愛よりもお金をとるのならどうぞご自由に、さようなら のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

77 チャプター

11.新しい暮らしと戸惑い

颯side最終的に、俺は璃子を選んだ。それからすぐに社宅を退去し、社長が用意してくれた都心の一等地の高層マンションに住むことになった。来月からは璃子もこの部屋に来て、一緒に暮らすことになっている。一方の佐奈は、別れを告げた二週間後に退職を上司に伝え、約一か月の引継ぎを終えてから会社を去った。この二か月の間で、俺の周りの環境も、人間関係も、大きく変化していった。幸い、社内の人間で俺と佐奈が付き合っていたことを知る人はいない。俺が悪者になることはなく、社長の孫娘に選ばれた将来の婿として、むしろ一目を置かれるようになっていた。佐奈との過去が完全に消し去られたことに、俺は安堵と同時に言いようのない空虚感を抱いた。「――――颯、何か考え事?」仕事帰りに俺の部屋に寄った璃子が俺の顔を覗き込んで見ている。「ああ、別に。この高価な部屋にもまだ慣れなくて。それに、もうすぐ璃子と一緒に暮らすのかと思うと、なんだか現実感がないんだ。」「そんなこと気にしないで早く慣れて。颯は、これから先、私の隣で会社を引っ張っていく人になるんだから。」「ああ、そうだな……」佐奈を捨てた罪
last update最終更新日 : 2025-10-16
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12.心機一転、自分優先の道

佐奈side「今日からお世話になります、木村佐奈です。よろしくお願いします―――」退職を告げてから二か月の有給を消化した後、私は新しい職場で働き始めた。前職は海外部門で英語や中国語を使っていたが、今度は全く異なる経営管理の部門での仕事を選び、心機一転で一からのスタートを切った。会社を辞めて出勤をしなくなったら、張り詰めていた緊張の糸が切れたように、目の前のことがどうでも良くなって、勢いで十日間の一人旅に出たり、自由気ままな生活を送っていた。(社会人になったら、新婚旅行以外は一週間以上の休みなんて取れないと思っていたけれど、結婚しなくても来れちゃった。)長い休みが取れた理由は会社の圧力による退職という皮肉なものだったが、現地で新鮮な海鮮を食べて、のどかな景色を楽しんでいるうちに、心の傷も少しだけ癒されていった。四年付き合っての別れなので、十日の旅行も傷口に絆創膏を貼った程度の応急処置に過ぎなかったが、それでも、もう戻れないと悟ったあの夜よりかは随分元気になっている。通勤のこともあり、会社の近くに借りていた部屋も退去して実家に戻った。今日から勤める新しい会社も父からの紹介だ。「せっかく大学で経営学を専攻したんだから、経営部門の仕事をしたらどうだ。経済の流れを知ることや経営の基礎を知っていると知らないでは、のちのち大きな差が出るぞ」
last update最終更新日 : 2025-10-17
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13.嫉妬と新たな試練

颯side璃子と暮らし始めてから半年が経とうとしていた。俺は、普段の業務とは別に次の役職の昇進試験の勉強に追われ、慌ただしい日々を過ごしていた。本来は三年かけて行う研修や講義を一年で詰め込むことになり、仕事が終わり家に帰ってからも、璃子と過ごす時間よりも試験勉強に明け暮れる日々だった。そして、一年半後の昇進試験に無事合格をしたら璃子と正式に結婚する予定になっている。きっと社長は俺を後継者として認める前に、俺の実力を確かめた上で婚姻に進みたいと思ったのだろう。「颯、試験勉強も仕事も頑張っていてかっこいい。颯は私が選んだ人だもん、きっと大丈夫、合格できるよ。」璃子は書斎のデスクで問題集を解く俺に、後ろから抱き着いて頬にキスをする。顔を覗き込んで微笑んできたが、自分の今までの昇進が裏で璃子が関わっていたことを知って以来、自信を無くしていた。今回も期間を短縮しての昇格試験候補になったことは璃子の影響が大きいだろう。社内でも、一部で嫉妬の声があがるようになっていた。だからこそ、この試験は絶対に落とせない。せっかく手に入れたこの場所で、もし能力不足が判明してしまったら、結婚も社会人としても失格の烙印を押されてしまうような気がしていた。璃子との結婚のためというより出世のために俺は、必死だった。そんなある日、仕事が終わり家に帰ろうとしたときの事だった。「松田 颯さんですか?」
last update最終更新日 : 2025-10-17
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14.もう一人の婚約者と将来の誓い

颯side「璃子、七條璃子の件です。あなたたちが結婚するのは本当ですか?あなたは璃子の婚約者なんですか?」(璃子?本郷の執行役員が璃子になんの用だ?それに何故、彼が俺たちの婚約を知っている。まだ社外には公表していない内容なのに……。)璃子との関係が公になってから周囲からの探りも増えた。しかし、あくまでも主導権は社長や璃子にあって、俺の口から言えることはなかった。社長から秘密にするよう厳命されていて、名刺を渡されたとはいえ初対面の相手には尚更、話せることなんてない。「……申し訳ないですが、初めてお会いしたあなたに私の口からは何も言えません。失礼ですが七條璃子さんとはどのようなご関係でしょうか?」玲央は俯いて小さく息を吐くと、意を決したように力強く宣言するように声を張って言った。その声には、個人的な感情の強さが滲んでいた。「私は、璃子さんの婚約者です―――――」あまりにも明確にハッキリという玲央の言葉を聞き間違えるはずがない。しかし、頭は混乱して彼の言っている意味が理解できずにいた。(璃子の婚約者?璃子は俺と交際する前に誰かと婚約していた?それとも、現在進行形で話は進んでいるのか?まさか、俺の知らないところで璃子は二股をかけていたのか)
last update最終更新日 : 2025-10-18
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15.璃子の言い訳、好きなのはあなただけ

