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血と束縛と のすべてのチャプター: チャプター 1331 - チャプター 1340

1382 チャプター

第38話(21)

 浴衣の前を大きく寛げられて肌をまさぐられながら、口腔に守光の舌が入り込んでくる。感じやすい粘膜をじっくりと舐め回されていくうちに、促されたわけではないが舌先を触れ合わせていた。さらに、緊張のため硬く凝った胸の突起をてのひらで捏ねるように刺激される。和彦の官能を高めるために、守光は急がなかった。「んっ……」 引き出された舌を甘噛みされて、鼻にかかった声が洩れる。それをきっかけに、緩やかに舌を絡め合っていた。 胸の突起を抓るように愛撫してから、浴衣を肩から落とされる。肩先に生ぬるい空気を感じて小さく身を震わせた次の瞬間、やや乱暴に布団の上に押し倒された。和彦は目を見開いたまま守光を見上げる。 守光は、浴衣をはだけさせた和彦の体を目を細めて眺めながら、下肢に手を這わせてきた。ふくらはぎから膝裏にかけて撫で上げられながら、足を広げさせられた。浴衣の裾を大きく割り開かれたかと思うと、下着に手がかかった。何も言われなかったが和彦は腰を浮かせる。 下着を脱がされて無防備な姿となると、露わになった内腿にてのひらを押し当てられた。守光の目は、容赦なく和彦の体を検分してくる。下肢をまさぐられながら、義務とばかりに露骨な質問をぶつけられた。 和彦が本部を訪れなくなって一か月以上経つ間に、何人の男と、何回体を重ねたのか、と。 守光が本当に知りたがっているのかはわからないが、それでも和彦は、震える声で告白せざるをえなかった。長嶺の男が見せつけてくる執着に、抗えない生き物となった証なのかもしれない。 帯を解かれて浴衣を脱がされると、体中に守光の愛撫を受ける。ここまでの空白の期間を埋めるように、肌にはしっかりと鬱血の跡を残されていった。「あっ、うぅっ……」 指先で執拗に弄られ、これ以上なく硬く凝った胸の突起を口腔に含まれる。強く吸い上げられ、歯を立てられながら、両足の間に差し込まれた手に、欲望を握り締められると、ビクビクと腰が震える。「――高校生に、この淫奔な体を味わわせるのは、もはや愛情深いとは言わんだろう。酷というものだ」 いつになく激しい守光の愛撫に最初は怯えていた和彦の体は、柔らかな
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第38話(22)

 守光の残酷な戯れなのだ。総和会は、清道会会長の祝い事の席に出席した人間たちを監視しており、そのことは南郷が認めていた。御堂と伊勢崎龍造の関係を知っていれば、〈高校生〉の正体も容易に突き止められるはずた。何しろ和彦と玲は、同じ家で宿泊していた。それらを踏まえたうえで、守光はあえてこんな発言をしている。 指の本数を増やされ、内奥を一層広げられる。ひくつく部分を無遠慮に眺められながら、はしたない音を立てて掻き回される。「いやらしい色になった。真っ赤に充血して、花の蕾が綻んだように――」 激しいともいえる愛撫が前触れもなく止まる。内奥から指が引き抜かれて、蕩けた入口を焦らすように指先で擦られ、和彦は上擦った声を上げる。「うあっ、あっ、あっ……」「さあ先生、さっきのわしの質問に答えてくれ」 和彦は小さく首を横に振り、答える意思はないと示す。たとえ虚勢だとしても、自分のせいで玲や御堂、ひいては清道会や伊勢崎組に迷惑はかけられなかった。 守光は機嫌を損ねるどころか、和彦の答えを予期していたように満足そうに頷く。その反応の意味を、すぐに和彦は知ることになった。「容易に男に体を開きながら、その男たちに対して、あんたは義理堅い。そこが可愛くもあり、ひどく被虐的なものを刺激される。本当に、わし好みのオンナだ」 内奥から指を引き抜いた守光に手を掴まれ、促されるまま和彦は体を起こす。途端に、内奥から潤滑剤が溢れ出して思わず眉をひそめるが、守光に背を抱き寄せられて唇を塞がれ、それどころではなくなった。 優しく唇と舌を吸われながら、掴まれたままの手をある場所へと導かれる。守光が何を求めているかわかって一瞬戦いたが、逆らえなかった。 行為の最中であっても、相変わらず端然とした佇まいを崩さない守光だが、浴衣の下から引き出した欲望は確かに高ぶりを示している。和彦は頭を伏せると、両足の中心に顔を埋めていた。 口腔にゆっくりと欲望を呑み込んでいく。後頭部に守光の手がかかり、あくまで優しく髪を撫でられる。舌を添えながら、唇で締め付けるようにして口腔から出し入れすると、守光の欲望が次第に形を変えていく。 前回、守光に口淫
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第38話(23)

