紬の声は静かだった。ただの雑談のようで、微塵の鋭さも感じさせない。咲の口元の笑みが、反射的に一瞬だけ固まった。どう答えても、痛烈な皮肉だ。寧音も表情がわずかに引き締まったが、紬に向かって話すつもりはなかった。院試を受けるかどうかも、宏一の枠が自分のためかどうかも、紬には関係のないことだ。部外者に詮索される覚えはない。慎は金属のライターを指先で弄びながら、横目で夜風の中に立つ紬の細い影を見た。一颯が口を挟んだ。「そんなこと聞いてどうするのか。教授が何年も学生を取っていなかったのに、園部さんが帰国してまもなく枠が空いた。考えなくてもわかるだろう」咲はようやく笑顔を取り戻した。「いいのよ、寧音は自分の実力で受かるほうがきちんとしていていいって思っているから」「では、教授はそれをご存じですか?」紬は目を向けた。以前より細くなった顔に、もともと涼やかだった目が、今はかえって鋭く映えていた。「教授が園部さんを取りたいと、直接言っていましたか?」一歩も退かなかった。明確な答えを求めていた。わかっていたからだ。咲たちには、その答えが出せないことを。咲の笑みがじわりと薄れていった。「……あら、うちの寧音のことがそんなに気になるの?」その言葉に、陸や一颯たちも視線を向けてきた。少し離れた場所にいた青木社長や企業のトップたちも、紬に目を向けた。紬は衿元を整え、表情を変えることなく言った。「別に気になっているわけではありません。ただ、ちょうどよかったので――私も宏一教授の院試を受けようと思っています」言い終えた瞬間、その場が静まり返った。慎がようやく鋭い眼差しを向け、視線を紬に据えた。寧音と咲の表情が、同時に揺れた。寧音の眉が、ほとんど無意識にきつく寄った。何を聞いているのか。たわごとか。陸は呆気にとられ、しばらくしてから隣の慎に信じられないという顔で言った。「あいつ、正気か……?何の実績もない分際で、こんなこと言うか?」しかもこれだけの人前で。寧音に対抗するあまり、こんな見え透いた大口を叩くのか。一颯も言葉を失った。紬は宏一がこの国でどういう存在か、本当にわかっているのか?院試を受けること自体は誰も責めない。ただ、航空宇宙分野を目指して、国内の第一人者である宏一の門下に
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