Home / BL / 血と束縛と / 第37話(2)

Share

第37話(2)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-06-26 17:00:11

「わしが顔を出すわけにもいかんし、名代を出しても、歓迎されるとも思わんかったので、花を贈らせてもらったんだが、そうか、体調が――……」

 思うところがあるのかもしれないが、守光の表情からは一切何も読み取れない。しかし次の瞬間、和彦の視線に気づいたのか、薄い笑みを向けられた。

「〈あちら〉では、たっぷりわしの所業を聞かされたかね?」

「えっ、あっ、いえ、そんなこと……」

「いずれは、あんたの耳にもいろいろと入るだろう。それを否定する気はないよ。わしは、総和会会長の座を手に入れるために、鬼になった。若い時分に世話になった相手ですら、追い落とした。そこまでしても、総和会を盤石の組織にしたかった。その先に、今以上の長嶺組の安寧があると思っている。賢吾ですら、まだ理解はしてくれんだろうが」

 返事のしようがなくて和彦は口ごもる。総和会の頂点に立つ守光が、その組織について語るとき、力のうねりのようなものを肌で感じる。気圧され、自分ごときが軽々に意見など口にできないという気持ちになる。
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 血と束縛と   第49話(18)

    ** せっかく送ってくれたのだから部屋に寄るかと千尋に問うと、断られた。決して儀礼的な気持ちからの誘いではなかったのだが、疲れている和彦を慮ってくれたようだ。 和彦の正直な気持ちとしては、部屋で一人となるのがなんとなく寂しかったのだ。移動の列車内では一人だと気が抜けていいと思っていたのに勝手なものだと、自嘲して唇を歪める。 自宅マンションに帰り着いた和彦は、テーブルに荷物を置いてしまうと、すぐには動く気力が湧かなかった。何もかも後回しにして、ひとまずベッドに倒れ込みたい衝動がないわけではないが、抑え込むのは容易い。まず最初に俊哉へ、帰宅したことをメールで知らせておく。きっといまごろは仕事中だ。次に総子には電話を。 ここで一息つくため、コーヒーを淹れる。和泉家ではなんとなく日本茶ばかり飲んでいたため、数日ぶりに嗅いだコーヒーの香りが体の隅々まで行き渡る。少し甘めのカフェオレにして、それを味わってからいよいよ長嶺の男たちに電話をかける。残念ながら守光は会食中ということで、電話を預かっている側近の一人が応対した。取り次いでもかまわないと言ってくれたが、祖父の葬儀を終えて戻ってきた報告と、気遣いの礼を託けておくに留めた。 最後は賢吾だ。こちらは留守電に切り替わったため、用件を吹き込んでおいたが、数分後に折り返し電話がかかってきた。「――……忙しいなら、明日でもかまわなかったのに……」 和彦の言葉に、低い笑い声が応える。『少しでも早く、俺の声が聞きたいかと思ったんだが』「まあ……、それは否定しないけど」 意地を張っても仕方ない。鼓膜にじわりと浸み込むバリトンの響きは魅力的であると同時に、安心感もある。砕けた会話を始める前にまずは、さきほど守光宛てに託けたものと同じ内容を口にする。香典返しと礼状について、総子から言われた通りに伝えると、苦い声音で賢吾が言った。「お前の祖母君には、大変なときにかえって手間を取らせることになったな。よくよく、礼と謝罪を言っておいてもらえないか。オヤジのほうは詫びに何か贈ると言い出しかねないが、俺がしっかり止めて

  • 血と束縛と   第49話(17)

     話を聞きながら和彦の表情は緩む。いまだ会ったことのない稜人の様子を聞くだけでも可愛いが、それを話す千尋も、可愛い。自分から思いついたのか、周囲からのアドバイスに従ったうえでの行動かはわからないが、千尋は確かに稜人との距離を縮めようと努力している。「写真は撮らなかったのか?」 あっ、と声を洩らして目を見開いた千尋の肩を、和彦は軽く叩く。「これから撮る機会はいくらでもあるだろ」 同行する組員に頼んだほうが確実な気もするが、余計な口出しはしないでおく。 他愛ないことを話している最中に、千尋の腹が豪快な音を立てる。自分の腹をさすって、千尋が情けない顔をした。「今日は動き回ったから、腹減った……。和彦、晩メシはどうする?」「途中でどこかに寄ってもらえるとありがたい。買って帰ってもいいし、お前の予定に合わせる」 にんまりとした千尋は、すぐさま前列に座る組員たちと打ち合わせを始める。それを聞きながら和彦は、道路沿いにある回転寿司のチェーン店やファミレスを横目で眺める。手っ取り早くていいと思うのだが、長嶺組の男たちの選択肢には入っていないようだ。 結局連れて行かれたのは、いかにも老舗といった店構えの洋食屋だった。夕食時ということもあって混雑はしていたが、さほど待つことなくテーブルに案内される。家族連れが多いためか店内はずいぶんにぎやかだが、まったく不快ではなかった。楽しげにお子様ランチを食べている隣のテーブルの男の子に、つい目を細める。おそらく稜人と同じ年ぐらいだ。「和彦は何食べる?」 千尋がメニューを開いて見せてくれる。まっさきに目についたメニューの写真を和彦は指さした。「エビフライ」「んじゃ、俺は――」 同じテーブルには長嶺組の組員たちもついている。駐車場で待ってもらうのも悪いからと、和彦が誘ったのだ。「……昼、何を食べたんだ?」 ふっと疑問が口を突いて出る。注文を終えた千尋はきょとんとしたあと、ごそごそとパンツのポケットをまさぐる。「財布にレシートが入ってる。ちょっと待ってね」「あー、そこまでしなくて

