その時の慎の口調は、ずいぶんと柔らかく、穏やかなものになっていた。紬はふと手を止め、顔を上げた。視線が、慎の深い瞳と真正面からぶつかった。何か、いつもと違う気がした。上手く言葉にはできないが、彼が纏う空気が違う。深く考えるのをやめ、紬は彼の手の骨の節に包帯を巻き終えた。そこで初めて、彼の首の横に細い切り傷があることに気がついた。透けるように白い慎の肌に走る傷口からは、まだかすかに血が滲んでいる。おそらく、酒瓶を拳で砕いた時に破片が掠めたのだろう。紬はもう一本、新しいアルコール綿の袋を開けた。「頭を傾けて」慎は素直に従い、頭を少し傾けた。紬は腰を屈め、彼の首筋に近づいて丁寧に血を拭った。消毒液が染みたのか、慎の喉仏がかすかに上下に動く。紬は無意識に、手元の力をさらに緩めた。その時だった。慎がわずかに眉根を寄せ、突然彼女の細い手首を掴むと、そのまま自分の隣へと引き寄せた。「自分でやる」「傷口が見えるの? 痛かった?」「痛くない。お前の吐息がくすぐったいだけだ」慎は長い脚を広げたまま、掴み取った消毒液付きの綿棒を手に取り、鏡も見ずに傷口へ無造作に二、三度塗りつけた。紬は無言でそれを見ていた。「私は生身の人間よ。呼吸くらいするわ。息の何が邪魔だっていうの?」慎はゆっくりと重い瞼を上げ、彼女をさらりと一瞥した。「俺は敏感なんだ」「…………」分かった、と紬は内心で溜息をついた。拳をそっと握り込み、この不毛な話題はもう打ち切ることにする。出しかけた消毒液やガーゼを少し乱暴に箱へ戻し、「どうぞご勝手に」とだけ冷たく言い放った。慎はテーブルに置かれた救急箱を、しばらくじっと見ていた。「薬局でも買い取ったのか?どうしてこんなに揃っている」箱はなかなか大きく、一段目が外傷処置用、残りの二段には様々な錠剤やカプセルが入っており、紬が種類ごとに小さなガラス瓶に分類して綺麗に収めていた。それぞれが何の薬なのか、紬にはちゃんと分かっている。「体が資本だから、サプリはいくらあっても足りないのよ」紬は澄ました顔でさらりと嘘をつき、救急箱を元の棚に戻した。戻ってきてから、慎の足元に黒いエルメスのレザーサンダルが履かれていることに初めて気がついた。上下とも上質な黒のシルクのルームウェアだっ
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