あなたの「愛してる」なんてもういらない의 모든 챕터: 챕터 371 - 챕터 380

419 챕터

371話

◇ 「茉莉花、これが今茉莉花に届いているお見合いの釣書だ」 「──ありがとうございます、お父様」 ある日の夜。 私はお父様の書斎に呼び出され、お見合い予定の方達の釣書を受け取った。 私が釣書を受け取るのを、何とも言えない表情で見つめていたお父様が迷うように口をもにょり、と動かしたのが見えた。 「茉莉花、本当に──本当にお見合いを進めてもいいのか?」 「ええ。もう決めましたから」 「……茉莉花が見合いをした後、万が一苓くんの記憶が戻ったら……?そうしたら、どうするつもりだ?もしかしたら今日──、明日にでも苓くんの記憶が戻るかもしれない。記憶を取り戻した苓くんが、茉莉花がお見合いをしたと知ったら……ショックを受けるかもしれない」 お父様はそこで1度言葉を切ると、真っ直ぐ私を見返して続けた。 「だから、もう少し待ってみてはどうだ……?せめて、琥虎が企画してくれているオープン記念のパーティーが無事に終わるまで……」 「……確かに、今はまだカフェオープン前で仕事がバタついていますね。パーティーが終わり、少し仕事が落ち着いてからお見合いを進めます」 「──!ああ、その方が良いだろう。今お見合いをしても、茉莉花は忙しいだろう?体調だって崩してしまう可能性だってある。全部落ち着いてからにした方がいい」 「分かりました、お父様。それでは、先方にはそのようにお伝えいただいてもよろしいですか?」 「ああ。そこは私が責任を持って伝えておこう」 お父様がほっと、安堵したように表情を緩める。 何だか、苓さんとの事でお父様にも心配をかけてしまって申し訳ない。 私はお父様に頭を下げてから書斎を後にした。 ◇ 茉莉花が去った書斎の中。 馨熾は慌てたようにスマホを取り出し、急いで文章を打ち込む。 「不味い……、このままだと本当に茉莉花が他の男と結婚してしまう……!」 馨熾のメールの送り先は、谷島だ。 谷島は苓と友人だけあって仲は良い。 記憶を失っている苓は、今回の事件についてもうろ覚えだった。 だが、担当刑事が谷島と聞いて、それ以降は密に連絡を取り合っているらしい。 馨熾が谷島に連絡を入れると、すぐに谷島から返信が返ってきた。 苓にそれとなく話をしてみると返信が来て、馨熾はほっとした。 「記憶を取り戻さなくてもいい……。どうにか苓くんが茉莉花
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372話

◇ それから、数日後。 会社に出勤する前にお父様から一緒に出社しないか、と誘われた。 「こうしてお父様と一緒に出社するのは久しぶりですね」 「ああ。たまにはいいだろう?」 車に乗りこみ、走り出して少し。 お互い、朝の経済ニュースのチェックが終わり、少しだけ空いた時間。 お父様に話しかけると、タブレットから目を上げたお父様が笑って答えてくれる。 そして、タブレットの電源を完全に切ったお父様は、私にある提案を口にした。 「昨夜、琥虎と話していたんだがな」 「虎おじ様と!?おじ様はお元気でしたか?」 「ああ。茉莉花の事も心配していた。仕事に没頭して、体調を崩したりはしていないか、と」 「まぁ。虎おじ様は私の事をまだまだ幼い子供だと思っていらっしゃるから」 私がくすくすと声を漏らして笑っていると、お父様も私の言葉に同意する。 「ああ。あいつの中では茉莉花はまだまだ子供なんだろうな」 「ふふ、もうしっかり成人して数年経っているのに……早く頼れる大人にならないとですね」 「琥虎も茉莉花を頼りにはしているさ。だが、可愛い姪っ子のような存在だからな……いつまででも心配なんだよ」 「ふふふっ、早く虎おじ様にお会いしたいです」 私がそう告げると、お父様が私をちらり、と見て口を開いた。 「──ああ。私も久しぶりに会いたくなってな。パーティーまではまだ1ヶ月以上あるだろう?だから、1度私の家で慰労会をしようかと思っている」 「慰労会!?いいですね、お会いしたいです!」 「そうかそうか。それなら良かった。今回、カフェオープンの記念パーティーに先駆けて、茉莉花のチームと……取引先──苓くんや琥虎も呼んで、慰労会をしようと思っているんだ。……日にちは、今月末に連休があるだろう?連休前の夜だったらゆっくりできるし、酒に酔ったらそのまま家に泊まればいいし、茉莉花のチームにも話しておいてもらえないか?」 お父様の言葉に、私は一瞬だけ言葉に詰まってしまった。 だけど、慰労会には私のチームの皆も呼ぶし、虎おじ様も招待する。 その流れで、苓さんを呼ばないのは確かにおかしい、し……。 私は無理やり笑みを作るとお父様に頷いて返事をした。 「とっても良いと思います。チームの皆に伝えておきますね」 「──ああ、そうしてもらえると助かる。もちろん、ご家庭がある
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373話

