司はふだん感情を表に出さない。だが、このときばかりは抑えがきかず、どこか取り乱れている。轟音と怒号が響き、オフィスの外にいた事務員は顔色を失った。手にした書類を見下ろし、ノックする勇気が出ない。「それ、私にちょうだい」不意に現れた梨紗が事務員の手から書類を受け取る。「私が中へ持っていくわ。あなたは他の用事を」事務員は救われたようにほっとして、梨紗に一礼した。「芹沢様、ありがとうございます」梨紗は微笑んだ。司から与えられた特権で、会社のどこへでも自由に出入りできる。彼のオフィスに入るのにさえノックは要らない。書類を手に、彼女はそのまま扉を押し開けた。だが、目の前の光景に息を呑んだ。司の顔は土気色にこわばり、血走った目でスマホを射抜くように見据えている。手から滲んだ血が、シャツの袖口を赤く染めていた。「司、何してるの?自虐でも始めたわけ?」梨紗は気持ちを立て直し、いつもの高慢な口ぶりでそう言った。司はその声に顔を向け、冷たい視線を投げた。その鋭さに、梨紗は思わず一歩後ずさる。「昨日の宴会、行くなって言うから、ちゃんと言うこと聞いたわ。でも教えて。澪とはもう離婚してるのに、どうして彼女にサプライズを用意するの?」梨紗は平静を装いながら彼のそばへ歩み寄り、書類を机の上に置いた。「言ったはずよ。私と一緒にいるなら心も体も全部、私だけに向けて。澪みたいな女と同じ男を共有するなんて、私は絶対に受け入れない。あの女にそんな資格はないの。それでもだらだら未練を引きずるなら、私たち、別れよう」怒りに任せて背を向けた梨紗は、司がいつものように慌てて宥めに来るのを待った。これまで何度も「別れる」と口にするたび、彼は決まって動揺していたのだ。だが、その言葉が落ちたあと、オフィスは水を打ったように静まり返った。司は立ち上がった。だが宥めることはせず、冷たい視線で彼女の背中を射抜く。背筋に冷たいものが走り、梨紗は反射的に振り返った――そのまま司の胸にぶつかった。「謝らなくていい、私は……」梨紗の言葉が終わる前に、司の手が彼女の喉を掴んでいた。「お前ごときが、うちの澪と張り合うつもりか?俺が甘やかしてやるから持ち上げられているだけだ。俺が見放せば――お前なんて泥よりも価値がない」淡々とした司の声は氷のように
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