  • 血と束縛と   第49話(16)

     少し離れた位置に長嶺組の組員たちがいて、目が合い軽く会釈を交わす。「わざわざ来てくれたのか……」 歩み寄った和彦の手から、当然のように荷物を受け取りながら、千尋が澄ました顔で頷く。「当然。ちょうど夕方から俺の予定が空いててよかったよ」 和泉家を出発する前に、何時の列車に乗るか知らせておいたが、和彦としては迎えを期待してのものではなく、一人でタクシーで帰るつもりだったのだ。 長嶺の男の過保護ぶりをいまさらながら噛み締めている間に、千尋から組員へと、荷物は渡っていく。「……ずいぶん疲れた顔してる。大丈夫?」「さすがに堪えた……。だけど、平気だ」 とにかくここから移動しようと、千尋の手がそっと背にかかる。待機していた長嶺組の車に乗り込んだとき、思わず和彦は吐息を洩らしていた。だらしなくシートに体を預けていたが、ハッと我に返って姿勢を正す。何事かと、千尋が目を丸くした。「和彦?」「あの……、今回は、ぼくだけじゃなく、祖父母のことまで気遣ってもらって、ありがとう。もちろんあとで、組長や会長にもお礼を――」「和彦は、俺たちの身内。香典を渡すぐらい当然でしょ。なんか、まったく繋がりがないわけでもなかったようだし。和彦のお母さんの実家と、長嶺の家って。じいちゃんもオヤジも意味ありげな様子だけど、俺には教えてくれないんだよなー。上の世代だけで秘匿しておきたいってことなんだろうけど」 口惜しそうに少し唇を尖らせた千尋だが、本気で探りたいわけではないようで、すぐに表情を改めて和彦にこう言った。「とにかく気にしなくていいよ。じいちゃんとオヤジは、きちんと義理が果たせたことに満足してるんだから」 頷いてはおいたが、あとで二人に帰着の報告をしておかなければならない。ずいぶん気をつかってもらったというのは、和泉家に滞在中、一度も様子をうかがう連絡がなかったことからもわかる。つまり、そっとしておいてくれたのだ。 ようやく気を緩めて再びシートにもたれかかった和彦は、自分のことを話すより先に、さきほどから感

  • 血と束縛と   第49話(15)

    「ぼくは一介の医者だ。立派な家柄でもなく、家族が増えたところで軋轢を生む人間関係もない。何もないからこそ、都合がいい。君にとって」 打算的だと賀谷は責めない。電話で打ち明けたときも同じ態度だった。「ずいぶん前に、総子さんから言われたことがあるんだ。うちの養子に入らないかって。そのときなんとなく感じたよ。将来的にご夫妻は、和泉家に君を迎え入れるつもりなのかもしれないと。たった一人男孫が同じ姓を名乗ってくれるだけで、ずいぶん心強くなる。総子さんは特に今は、君を気にかけているだろうしね」「……どうして断ったんですか。養子のこと」「ぼくは自分の姓にこだわりはなかったんだ。だけど紗香さんと出かけたとき、何かで記帳する機会があってね。そのとき嬉しそうに、〈賀谷紗香〉と書いてくれたんだ。だから、かな。彼女はもういないけど、心の拠り所を残しておきたかった。ぼくにとっても、紗香さんにとっても。結果として、君の力になれるんなら、うん、ぼくの選択は間違ってないはずだ」 賀谷からもっと実母との思い出を聞いてみたかった。同じぐらい、正時や総子との思い出も。「総子さんは、生き抜くための武器を君に与えると言っていた。ぼくの場合は、武器というには頼りないけど、いざというとき君が取れる手段の一つになれれば嬉しい。――紗香さんのようにはならないでくれ。これが、ぼくが〈息子〉に望むたった一つのことだ」 もう行こうかと賀谷に促され、和彦は立ち上がる。先に階段を上がる賀谷の後ろ姿を特別な感慨をもって見つめていた。 これが父の背かと心の中で呟きながら。**** 滞りなく正時の葬儀を終えると、その日のうちに俊哉は慌ただしく帰っていった。消沈と気忙しさから和彦は、俊哉とゆっくりと話せる時間が最後まで持てなかったが、心の半分では安堵もしていた。何もかも見透かしてしまいそうな俊哉と対峙するのは、正直当分は避けたい。 一方の綾香は、せめて初七日を終えるまでは正時の側にいたいと、屋敷に滞在することにしたそうだ。できることなら和彦も付き添いたかったが、連休明けのクリニック再開の準備がある。葬儀の翌日、総子

