جميع فصول : الفصل -الفصل 210

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201話

「──え?」 私がぽかんとしていると、涼真さんが床に落ちたネクタイを拾ってくれて、私に手渡してくれた。 「はい、心。結んで?」 ひょい、と膝を曲げて屈んでくれた涼真さんの顔が、私の目の前に来る。 わ、私が涼真さんの首にネクタイを回さないといけないの? 私がちらり、と涼真さんを見ると。 涼真さんは期待を込めた、キラキラとした目で私をじっと見ている。 「うう……分かり、ました」 私は観念して、少しだけつま先立ちになると涼真さんの首にネクタイを回した。 ワイシャツの襟を正し、涼真さんの胸元でネクタイを結ぶ。 早くネクタイを結んでしまって、涼真さんから離れよう。 そう考えて必死になっていたから、涼真さんの手が私の腰に回っていた事も気付かずに、私は目の前の ネクタイを結ぶ事に必死になっていた。 「──出来た!出来ました、涼真さ」 「ありがとう、心」 私がぱっと顔を上げると、思っていたよりも近くに涼真さんの顔があって──。 がっしりと私の腰を抱かれていて──。 「りょ、涼真さ……んぅ……っ」 ちゅ、と軽く涼真さんにキスをされたと思ったら。 ぐっと私の体を持ち上げた涼真さんに、リビングのテーブルの上に乗せられてしまった。 「ちょっ、ちょっと待ってくださ、」 「ごめん、もうちょっとだけ、心──」 涼真さんはそう言うなり、ぐっと体重をかけてきて。 どさり、と私は背中からテーブルに倒れてしまって。 その上に覆い被さった涼真さんに、気が済むまでキスをされてしまった。 「……お待ちしてました。お着替えに、随分時間がかかったんですね?」 間宮さんの待つ車に私たちがようやくやって来たのは、あれからたっぷり30分くらい経ってから。 私と涼真さんの姿を見た間宮さんは、揶揄うようにそう声をかけてきた。 ドアを開けて私を先に車に乗せてくれた涼真さんは、続いて乗り込んだ。 「着替えに手間取ってしまってな。車を出してくれ」 「かしこまりました」 楽しげに笑い、涼真さんは隣に座っている私の手を握り、指を絡めたりして遊びつつ、間宮さんに話しかけた。 「それで、花里の件は何か分かったか?」 「いえ、今のところ何も出てきませんね……。海外で新しく得た人脈には、どれも不審な部分はありませんでした」 「……なるほど」 「見逃している部分もあるか
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202話

間宮さんの運転で家に帰って来た私たち。 間宮さんが駐車場に車を停めてくれている間に、私と涼真さんは先に家に戻った。 玄関を開けて中に入ると、既に持田さんが帰ってきていたみたいで。 私たちを出迎えに来てくれた。 「お帰りない、社長に加納さん」 「ああ、ただいま」 「持田さん、ただいま戻りました」 持田さんはほっと安心したような顔をして、そして徐々に持田さんの視線が下に降りて行く。 「社長からご連絡頂いた時はどうなる事かと心配しておりましたが……無事、誤解が解けたようで安心いたしました」 にっこりと笑みを深めてそう告げる持田さん。 私は「え?」と思って、持田さんの視線を辿ったところではっとする。 そうだった、車を降りて涼真さんと手を繋いだままだったのだ。 「ご、ご心配をおかけしました持田さん!そのっ、私着替えてきますね!」 私は恥ずかしくって、急いで涼真さんと繋いでいた手を離すと、階段に向かって駆け足で向かう。 くつくつと背後から涼真さんの笑い声が聞こえてきて。 「危ないから階段では走らないでくれよ、心」 「わ、分かっています!」 そんな言葉をかけられてしまった。 ◇ 翌日。 普段通り、会社に向かう用意をしていると、私の部屋の扉をノックする音が聞こえた。 「心、朝の忙しい時間にすまない。少しいいか?」 「涼真さん!?どうぞ、入ってください!」 私が慌てて扉を開けると、スーツを着て、出社の準備が整った涼真さんが立っていた。 私が涼真さんを部屋に迎えると、涼真さんは私の部屋のソファに軽く腰掛けた。 「どうしたんですか、涼真さん?」 私がジャケットを羽織りながら聞くと、涼真さんは私に視線を向けて答える。 「……ここ最近、出社と退社の時間が合わなかっただろう?」 「そう、ですね……。新しい生地開発でバタバタしてて……あまり涼真さんと時間を合わせる事が出来ていなかったです」 「ああ。だけど、今後はできるだけ時間を合わせて一緒に居よう」 「……昨日の、花里さんが理由ですか?」 私の言葉に、涼真さんは深く頷いた。 「ああ。昨日の件は、社員にま見られてしまっている。だけど、俺が心と一緒にいれば」 「……変な噂を立てられる事は、避けられますね」 「ああ。やっと心との婚約が現実になったのに、あんな事で邪魔をされるのは御
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203話

