仕事を終え、会社を出ると奏が車の中から手を振っているのが見えた。 「お待たせ。待たせちゃった?」 「いいえ。私も今来たところです」 助手席のドアを開け、スマートにエスコートしてくれる。会社の前と言うこともあり、チラホラ知った顔が視界に入る。その顔は、驚きと興味で輝いていた。 (……場所を間違えたな……) これは週明け面倒くさそうだと、今から頭が痛い。 「ははっ。次、会社に来るのが憂鬱って顔してる」 「……次は場所を考えます」 奏の方は楽しそうに笑っているが、柚の方はとても笑える状況じゃない。本当の恋人ならまだしも、この人は仮初の恋人……下手な誤解は招きたくない。 「僕と一緒なのを観られたらまずい人でもいるの?」 「い、いませんよ!」 「そうなんだ。良かった」 揶揄ったような口ぶりに慌てて否定の言葉をかけると、柔らかな笑顔が返って来た。その表情にドキッと胸が鳴る。 熱くなる顔を誤魔化すように窓の外に視線を向けた。 「あ」 窓越しに煌と目が合った。 煌は驚いた表情をしながら茫然と立ちすくんでいた。 「どうした?」 「いえ、何でもありません。早く行きましょう」 「そうだね」 そうして走り出した車を、煌は見えなくなるまでそのまま見つめていた。 「誰だ……あいつ」 *** 「ご馳走様」 柚は目の前の空になった皿を見ながら満足気に微笑んだ。 奏の連れて行ってくれる店はどれも美味しくて良かったんだが、何て言うか庶民の味からはかけ離れていた。料理一つ一つ盛
最終更新日 : 2025-09-22 続きを読む