  • 血と束縛と   第49話(14)

    「できれば朝から来たかったんだけど、午前中は診療所を開けていてね。案の定診察が長引いて、こんな時間になってしまった」 賀谷の横顔には強い疲労感が漂っている。そこに悲しみも加わっているのは、腫れた両瞼が物語っている。「――……この階段は、和泉家の人しか使わない秘密通路みたいなものでね。下りた先に、正時さんの趣味の道具を仕舞ってある小屋がある。屋敷に持ち込まないのは、総子さんに見つかって小言を言われるのが嫌だって……。けっこう子供みたいなところがあったんだ。まあ、総子さんは全部知ってたんだけどね」「どんな趣味なんですか」「釣りだよ。川釣り。子供の頃から川遊びが好きだったらしい。ときどきぼくも連れて行ってもらってね。残念ながら、正時さんの指導のわりに、ぼくは全然上手くならなかったんだけど」 よく釣りの話をしていたという小屋で、賀谷はひっそりと思い出に浸っていたのだろう。 少しの間、二人の間に沈黙が流れる。それは息が詰まるような重苦しいものではなく、ただなんとなく、互いの存在を空気のように受け入れる自然なものだった。和彦は特別な感情を込めて、改めて賀谷の横顔に視線を向ける。「あの――」「前に君が打ち明けてくれただろう、〈これから〉のことを」 鷹津とログハウスで生活していたときのことだ。和彦は電話で賀谷にある相談をしていた。「君は可能性の一つとして言っていたけど、ぼくはずっと悩んでいたんだ。いままで返事をしなかったことで察しているけど思うけど」「……自分でも、迷惑を顧みないことを言ってしまったと思います。だから、忘れてもらっていたほうが……」「正時さんを看取りながら、ぼくは君のことを考えていた。――独身だったぼくには、父を亡くしてから身内と呼べる人がいなくてね。前にも言ったけど、そんな中、ずっとよくしてくれたのが正時さんと総子さんのご夫妻だ。……紗香さんのこともあるのに、本当によくしてくれた」 総子もずいぶん賀谷を頼りにしているようだったので、この言葉にうそはないとわかる。

  • 血と束縛と   第49話(13)

    「まあ、総子さんが出入りを許しているのなら、わたしがとやかく言う権利はないな」 俊哉はスマートフォンにちらりと視線を落としてから、とうとう電源を切ってしまう。目頭を押さえる姿を見て、和彦は声をかけずにはいられなかった。「父さんも少し休んだら。おばあ様の側にはぼくがついているから」「そうだな。お前と総子さんは、相性がいい」 なんと応じればいいかわからず、三人分の食器を洗い場に運ぶ。 一人になった和彦は、ひとまず総子に挨拶をしておこうと広間に行ってみる。思ったとおり、総子は正時の側にいた。「朝食は食べましたか?」 控えめに室内を覗く和彦に気づいて、総子がそう問いかけてくる。頷いてから、総子の傍らに腰を下ろす。「父さんと母さんは、少し休むそうです。昨夜は眠れなかったようなので」「夜、何度か様子を見に来てくれたんですよ。仕事を終えてこちらに移動するだけでも大変だったでしょうに。――でもおかげで、俊哉さんとはいろいろと話すことができました」 視線を伏せ気味だった総子が、ふっと襖のほうに目をやってから声を潜めた。「あなたが預かってきた香典だけど、後日、あなた宛てに香典返しと礼状を送ります。それをあなたから、〈あちら〉に渡してもらえますか? ただし、わたしの名は記しません。礼儀知らずな行為になりますけど、事情は汲んでもらえると思っています」 長嶺組と総和会と直接和泉家が繋がったという証を残す危険性を言っているのだ。それぞれ大きな組織を背負う父子が迂闊なことをするはずもないと信じたいが、全面的に信用するわけにはいかない総子の立場もよくわかる。礼状を送ることが精一杯の誠意なのだろう。「ぼくからきちんと説明しておきます。……大変なときに、おばあ様には面倒をかけてしまって――」「こんなの面倒のうちに入りませんよ」 そう言ってようやく総子が笑みを浮かべる。すぐにでも消えてしまいそうな儚い表情であっても、和彦には救いになる。正時を亡くしたばかりであっても、総子は決して絶望はしていないのだと。** 午後になってから湯灌と納棺

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status