まあ、そうだけどよ……柊也は真面目すぎるんだよな。だから、江崎みたいな腹黒い女にいいようにされるんだ!」「もう、彼女の話はやめましょう。それより、京介は、パートナーを連れてきてる?」志帆にとって、関心事はそちらだった。太一は即座に首を横に振った。「いや、いないいない。彼が連れてこれる女なんていねえって。もし連れてくるとしても、志帆ちゃんしかいないだろ。あんたくらいしか、サマになる女はいないっての!」志帆は満足げに笑みを深めた。「さ、行きましょう。京介に、就職祝いのプレゼントを持ってきたの」二人が会場に入ると、ちょうど京介が詩織を出迎えたところだった。二人は何やら言葉を交わしている。志帆は優雅な足取りで二人に歩み寄り、京介に声をかけた。「京介、おめでとう。プレゼントを持ってきたの。衆和でも、素晴らしい活躍を期待しているわ!」「ありがとう」京介は贈り物を受け取ると、そのまま、傍らに控えていたアシスタントに手渡した。中身を改める素振りすら見せない。京介が喜んでくれると期待していた志帆は、その無関心な態度に、瞳の奥に失望の色をよぎらせた。「京介、開けてみないの?」「今は少し立て込んでいるから。後でゆっくり見させてもらうよ」その言葉を聞いて、志帆はすぐに気を取り直して表情を和らげる。「どうせ
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第70話

柊也が京介に挨拶を交わす間、詩織は黙って京介の隣に寄り添っていた。無意識に気まずさを感じ、詩織は知らず知らずのうちに、京介の腕を強く握りしめていた。柊也と、まともに視線を合わせることができない。だがすぐに、それは自分の考えすぎだったと悟る。柊也は、彼女が誰のパートナーであろうと、全く意に介していないのだ。それどころか、こちらを一瞥だにしなかった。京介との挨拶を終えると、彼はまっすぐに志帆の元へと歩み寄っていく。彼の存在にまだ心を揺さぶられてしまう自分が、詩織はもどかしくて仕方なかった。けれど、と自分に言い聞かせる。関係を完全に断ち切り、気持ちを整理するには、時間がかかるものだ。焦ることはない。少なくとも今の自分は、以前よりずっとうまくやれているのだから。……柊也が現れたことで、志帆は自信を取り戻した。パーティーの間中、彼女が柊也の腕を放すことは一度もなかった。資本市場における柊也の地位は高く、この江ノ本市でも指折りの若き金融界の寵児である。どこへ行っても、彼は注目の的だった。その隣に立つ志帆にもまた、多くの視線が注がれることになる。詩織が化粧室から戻る途中、志帆の素性について噂話をする声が聞こえてきた。「賀来さんの隣にいらっしゃる柏木さんという方、どなたかご存知? 賀来さんが甲斐甲斐しくエスコートしているご様子だけど、どうもただの関係ではなさそうね」「ご存じない? あの御令嬢は、賀来家の将来の縁談相手と見て間違いないでしょう。柏木長昭氏の娘さんですよ」相手は長昭を知っているらしく、内情にも詳しそうだ。「柏木氏がここ数年で飛躍なさったのは確かですが、それでも賀来家と比べるには、まだ大きな隔たりがあるのでは?」長昭は数年前まで地方に赴任しており、江ノ本市に戻ってきたのは一年ほど前のこと。それも、役職は据え置きのままだった。一般人から見れば、長昭は高い地位にあると言えるだろう。しかし、名家と呼ばれる家柄の門をくぐるには、まだ程遠い。「その柏木氏の御令嬢のために、賀来さんが自ら人脈を紹介し、これほどまでに庇護している。考えられる理由はただ一つ。彼は、あの柏木嬢に本気だということです。そばに置いて、ひとときの快楽を貪るためだけの、都合のいい玩びとは訳が違う」「なるほど……今後は、柏木部長と
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