なんだかんだ言っても、七年間、朝も夜も共にしてきた二人だ。その程度の阿吽の呼吸は、まだ残っていた。柊也は詩織の意図を正確に読み取り、初恵に向き直ると穏やかに説明した。「実は今、出張から戻ったばかりでして。詩織には連絡もせず、まっすぐこちらへ来てしまったんです」「まあ、そうだったの。それなら早くお家に帰って休まないと。出張なんて疲れるでしょう、うちの詩織だって、帰ってくるたびにげっそり痩せちゃってるんだから」「彼女には苦労をかけます」その言葉が、詩織の耳にはひどく耳障りで、白々しく響いた。……たいした役者ね。見目も良いのだから、いっそ俳優にでもなればよかったのに、と詩織は心の中で毒づいた。初恵に促される形で、柊也は長居はせず、席を立とうとした。どうせ、これから「本命」の未来の義母のもとへ駆けつけるのだろう、と詩織は冷めた目で見ていた。初恵が、送って差し上げなさい、と詩織に言う。「送る必要ないわよ。道くらいわかるでしょ」詩織はあからさまに嫌な顔をした。そんな娘を、初恵がぴしゃりと睨みつける。「早く、行きなさい!」「……わかったわよ」詩織は仕方なく立ち上がり、彼を見送ることにした。当の柊也は、それを当然と受け止め、少しも遠慮する素振りを見せない。まったく、面の皮が厚いにもほどがある。詩織は柊也をエレベーターホールまで見送ると、病室にいる初恵にはもう聞こえないと確信した途端、すっと顔から笑みを消し、その表情は瞬く間に氷のように冷たくなった。その豹変ぶりを、柊也は見逃さなかった。彼は目を細め、詰問するような口調で切り出す。「随分と、俺に会いたくないようだな」詩織は思わず天を仰ぎたくなった。……やっと気づいたの、と心の中で呟く。だが、彼が来てくれたおかげで、母からの追及を躱せたのもまた事実だった。「……ご冗談でしょう、社長」詩織は肯定も否定もせず、ただ冷たく言い放つ。柊也はその態度を追及せず、続けた。「病院側には話を通してある。お前のお母さんのことは、万全の態勢で診てくれるはずだ」詩織の唇の端が、嘲るように歪んだ。「母はここにはいません。だから、お芝居はもう結構です」「……どういう意味だ」柊也の眉がぴくりと動き、声の温度が数度下がる。詩織はもう、取り繕う気など微塵もなかった。「とぼけるの
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