朝、私と涼真さんは久しぶりに同じ車で出社した。 間宮さんが運転する車で、助手席には持田さん。 そして後部座席には涼真さんと私。 涼真さんは仕事の資料をタブレットで確認しつつ、空いている片手は私の手を握っていて。 時折涼真さんの指先がすり、と私の手の甲をなぞったり、指の間を撫でたりしてきて。 私は擽ったさや恥ずかしさで顔を赤く染めてしまう。 涼真さんみたいに、私も生地開発の資料を読み込んでいたのだけど、私は涼真さんみたいにポーカーフェイスを保てない。 きっと、運転してくれている間宮さんと、持田さんには私が真っ赤になって狼狽えている所はばっちりと見られてしまっているだろう。 まさか、涼真さんがこんな風にスキンシップを好む人だとは思っていなかった。 いつもそつなく、淡々と仕事をこなす涼真さんからはあまり想像出来なかった姿だ。 過去の恋人とかにも、同じように甘かったのだろうか──。 ふとそんな考えが頭を過ぎって。 私の胸にもやもやとした物が込み上がる。 いやだな、何だかどんどん欲張りになっている気がする。 本来だったら、涼真さんみたいに素敵な人から想われているだけで幸福で。 それ以上は望んじゃいけないのに。 それなのに、今の私はどんどん欲張りになって、過去の涼真さんの恋人達にも嫉妬している。 私なんて、人の事言えないのに……。 「──心?どうした……?」 「え」 私がそんな事を考えていると、隣に居る涼真さんから声をかけられる。 いつの間にか涼真さんの視線は、タブレットじゃなくて私の顔に移っていて。 私は、こんな醜い事を考えていたのを涼真さんに知られたくなくて、慌てて「何でもないです」と笑顔で答えた。 納得行っていないような顔をした涼真さんだったけど、深くそれ以上は聞かず「何かあったら言ってくれ」とだけ言ってくれた。 私は涼真さんの言葉に頷いて、再び仕事の資料に視線を落とす。 それから、会社に着くまでの間。 時折涼真さんからの視線は感じたけど、私は仕事の資料を確認することに集中した。 会社に到着して、私たちがエントランスに足を踏み入れると沢山の視線を感じた。 どこからかヒソヒソと声を潜めて噂話している声も聞こえて来る。 その噂話は、やっぱりどれも昨日の涼真さんと、花里さんの事についてで──。 「……まあ、予想して
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204話