慰労会の件を経営戦略チームのメンバーに伝えると、皆笑顔で参加したいと頷いてくれた。 場所は藤堂の家で行う事を伝えると、矢田主任は興奮に目を輝かせ、楽しみだとはしゃぎ。 志木チーム長も言葉少なではあるが頷いてくれた。 そうして、あっという間に迎えた慰労会当日。 仕事を定時で終わらせ、私はチームの皆と一緒に自分の家に帰って来た。 今日の戦略チームの慰労会参加者は、私を含めて6人だ。 他のメンバーはご家庭の事情だったり、既に外せない用事が入っていたりでとても残念そうにしていた。 また、次の機会を作ると伝えると今日参加出来なかった人達も嬉しそうに笑ってくれて、私は自分のチームの雰囲気がとても良い事がとても嬉しかった。 「せっかく仕事が終わったのに、上司や社長の家で慰労会、なんてあまり寛げないかもしれないですが……今日は上司とか部下とか、あまり気にしないでくださいね」 私はチームの皆を案内しつつ、苦笑いを浮かべてそう告げる。 すると、矢田主任が笑顔で答えてくれる。 「お気遣い、ありがとうございます!社長がご一緒なのは少し緊張しますが……本部長と色々お話出来るのを楽しみにしていたんです!だからこのような場を設けて頂いて、嬉しいです!」 「ふふっ、私も矢田主任とお話出来るのが嬉しいです」 私たちが談笑しつつ家に入ると、使用人が出迎えてくれた。 「いらっしゃいませ。ゲストルームをご用意しております。ご案内させていただきますね」 頭を下げ、そう告げる使用人にチームの皆を任せて私は自分の部屋に向かう。 今日は人数が多いから、離れにあるゲストルームに案内するのだろう。 チームの皆が荷物を置いたりしている間に、私も着替えを済ませてしまおうと廊下を歩いていると、既に家に到着していたのだろう。 廊下の先から苓さんが歩いて来るのが見えた。 「藤堂さん」 「小鳥遊さん。急なお誘いにも関わらず、今日はご参加ありがとうございます」 「いえ……、声をかけていただけて嬉しいです。それに、お母様も退院されたのですね。おめでとうございます」 「ありがとうございます」 苓さんとの接触をなるべく避けるため、私は色々な仕事を詰め込んでいた。 だから、今日こうして苓さんに会うのはとても久しぶりだった。 当たり障りのない、仕事相手としての適切な距離──。 これが、
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374話

