七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した의 모든 챕터: 챕터 71 - 챕터 80

100 챕터

第71話

エイジアをまだ辞められていないと知ると、沙羅は眉をひそめた。「賀来さんは一体何を考えてるの?しかるべき待遇も役職も与えないくせに、辞めさせもしないなんて……あまりに卑劣じゃない?」詩織はそんな気の滅入る話を続けたくなった。代わりにAIプロジェクトの話題を切り出す。沙羅はすぐに興味を示し、二人はしばらくその話に没頭した。このプロジェクトは以前から詩織が担当しており、久坂智也の次に詳しい人物だった。彼女の語る多角的な分析と評価は、非常に専門的だ。沙羅は感心して、思わず尋ねた。「あなた、もしかして大学でコンピューターサイエンスを専攻してた?」詩織は静かに首を横に振る。「だって、あまりにも専門的なお話だったから、てっきりその道のプロなのかと思ったわ」「プロジェクトを手掛ける前には、まずその案件をあらゆる角度から調査・分析するようにしています。投資すべきか、様子を見るべきか、あるいは見送るべきかを見極めるためです。ですから、他の人よりは少し詳しくなりますが……しょせんは聞きかじった知識。専門家だなんて、とんでもないです」元々詩織の人柄に惹かれていた沙羅は、そのプロフェッショナルな姿勢を目の当たりにして、即決した。「このプロジェクト、出資するわ!」「で、でも、まだ具体的なお話も……」「必要ないわ!あなたの慧眼を信じてるもの!」沙羅は、詩織に全幅の信頼を寄せている。詩織は胸がいっぱいになった。「ありがとうございます。では、後日改めて、詳しいお話をさせてください」「ええ、もちろん。今週いっぱいは江ノ本市にいるから、いつでも声をかけて」詩織が沙羅とグラスを合わせようとした、その時だった。後ろから、棘のある粘っこい声が聞こえてきた。太一だ。「いやあ、世の中にはとんでもない恩知らずもいるもんだな。飼い主の手を噛むような真似をしてさ」「あなた、江崎さんにそんな言い方はやめて」志帆の声は、一見すると詩織をかばっているように聞こえる。だが、太一は名指ししたわけではなかった。彼女がそう言ったことで、その言葉が誰に向けられたものかが、確定してしまった。「俺は間違ったこと言ってねえだろ!まだエイジアの社員のくせに、社外の人間とつるんでプロジェクトを横流ししようとしてやがる。ひょっとしたら、前からインサイダー取引みたいな真似を
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第72話

その場にいた誰もが、耳を疑った。詩織自身も。しかし、同時に、解放されたような安堵が胸に広がった。ようやく、ここまで来たのだ。本当は、自分が何をしても間違いだと責められるようになったあの時から、気づいていた。間違っているのは、自分ではない。柊也との関係そのものが、とっくの昔に終わりを迎えていたのだ。詩織は、静かに、そしてはっきりと告げた。「……はい。月曜日、必ず、時間通りに伺います」詩織が去ってからしばらく経った後、太一はようやく、眉をひそめて呟いた。「嘘だろ……あの女、本気で辞める気あんのか?」どのみち、太一には信じられなかった。「柊也、月曜日、遊びに行くからな」この面白い見世物を、見逃すわけにはいかないと、太一は心に決めていた。「好きにしろ」柊也の声は冷え冷えとして、何の感情も読み取れなかった。この夜のパーティーは、詩織にとって大きな収穫があった。そして、何よりの収穫は、柊也が遂に退職を認めたことだった。だから、パーティーの後半、詩織は心ゆくまで杯を重ねた。京介が止めていなければ、きっと記憶がなくなるまで飲み続けていただろう。「帰ったら、何か二日酔いに効くものでも飲んでおかないと。でないと、明日の朝、頭が痛くなるぞ」京介が、心配そうに詩織を諭す。「わかってるってば、先輩。誰かに言われたことない?先輩って、すっごく口うるさいって!」ほろ酔いの詩織は、普段よりも少しだけ素直になっていた。「……今、俺のこと、なんて呼んだ?」京介の足が、ぴたりと止まる。「……ちょっと、気持ち悪いかも」「……」人前で彼女に恥をかかせるわけにはいかないと、京介は詩織を支えて化粧室へと向かった。「一人で大丈夫か。何かあったら、すぐに呼べよ」女子用の化粧室では、さすがに彼も中までは入れない。結局、詩織は吐かなかった。パーティーの最中、純粋にアルコールだけを摂取するのではなく、京介に促されるままに食事も摂っていたのが幸いしたのかもしれない。京介をあまり待たせてはいけないと、さっと顔を洗って外へ出ようとした、その時だった。扉のすぐ外の廊下から、会話が聞こえてきたのは。よりによって、一番聞きたくない声だった。太一の、あの品のない大声だ。「志帆ちゃん、心配すんなって。月曜は、俺がエイジアに行って、
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第73話