 下腹部に鈍痛と異物感が広がり、息を喘がせる。その間、守光の手は休むことなく動き続け、和彦の欲望を愛撫し続ける。一度は力をなくしかけたものは、おずおずと勃ち上がり、敏感な先端を執拗に指の腹で擦られていくうちに、しっとりと濡れていく。「んっ」 先端を爪の先で弄られ、刺激の強さから本能的に腰を浮かせて逃げようとするが、次の守光の言葉を聞いて、動きを止めた。「そのうち、新しいおもちゃを作らせて、あんたの〈ここ〉を可愛がってやろう……」 顔を強張らせる和彦に対して、あくまで穏やかな声で守光が続けた。「冗談だよ。少しだけ、言葉であんたを苛めたくなった」 本当にそうだろうか――。 率直に疑問を感じたが、欲望を緩やかに扱き上げられて、甲高い声を上げる。 守光の欲望を根本まで内奥に呑み込むと、それを待っていたように腰を掴まれて軽く揺すられる。狭くひくつく内奥で欲望が蠢き、荒く短い呼吸を繰り返しながら和彦は顔を仰け反らせる。「これは、いい……。じっくりと、あんたの悦ぶ様を観察できる。あんたが、わしを悦ばせるために尽くす様も」 尻の肉を鷲掴まれて、それだけでビクビクと体を震わせる。鈍痛と異物感はいつものように淡く溶けていき、狂おしい肉欲の疼きへと姿を変えていく。 守光の手の動きに導かれ、和彦はゆっくりと腰を前後に揺らし始める。次第に、自らの意思で。 守光との行為が常にそうであるように、この夜もじっくりと時間をかけて行われる。決して急ぐことなく、守光は和彦の内奥を犯し、蕩けさせていくのだ。 潤滑剤を塗り込められた襞と粘膜が、ぴったりと守光の欲望に吸いつき、まとわりつく。淫らな蠕動を始めて締め付ける頃には、和彦は恥知らずな嬌声を上げ、肌を汗で濡らしていた。「演技ではなく、感じているんだろう。あんたの肌が赤く染まり始めた。尻の奥も、さっきからよく痙攣している。いつ味わっても、具合がいい……」 腰を掴まれて揺すられ、内奥で息づく欲望が蠢く。意識してきつく締め付けると、守光の両てのひらが腹部から胸元へと這わされ、敏感に尖ったままの
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第38話(24)

 情欲が冷めることを許さないとばかりに、道具で内奥を嬲られる。否応なく肉の愉悦を引きずり出され、円を描くように道具を動かされると、尾を引く甘い呻き声を上げてしまう。奥深くまで捩じ込まれて苦しいはずなのに、和彦の欲望は再び身を起こしていた。 両足を大きく開いた格好を取らされ、その中心に守光が顔を埋めてくる。「あっ、ふあっ……」 欲望を守光の口腔に含まれていた。先端を舌先でくすぐられたあと、きつく吸引される。同時に、内奥で道具を動かされ、和彦は腰を揺らす。 軽い絶頂を迎えたような気もするが、まるで波のように絶え間なく快感を送り込まれ、和彦は惑乱していた。口淫の合間に守光に囁かれるままに、卑猥な言葉を口走り、獣のような姿勢も取る。 守光によって限界まで精を搾り取られ、ようやく内奥から道具を引き抜かれたとき、和彦は息も絶え絶えになっていた。一方的に快感を与えられる代わりに、思考力を奪われたようで、まるで自分が肉でできた人形になったような感覚に陥る。 そんな和彦を満足げに見下ろしてから、守光に唇を塞がれた。行為の仕上げとばかりに、触れ合わせた舌先を伝って口腔に流し込まれたのは、和彦自身が放った精だった。「んっ、ん」 わずかに抵抗の意思を示したが、吐き出すことは叶わず、唾液とともに自分の精を嚥下していた。 濡れた唇を守光に拭われて、和彦はぼんやりとする。全身が汗と精と潤滑剤で汚れてしまい、一刻も早く体を洗ってしまいたいと思いながらも、腕を持ち上げる気力も湧かない。 体を起こした守光が傍らに座り、和彦の髪に指を絡めてきた。「あんたは従順だが、わしに対して常に、心を硬い殻で覆っている……、いや、守っている気がする。わしに心を探られるのが怖いかね?」 和彦はふうっと息を吐き出すと、何も考えられないまま、だからこそ正直に答えた。「はい……」 頭の片隅で、守光と俊哉の関係について聞かなければと思うが、どう切り出せばいいのか、会話の糸口を見つけられない。「だが今は、そうでもないだろう。あんたの体と心を、快感でドロドロに溶かし
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第38話(25)

