忘れられた初恋、君を絶対に手放さない のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

65 チャプター

第8話

仕事を終え、会社を出ると奏が車の中から手を振っているのが見えた。 「お待たせ。待たせちゃった?」 「いいえ。私も今来たところです」 助手席のドアを開け、スマートにエスコートしてくれる。会社の前と言うこともあり、チラホラ知った顔が視界に入る。その顔は、驚きと興味で輝いていた。 (……場所を間違えたな……) これは週明け面倒くさそうだと、今から頭が痛い。 「ははっ。次、会社に来るのが憂鬱って顔してる」 「……次は場所を考えます」 奏の方は楽しそうに笑っているが、柚の方はとても笑える状況じゃない。本当の恋人ならまだしも、この人は仮初の恋人……下手な誤解は招きたくない。 「僕と一緒なのを観られたらまずい人でもいるの?」 「い、いませんよ!」 「そうなんだ。良かった」 揶揄ったような口ぶりに慌てて否定の言葉をかけると、柔らかな笑顔が返って来た。その表情にドキッと胸が鳴る。 熱くなる顔を誤魔化すように窓の外に視線を向けた。 「あ」 窓越しに煌と目が合った。 煌は驚いた表情をしながら茫然と立ちすくんでいた。 「どうした?」 「いえ、何でもありません。早く行きましょう」 「そうだね」 そうして走り出した車を、煌は見えなくなるまでそのまま見つめていた。 「誰だ……あいつ」 *** 「ご馳走様」 柚は目の前の空になった皿を見ながら満足気に微笑んだ。 奏の連れて行ってくれる店はどれも美味しくて良かったんだが、何て言うか庶民の味からはかけ離れていた。料理一つ一つ盛
last update最終更新日 : 2025-09-22
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第9話

数日後、柚は結花を連れて病院を訪れていた。今日は恋人ではなく、医者と患者として顔を合わせている。 「やはりあまり良くないですね」 「そうですか……」 奏の強張った表情を見れば、事の重大さが分かる。 「先生。私、死んじゃう?」 この重苦しい空気を真っ先に感じ取ったのが結花だった。 不安と恐怖を滲ませながら奏に問いかける。子供ながらに自分の身体と向き合おうと必死なのだろう。 「大丈夫だよ。結花ちゃんの病気を治すために先生たちがいるんだから」 「そうよ。早く治して遊園地で遊ぶんでしょう?そんな弱気じゃ駄目よ」 柚も優しく諭すように伝えると、結花は安心した様に微笑んだ。 「結花がいなくなったらママも死んじゃうわよ。いいの?」 「それは駄目。ママは私のことばかりで、恋愛なんて二の次だったじゃない。これからは恋愛も楽しんで欲しいの」 「え!?」 その言葉には柚は元より、奏も驚いた。 「煌おじさんもいいけど……あ、そうだ!先生って独身でしょ!?うちのママなんてどう!?」 「な、何言ってんの!?」 慌てて柚が止めたが、結花は執拗く奏に迫っている。奏は困ったように顔を引き攣らせながら笑っているだけ。 (嘘の恋人なんて言えないものね……) 診察室で話すような内容でもないし、早いとこ結花を黙らせようと口を開きかけた。 「僕も結花ちゃんのママは魅力的だと思うけど、ママは僕なんかでいいのかなぁ?」 柚が発するより早く、奏が声をかけていた。 「全然いいよ!先生ってママのタイプそのものだもん!」 「──ンなッ!」 流石の柚も、この発言には狼狽えた。奏の
last update最終更新日 : 2025-09-24
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第10話

その日の夜、奏は自室のベッドに寝転びながら柚の事を思い浮かべていた。 子供《結花》に向ける暖かくて柔らかな笑顔は、何処か懐かしく胸が熱くなるのを感じていた。 (この気持ちは…) ドクンッと胸が高鳴る。 思い返せば、遥乃と柚には共通点がありすぎる。 まず、自分がプレゼントしたネックレスと同じものを柚が持っていた点。柚は『亡くなった友人』と口にしていたが、その友人を示しているのが自分だとしたら…… 遥乃は困った時や行き詰まった時、手を首元に持っていく癖がある。言われなければ気付かないものだが、ずっと遥乃を見てきた奏になら分かる。 そして、その癖は結花の母である柚にもあった…… 「彼女の事が気になるはずだ……」 バラけていたピースがハマったような感覚だった。 *** 柚は湯船に浸かりながら、昼間あった結花の暴走を思い出していた。 「ママのタイプ」 確かにその通りなんだけど…… 顔を湯船に埋めながら心の中で呟いた。 昔も今も格好いいのは変わりない。だけど、明らかに変わった一面もある。 昔の彼は、どちらかと言えば冷淡で怖いと言う印象だった。そこも含めて好きに変わりなかったが、時折見せる冷たい視線には、慣れることが出来なかった。 そんなに彼が今では小児科の先生となり、暖かな瞳で子供を見つめ、柔らかな笑みで子供あやしている。 心配する親には真摯に対応し、納得するまで説明を続けてくれる、優しくて頼れる存在。
last update最終更新日 : 2025-09-25
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第11話