本当に、目が覚めるようだわ。詩織は、肩にかけられた上着をぎゅっと引き寄せた。男の人って、時には上着一枚にも劣るのね、と心の底から思う。少なくとも、こんな冬の夜に、この上着は冷たい風から私を守ってくれるのだから。ワインは後から効いてくる。詩織が家にたどり着いた頃には、頭がふらふらしていた。ドアに凭れかかり、しばらくガチャガチャと格闘して、ようやく鍵を開けることができた。幸い、鍵を忘れてこなかった。でなければ、家に入ることすらできなかっただろう。アルコールのせいでぼんやりとした頭で、詩織はそんなことを理不尽に思った。これも全部、柊也のせいだわ。彼が勝手に合鍵を作ったせいで、鍵を交換する羽目になった。だから、いちいち鍵を持ち歩かなきゃいけなくなったのだ。本当に、面倒くさい。アルコールは、ひどく喉を渇かせる。こういう時に限って、冷蔵庫のミネラルウォーターは空っぽだった。詩織は酔うと氷水が欲しくなる質で、仕方なくデリバリーサービスで水を注文した。注文してから、十分ほどでドアベルが鳴る。ずいぶん早い到着だこと。詩織は何も疑うことなく、玄関のドアを開けた。しかし、そこに立っていたのは、配達員ではなかった。賀来柊也、その人だった。詩織は、ほとんど本能的に、ドアを閉めようとする。だが、柊也の方が一瞬早く、差し出された足がドアに挟まって、それ以上は閉まらなくなった。人感センサーの頼りない橙色の光の中で、柊也の胸が静かに上下している。詩織が「何の御用です……」と言い終わる前に、男は彼女の顎を掴み、問答無用で唇を塞いできた。優しさなど、微塵も感じられないキスだった。彼の口内から、強いアルコールの匂いがする。また、パーティーで志帆のために酒を飲んだのだろう。その事実が、詩織に吐き気にも似た不快感を覚えさせた。彼女は腕を振り上げ、柊也の頬を思い切り引っぱたいた。乾いた音が、静かな玄関に響き渡る。けれど、アルコールで力の入らない平手打ちは、彼の目を覚まさせるどころか、かえってその獣性を煽る結果にしかならなかった。この手の事において、柊也は常に支配者だった。ましてや、詩織が酔っている今、抵抗などできるはずもない。ベッドに乱暴に投げ出された衝撃で、彼女の意識は完全に混濁した。柊也は詩織に息つく暇さ
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第74話