颯side「お帰りなさい」家に入り玄関で靴を脱いでいると、既に風呂に入った璃子が少し濡れた髪のまま俺のところに来て抱き着いてきた。「今日は遅かったわね。帰ってくるの待っていたんだよ。」俺が何も知らないと思っているのか、上目づかいで見てくる璃子が今日、玲央と会ったことで妙に白々しく感じた。俺は何も言わずに身体を引き離し、リビングへと入っていった。「颯、どうしたの?何か会社で嫌なことでもあった?」璃子は、めげることなく俺の後ろから抱き着いてくる。その温かい熱が、かえって俺の心を冷やしていった。俺は大きくため息をつくと、先ほど玲央から貰った名刺をテーブルに静かに置いた。「俺のところに、本郷 玲央さんが俺と璃子の関係を知りたいと言って尋ねてきた。もちろん、何の事だか分かるよな?説明してくれ」玲央の名刺と俺の言葉を聞くと、璃子は俺から身を離し少しだけ後ずさりをした。その顔には、なんて答えるべきか迷っている動揺の色が濃くしっかりと見てとれる。「玲央が?それで颯はなんて答えたの?」「俺は何も言っていない。俺の口から話せることはないと言った。だけど彼は、『自分は璃子の婚約者』だと俺に言ってき
last update最終更新日 : 2025-10-18
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16.過去の恋愛と突然の別れ

颯side「そうか、それならこれは何なんだ。」俺は、玲央から見せられた三か月前の写真を璃子に突きつけた。「俺たちが婚約している時期だよな?なんで二人のツーショット写真を本郷さんが持っているんだ?今年撮ったものだと分かるように、免許証まで証拠として見せられたよ。」玲央は名刺を渡してきた後に自分のスマホを操作して俺に見せてきた。画面を覗くと、玲央と璃子がケーキを二人で持って笑う写真だった。二人はとても幸せそうに微笑んでいて、ケーキの載ったお皿にはチョコペンで『Reo 27th Happy Birthday!』と描かれていた。璃子との婚約が公になったのは半年前だ。三か月前といえば、俺たちが一緒に暮らし始める直前の時期になる。「それは……。颯との婚約を伝えるために会った時のものよ」璃子は即座にそう答えたが、その声には以前のような自信に満ちた張りはなかった。「婚約を伝えるために会った?誕生日の日に?こんな笑顔でツーショット写真を撮って?もしそれが本当だったら、君はすごく残酷な女性なんだな。彼に同情するよ」俺の言葉に璃子の表情が一瞬で硬直する。しかし、すぐに璃子は開き直るように顔を真っ赤にして俺に言い返してきた。
last update最終更新日 : 2025-10-19
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17.ショパン、別れの曲

佐奈side「佐奈、今度の土曜日は空けておきなさい。連れていきたいところがある。」「分かりました。準備しておきます」夕食後、リビングでくつろいでいた私に父が静かに言ってきた。私は嫌な予感がしたが。静かに返事をする。時代は令和だというのに、我が家では父の言うことは絶対だ。本当は一人暮らしも許されなかったけれど、大学の就活を頑張って名の知れた大手商社に採用されたことを理由に、父は渋々承諾をしてくれた。そして今、その大手商社を退職して実家に戻ったということは、再び父が絶対の世界になるということである。父のことは尊敬しているし、いずれは父のようになりたいと思っているので嫌いではない。だが、家に戻るのなら今回のような理由ではなく、歓迎されて戻ってきたかったというのが本音だった。(父が連れていきたいところなんて、どうせ決まっている。)気分転換にリビングの隅にあるグランドピアノに向かう。母はピアノの講師をしていて、小さい頃は、長い椅子に二人で座って連弾をしたものだ。大人になった今では一番端まで指が届くようになり、鍵盤が少し小さく感じながら、ショパンの幻想即興曲を奏でた。激しく、そして情熱的に鍵盤を叩くことで、心に溜まった鬱憤を吐き出す。 新しい職場にはまだ
last update最終更新日 : 2025-10-19
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19.自分の知らない世界

土曜日。社長に命じられたパーティーに璃子と参加した。会場である都内の高級ホテルの大宴会場はシャンデリアの光に満たされ、男性陣はみな仕立ての良いスーツで、女性はドレスや着物、フォーマルなワンピースなどで普段よりも遥かに着飾り、誰も彼もが眩しいほどに綺麗な格好をしている。初めて足を踏み入れた雰囲気に、俺は心臓の鼓動が早くなるのを感じ、緊張しきっていた。「颯、大丈夫?私が側にいるから安心して」璃子はそう言うと、俺の腕にそっと手を添えて微笑んでくる。璃子が隣にいてくれることが、今は頼もしかった。「あー松田君、璃子。もう来ていたんだね」会場に入り、社長に挨拶しに行くとにこやかに手を挙げて微笑んでいる。いつもより少しカジュアルなスーツで、胸元の桜色の淡いネクタイと胸元にブランドのロゴがデザインされたピンをさりげなくつけており、その装いは洗練されている。「今日は場の雰囲気に慣れるだけでいいから。楽しみなさい」社長はそう言って去って行ったが、その言葉は俺に対する配慮なのか、それともまだ璃子の婚約者として紹介するほどではないと釘を刺しているのか分からなかった。社長から与えられた立場は脆い。婚約してから今になっても、状況によってはすぐに切られる可能性もあることを俺は常に警戒をしていた。パ
last update最終更新日 : 2025-10-21
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