次の日、会社へ着いて早々煌に呼び出された。 「昨日の男は誰だ?」 想定していた事とは言え、なんと言っていいものかと頭を悩ませる。 「随分と親しげだったが?」 「彼は……」 煌の鋭い眼が光り、言葉に詰まってしまう。 「柚、俺の目を見てちゃんと答えるんだ」 ガシッと肩を掴まれ、真っ直ぐに問いかけてくる煌に、柚は白旗を上げた。 (あぁ、この人には嘘は付けない……) どの道、桜には話してあるのだからいつかは煌の耳にも入るだろう。それが早いか遅いってだけ。 柚はふぅと息を吐くと、ゆっくり口を開いた。 桜に説明したように、彼は自分を捨てた人であり、結花の実の父であると。そして、どういう縁なのか結花の主治医となり、今は仮初の恋人を演じている事。嘘偽りなく話して聞かせた。 煌は黙って聞いていたが、その表情は険しく不快感で眉を顰めている。 「桜がそのうち分かるって、この事か……」 頭を抱え、盛大な溜息を吐きながらその場にしゃがみこんだ。 「……確認だが、お前に未練はないんだな?本当にビジネスとして付き合っているだけか?」 「そ、そうだよ!何言ってんの!?」 見上げてくる煌に慌てて否定の言葉をかけるが、面白くなさそうに顔を俯かせている。 「……向こうはそうは思ってねぇかもしれねぇだろうが……」 柚に聞こえない程の声で呟いた。 「ん?なんて?」 「なんでもない!」 よいしょッと膝を叩き、勢いよく立ち上がると柚の頭に手を置いた。きょとんとしながら煌を見つめる柚の瞳に自分の姿が映っているのが見え、ふわっと柔らかな笑みを浮かべた。
last update最終更新日 : 2025-09-26
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第12話

(最近、柚に会えない……) 奏はテーブルに置かれたスマホを眺めながら、考えを巡らせていた。 ここ数週間、連絡をしても返ってくる言葉は断りの返事ばかり。仕事理由にされたら黙って引くしかない。 (嫌われた……?) 最悪な事態が脳裏を掠める。 彼女の予定を鑑みずに誘いを入れていた自覚はある。それでも、彼女に会いたいと自分の気持ちを抑えられなかった。 もし、このまま会えなくなったら? 7年前の記憶が蘇り、いてもたっていられなくなった奏は部屋を飛び出した。 *** 「遅くまで悪いな」 「いいえ。このぐらいしか恩返し出来ないから」 「お前はいつもそれ言うな。別にいいんだぞ?」 「私がしたいの」 そんな他愛のない話をしながら煌と一緒に会社をでる。時計を見れば22時を回ったところ。これならまだ電車に間に合うとホッとしていると、肩をポンと叩かれた。 「付き合わせた礼に飯奢ってやるよ」 「えぇ?でも、電車の時間あるし…」 「電車なんて、俺ん家泊まればいいだろ?」 現に何度か煌の家に泊まった事がある。元々同じ屋根の下に住んでいた事があるので、気兼ねも心配もなく泊まることが出来る。 いつもなら即答で「行く」と答えているところだが、今日に限っては奏の顔がチラついて返答が出来ない。 別に、私が他の男の家に泊まっても気にしないんだろうけど。 (本物の彼女じゃないし……) 呪いのようにその言葉が縛りついてくる。その度に胸が痛くなるのを必死に誤魔化して…… 「そうね。行こうかな」 久しぶりに煌とゆっくり話すのいいかもし
last update最終更新日 : 2025-09-29
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第13話