今夜の柊也は、疲れを知らなかった。まるで獣のように、彼女の腰にいくつもの歯形と、指の跡が赤く残るほどの抓り痕を刻みつけていく。詩織もまた、負けじと彼の首筋に、消えない印を刻みつけた。彼は理性を失い、ますます際限がなくなっていく。詩織はシーツを強く握りしめるしかなかった。その指先が、布地にいくつもの乱れた皺を作り出す。やがて、彼女の体力は尽きた。諦めたように目を閉じ、彼のなすがままに身を任せる。土曜日の朝、詩織は初恵を退院させるために、病院へ行かねばならなかった。だから、いつもより早く目が覚めた。一晩中続いた行為のせいで、ベッドから起き上がろうとすると、両脚ががくがくと震える。詩織が歯を磨いていると、柊也が洗面所に入ってきて、ごく自然に後ろから彼女の腰を抱いた。「……もう少し、一緒に寝よう」詩織は応えず、黙々と口を漱ぐ。それから鏡越しに男を見据え、一言一言、区切るように言った。「ただの、お別れのセックスでしょ。何をそんなに、名残惜しそうにしてるの?」まだ眠たげだった男の目が、その言葉を聞いて、カッと見開かれた。彼は瞳を細め、数秒間彼女をじっと見つめてから、ようやく口を開く。「……まだ、機嫌が直らないのか」――つまり、彼は、私を「なだめる」ために、昨夜あんなに激しかったというの?確かに激しくはあったけれど、その力の使いどころは、明らかに間違っている。詩織はゆっくりと、彼の腕の中から自分の体を抜き出した。その声色は、かつてないほどに平坦だった。「機嫌が直るも何も、ただお互いの欲求を満たしただけでしょう?」柊也の眼差しに、危険な光が宿った。「……欲求を満しただけ、だと?」「ええ、そうよ」詩織はくるりと振り返り、彼の顔を真正面から見つめる。「お互い、もう大人でしょ。賀来社長ともあろう方が、まさか、その程度のルールもご存じない、なんてことはないわよね?」柊也の表情から、温度というものが完全に消え失せた。温もりのひとかけらも残っていない。三十秒ほど無言で見つめ合った後、彼は身を翻して出て行った。ドアが叩きつけられるように閉まる、その凄まじい音を聞いた瞬間、詩織の全身から、すっと力が抜けていった。ほらね。人にもう何も期待しなくなれば、失望することも、少しもないのだから。その日は、雲一つない晴天だった。
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第75話

この男もよほど暇なのだろう。わざわざ詩織がどんな無様な姿を晒すのか、それを冷やかしに来たに違いない。あいにく、その期待に応えてやるつもりは毛頭ない。「よう、江崎。まさか俺様が登場するとは思わなかっただろ?」太一はいつものように、人を小馬鹿にしたような口調でからんでくる。詩織は相手にするのも億劫で、無視して自分のデスクへと向かう。太一は金魚のフンみたいにぴったりと後をついてくる。「この土日、ずーっと考えてたんじゃないのぉ?どうすればこのエイジアにしがみついていられるか、ってさあ」詩織は冷たい視線で一瞥する。だが太一は、それを肯定とでも受け取ったのか、得意げに胸をそらした。「なんだよ、図星か?逆ギレしちゃって。言っとくけどな、江崎。あんたがごねようが喚こうが、今日は絶対に出てってもらうから。この俺が、きっちり見届けてやるよ」言葉とともに、人差し指と中指を立てて自分の両目を指し、その指先をぐいっと詩織に向ける。「ずぅーっと、この目でな!」詩織はパソコンの電源を入れると、まず最初に退職届のデータを呼び出し、印刷ボタンを押した。これまでにも嫌というほど提出してきたが、柊也がまともに保管している保証などどこにもない。万全を期すため、改めてもう一部用意するのだ。「あら、太一。どうしてここに?」声の主は、柊也と連れ立って現れた志帆だった。太一は世紀の大発見でもしたかのように、わざとらしく目を見開く。「へえ、朝っぱらからお二人さん揃ってご出勤とは。……ってことは、もしかして俺が想像してるとおりだったりする?」言い終えると、彼は詩織の反応を窺うように、ちらりと意地の悪い視線をよこす。しかし、詩織は完全に無反応だった。彼女が考えていたのは、まったく別のことだった。柊也は志帆と同棲しているはず。なのに、どうしてあの夜は……何年も女に触れていないみたいに、あんなにがっついていたんだろう。まるで飢えた獣のようだった。あれから二日も経つのに、腰のあたりにけだるい痛みが残り、まだ脚の力が抜けそうだ。印刷ボタンを押すと、詩織は静かに席を立ち、プリンターへと向かった。太一は鼻で笑う。「へっ、よくやるぜ」声の大きさこそ控えめだったが、その場にいた全員の耳に届くには十分な声量だった。「せいぜい強がってろよ。後で泣きつい
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第76話

