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第37話(2)

「わしが顔を出すわけにもいかんし、名代を出しても、歓迎されるとも思わんかったので、花を贈らせてもらったんだが、そうか、体調が――……」 思うところがあるのかもしれないが、守光の表情からは一切何も読み取れない。しかし次の瞬間、和彦の視線に気づいたのか、薄い笑みを向けられた。「〈あちら〉では、たっぷりわしの所業を聞かされたかね?」「えっ、あっ、いえ、そんなこと……」「いずれは、あんたの耳にもいろいろと入るだろう。それを否定する気はないよ。わしは、総和会会長の座を手に入れるために、鬼になった。若い時分に世話になった相手ですら、追い落とした。そこまでしても、総和会を盤石の組織にしたかった。その先に、今以上の長嶺組の安寧があると思っている。賢吾ですら、まだ理解はしてくれんだろうが」 返事のしようがなくて和彦は口ごもる。総和会の頂点に立つ守光が、その組織について語るとき、力のうねりのようなものを肌で感じる。気圧され、自分ごときが軽々に意見など口にできないという気持ちになる。 和彦にはうかがい知ることのできない権力の構図と蠢きが、守光には見えているのだろう。まるで箱庭の中で、自由に人や物を配置し、排除し、完璧な景観を作り出そうとしているかのように。特別な場所に飾られているのは、間違いなく長嶺組だ。 景観を乱す存在は、どう扱われるかと想像して、和彦はそっと身を震わせる。つい、自分から切り出していた。「……ぼくが連休中、御堂さん――第一遊撃隊隊長のもとで過ごしたことを、不快に思われたのではないですか?」 守光の目に、鋭い光がちらつく。「オンナ同士、相性がいいのかもしれんな」 さらりと投げつけられた言葉に、カッと和彦の体は熱くなる。羞恥ではなく、屈辱感からの反応だった。しかも、御堂を侮辱されたと感じてのものだ。「元気のないあんたをなんとかできないかと思いながらも、わしを含めて皆が手をこまねいていた。そこに賢吾が、御堂秋慈に任せてみてはどうかと提案してきた。あんたと御堂が急速に親しくなっていることは、わしの耳にも報告は入ってはいたが、さて、と躊躇した。だが、
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第37話(3)

 さすがに、この申し出を断ろうとは思わなかった。 和彦が守光とともに店を出ると、三台の車が待機していた。総和会の護衛の男たちは辺りに鋭い視線を向けて警戒しており、二人の姿を見るなり、あっという間に整列して人の壁を作り出す。 促されるまま素早く車に乗った和彦だが、助手席に座っている男の姿を認めてドキリとする。後ろ姿であろうが見間違えるはずもない。南郷だった。 今晩は一緒だったのかと、和彦は横目でちらりと守光を見遣る。守光とは電話で話すこともあったが、南郷とは、車で襲撃を受けた翌日に、病院まで付き添ってもらったとき以来だ。 その南郷が振り返り、後部座席の二人に向かって一礼したあと、前方に向かって合図を送る。静かに車が走り出した。 車中は静かだった。無駄な会話は必要ないとばかりに、誰も口を開こうとしない。和彦は静かにシートに身を預けたまま、すっかり暗闇に覆われた外の景色に目を向けていたが、程なくしてピクリと体を震わせた。守光の手が、腿にかかったからだ。 まったく知らないふりもできず、ぎこちなく隣に目を向ける。いつからなのか、守光がじっと和彦を見つめていた。対向車のヘッドライトの明かりを受けるたびに、守光の両目だけがやけにはっきりと浮かび上がって見え、そこに潜む獣の気配を感じ取ってしまいそうだ。 守光の片手がスラックスの上から腿を撫で始める。和彦は、自分の従順さが試されているのだとすぐに理解した。そこに、懲罰的な意味も含まれているとも。 守光の意に沿わない行動を取ったと、和彦には当然自覚がある。鷹津のこと、清道会のこと、御堂のこと。何より、守光を避けてしまったこと――。 強張った息を吐き出した和彦は、何事もないように前に向き直る。守光の手は動き続け、腿の内側へと入り込み、促されるまま足をわずかに開く。 両足の中心にてのひらが押し当てられたとき、さすがに声が洩れそうになったが、寸前のところで堪える。敏感な部分を刺激されながら和彦が危惧したのは、玲との間にあった出来事を、守光に把握されているのではないかということだった。 誰かに見られたわけでもなく、唯一察していた様子の御堂も、あえて守光に報告するはずがない。「――何か、あったのか
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第37話(4)