** 四階のエレベーター前のラウンジは深夜ということもあり、人の姿はなかった。 和彦は窓際のソファに身を預け、顔を強張らせたままずっと考え込んでいる。突然訪れた事態を、賢吾に相談したくて仕方なかったが、守光から、少なくとも明後日までは本部に滞在するだけでなく、長嶺組への口止めも言い渡されていた。 和彦が俊哉と会うことは、総和会の中でもごく限られた人間にしか知らされていないのだという。長嶺組は一切関わらせないとも、守光は断言した。 そのことに和彦は、不安である反面、安堵している。混乱ゆえに暴走して、賢吾に泣きついて長嶺組に迷惑をかける恐れもある中、守光の発言はある意味、和彦の行動の抑止力となる。今も、賢吾に電話をかけたい気持ちを、何度も押し殺して耐えていた。 いつかは訪れる現実から目を背けてきた報いとして、長嶺組に警察の手が及ぶ事態になるぐらいなら、守光にすべてを委ねたほうがいい。 これまでも、そうだったではないか――。 自虐的に心の中で呟いたとき、エレベーターの到着を告げる音が響いた。正面の窓ガラスに、エレベーターから降りた南郷の姿が反射して映る。 守光の住居スペースのほうに行きかけた南郷だが、和彦に気づくと、迷うことなく歩み寄ってくる。いつもなら露骨に避けるところだが、今の和彦はひどく体がだるく、何より、南郷に聞きたいことがあった。「何もかもに絶望したような顔をしてるな、先生」 隣に腰掛けた南郷は、こんな状況でも揶揄するような言葉をかけてくる。本当に嫌な男だと思った和彦だが、窓ガラスに映る自分の顔は確かにひどい。「南郷さんは、知っているんですよね。会長が、ぼくの父と――……」「オヤジさんを恨むのは、筋違いだ。全部、鷹津のせいだ」 心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受け、和彦はビクリと体を震わせていた。過剰な反応を南郷に気づかれたのではないかと警戒し、横目で反応をうかがう。案の定、南郷はじっと和彦を見ていた。「その様子だと、まだ鷹津を想っているようだな、先生」「……何を、言って……」
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第38話(26)

 鷹津は清廉潔白という言葉とは対極にある存在だ。ヤクザを取り締まる職業に就きながら、そのヤクザから金品を受け取り、見返りに便宜を図っていたと悪びれることなく話していた。南郷が今言ったことを、あの男ならやりかねないと、正直、和彦は思う。 しかし鷹津は、危険を冒してまで和彦と関係を持とうとした。あの行動力は、打算だけで生まれるものではない。最後に会ったとき、鷹津は言ったのだ。 惚れた相手を、性質の悪い連中のもとから連れて逃げたいと。自分一人では無理だから、俊哉と手を組むことにしたとも。 あの言葉を信じるなら、鷹津の行動には明確な目的があるはずだ。 そう、和彦は信じたかった。「うちが金を出さないとわかると、鷹津は本当に行動を起こすだろう。あんたがやめろと言ったところで、暴走が治まるとも思えない。だからオヤジさんは行動を起こした。あの男があることないことを吹き込む前に、あんたの父親に連絡したんだ」「それでぼくが、父に会うことになったんですね」「交渉は、あんたが父親と会うところからスタートする。あんたの後ろ盾は総和会となるが、結局のところ、長嶺と佐伯の家同士の話し合いだ。オヤジさんは、あんたを返すつもりはない。いざとなれば、どんな手を使ってでも養子にするつもりだ。――あんたの父親は、どう出るだろうな?」 そこまで言って南郷は立ち上がる。「オヤジさんから聞いただろうが、あんたは何日か、長嶺組の人間との接触は避けてくれ。事を大きくしたくない。あんたにしても、長嶺組長やその跡目に、心配はかけたくないだろう」「……わかっています」「けっこう。あんたが予想外の行動を取らないなら、こっちも余計な手間をかけなくて済む。急なことだから、あんたら父子につける監視と護衛の人員を、急いで手配しないといけないが、前回と違って、こちらの正体を一切隠さなくていいというのは、ずいぶん楽だ」 英俊と会ったときのことを言っているのだ。その後、自分がどこに連れて行かれ、何をされたのかを思い出した和彦は、きつい眼差しを南郷に向ける。すると、こちらの神経を逆撫でるようなことを言われた。「今回は、あんな〈お楽しみ〉はなしだ」
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第38話(27)