詩織はそんな柊也の態度を意に介すことなく、太一の手から退職届を取り返すと、まっすぐ人事部へと向かった。「……嘘だろ」去っていく詩織の後ろ姿を見つめながら、太一はまだ、すべてが芝居なのではないかと疑っていた。志帆は柊也の後を追ってオフィスに入った。「柊也くん、本当にいいの?江崎さんを行かせちゃって」「惜しむことなど何もない。秘書が一人辞めるだけだ」感情の欠片も感じさせない、突き放すような口調だった。志帆は数秒間、柊也の顔をじっと見つめる。その無表情の裏に隠された真意を、探るかのように。一昨日、柊也が志帆の母親の退院手続きのために病院へ来てくれた時、彼の首筋に艶かしい痕跡が残っているのを、志帆は見逃さなかった。その発見は、彼女の心をひどくざわつかせた。しかし、ここで男を問い詰めるのがいかに愚かなことか、志帆はよく分かっている。嫉妬は、男をうんざりさせるだけだ。だから、気づかないふりをした。それでも、心の奥で燃え盛る危機感は消えない。あの痕をつけた女は、一体誰……?まさか、江崎詩織?もしそうだとしたら、なぜ柊也はあんなにもあっさりと彼女を手放すのだろうか。そこへ、太一が騒々しくオフィスに入ってきた。ちょうどその時、柊也のデスクの内線電話が鳴る。人事部長からだった。もちろん、用件は詩織の退職についてだ。詩織はエイジアの創業期を支えた功労者だ。一介の秘書という肩書きではあるが、その社内での地位も影響力も、並の社員の比ではない。人事部長としても、独断で処理するわけにはいかず、最終確認のために電話をかけてきたのだ。だが、柊也の反応は、人事部長の予想を完全に裏切るものだった。「すべて社内規定通りに処理しろ」「か、賀来社長……辞職を申し出ているのは、江崎詩織さんですが……」おそらく、自分の聞き間違いだと思ったのだろう。人事部長は恐る恐る、そう付け加えた。すると、先ほどよりもさらに冷え切った声が、受話器の向こうから響いた。「聞こえなかったか?誰であろうと、すべて規定通りに処理しろと言ったはずだ。いちいち俺に報告する必要はない!」柊也はそう言い放つと、一方的に電話を切った。受話器の向こうで気まずそうに固まる人事部長の様子を察し、詩織は平然とした態度で告げる。「規定通りに、手続きをお願いします」
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第77話

二人は甲斐甲斐しく「沙羅お姉さん」と呼びかけ、一人は皮を剥いた葡萄を、もう一人はグラスに注いだ酒を、代わるがわる彼女の口元へと運んでいる。すっかりご満悦な様子の沙羅は、詩織に気づくと陽気に声をかけた。「あら、江崎さん!遠慮しないで、好きなタイプの子を呼びなさいよ。今夜は私の奢りだから、パーッとやりましょ」「お気持ちだけいただきます、桐島社長。でも、私はこういうのはちょっと……」詩織が苦笑いを浮かべて断ると、沙羅は意味ありげにニヤリと笑った。「そうよねえ。賀来社長みたいな極上の男を一度でも知っちゃうと、他の男なんて味気なく感じるか」その言葉にどう返すべきか分からず、詩織は水を飲むふりをして気まずさを紛らわす。しばらくホストたちとの戯れを楽しんだ後、沙羅は「ちょっと席を外して」と二人を部屋から出した。邪魔者がいなくなったところで、詩織は本題であるプロジェクトの話を切り出した。「それで、エイジアを辞めたってことは、これからは独立するの?それとも、どこか別の会社に?」沙羅が最も気にかけているのはその点だった。「転職するつもりです」それが詩織の出した結論だった。今の自分に起業するほどの力はなく、人脈にも限りがある。仮に柊也からの妨害がなかったとしても、独立のリスクはあまりに高い。総合的に判断して、転職するのが最も賢明だと考えたのだ。すでにヘッドハンターの城戸渉に依頼し、いくつかの優良企業をリストアップしてもらっている。人事担当者とも事前に話をしており、いずれも感触は悪くない。「……群星グループ?」以前、詩織が群星の春日井社長と接触していたことを、沙羅は覚えていた。「ええ。提示された条件は、いくつか候補がある中でも群星グループが一番でした」詩織は正直に答える。「ってことは、このプロジェクトは群星で進めるってことね?」「はい、そのつもりです」沙羅はソファに深くもたれかかった。「江崎さん、正直に言うわね。群星グループは今、資金繰りが悪化してるの。このプロジェクトを群星の代理として持ってきたんなら、この話はなかったことになるかもしれない」詩織は、思わず息を呑んだ。「群星は表面上のデータは完璧に取り繕ってるから、知ってる人間は少ないんだけどね。私も特別なルートで掴んだ情報なの。分かるでしょ、私も商人だから」
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第78話