 守光の手が再び欲望にかかり、てのひらで擦り上げられる。ようやく欲望の高ぶりを覚え、おずおずと形を変え始めていた。引き出された舌を濡れた音を立てて吸われながら、欲望を扱く手の動きが速くなる。和彦は喉の奥から声を洩らし、ビクビクと腰を震わせていた。 先端がしっとりと濡れ始めると、一度愛撫の手が止まり、少し間を置いてから欲望がハンカチに包まれる。再び性急な愛撫を与えられ、和彦は上り詰める。 まるで、精を搾り取られたようだった。ハンカチに向けてわずかに精を吐き出したあと、荒い呼吸を繰り返す和彦を、守光は片腕で優しく抱き寄せる。「近いうちに、じっくりと時間を取ろう。あんたと相談したいこともあるしな……」 一体何をと、和彦が視線を上げると、守光は穏やかな微笑を浮かべていた。なんとなく臆した和彦は黙って頷く。 乱れた格好を整えている間に、車はある建物の駐車場へと入る。ここで、自分が乗ってきた車に戻るよう言われるのかと思ったが、守光が座っている側のドアが開いた。戸惑う和彦に、守光はこう告げた。「あんたはこのまま、マンションまで戻るといい。ちょうど護衛役に南郷もついている。誰に任せるより、わしも安心だ」 和彦が何も言えないうちに守光が車を降り、ドアが閉められる。再び車が走り始め、和彦は深く息を吐き出したあと、急いでシートベルトを締めた。 守光がいなくなった途端、車内にまだ淫靡な空気が残っているように感じ、和彦は黙ってウィンドーをわずかに下ろした。ひんやりとした風が吹き込んできて、熱くなっている頬を撫でる。 南郷がちらりと振り返る。和彦はハッとして、すぐにウィンドーを上げた。「……すみません。勝手に窓を開けて……」「どうやら、この間の襲撃のショックは回復できたようだな、先生。それともその無防備さは、俺たちの護衛に対する信頼の表れか?」 嫌なことを思い出し、和彦はそっと眉をひそめる。車で襲撃を受けた衝撃はもちろん忘れたわけではないが、その襲撃を仕掛けたのが守光ではないかという、御堂から注ぎ込まれた〈毒〉がまっさきに蘇ったのだ。 守光の計画を、南
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第37話(5)

 南郷が、御堂の過去を露骨に口にするのは、そうすることで辱めているつもりなのだろうか。ふと、そんなことを考えたあと、嫌な男だと、和彦は心の中で呟いておく。「――……伊勢崎さんには、お会いしました」「今は伊勢崎組を率いているんだったな。俺自身は、本人と顔を合わせたことはないんだが。なかなかのやり手だそうだ。組自体はそう大きくはないが、何しろシンパが多いらしい。今じゃ、北辰連合会では欠かせない男だとまで言われている」「詳しいんですね」 和彦の言葉に、南郷が派手な笑い声を上げる。「総和会で隊を任されている身だからな。情報収集も仕事の一つだ」「だったら、全国の組の情報をすべて把握しているんですか?」「いや、そこまでは。気になるところだけ、だな」 和彦は昨日知ったばかりの、伊勢崎組――というより龍造の動向が頭に浮かんだが、南郷に報告するつもりは一切なかった。情報収集が仕事だというのなら、いずれ南郷の耳に入るだろうし、もしかするとすでに把握しているのかもしれない。 心情としては、御堂の立場が悪くなるようなことはしたくなかったのだ。 余計なことは言うまいと心に誓った次の瞬間、南郷に問われた。「先生の、伊勢崎龍造の印象を聞いてみたいな」「印象ですか……。気さくな方でした」「他には?」「……いい父親という感じでした。息子さんをずいぶん可愛がっている様子で」 どういう意味か、南郷は軽く鼻を鳴らした。「南郷さん?」「極道も人の子。やっぱり血の繋がった我が子は、何より可愛くてたまらないんだろうな。……今のところ、これはあんたの子だと訴えてくる女もいない、独り者の俺には到底わからない感覚だ」 南郷の脳裏に浮かんでいるのは、伊勢崎父子のことだけではないだろう。 踏み込んではいけない南郷の闇に触れてしまったような気がして、和彦はブルッと身を震わせた。**** 湯から上がり、浴衣
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第37話(6)