「朝からいるのは、想定外だな……」 涼真さんの疲れた、だけど低くて恐ろしい声が聞こえる。 涼真さんが振り返った事で、自然と私も彼に倣い、振り向く。 花里さんの声が聞こえた瞬間、周囲はざわりとざわめいているのが分かった。 コツコツ、とヒールの音を立てて、花里愛海さんが私たちの前へとやって来る。 艶やかな黒髪を風に靡かせ、真っ赤な唇が蠱惑的で、刺々しい美しさを放つ女性だった。 彼女は、私を値踏みするように上から下まで不躾に見ると、鼻で笑った。 「あら、こんなのが涼真の婚約者を名乗ってるの?」 くすり、と小馬鹿にするような花里さんの言葉。 その言葉に、私の隣に立っていた涼真さんの空気が凍てついたように感じる。 背筋にぞわり、とした恐怖心が走る。 「こんなの……?無関係の君に俺の大切な婚約者をそんな風に言われるのは不愉快だ。すぐに謝罪しろ」 涼真さんの恐ろしく低くて、怒りに満ちた声がエントランスに響く。 それまで噂話をしていた社員達も、口を噤み、エントランスは先程のざわめきが嘘のようにしんと静まり返っていた。 「りょ、涼真……私はあなたの婚約者で──」 「まだそんな世迷言を口にするのか?君が俺の婚約者だったのは学生の頃の話だ。今、俺には大切な婚約者がいる。あの時のような政治的な背景を考えた婚約じゃなく、俺が自分で望み、心から欲した人が今の婚約者の加納さんだ」 それに、と涼真さんが続ける。 「俺が好きなのは婚約者の心だ。何を血迷って日本に帰ってきたのか知らないが、君をけしかけた人間がいるだろう?……そいつ共々、俺が調べて追い詰めるから覚悟をしておくように」 「──涼真!待って!」 涼真さんはそれだけを言うと、あとはもう用は無いと言うように私の肩を抱き寄せ、歩き始めた。 わ、私が口を挟む暇も無かった……。 涼真さんの重く、冷たい言葉が花里さんに刺さったのだろう。 真っ青な顔で震えていたけど、彼女の目が私を鋭く、強く睨み付けた。 「──っ」 「お前っ、お前なんかが涼真の隣に立っているのがおかしいのよ!涼真を返して!涼真は、私の婚約者なのよ!」 花里さんが大きな声で叫ぶ。 涼真さんの言葉は、静まり返ったエントランス内に良く響いていて。 それを聞いた社員達はみな、花里さんが無理矢理押しかけてきたのだ、と言う事を理解した。 そ
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205話

涼真さんの視線が、更に鋭くなった──。 このままでは、怒りが頂点に達した涼真さんが、花里さんをどうするか──。 私は慌てて涼真さんの手を取って、彼に視線を向け、そして首を横に振った。 私がそんな事をするとは思わなかったのだろう。 涼真さんは驚いたような顔をして、一瞬反応が遅れた。 その隙に、花里さんの手は、私の腕を強く掴んだ──。 「お前っ、加納心──っ!」 「花里、愛海さんですね?」 花里さんは、私の腕を掴んだ勢いのまま私に向かって手を振りあげた。 一瞬、周囲にぴりっとした緊張が走る。 だけど、私は慌てず彼女の目を真っ直ぐと見返したまま、彼女の名前を呼んだ。 私が話しかけてくるなんて思わなかったのだろう。 花里さんは、振り上げた手をぴたり、と止めて目を見開く。 「涼真さんから、あなたとの経緯は聞いています」 私の声が、静かなエントランスに響く。 多くの社員達の視線を感じて、とても居心地が悪いけど、ここで彼女から逃げていたらいつまで経ってもこの件に対して決着が着かない気がする。 だから、私は自分の気持ちをしっかりと彼女に伝えた。 「あなたと涼真さんが婚約を結んでいた事は事実です。だけど、それはもう昔の話……。あなたも、いい加減目を覚まして現実を見てください」 「──なっ」 「涼真さんの今の婚約者は私です。涼真さんは素敵な人ですから、彼を想い、慕う気持ちを否定はしません。私も彼を慕う1人ですから。だから、慕う人が嫌がるような事はしないでください、迷惑をかけないでください」 私は、お腹の前でぐっと両手を握りしめると、真っ直ぐ花里さんに向き合い、はっきりと告げる。 「私が気に入らないのであれば、涼真さんに迷惑をかけるのではなく、直接私に来てください。絶対に負けませんから」 「──なっ、お前っ、」 ぐっ、と眉を寄せ、言葉を詰まらせる花里さん。 私は、言いたかった事を言えた清々しさに、ふうと息を吐き出した。 エントランスも、水を打ったように静まり返っている。 視界の端で、持田さんと間宮さんが控え目に拍手を送っているのが見えて、私は大勢の前で告白のような恥ずかしい言葉を言ってしまった事におくらばせながら気付き、早く社長室に向かおうと、涼真さんを促そうとした。 けど──。 私の肩を抱いていた涼真さんが、力を込めてぐっと引
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206話