「茉莉花ちゃん!」 「虎おじさま!」 慰労会最後の参加者、虎おじさまが家にやって来て、私は虎おじさまを出迎えていた。 私の姿を見るなり虎おじ様はぱあっと表情を明るくして私の肩を叩いてくれる。 「元気にしていたかい、茉莉花ちゃん」 「はい、虎おじ様もお怪我は大丈夫ですか?」 以前、虎おじ様も危ない目に遭っている。 その事を聞くと、虎おじ様は豪快に笑って「大丈夫だよ」と答えてくれた。 「ほんのちょっと足を捻っただけだからね。あっという間に完治したよ」 「それは良かったです……。本当に……藤堂に関わったせいでごめんなさい」 「それを言ったら駄目だよ、茉莉花ちゃん。悪いのはそんな事を平気でする人達が悪いのであって、茉莉花ちゃんや馨熾先輩には何の責任もないんだから」 私の言葉に、虎おじ様は困ったように眉を下げて笑う。 怪我をしている虎おじ様に気を使われてしまって、私は自分が情けなく感じた。 「そう、ですよね……ごめんなさい虎おじ様。最近、弱気になってしまう事が多くて……」 「それは駄目だね、茉莉花ちゃん。今日は憂鬱な気持ちなんて吹き飛ばすように楽しもう!とっておきのお酒も持ってきたから、一緒に飲もうか」 「ふふっ、ありがとうございます虎おじ様」 虎おじ様は、敢えて明るく振舞って下さっているのかもしれない。 私と苓さんの事だって、耳に入っているだろう。 藤堂の家に纏わる一連の事件や事故だって知っているはず。 虎おじ様は忙しい身なのに、こうして慰労会に参加してくれているだけで本当に嬉しい事だ。 私は、今日この日だけは楽しく過ごそうと決めて虎おじ様に笑みを返した。 ◇ 藤堂家の大食堂。 そこに、今日の慰労会のメンバー10人が集まっていた。 大食堂は普段は使用されていないけど、昔は度々この大食堂を解放して仕事の取引先や懇意にしている家を招いて大宴会を行っていたらしい。 だけど、それも数代も前の事。 まだお祖母様も、お祖父様も健在の頃は何度か使用した事があるけどそれもお父様が子供の頃の遠い昔の記憶。 今は殆ど使われる事なく、ただひっそりと大食堂が家の中に存在していた。 だけど、今日は久しぶりにお客様を招くから、とお父様がこの大食堂を使用する事にした。 「今日はずっと料理をしっぱなしで疲れたんじゃないか?病み上がりなんだし、も
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375話

慰労会が始まって、暫く。 お父様は常にお母様の隣に居て、そこに時々虎おじ様が行って話をしたり。 苓さんも虎おじ様に連れられて話の輪に加わったり。 私のチームのメンバーも、恐る恐るといった様子でお父様に話しかけに行く。 そんな、慰労会メンバーが和気あいあいと話している中でも。 私と苓さんは2人だけで話す事はなかった。 何度か苓さんから視線を向けられているような気がしたけど、苓さんが私を見つめるなんて事は有り得ない。 私の事を思い出していない苓さんが、女性に興味を持つ事はないんだから。 だから、私はその気配を気の所為だと思い、苓さんを交えた人達と話をする程度。 だけど、私のチームのメンバー。 特に、矢田主任と志木チーム長は私と苓さんの違和感にしっかり気がついていた。 慰労会が始まってから大分時間が経ち、程よくお酒も入ってきた頃。 ほろ酔いの状態で、矢田主任が私に近付いてきた。 「藤堂本部長〜、飲んでいますか?」 「──あら、矢田主任。ふふ、飲んでいますよ。矢田主任は──既に結構飲んでいるようですね」 「ええ、こんなに美味しいワインを飲んだのは初めてです……!こんな素敵な慰労会に誘ってくださり、本当にありがとうございます!」 「いいえ、お礼を言うのはこちらです。矢田主任や志木チーム長を初め、戦略チームの皆さんには沢山助けていただいたから……」 「ううっ、そんな風に言っていただけて嬉しいです……これからも本部長と一緒に働きたいです〜!」 頬を赤く染めてほわほわと笑う矢田主任。 矢田主任に好かれているんだ、と思うと嬉しくて。 私も自然と笑みが零れた。 私が笑っていると、矢田主任がすっと目を細め、私に視線を向ける。 その目は、どこか据わっているように見えて。 「や、矢田主任……?」 「それなのに……どうして最近小鳥遊部長と本部長は一緒に居る事が少ないんですか……?何だか、お2人の様子がよそよそしいって言うか……」 「……これには、理由があるんですよ」 そうだ、そうだった。 矢田主任達は苓さんが記憶を失った事を知らないから。 仕事上、殆ど支障がないから苓さんの記憶喪失は伏せている。 ただ、私の事を忘れてしまっているだけで、苓さんの仕事に関する能力は何ら問題は無い。 だけど、矢田主任や志木チーム長は、チャリティー登山で
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376話