まるで柊也に見せつけるかのように、太一はわざと一歩横にずれる。中の様子が隅々まで見えるようにしてやりながら、彼は詩織への嘲りを止めない。「ったく、人は見かけによらねえもんだな。柊也の前じゃ猫被ってお高くとまってるくせに、裏じゃ誰よりも遊び慣れてやがる!こりゃ見くびってたぜ!」「柊也くん、ごめんなさい!さっき太一に部屋番号を伝え間違えちゃったみたいで。もしかしたらって、慌てて探しに来たの」そこへ、追いかけるように志帆の声がした。随分と賑やかなことだ。どうやら柊也は志帆と会うつもりでここへ来て、手違いで詩織のいる部屋の前にたどり着いたらしい。「9208号室じゃなかったのかよ?」「ううん、8926号室よ」9208と8926。階数すら違うのに、それを間違えるとは。WTビジネススクールとやらの博士号の信憑性も疑わしいものだ。「あら、江崎秘書」志帆は今初めて気づいた、というように驚きの声を上げた。すぐに、詩織がもう退職したことを思い出したのか、慌てて言葉を訂正する。「ごめんなさい。もう退職されたんでしたわね」彼女の視線が、好奇心に満ちて部屋の中をさまよう。明らかに、この状況を楽しんでいる。いや、それどころか——この状況を「見届ける」ために、わざと。わざと部屋番号を間違え、柊也をここに誘導し、詩織がホストを侍らせているこの場面を見せつける。……本当に、ご親切なことだ。「私たち……江崎さんのお邪魔をしてしまいましたかしら?」口調こそ申し訳なさそうにしているが、その表情は隠しきれない愉悦に歪んでいた。柊也は、ずっと何も言わずに、詩織から少し離れた場所に立っている。その瞳は深く、墨を流し込んだように漆黒だ。薄い唇は真一文字に引き結ばれ、顎のラインは硬くこわばっている。全身から放たれる、刺すような冷気。その場を支配する気圧は異常なほどに低く、あれほど饒舌だった太一さえもが、その威圧感に言葉を失っていた。空気を読んだ沙羅が、この気まずい状況をなんとか取り繕おうと口を開きかけた、その時だった。詩織が、彼女より一足先に言葉を発した。その声は、凪いだ水面のように穏やかで、何の感情の揺らぎも感じさせない。詩織は、左隣に立つ、柊也に三、四分ほど面影が似たホストに問いかけた。「一晩付き合ってもらったら、おい
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第79話