奏は上の空のまま、仕事へと来ていた。 あの後、柚へ連絡をしようと何度もスマホを手にしたが、出来なかった。現実を突きつけられるのが怖かったのもあるが、それ以上に彼女に拒絶されるのが怖かった。 煌の自信のある口ぶりは冗談を言っているようには感じられなかった。 仕事に集中しなければと思う一方で彼女の事が気になって仕方ない。「はぁ~……駄目だな」 溜息を吐きながら目の前に置いてあるカルテを手に取った。その名前の欄には『高瀬結花』の文字。 手術の日程が決まり、近々執刀することになったので確認の為に今一度目を通しておこうと考えたのだが……「父親欄が空白?」 その可能性を考えていた訳ではないが、本当に未婚のまま産んだのか? 立場上、血縁関係を知る必要があり一度だけ柚に父親の事を訊ねた事があるが、上手くはぐらかされてしまった。こちらもそれ以上の追及は出来ずに会話は終わったが、何故か胸に突っかかるものがある。「なんなんだ……」 そう呟き苛立ちながら髪をクシャッと掻き上げた。 *** 診察が開始されると柚の事を考える間もなく慌ただしく時間が過ぎて行った。「ふぅ……とりあえずはひと段落かな」 最後の患者を見送り、椅子にもたれかかりながら息を吐いた。看護師も「お疲れさまでした」と労いの言葉をかけてくれる。 時計を見れば、既に昼を越えていた。(休憩にするか) そう思いながら席を立つと、看護師が慌てたように診察室のドアを開けた。「先生!急患です!」 「すぐに呼んで!」 詳細を聞かず診察室に通せば、入って来たのは結花と柚親子だった。「!!」 柚に抱えられて来た結花の顔は真っ青で、苦しそうに息をしている。その様子から、驚いている場合ではないことはすぐに理解できた。すぐに処置にかかる為に看
last update最終更新日 : 2025-09-30
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第14話

柚が長年探していた遥乃だと言うことは、ほぼ確定した。名前を偽り、自分を死んだ事にしてまで身を隠そうとしている理由は解らない。「解らないと言えば……」 結花の出生だ。 身を隠す理由に結花がいるとすれば、その原因はきっと父親にある。 正攻法で父親のことを訊ねても言葉を濁されてしまうし、執拗く訊ねれば反感を買う。それだけは避けたい。「……少しは頼れよ……」 奏は苛立ちながら呟いた。 彼女が助けを求めてきたら、全力で護る覚悟は出来ている。それほどまでに柚の存在が大きいと改めて痛感した。 *** この日、奏は一人で買い物へと出ていた。 ここ最近忙しくてゆっくりとした時間が取れなかったので、少しは気分転換になるだろうと考えての事。しかし、立ち並ぶ店を目にすれば思い出すのは柚の事ばかり。 これは彼女が好きそうだ。とか、これなんか彼女に似合うだろう。なんて考えてしまう。(駄目だな……) 小さく溜息を吐きながら、足を進めていると「藤原さん?」 若い声に呼び止められた。「君は……」 「あら、自分のお見合い相手の顔もご存じないの?」 嫌味っぽく笑って見せるのは、先日奏との見合いをする予定だった桜。 奏は一瞬顔を引き攣らせたが、いつものように笑顔を向けた。「ああ、先日は申し訳ありませんでした」 「丁度良かった。少し時間あります?待ち合わせをしているんですけど、相手が少し遅れてくるみたいで時間を持て余していたんです」 満面の笑顔で誘いをかけてくる。 何かを企んでいるように感じるが、見合いの時の詫びだと考えれば少しぐらいの時間は割いてもいいだろうと考えた。「……ええ、構いませんよ」 「良かった。では行きましょうか?」 先を進む桜
last update最終更新日 : 2025-10-01
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第15話

「彼女の事をしているのか!?」 口元を拭いながら桜に問うが、桜はクスクスと楽し気に笑っていて口を開こうとしない。「こっちは真剣に聞いているんです」 「あら、恐いお顔。そっちらが素かしら?」 「いい加減にしてください」 苛立ちながら詰め寄ると、桜の表情が明らかに変わったのが分かった。「いい加減にして欲しいのはこっちの台詞よ。柚にこれ以上付き纏わないで」 憎悪に塗れた鋭利な眼光を向けられ、思わず息を飲んだ。「……君は一体」 「聞いてない?私は神谷桜。柚の上司に私の兄がいるんだけど?」 その一言を聞いてハッとした。 よく見れば、あの夜に会った彼と同じ眼をしている。……という事は、これは見合いの延長戦ではなく、僕に対する牽制……(なるほどね) 兄妹揃って彼女を渡すつもりはないらしい。意図が分かったからには、自分を偽る必要はない。「申し訳ないが、それは聞けない」 「負け犬になってもいいの?」 「悪いが、勝負事で負けた事はないんでね」 「へぇ?」 強気な発言で挑発する奏に含みのある笑みで応戦する。「正直、貴方と柚では釣り合わないと思ってる。柚の過去を知らない貴方では柚を幸せにできない」 「……それは……」 「その点、うちの兄は信頼と信用がある。貴方も分かったでしょ?あの警戒心の強い柚が懐いているんですもの」 「……」 悔しいが言い返す言葉が出てこない。 彼女の言う通り柚が彼の事を頼りにしている事は、この間会った時に痛感している。でなければ簡単に男の部屋に行ったりしない。だが――「どんな障害があろうと、僕は彼女を諦めることは出来ない」(今度こそ離さない……) 奏の瞳には覚悟と決意の色が浮かんでいた。(
last update最終更新日 : 2025-10-02
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第16話