「ふむ。長年のつき合いがあるというのに、秋慈はどうやら、お前とのほうに友誼を感じているようだ。電話で聞いたが、お前と誰かがいい感じだなんて、一切教えてくれなかったぞ。薄情な奴だと思わないか?」 どこか嘲りも含んだ賢吾の物言いに、和彦はふと、料亭で守光から言われた言葉を思い出す。『オンナ同士、相性がいいのかもしれんな』 賢吾も同じようなことを言うのだろうかと、和彦は強い眼差しを向ける。それに気づいた賢吾が、こめかみに唇を寄せてきた。「冗談だ。お前が久しぶりに穏やかな表情をしているから、妬けたんだ」「……誰に?」 ひそっと和彦は囁きかける。賢吾は短い言葉の意味を即座に理解したらしく、目を細めた。後ろ髪を掴まれたため、和彦はわずかに顔を仰向かせる。「悪いオンナだ。――秋慈以外の誰が、お前を慰めてくれたんだ」「慰めじゃない。求めてくれたんだ」 怖い男の両目を、怯みそうになりながらも和彦は見つめ続ける。賢吾は淡々とした口調でこう言った。「浮気相手を見つけ出して、いろいろと切り落としてやるか」 和彦は短く息を吐き出すと、賢吾の挑発に乗った。「――あんたが言ったんだ。遊びは許す、と」「これまでの経験で、さんざん骨身に染みたと思ったんだがな。ヤクザの言うことを信用するなってことは」 和彦自身、玲に言ったことだ。なんとか不安や怯えを表情に出すまいと踏ん張っていたが、この瞬間、すがるように賢吾を見つめてしまう。 賢吾が首筋に顔を寄せ、じわじわと歯を立ててきた。このまま皮膚どころか肉まで食い千切られるのではないかと、硬い歯の感触に怖気立ったが、同時に和彦の胸の奥で熱いものがうねった。この行為が、賢吾の強い執着心を表していると、よくわかっているからだ。「賢吾……」 思わず呼びかけると、首筋をベロリと舐め上げられる。「本当に、性質の悪いオンナだ。浮気を許可してすぐに、相手を見つけ出して、咥え込んで。どうせ、相手の男も骨抜きにしたんだろ」 誰だ、と低い声で問われる。物騒な響きを帯びたバリトンに、甘
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第37話(7)

 痛みを感じるほど乱暴に揉みしだかれ、腰が震える。暴力的な行為に怯えながらも和彦は、促されるままに大きく足を開き、どんな愛撫でも受け入れるという姿勢を見せる。賢吾の指先は的確に弱みを探り当て、打って変った優しい手つきで刺激してきた。 和彦は、賢吾の下で身をくねらせ、息を弾ませる。「ここも、弄られたか?」「そこは……、ない。怖い、から――」「慣れた男に弄られるのが一番か?」 涙が滲んだ目で賢吾を睨みつけると、軽く唇を吸われた。「お前の機嫌は取らない。むしろ俺のオンナとして、しっかり仕置きをしないとな」 囁かれた途端、どうしようもなく体が疼いた。和彦は小さく喘いで答えた。「それでも、いい……」** ようやく玲の愛撫の痕跡が消えた体に、賢吾は容赦なく吸いつき、歯を立てていく。到底、愛撫と呼べるものではなく、和彦はときおり痛みに声を上げ、本能的に逃れようとすらしたが、がっちりと押さえ込まれる。「ひっ……」〈オンナ〉には必要ないとばかりに、最初のうちに欲望をしっかりと紐で縛められていた。賢吾はときおり指の腹で先端を擦り上げると、すぐに興味を失ったように、今度は執拗に柔らかな膨らみを揉みしだき、弱みを攻める。 和彦は甲高い悲鳴を上げ、全身を戦慄かせる。刺激の強さに惑乱し、賢吾の肩を押し上げようとしたが、それが気に食わなかったのか、いきなりうつ伏せにされて、後ろ手に浴衣の紐で手首を拘束された。 無造作に腰を抱え上げられたところで、一旦賢吾の体が離れた。「――お前をどうやって仕置きしてやろうかと考えて、いろいろと準備しておいた。誰も彼も甘やかして咥え込む淫奔な尻には、特に念入りに躾をしてやりたいしな」 ピシャリと尻を叩かれたあと、冷たい潤滑剤が秘裂に垂らされる。さらに、指によって内奥にも施され、よく解されないまま、熱く硬い感触がいきなり挿入されてきた。「ううっ、うっ、うっ、うくっ……」 苦しさと痛さに呻き声を洩らした和彦は、必死に
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第37話(8)