結果は、沙羅の言った通りだった。すでに市場から撤退したはずの旧プロジェクトが、いまだに収益データとして計上されている。明白な粉飾決算だ。この手の会社に多少の「水増し」はつきものだが、それはあくまで水面下での話。これほど堂々と表に出しているということは、もはや隠しきれないほど経営が傾いている証拠だ。詩織は、群星グループを候補から外さざるを得なかった。そんな折、群星の春日井社長から、あろうことか詩織の携帯に直接電話がかかってきた。「いつから出社できるか」と尋ねる、気の早い催促だった。詩織は適当な理由をつけて、その場をなんとかやり過ごした。春日井の本当の狙いは、別のところにあった。詩織を雇うことなど二の次で、エイジアの内部情報を探ろうと、遠回しに質問を重ねてくる。どうやら、彼は詩織を通して、柊也とエイジアに近づきたいらしい。「いやなに、うちの会社もですね、試用期間にはそれなりの目標設定がありましてね。江崎さんが入社された暁には、いくつのプロジェクトを引っ張ってきてもらえそうかな、と」「申し訳ありません、春日井社長。私、エイジアとは競業避止義務契約を結んでおりますので」「分かってます、分かってますとも!業界のルールですからな。ただ、私の言いたいのはですね、あのエイジアほどの巨大グループなら、プロジェクトなんて掃いて捨てるほどあるでしょう。その中から、ほんの少しおこぼれを頂戴できれば、我々のような中小は生き残れる。いわゆる、大樹の陰ってやつですよ」春日井は、もはや己の下心を隠そうともしない。「それに、あなたと賀来社長のご関係なら、一つ二つプロジェクトを融通したところで、彼も目くじらは立てないでしょう。男ってのは多かれ少なかれ、昔の女には情が残るものですからなあ」詩織の心は、冷たく谷底へと沈んでいった。しかし、これですらまだ、最悪の事態ではなかった。その後数日間、詩織はリストアップされていた他の企業の人事担当者とも面接を重ねた。だが、彼らの目的は春日井と寸分違わぬものだった。誰もが、詩織の背後にあるエイジアという存在にしか興味を示さない。彼女は仕方なく基準を下げ、より小規模な投資会社にも連絡を取ることにした。詩織に華やかな学歴はないが、その職務経歴は誰が見ても申し分ないものだった。そのため、当初は好条件
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第80話

「それにしても、賀来柊也ってマジでありえない!7年よ!7日でも7ヶ月でもない、まるっと7年!なんでそんな酷いことができるわけ!?」通話を終えると、ミキは空港からタクシーを飛ばし、詩織がいる場所まで迎えに来てくれた。そして、そのまま彼女を自分のマンションへと連れて帰る。詩織が落ち込んでいる時、ミキは時間が許す限り、いつも手料理を振る舞ってくれた。ミキは、誰もが振り返るほどの美貌とスタイルを持ちながら、料理の腕もプロ級なのだ。彼女が作る料理には、不思議と人の心を癒す力があった。ミキはいつも、詩織の心の状態に合わせてメニューを決める。普通の落ち込みなら、三菜一汁。少し重症なら、五菜一汁。そして、どうしようもなく詩織が傷ついている時には、食卓が乗り切らないほどのご馳走を作って、腕を振るうのだ。今夜が、まさにそうだった。長旅で疲れているはずなのに、ミキは休む間もなくキッチンに立ち、次から次へと詩織のために料理を作っていく。「ミキ、もう十分だよ!こんなにたくさん、食べきれないって!」これ以上無理をさせたくなくて、詩織は慌てて彼女を止めた。ミキは詩織の表情をじっと見つめ、さっきよりは落ち着いていることを確認すると、ようやく手を洗ってテーブルについた。「少し、飲む?」詩織が尋ねる。以前は、こうして二人でささやかな晩酌をすることもよくあった。しかし今回、ミキはきっぱりと首を横に振った。「ダメ。あんた、胃が弱いんだから。それに体も弱ってるし、飲まない方がいい。それより、このスープたくさん飲んで。胃に優しいから」詩織はミキに逆らえず、おとなしくスープを口に運んだ。考えてみれば、酒はたしかに魅惑的だが、体を蝕む毒でもある。まるで、柊也のように。だから詩織は酒ではなく、スープを選んだ。夜、ミキと詩織は一つのベッドに潜り込み、とりとめのない話をした。親友が隣にいてくれる安心感からか、詩織は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。夢も見ない、穏やかな夜だった。翌朝、詩織が朝食を終えたところに、吉来キャピタルと名乗る会社の人事担当者から電話があった。面接に来てほしいという、嬉しい知らせだった。ようやく、新たな一歩を踏み出せる。吉来キャピタルの規模はエイジアに遠く及ばないが、特定の分野では確固たる地位を
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