涼真さんが告げた瞬間、どこからか口笛が聞こえてきて、私は真っ赤になったまま涼真さんの胸を押し返して逃げ出すように走り出した。 こ、こんな!こんな場所で! 沢山の社員が居るのに、その目の前でキスするなんて!! 私はいても立ってもいられなくなって、急いで社長室直通のエレベーターに駆け寄り、ボタンを連打する。 早く早く早く!この場から逃げ出したい! エレベーターの表示がようやく1階のエントランスの数字を表示して、扉が開いた。 私は逃げ込むようにエレベーターに入り「閉」ボタンを押そうとした。 そうしたら──。 「持田さん、間宮。次のエレベーターに乗ってくれ」 「かしこまりました、社長」 エレベーターの扉に手を置いた涼真さんが、とっても嬉しそうな笑みを浮かべたまま、持田さんと間宮さんにそう指示をした。 そして、私がぎょっとしている間に涼真さんはエレベーターに乗り込み、あっさりと「閉」ボタンを押してしまった。 目的の階を押した涼真さんが、くるりと私に振り向く。 このエレベーターは、社長室直通。 すなわち、目的の階に到着するまで、この扉は開かないし途中で誰かが乗ってくる事は無い。 「──ひっ」 「悲鳴を上げるなんて酷いな、心。あんな熱烈な告白をしてくれたのに。逃げるのも、酷い」 「だっ、だって……あれはっ」 嬉しそうな涼真さんが、じりじりと私に近付いてくる。 狭い箱の中。 逃げ場なんてあっという間になくなってしまって。 私の背中が壁にとん、とぶつかるのと、涼真さんが壁に手を着くのは同時だった。 間近に迫る涼真さんの瞳。 涼真さんの瞳は、熱を持ったようにとろりと蕩けていて──。 私は観念して瞼をそっと伏せた。 エレベーターの中で、社長室の階に到着するまで。 たっぷりと涼真さんのキスに翻弄されてしまった私は、腰が抜けてしまって。 涼真さんに抱き上げられて社長室に入室した。 私を抱いたままソファに腰を下ろした涼真さんは、とても機嫌が良さそうで。 私の髪の毛を指先で遊んだり、梳いたりとしつつ時折掠めるようなキスをされる。 「まさか、心からあんなに熱烈な想いを聞けるなんてな。しかも、社員の前で」 「だ、だって……花里さんが諦めてくれるようにしなきゃって思ったんです……」 ひょい、と私の顔を覗き込む涼真さんは、本当に嬉しそう
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207話

「失礼します、社長」 「ああ」 「先程の一件で、花里愛海はすぐに社外に出ていきました」 持田さんが口にした「先程の一件」と言う単語に、せっかく収まってきた私の頬がぼわり、と熱くなる。 「それは良かった。以降、花里は立ち入り禁止に。警備室に連携しておいてくれ」 「かしこまりました。すぐに手配を」 「ああ、あと……無いとは思うが、花里の家の人間も同じようにこの会社への立ち入りは禁止しておいてくれ」 「かしこまりました」 涼真さんの指示に頷いた持田さんは、頭を下げたあと間宮さんと一緒に出て行ってしまった。 恐らく、今の涼真さんの指示を警備室に連携しに行ったのだろう。 持田さんと間宮さんは、副社長付きで、今の涼真さんには私が秘書として付いているのに、自分の仕事が全う出来ず、私は項垂れてしまう。 「どうした、心?」 不思議そうに涼真さんが私の手を取り、ソファから立たせてくれる。 私はさっき考えていた事を口にした。 「いえ……今の私は、デザイナーであると同時に、涼真さんの秘書でもあるのに……。また持田さんや間宮さんに私が本来やらなくてはいけない仕事を……」 押し付けてしまった──。 そう言葉にする前に、涼真さんが私の肩に手を置いた。 「それは違う、心」 「え?」 「今の心の最優先事項は、生地の開発だろう?この仕事は心にしか出来ない。他の誰でも対応出来る仕事は、手が空いている人がやればいいんだ。効率を求めるなら当然だろう?」 「──はい」 私が深く頷いた事で、涼真さんはゆるりと口元を笑みの形に変える。 そして、私から手を離すと自分のデスクに向かって歩いて行った。 椅子に座り、私に振り返った涼真さんはもう社長の顔。 さっきまでの恋人同士のような甘い雰囲気など、微塵も感じさせなかった。 私も自然と背筋がシャキッと伸びる。 「──それで、加納さん。開発の進行はどの程度だ?」 「はい。報告します、社長」 私は、今日の本来の目的だった開発に関しての情報を、滝川社長に共有した。 「生地の開発は、無事に成功しました。前回作成したサンプルで問題点は見つかりませんでした」 「──本当か!?」 私の報告に、涼真さんが目を輝かせて思わず立ち上がる。 「はい。最終試験も無事通ったとの報告が上がっておりますので、あとは工場の生産ラインの確
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208話