「志木チーム長」 「すみません、本部長」 志木チーム長はぺこり、と頭を下げると矢田主任の腕を掴んで自分のチームにずるずると引っ張って行ってしまう。 その姿を見送っていると、背後から近付いて来る気配を感じた。 姿を見なくても、分かる。 苓さんだ。 何か、話したい事でもあるのだろうか。 だけど。 お酒も入っていて、いつものように感情を制御出来ないかもしれない。 彼の前で、みっともなく縋る姿を見せたくない──。 そう思っていたら、私の前方でお母様が眠そうに欠伸を噛み殺しているのが見えた。 「羽累?眠くなったのか?」 「ええ……ごめんなさい、まだ体力が追いついていなくて。他の方達はまだ楽しんでください。私は一足先に……」 「部屋まで送って行こう」 「あなたはお客様をもてなす大事な役割があるでしょう?使用人に送ってもらいますから大丈夫。じゃあ、また……」 軽く頭を下げて大食堂を出て行くお母様。 心配そうにお母様の背中を見つめているお父様に、私は近付いて行った。 これで、苓さんも私に話しかける事はしないだろう。 心の中でこっそりと「ごめんなさい」と苓さんに謝罪した後、私はお父様の背中に向かって声をかけた。 「お父様、そんなにお母様を見つめていたらお母様の背中に穴が空いちゃいますよ」 「──茉莉花」 じとっと恨めしそうな目をしたお父様が振り返る。 私は苦笑いを浮かべつつ、水が入ったグラスをお父様に手渡した。 「そろそろお水を入れてください。そうしないと……虎おじ様のようになってしまいますよ?」 「虎──琥虎は何をしているんだ……?」 「ふふっ、眠くなってしまったようです。ゲストルームに案内しますね?」 「ああ。そうだ、その後でいい。茉莉花、私の書斎に来てもらってもいいか?」 「──?分かりました」 私が返事をしたのを見届けたお父様は、他のメンバーの元に向かって声をかけ始めた。 そろそろ、この慰労会もお開きだろう。 各々、最初に案内されたゲストルームに移動し始めるのが見えた。 これできっと苓さんも自分の部屋に戻るだろう。 私は虎おじ様の所に行き、声をかけた。 「虎おじ様、虎おじ様。起きてください。お部屋に行きましょう?」 「ううう〜、茉莉花ちゃん……もう飲めないよ……」 「ふっ、ふふっ。もう飲まなくて大丈夫で
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377話

「──わっ、苓さ……、小鳥遊さん!ごめんなさい、ぶつかりませんでしたか?」 「いえ、大丈夫、です……」 私はぶつかる直前に苓さんに気付き、慌てて立ち止まる。 まさか、こんな所に苓さんが居るとは思わなかった。 お父様と約束でもしているのだろうか。 だったら、邪魔をしてはいけないし、と私は苓さんの隣を通り過ぎようとした。 「すみません、お父様に用があるんですよね?どうぞ、私はもう話は終わりましたので」 横にずれて苓さんの横を通り過ぎようとした時。 苓さんは咄嗟に、といった様子で私の腕を掴んだ。 「藤堂さん──!」 「えっ、わ……きゃあっ!」 突然腕を掴まれて、足が突っかかってしまった私は苓さんの方へ倒れ込んでしまった。 倒れそうになってしまった私を慌てて苓さんが抱きとめてくれる。 「──っ」 久しぶりに感じた、苓さんの腕の力強さと、苓さんから香る爽やかな香水の香りと温もり。 触れ合う事も、抱きしめられる事も苓さんが記憶を失ってからなくなってしまった。 それが、急に与えられて。 私の鼻がつん、と痛くなった。 だけど──。 「──うわっ」 「……っ」 苓さんが抱きとめてくれたのはほんの一瞬。 そして、苓さんは私が自分の腕の中に居るのを認識すると顔を真っ青にして私を突き放した。 ショックで、言葉を失ってしまう。 だけど、苓さんの顔色を見て私の悲しみなどすぐにどこかに吹き飛んでしまった。 「だ、大丈夫ですか小鳥遊さん……!」 苓さんは自分の口元を抑えながら何度も何度も謝罪を口にする。 「すみ、ませんっ、本当に、すみませんっ」 ガタガタ、と小刻みに体を震わせる苓さんに、私は苓さんの「女性に対する苦手意識」が相当な物だと悟った。 今までは──。 むしろ、苓さんは昔から。私が苓さんと出会う前から私の事を知っていてくれていた。 そして、私を想ってくれていたから。 だから、こんな態度を取られる事なんて1度も無かった。 苓さんと出会った時から、苓さんは私に対してとても好意的だったから。 だけど、私の記憶をなくしてしまった苓さんにとって、私の存在は「苦手意識のある女性」なんだと再認識してしまった。 実感、してしまったのだ。 やっぱり、もう私は苓さんと以前のように過ごす事は出来ないのだ、と。 「すみません、本当に……
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378話