 硬くて滑らかな表面の、丸い形をした異物だ。欲望で擦り上げられたせいで、敏感になっている内奥の襞と粘膜を撫で上げるようにして、ゆっくりと奥へと入り込んでくる。初めて味わう感覚に和彦は戸惑い、怯える。さほど大きなものではないので、痛みはまったくない。しかし、内奥で確かに感じる異物感は強烈だ。 賢吾はさらに、二度、三度と同じ行為を繰り返し、そのたびに和彦の内奥は、押し込まれてくるものを否応なく受け入れていく。 全身から汗が噴き出し、和彦は浅い呼吸を繰り返す。何個目かの異物を内奥に挿入されたが、無意識に締め付けた拍子に、押し戻してしまう。すると、賢吾の指が挿入され、内奥をゆっくりと掻き回された。「あっ、ああっ」 異物が内奥で擦れ合い、一層奥へと押し込まれる。そこにまた、新たに異物を押し込まれた。「思った通り、いくらでも食いそうだな。腹の中が、飴玉でいっぱいになるんじゃないか」「……飴玉……」「お前の尻に、妙なものを入れるはずがないだろ。いくら、仕置きとはいってもな。男を甘やかして癒す、大事な場所だ」 異物の正体が飴玉だとわかった途端、和彦の内奥は妖しく蠢き始める。指を挿入している賢吾にもそれが伝わったらしく、笑い声が耳に届いた。「どうしようもないオンナだな、お前は。尻に飴玉を突っ込まれていたと知って、興奮したか?」 羞恥と屈辱感が、和彦の官能に火をつける。内奥の蠢きによって、飴玉の硬い感触を意識していた。すでにもう、欲望でも届かない深い場所にまで入り込んでいる。「安心しろ。奥まで入っても、じっくりと溶けていくだけだ。そして、お前の中が甘くなる」 飴玉をもう一個押し込まれたところで和彦は、下腹部に違和感を覚える。腰をもじつかせると、賢吾の片手が前に這わされ、紐で縛められている欲望を軽く扱かれる。いつの間にか反応していた。「どうやら、飴玉を気に入ったようだな」「違、う――」「そうか? さっきから尻の中も、ビクビクと痙攣してるぞ」 内奥で妖しく蠢く賢吾の指に、飴玉をまさぐられる。わざとなのか、粘膜と襞に飴玉を擦りつけるように弄ら
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第37話(9)

 欲望の先端を爪の先で弄られて息が弾む。その瞬間を見逃さず、賢吾がゆっくりと腰を進める。最初は意地を張っていた和彦だが、すぐに賢吾の肩にすがりつき、両腕を広い背に回す。てのひらに馴染んだ肌の感触に、官能の泉が一気に湧き出す。「うっ、ううっ――。はあっ、はあっ、あっ、あぁっ……」 思うさま大蛇の刺青を撫で回し、ぐっと背に爪を立てる。興奮を抑え切れないように、賢吾に内奥深くを抉るように突かれ、和彦はビクビクと体を震わせていた。「いい、イキっぷりだ。やっぱり俺の肉は美味いだろ」 賢吾が力強い律動を刻むたびに、奥深くまで入り込んでいる飴玉が蠢き、擦れ合う。「あうっ、うっ、賢吾っ……」「先っぽに、コツコツと飴玉が当たるのは、妙な感じだな。お前も、腹の奥で味わってるか?」 答えたくないと、和彦は顔を背ける。すると欲望がズルリと引き抜かれ、その拍子に、内奥から何個かの飴玉が外に押し出されてきた。なんともいえない感触に和彦は呻き声を洩らし、賢吾にしがみつきながら、再び絶頂に達する。「あーあ、もったいねーな。ほら、もう一回食わせてやる」 和彦は小さく首を横に振るが、賢吾の甘く淫らな仕置きは続く。蕩けた内奥に容赦なく飴玉を呑み込まされ、挿入された欲望によって、奥深くへと押しやられた。「あっ、ひあっ、うくっ……、ううっ」 突き上げられるたびに賢吾の腹部に、欲望を擦り上げられる。いつもであれば、とっくに精を噴き上げているはずだが、紐による縛めでそれは叶わない。快感と苦痛の波に翻弄されながら和彦は、もどかしく下腹部を擦りつけようとする。「解いてほしいか?」 律動の合間に賢吾に問われ、和彦は夢中で頷く。身を起こして震える欲望を指先でなぞられ、嗚咽のような声を洩らしていた。「早く、解いてくれっ……」「だったら、俺と約束しろ」 何を、と眼差しで問いかける。賢吾は荒い呼吸を繰り返しながら、食い入るように和彦を見下ろしていた。「――どんな男と寝て、情を交わそうが、俺の側にいろ」
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第37話(10)