それからの涼真さんは、忙しさに拍車がかかった。 開発した生地を量産出来る工場を探すために奔走し、氷室グループとの契約締結。 そして、私と涼真さんの婚約パーティーについて、何度も本家と自宅とを行き来していた。 日に日に忙しさでやつれていく涼真さんが心配だったけど、涼真さんは「大丈夫」と力無く笑うだけで。 私に出来る事は無いだろうか、と涼真さんの帰宅が遅い時は、胃に優しく消化の良い食事を作ったり。 食事が摂れないくらい忙しい時は、手軽に栄養を取れて満腹になれる携行食を沢山用意したり。 そして、そんな日々が1週間程続いたある日──。 社長室で仕事をしている私の耳に、電話していた涼真さんの嬉しそうな声が届いた。 「──そうか!相手方も合意したか!?」 「!?」 「それで良い、そのまま進めてくれ」 電話を切った涼真さんは、ぱっと私に顔を向けてデスクから立ち上がった。 「心!生産工場を抑えた!これから新規契約だ」 「本当ですか!?よ、良かった!おめでとうございます、涼真さん!」 私も自分のデスクから立ち上がり、歩いて来る涼真さんに駆け寄る。 すると、嬉しそうに表情を輝かせていた涼真さんが、そのまま私を抱き寄せた。 「良かった……!これでいつでも生産に移れる。氷室社長にと連絡をしないと──」 話していた涼真さんが、突然ふらついた。 「涼真さん!」 私はぎょっとして、慌てて涼真さんの体を支える。 ここ最近、ずっと忙しくて睡眠不足が祟ったのだろう。 涼真さんの顔色が悪い。 私に支えられた涼真さんは、軽く頭を振って私に顔を向けた。 「すまない、心……支えてくれてありがとう」 「いいえ、気にしないでください。それより、数十分だけでも仮眠してください。このままでは、倒れてしまいます」 「これくらい、どうって事ないから大丈夫だよ、心」 「いいえ。前日より明らかに顔色が悪くなっています。知ってますよ、最近の涼真さんは帰ってからもお仕事をしているでしょう?」 私が表情を険しくしてそう告げると、途端に涼真さんがバツが悪そうに顔を逸らした。 「だが、まだまだやる事が……」 「このままお仕事を続けたら体調を崩してしまいます。体調を崩したら、その方がお仕事の進みが遅くなってしまいますよ、涼真さん。それより、今数十分だけ仮眠して、すっきりしてか
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209話