「──え」 「周りの人達に言われて、小鳥遊さんもご存知でしょう?確かに、私と小鳥遊さんはお付き合いをしていましたが……今はもう気にしなくて大丈夫です」 私は、苓さんの顔を見る勇気がなくて。 だから、苓さんがどんな表情で私の言葉を聞いているかなんて、全く分からなかった。 「だから、今後は仕事のパートナーとして……お話をしましょう」 「──待」 「ごめんなさい、小鳥遊さん。私は手を貸せないので、誰か人を呼んできますね!待っていてください!」 私はそれだけを言うと、苓さんに背を向けて廊下を駆ける。 きっとまだ男性使用人が大食堂に残っているはずだ。 声をかけて苓さんを部屋まで送ってもらおう。 私はそれだけを考えて廊下を走り続けた。 ◇ 藤堂さんが走って行ってしまう。 どれだけ呼び止めたくても、俺の腕は震えてしまって藤堂さんの手を掴んで引き止める事は出来なかった。 女性との接触に対して、耐性が出来たと思っていたんだ。 藤堂さんの腕を掴んでも、何も嫌じゃなかった。 それ所か、藤堂さんの体温が触れた手のひらから伝わってきて、どこか安心した。 それよりも藤堂さんが見合いって、一体どう言う事だ。 藤堂さんは、記憶を失う前の俺と付き合っていたんじゃないのか──。 その事を聞こうと思った。 だけど、藤堂さんが見合いをする。 その言葉があまりにも衝撃的過ぎて、少し強く藤堂さんの腕を引っ張って立ち止まらせてしまった。 その瞬間、バランスを崩した藤堂さんが俺に倒れてきて。 咄嗟に抱きとめた。 その瞬間、胸を満たす幸福感。多幸感に俺は自分の事が信じられなかった。 まるで藤堂さんが俺の腕の中にいるのが当然と言うような、しっくり感。 俺は、この柔らかい彼女の体を知っている──。 俺は、彼女の熱を知っている──。 脳が無意識にそんな事を考えて。 その瞬間、昔トラウマになった出来事を思い出してしまった。 俺のベッドに潜り込み、既成事実を作ろうとした女性使用人。 その女に、体を触られた時の光景がフラッシュバックして、咄嗟に藤堂さんを突き放してしまった。 これは、藤堂さんに感じた欲に対する罰だ。 幼い頃に女から迫られた時の嫌悪感。 その時の女と同じ欲を、藤堂さんに抱いてしまっ
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379話