**** 明日の今頃、自分は俊哉と会っているのだと、ベッドに腰掛けた和彦はぼんやりと考える。 久しぶりの父親との対面だというのに、湧き起こるのは困惑と恐れという感情だけだ。自分勝手な行動の果て、実家に迷惑をかけていることに対する申し訳なさは、自分でも不思議なほど感じなかった。 かつて、英俊と会うことになったとき、和彦はひたすら警戒し、委縮していた。自分の背後にあるものの存在を悟られてはいけないと、そのことだけに神経を費やしていたかもしれない。あのとき、同じ状況の相手が俊哉になったら、と考えないわけではなかったが、現実は和彦の想定を超えてしまった。 俊哉は、何もかも知っている。鷹津が把握している範囲のことを。 守光から、俊哉に会うよう告げられたあと、胸にじわじわと広がっていったのは、諦観だ。もし俊哉から、実家に戻るよう宣告された場合、和彦は抗う術がない。英俊にはかろうじて虚勢を張れたが、俊哉が相手では――。 和彦はブルッと身を震わせると、ベッドを下り、落ち着きなく室内を歩き回る。 ここは、総和会本部四階の宿泊室が並ぶ一角の、和彦のために準備されたワンルームだ。人の気配を気にせず過ごすには申し分ないスペースだが、窓の外の景色を見ることも叶わず、なんとなく自分が檻に閉じ込められた動物のような感覚に陥る。 総和会の都合で本部に留まるのは、よくあることだ。そのこと自体に誰も――、賢吾が不審に感じることはないだろう。まさか、和彦と総和会が父子対面の準備をしているとは、考えもしないはずだ。そうでないと困る。 賢吾を裏切っているという罪悪感に心が痛まないわけではないが、自分たちの事情に巻き込みたくなかった。 俊哉にぶつけるのは、総和会であり、長嶺守光でなければならない。 ひっそりと心の中で呟いたとき、ナイトテーブルの上に置いた携帯電話が鳴った。反射的に駆け寄り、携帯電話の一台を取り上げる。里見との連絡用に持っているもので、今晩話せないか、事前にメールを入れておいたのだ。『――今、平気かな。和彦くん』 里見の穏やかな声で呼びかけられると、和彦の感覚は高校生までの自分に戻る。
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第38話(28)

「……どうかな。いっそのこと、完全に関わりを絶ったほうが――」『それはダメだっ』 思いがけず里見の激しい反応に、和彦は目を丸くする。「里見さん……」『家族ともう二度と会わないつもりか? おれとも……』 そもそも里見とは、高校を卒業してから十三年ほど顔を合わせるどころか、連絡も取り合っていなかった。長嶺の男たちと知り合うことがなければ、そのままの状態が続いていたはずだ。里見は佐伯家の厄介な問題に巻き込まれることなく、和彦とのことも、単なる思い出になっていただろう。 だからこそ、里見の物言いが気になった。しかし指摘してはいけないように思え、和彦はあえて違うことを口にする。「――今、〈おれ〉って言った」 数秒ほど、戸惑ったように沈黙した里見が、ああ、と吐息のような声を洩らした。『仕事でもそれ以外でも、ずっと〈わたし〉で通しているから、馴染んだつもりだったけど……。君が相手だとダメだな』「ぼくにとっては、そっちのほうが里見さんらしい」『何があったのか話してくれたら、昔の言い方に戻すよ。和彦くんだけに』 口ぶりは冗談めかしているが、電話の向こうで里見は真剣な顔をしているのであろうと想像できた。「……ズルいな、その言い方」『前に会ったとき、おれは言ったよ。大人は、ズルいんだと。きっと、大人になった君でも想像できないぐらい』 自嘲気味に洩らした里見が、大きく息を吐き出したあと、囁きかけるような声で言った。『また、会いたいな。君に』 里見の声音に記憶を揺さぶられる。蘇ったのは、和彦が高校生の頃、体を重ねたあとに里見から惜しみなく与えられた、甘い睦言の数々だった。 そんな場合ではないと頭ではわかっていながらも、顔が熱くなって冷静ではいられなくなる。里見にはまだ聞きたいことがあり、なんとか言葉を紡ごうとした和彦の耳に、電話の向こうから微かな物音が届いた。続いて、里見が発した鋭い息遣いが。明らかに里見は動揺していた。『悪
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第38話(29)