「りょ、涼真さん……?」 私は、掴まれた自分の腕と、掴んでいる涼真さんの腕を交互に見た後、涼真さんに視線を向ける。 私の視線を受けた涼真さんは、にっこりと笑みを浮かべ、ぐっと私を引き寄せた。 「ぐっすり眠って、疲れを取るためにも加納秘書には協力してもらわないと」 「ちょ、滝川社長──!?」 涼真さんの腕に抱き寄せられ、簡単に抱き上げられてしまった私の足は、床から離れて浮いてしまう。 ぱたぱたと足を動かして下ろしてくれるよう涼真さんに抗議するけど、涼真さんは上機嫌のまま隣の別室の扉を開けて中に入ってしまう。 別室の鍵をかけて大きなソファに近付いて行く涼真さんに、私は青くなったり赤くなったりしてしまう。 もしかして、涼真さんは私を巻き込んで仮眠をするつもりなのだろうか。 「た、滝川しゃちょ──」 「心、今は小休憩だから……少しは気を抜いて大丈夫だ」 涼真さんはふあ、と今度ははっきりと欠伸をして、私を抱えたままソファに横になった。 どさり、とソファに押し倒された私は、そのまま涼真さんにぎゅうっと抱きしめられてしまい、身動き出来ない状態になってしまう。 「じゃあ……心、30分したら……頼む」 眠そうな声音でそう言うなり、涼真さんは目を閉じてすうすうと寝息を立て始めてしまった。 やっぱり、相当無理していたのだろう。 涼真さんの目の下にはくっきりと隈も刻まれていて。 「──もう」 私はそっと腕を伸ばし、涼真さんの目の下を指先で優しくなぞる。 仕方ない。 涼真さんが30分後にちゃんと起きれるよう、今は抱き枕役に徹しよう、と観念して私も目を閉じた。 ◇ 30分後。 スマホの振動で、私はパチリと目を開けた。 私もうつらうつらとしてしまっていたようで、一瞬ぼうっとしてしまったけど、すぐに意識を切り替える。 そうだ、涼真さんを起こさないといけない。 私を抱きしめて気持ちよさそうに眠っている涼真さん。 起こしてしまうのは何だか可哀想だけど、この後も仕事がある。 私は、涼真さんの肩に手を置いて軽く揺すってみた。 「涼真さん、涼真さん。30分経ちましたよ、起きてください」 「──んん」 微かに声を漏らし、顔を顰める涼真さん。 目が覚めるまであと少しかな、と思い、私は言葉を続ける。 「涼真さん──、滝川社長!お時間です、起きて
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210話

あれから、涼真さんは氷室社長との電話打ち合わせを終えた。 涼真さんは私が淹れたコーヒーを一口飲み、デスク横にある卓上カレンダーに目を向けつつ、口を開いた。 「新作発表記念パーティーが先になるとはな……」 「そうですね。だけど、話題性を集めるためには良い時期かもしれません」 「まあ、確かにな……。うちが氷室社長の会社と提携を組んだ事を発表してから、時間を開けずに新作発表を行えば、注目され続けるからな……。だが、俺と心の婚約発表パーティーがいつになるやら……」 「ふふ、暫く忙しくなりそうですものね。時期を見て、調整しましょう」 「──そうだな」 今は一先ず、新作発表記念のパーティー準備に集中した方がきっと良い。 婚約発表パーティーは、時期をずらす事は出来る。 だけど、新作発表は時期を外してしまうと、話題性に欠ける場合もある。 涼真さんの会社が新規事業を興す事と、衣料業界に参入する事は元々大きな話題になってはいたけど、ベストなタイミングで今回開発した生地のお披露目をしたい。 今回開発した記事で作った服は、とても話題になるだろうから。 昔作った物に比べて、今回の開発は以前を上回る出来になっている。 「新作発表パーティーには、また黒瀬が来そうだな……」 「氷室社長とお付き合いがあるんですよね?」 「ああ。招待状も出す、と言っていたから……多分彼も参加するはずだ」 面白くなさそうな、むすっとした顔をする涼真さんに、私はつい苦笑してしまう。 黒瀬さんの興味が、もう私から逸れていてくれればいいのだけど──。 「それに、清水社長のところにも招待状は送られるからな……」 「──っ」 「心……?不安か?」 清水瞬の名前が出て、私はどきりとした。 私の変化に、すぐに気が付いてくれた涼真さんが心配そうに聞いてくれる。 「いえ、清水社長は大丈夫です」 これは、本当。 だけど、きっと麗奈もパートナーとしてやってくるはず。 そうしたら、黒瀬さんと麗奈の2人がパーティーに来るって事で──。 「その……麗奈と、黒瀬さんの姿を見て……変に反応してしまいそうです」 「──ああ」 私が言いたい事を理解したのだろう。 涼真さんが納得したように頷く。 「あの2人が今も続いているのかは分からないが……当日は少し注意深くあの2人の動向を確認しておこう
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