**** 隣に座っている千尋が、大きなため息をつく。ウィンドーのほうに顔を向けていた和彦は、つい顔をしかめていた。 車に乗り込んでからずっとこの調子で、これが一体何度目のため息なのか、両手の指を使っても足りなくなったところで、和彦は数えるのをやめてしまった。 一体何が気に食わないのか――と聞くまでもない。わかっているからこそ和彦は、さきほどから千尋のため息に対して、聞こえないふりを続けていた。しかし、千尋も負けていない。こっちを見ろと言わんばかりに、もう一度大きなため息をつく。 二人のあからさまな意地の張り合いに、車の前列に座っている組員たちが、さきほどから目に見えてハラハラしている。 これ以上、車中の空気を微妙にしては悪いと、ささやかに大人としての配慮が働いた結果、和彦は横目でじろりと千尋を睨みつけ、片手を伸ばす。日に焼けた引き締まった頬を抓り上げた。「いででっ」「お前はさっきからうるさい。言いたいことがあるなら、言葉にしろ」 和彦が注意をすると、途端に千尋が、恨みがましさたっぷりの視線を向けてきた。「言っていいの?」「……よくないけど、これ以上、鬱陶しいため息を聞かされるのは堪らないからな」 実は聞くまでもないが、和彦に話さないと、千尋も気が済まないのだろう。 つまり、こういうことだ。ひと月ほど塞ぎ込んでいた和彦がようやく立ち直り、久し振りに本宅に宿泊した日、たまたま千尋は、総和会本部に出向いていた。当初は深夜に帰宅する予定だったらしいが、守光に引き留められ、素直に一泊したそうだ。「本宅に戻って、さっきまで先生がいたと教えられたときの、俺の気持ちがわかる? オヤジの奴、抜け駆けみたいなことしてさ」 お前は三連休前に、一人でマンションを訪れた挙げ句、ちゃっかり一泊して帰ったではないか――。 和彦はそう指摘したくて堪らないが、長嶺の男特有の強引な理屈で返されると、正直面倒だ。それにあのときは、まだ本調子とはいえず、甘えてくる千尋の情熱のすべてを受けとめることはできなかったため、拗ねる気持ちも理解できる。
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第37話(11)

 前回、秦と会っていた最中に、和彦は鷹津に連れ去られた。その後、秦は秦で、総和会や長嶺組から追及されて大変だっただろうと容易に想像がつくが、当人と電話で話した限りでは、相変わらずのように思えた。慎重に言葉を選びながら、和彦は秦から情報を得ようとしたのだが、こちらの思惑などあっさり見破られ、一緒に飲まないかと誘われた。そして現状に至るというわけだ。「……総和会から、秦の扱いについて、チクチク言われたらしい」「誰が、誰に?」 和彦が小首を傾げると、千尋はやや呆れた表情を見せた。「オヤジが、じいちゃんに。先生を危険な目に遭わせたとか、素性の知れない奴を先生に近づけるなとか。いろいろ。だけどオヤジが、それはこちらの事情だから心配無用、って突っぱねた。俺も正直、じいちゃんの意見に賛成だけど。オヤジなりに何か企んでいるんだろうなー」 物言いたげな眼差しを千尋から向けられ、和彦は慌てて念を押しておく。「ぼくは、何も知らない。組の仕事に関しては、お前のほうが詳しいんじゃないのか」「まだまだだよ。オヤジは今は、とにかく俺の顔を組の外に向けて売るのが先だって。組のことは、幹部たちが仕切っているしさ。歴史だけはある組だから、跡目育成のシステムはきっちり出来上がってるんだよ」「そのおかげかな。最近、お前がしっかりしてきたように見える。……やっぱり、血と環境は大事だな」 千尋の髪をそっと指先で梳いてから、車を車道脇に停めてもらって降りる。千尋は、背後からついてきていた別の車に乗り換えて、和彦に向かって軽く手を振ってきた。 秦の部屋を訪ねると、まっさきに顔を出したのは中嶋だった。和彦の顔を見るなり、安堵したように笑顔を見せる。「よかった。いつも通りの先生ですね」「……心配をかけてすまなかった。一応、元気は元気だったんだ」 促されて部屋に上がると、相変わらず艶やかな存在感を放つ秦がグラスの準備をしていた。和彦と目が合うなり、柔らかな声で言われた。「――いらっしゃい、先生」** 秦と中嶋が気をつか
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