◇ 慰労会から、あっという間に時間が過ぎた。 あの日、慰労会の日に私は苓さんとの関係を白紙に戻す選択をした。 もう、苓さんとの関係はこれからは仕事上でのお付き合いのみ。 今はまだ全然辛くて、仕事で苓さんの顔を見る度に泣きそうになってしまうけど。 きっとこれも時間が解決してくれる。 「……苓さんが、私以外の女性と幸せになってくれればいいわ」 だけど、と考える。 藤堂グループは小鳥遊建設と今回のカフェ事業で良きパートナー、取引相手になった。 だからきっと、今後も小鳥遊建設との仕事は続くだろう。 そして、私は藤堂の跡継ぎだから。 冠婚葬祭には、私もきっと招待されるだろう。 「苓さんの結婚式とかにも……きっと招待されちゃうだろうなぁ……」 はは、と乾いた笑いが漏れてしまう。 かつては苓さんとの将来がごく身近にあった。 「それなのに……今はこんなに遠いなんて……」 人生、何があるのか分からないものだ。 私が物思いに耽っていると、それまで走っていた車が停まった。 「茉莉花様、到着しました」 「ありがとうございます」 「ご連絡をいただけましたら、店前までお迎えに上がりますね」 「ええ、お願いします」 私は運転手に告げてからドアを開け、車から降り立つ。 今日は、大事な日だ。 虎おじ様が企画してくれた、今回の和風庭園カフェの1号店オープン記念のパーティー用のドレスを買いに来たのだ。 ドレスを新調する必要があったため、この店にやって来た。 私が店に向かって歩いて行くと、私の少し後ろを護衛が2人ほど遅れて着いてくる。 今日はドレスの試着があるため、護衛の1人は女性だ。 試着中に狙われる、と言う事も少なくないらしい。 試着中は下着姿になる事から、抵抗しにくい。 だから今日は女性護衛に試着室の中まで入って来てもらうつもりだ。 護衛の人達は、とても真面目で私の視界に入らない程度の距離から付かず離れず着いて来てくれている。 何かが起きてもすぐに対応出来る距離に、すぐ護衛がいると言う安心感。 だから私は久しぶりに純粋に買い物を楽しむ事にした。 ドレス選びなんて、久々だ。 どんなドレスが今は流行っているのか、店員から聞き、お勧めだったり、私に似合いそうなドレスを選んでもらう。 店員と相談しながら私は当日に着るドレスの候補を3
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380話

「──ひっ」 「俺は茉莉花の知り合いだ。そのドレスを貸してくれ」 ぞわり、と背筋に悪寒が走る。 どうしてここに御影さんが──。 だけど、御影さんにその事を問うよりも早く御影さんの大きな手のひらが私の腰を掴んだ。 「──ちょっ」 「俺のスーツと色をリンクさせよう。茉莉花にはこの色がとても映えるだろう」 「ちょっと、御影さん……っ、離してくださいっ!」 「ああ、店員に止めてもらおうとしても無駄だぞ?御影家はこの店のスポンサーだ。店員には俺を止められない」 「な、なら護衛を──っ」 「あっちも無駄だ。茉莉花の護衛は、茉莉花に危害を加えようとしている相手じゃないとな?俺は別に茉莉花に危害を加えるつもりはない。それより、あいつらを呼んで俺を追い出すか?俺は知り合いの茉莉花と話していただけなのにそんな事をされたら、俺だって面子がある。それ相応の対応はさせてもらうぞ?」 「──っ」 そして、御影さんは楽しげに私の耳元で呟いた。 「護衛が俺を摘み出してみろ。俺は護衛会社に抗議するぞ。そうしたら、あいつらは職を失うかもしれないな?」 「──さいってい!」 「何とでも言えばいい」 笑いながら、私の腰を強い力で抱いている御影さんの足は止まる事なく動き続ける。 私がいくら足を踏ん張って抵抗しようにも、所詮は男と女。 力の差は歴然。 私の足は、御影さんに無理矢理引っ張られるような形で試着室に向かって行ってしまう。 私の護衛が、背後で動く気配がした。 その瞬間、私の頭の中でさっきの御影さんの言葉が蘇る。 彼だったら、本当にやりかねない──! 私は顔だけを後ろに振り向かせ、護衛に向かって首を横に振る。 「大丈夫だから、待機していて」そう、ジェスチャーで伝えると、護衛は未だに心配そうな表情で私を見ている。 私はもう一度頷いてから、顔を前に戻す。 店員にも、止めてもらう事は期待できない。 護衛にも、御影さんを止めさせる事はできない。 御影さんを止めたら、きっと護衛の2人は仕事をクビになってしまう。 「本当に、汚い男だわ……っ」 「はっ、強気な茉莉花も良いな。興味をそそられる。だが、試着室に入ってもそんな強気の態度でいられるのか?俺の前で下着姿になるんだぞ?」 「あなたの前で着替えなんてしません……っ!離してください、帰ります……!」
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