桜の言葉が脳裏に張り付いて離れない。 『父親は身近にいる』 その言葉の意味は?それに、相手は父親だと気づいていない? 存在を匂わせるにしてはおかしな言い回しだ。 奏は何度も何度も桜の言葉を繰り返し考えた。そして、ハッとした。 (もしかして) 自分の考えが正しいのか、確かめるためにノートとペンを用意し、結花の生まれた日を逆算してみた。 「マジか……」 持っていたペンが転げ落ちる。それと同時に答えがハッキリし、頭を抱えた。 「あの子は俺の子、か?」 逆算して出た数字は、遥乃と自分が初めて結ばれた日…… だが、確定するにはまだ早い。疑いたくはないが、他の男と……そう言う可能性もある。 「もっとはっきりとした証明が欲しい」 そう言う奏の手元には、結花の手術日が記載されたカルテが置いてあった。 *** 数ヶ月ぶりに柚と二人きりで会えた。 「暫く会えなかったけど、元気だった?」 「ええ、すみません。仕事が立て込んでいたもので……」 「いいよ。こうして会えただけでも嬉しい」 夜景の見えるホテルの最上階でのディナー。綺麗に盛り付けられた料理が次々に並べられていく。 「今日は飲める日?」 「……少しだけなら。結花は知り合いの家にお泊まりなので……」 「それは──」 あの男のところ?それとも、妹の方?その言い回しは期待してもいいの? そう言いかけたが、黙って口を噤んだ。 こうして二人で会えただけでいい。下手な事を聞いて彼女の機嫌を損ねたくない。 自分でも必死過ぎて笑えてくる。 「どうしました?」 「いや、なんでもないよ」 ──君が愛おしい。そう言ったら、君はどうするだろうか…… こちらの気持ちなど何も知らない柚は、目の前の料理を頬張りながら舌鼓を打っている。 今日、柚を誘ったのは単に会いたかったと言う理由だけでは無い。結花の手術日が決まり、不安になっている彼女を少しでも勇気づけられたと思ったからだ。まあ、下心がないと言えば嘘にはなるが…… 「どう?気持ちの整理は出来た?」 奏の言葉に柚の手が止まる。 「……ごめんなさい。まだあまり……」 「そうか。僕はそれでいいと思うよ。自分の子供が大きな手術をすると聞いて、狼狽えない親はいないさ」 結花の前
last update最終更新日 : 2025-10-03
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第17話

──結花の手術の日がやって来た。「ママ、大丈夫だよ。元気になってくるだけだから」 「うん…」 手術室に入る前、やっぱり心配が顔に出ていた私に結花が優しく諭してくれた。こんな時まで弱音を吐かずに母である私を気遣ってくれる優しい子。(どうか……どうか無事に終わって) それだけを祈りながら、閉まる扉を目にしていた。 30分……1時間……3時間……刻々と時間が経っているのに、手術室の扉が開く気配はない。(少し休んで来よう) 五時間ほど経っただろうか……ただジッと待っているのも体力がいる。まだかかりそうだし、少し休んで来ようと重い腰を上げた。 その時、勢いよく手術室の扉が開いた。「急いで!!」 バタバタと慌ただしく出て行く看護師を見て、嫌な予感が頭をよぎる。(え……) 沢山の医療器材を抱えて戻ってくる看護師を見れば、ただ事ではない事は一目瞭然。柚は力が抜けたようにぺたんとその場にしゃがみ込み、真っ白な床を一点に見つめていた。 頭が何も働かない。何が起こっているのかも分からない。これが現実なのかも……『ママ』 笑顔の結花が私を呼ぶ声がする。「ッ!!」 顔を上げるがそこに結花がいるはずもないく、冷たく分厚い扉で閉め切られた手術室があるだけ。(結花――ッ!!) 柚は震える手をギュッと握りしめ、祈る事しか出来ない。そんな自分が不甲斐なくて情けなくて涙が溢れてくる。 ガー…… 扉が開く音がして、顔を向けると一人の看護師が立っていた。その服は血に塗れていて、ゾッとしたのと同時に全身の血の気が引いた。「あ、あの……うちの子、結花は……」 「結花ちゃんは今、必死に頑張っています。少し身体に負担がかかってしまったようで、呼吸が安定しておりません。緊急に処置を続けておりますが……」 目を伏せ言葉を
last update最終更新日 : 2025-10-06
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