 冷たい空気が頬に触れて、一気に鳥肌が立つ。肌寒さもあるが、それ以上に、これから起こることに対しての底知れない恐れが体の反応として表れたようだ。 和彦はゆっくりと息を吐き出しながら、慎重に辺りを見回す。駐車場のスペースの半分は、車で埋まっている。ホールを出入りする人たちの姿はちらほらあり、何かイベントが催されているようだ。てっきり自分も建物に入るのだと思ったが、物陰に立つスーツ姿の男と目が合うと、こちらに来るよう促され、和彦はふらふらとついていく。 ホールの側にレンガ敷きの歩道があり、キャラクターの描かれた看板が立っていた。どうやらまっすぐ進んだ先には広場があるらしい。歩いていけばわかるとだけ言って、男はすぐに来た道を引き返し、和彦は一人で進むことになる。 すぐ傍らを小川が流れている。歩道は街灯で明るく照らされ、散歩やジョギングをしている人の姿もあって、心細くはなかった。 ここを、父子の久々の対面場所に選んだのは誰なのだろうかと、歩きながらぼんやりと和彦は考える。人目につくことを何よりも避けそうなものだが、一方で、人目があるからこそ迂闊に手出しできないことを計算に入れた可能性もあった。 二人の権力の化け物の考えることはわからないと、そっと嘆息した和彦は、何げなく視線を先に向け、ドキリとする。小川に沿うように設けられた柵の前に人が佇んでいるのだが、その立ち姿に嫌というほど見覚えがあった。背の高さも体つきも、鏡で見る和彦自身によく似ている。 心臓の鼓動が急に速くなり、呼吸が荒くなる。じわりと手足の先から冷たくなってきた。できることなら引き返したいが、体は和彦の意に反して、まるで機械のように歩みを続ける。 佇む人物との距離があっという間になくなる。足を止めた和彦は、父さん、と心の中で呼びかけ、向けられた横顔をじっと見つめた。 佐伯俊哉という人物は、とっくに六十代という年齢に突入していながら、非常に若々しい外見を保っている。髪は染めているにせよ黒々としており、それが不自然に思えないほどに肌はキメが整い、皺もほとんどない。 怜悧狡猾な気質を巧みに覆い隠すように、常ににこやかな表情を浮かべる顔は、一言で表現するなら〈美男子〉が最適だろう。老いを、深みという言葉に変え
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第38話(30)

 カツンと靴音を響かせて、俊哉が歩き始める。和彦は慌ててあとを追いかけ、近くのベンチに並んで腰掛けた。このときさりげなく周囲の様子を観察したが、離れた場所からこちらをうかがう人の姿が数人ほどいた気がする。「まずは、お前の気持ちを聞いておこう。――今一緒にいる連中のもとから離れる気はあるのか?」 いきなり核心を突く問いかけに、和彦は体を強張らせる。異常な口中の渇きを自覚しながら、懸命に言葉を紡ぐ。「今は、ない。向こうから、もう必要ないと言われて切り捨てられる日がくるだろうけど、少なくともそれまでは、このままでいさせてほしい……。佐伯の家に迷惑をかけているとわかっている。だから、姓を変えろというなら、ぼくは受け入れる」「殊勝なことを言っているが、ずいぶんお前にとって都合のいい申し出だな」 俊哉は語気を荒らげることもせず、表情もにこやかだ。「どう思っているか知らないが、お前は佐伯家にとって……、いや、わたしにとってかけがえのない存在だ。何も知らない他人は、わたしとお前との間に確執があると勘繰っているようだ。綾香や英俊ですら、父親であるわたしも、お前を疎んじていると思っている。だから簡単に、お前を和泉の家に養子に出せと言う」 この瞬間、初めて俊哉の顔からにこやかさが消える。代わって浮かんだのは、心底不快そうな表情だった。その表情はゾッとするほど冷ややかだ。 綾香というのは、英俊と和彦の母親の名だ。自身も仕事で多忙ながら、夫である俊哉を支え、人の出入りの多い佐伯家を取り仕切り、母親や妻という役割を完璧に務めてきた。ただ和彦は昔から、母親と会話というものを交わした記憶はほとんどない。いつでも、一方的に用件を告げてくるだけだった。 今顔を合わせても、その態度は変わらないだろう。 ちなみに和泉は、母親の旧姓だ。「誰がなんと言おうが、わたしはお前を手放す気はない。――お前は、わたしが唯一、自分の人生を犠牲にする覚悟で手に入れた〈もの〉だ。身内ですら、わたしにとってのお前の存在を安易に考えている。つまりそれほど、わたしは薄情な人間だと思われているということか?」
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